第26話:花を愛する人(Causing a Commotion)

(※本編はキャラクターのメールボックスを覗き見するという、いつもの小説シリーズから視点を変えた内容となっています)


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親愛なるグレイへ


こうしてきみに手紙を書くことは、おれにとって何よりの内省になっている。

マンハッタンの喧噪の中で、深く自己と向き合うのは困難を極めることで、それ自体が鍛錬のようなものだ。

この間の手紙で『塀の中は平和だ』と書いてきたが、そんなことを大真面目に言っているのは、おそらくきみだけだろう。しかし、ブルックリンでひどい喧嘩を目撃した直後には、それに同意もしたくなってくる。


刑務所の暮らしで良い側面など存在し得ないと思っていたが、女の存在を感じられないことと、規則正しい生活は悪くないかもしれない。きみにとっては適した瞑想の場だということか。


さて、ここには思いつくまま書き綴っているので、読みにくいことは許してほしい。“文字を入れ替える”なんて芸当は、手書きの文にはできないからな。

今どきパソコンも持たないなんて化石だと言われているが、フラワー・デコレーターにコンピューターが必要かどうか、よく考えてみてくれ。花を扱う仕事に、デジタルが介入する余地は今のところ見つけられない。


先週、オフィスビルの花壇をメンテナンスしていたところ、そこの社員が「花壇など経費のムダ使いだ」と愚痴るのを耳にした。エントランスには花ではなく、LED照明と無料の無線LANが必要だと言うんだ。

そいつが何に感銘を受けるのかはわからない。少なくともシクラメンではないことは確かだ。


さりとて、オフィス従事者の誰もが美を介さない朴念仁であるとは、必ずしも言い切れない。

同じビルで今日出会った男は、花壇を褒めそやし、別の階にあるフラワーアレンジメントも、おれの作品だと見破った。

彼は背の高いチャーミングな男で、名前はディーン。黙って立っていると近付き難い印象だが、笑うと花が咲くタイプだ。


塀の中で良い出会いに恵まれることはあるだろうか?

きみにも素晴しい奇跡が起きることを願う。

人は瞑想のみに生きるにあらず。獄の内にも美を賛ぜよ。


レイ

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送信者 : Dean Kelly

宛先: Paul Copland

件名 : Re: Tokyo nite


前回の添付写真、あれは何だ?

地下鉄の写真だってことはわかるよ。でもどうして皆、マスクをつけてるんだ?

まさか日本でひどい伝染病が流行っているんじゃないだろうな?

『流行っているのは外科医のコスプレだ』というオチを期待しよう。


そしてきみが何を心配しているのかわからないが、おれは質素かつ孤独に日々を送っている。

昨日はちょっとした出会いがあったが、安心してくれ。“彼”は男だ。


会社のビルには、月に一度くらいのペースで花壇のメンテナンスが来ているんだけど、数ヶ月前から、レイアウトのセンスが格段に上がったんだ。

担当者の技術力が向上したのか、もしくは担当者自体が変わったのか。そのどちらかだろうと思ってた。


そして昨日の午後、花に水をやっている男がいたので尋ねてみると、彼がこのビルを手がけるようになったのは、半年前からとのこと。

つまり、おれの読みは的確だったというわけだ!素晴しい審美眼だろ?

彼はフラワーコーディネーターという肩書きよりも、造園家という方がしっくりくる雰囲気を持っている。タフな男が繊細な花を扱ってるのは、かなりクールだ。


写真はエントランスの花壇で、白いのはガーデンシクラメン。

シクラメンはイスラエルで雑草なんだと彼は言っていた。

きみのいない寂しさを、花からの癒しで紛らわせているよ。

xoxoxo

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親愛なるグレイへ


きみがおれの手紙を楽しんでくれていると知り、嬉しく思っている。

ディーンとの出会いについて詳しく書かなかったことに、深い意味はない。きみは想像力が豊かなようだが、現実はそれとかけ離れている。

詳細を求めているようだから、少し説明しよう。


例のビルには美術品を扱う大手販売業者が入っていて、彼はそこの社員なんだ。

植え替えは月に一度だが、水遣りなどのメンテナンスは定期的に行っている。

ディーンは花壇を厳しい顔で眺めていて、おれは彼を無視して作業を続けていた。

こいつもまた『花など経費のムダ使い』という奴かと思ったんだ。

しばらくして彼は、この花壇のレイアウトはおれがやったものかと聞いてきた。

そうだと答えると、デザインは決まっているのかと、続けて質問する。

季節柄、使用できる花は決まっているが、すべて自分で考えるのだと説明すると、感心した様子だった。

さらに、ずっとここの受け持ちだったかと聞くので、半年前までは別の担当者だったことを伝えると「やっぱりそうか!」と叫んだ。

彼は続けて、「そうじゃないかと思ってたんだ。技術力の高い担当者に変わったんだと予想してたんだ」と嬉しそうに言った。そして「二階のホールにあるフラワーアレンジメントもきみの作品だろ?」と当ててかかる。それはもちろん正解だった。

こんな風に興味をもって話しかけてくる者は、めったにいるものではない。

彼はおれの花壇を褒め続け、ついでに自分自身の審美眼についても自画自賛していた。

ディーンは冷たい印象のルックスを持っているが、自惚れる様は可愛らしくもある。

おれたちは互いのことを少し喋り、時間にして五分少々が過ぎた。

つまり、きみが想像したようなことは、わずかも無かったというわけだ。


レイ

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送信者 : Dean Kelly

宛先: Paul Copland

件名 : The flu?


インフルエンザが流行ってるのはこっちも同じだ。

日本人はよほど慎重なんだな。

それともマスクを販売する会社に踊らされているだけなのか。


ドウェインの店のグッドラック・パーティは来週からで、閉店の日まで週イチで開催するらしい。今はDMを印刷するのに大忙しだそうだ。


例の“造園家”とは名刺を交換したよ。

前回おれは“フラワーコーディネーター”と書いたけど、ここには“フラワー・デコレーター”と記載されている。どう違うのかさっぱりわからないが…

個人情報は、レイ・ヘイヴンという名前しか書いてない。彼はメールアドレスを持っていないそうだ。


タニタさんには「ショウの成功を祈ってる」と伝えてくれ。

あと、おれはマスクはいらないし、カボチャについては疑わしいとだけ言っておくよ。


LUV,

D

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親愛なるグレイへ


二人房をひとりで使えるようになったということは、二段ベッドもひとりじめできるのか?

これ以上、うまくやることができたら、もうそこに定住するしかないようだな。


さて、今日の手紙は号外だ。ディーンにまた会ったんだ。

花壇に水やりをして、枯れた花をむしっていると、彼がエレベーターホールから姿を現した。

丁度、休憩時間だったので、昼食を一緒にどうかと誘ってみたんだが、彼は時間がなく「またの機会に」と言った。

わかるだろ? こういうのは体の良い断わり文句。“またの機会”なんてものはありはしないんだ。

しかしその数分後、彼はスターバックスを手に戻ってきた。

おれに温かいコーヒーを渡し「せっかく誘ってくれたのにごめん。また次の機会に」と同じ言葉を繰り返す。そこでおれは“またの機会”があるらしいことを把握した。


ディーンはいいスーツを着ていて、高級時計を腕にはめている。

彼はおれがもっとも苦手とする人種だ。高級車を乗り回し、ブランド物の服を身につけていながら、その本当の価値を知ろうともしない。

芸術を金で計るような奴らは、皆くたばればいい!(この単語は検閲に引っかかるだろうか?)

……と、これまではそう思っていた。

おれは偏屈で愚かだ。アメリカ的な偏見にまみれていることを哀しく思う。


コーヒーを飲み終えるまで、少し立ち話をした。

いつもおれが人にする質問、「好きな花は?」と聞くと、彼は「植物はなんでも好きだ」と答える。模範的だが詰まらん回答。

その中でも特に好きな花はあるかと食い下がると、彼は「メロウ過ぎるし月並みだからあまり言いたくないんだけど」と渋りつつ、「一番好きなのは薔薇だ」と、本当の答えを明かしてくれた。

彼が愛用しているフレグランスのトップノートは薔薇だそうだが、それについての説明がふるっている。

「女性的すぎると言われたこともあるけど、自分では気に入ってる。そもそも流行やファッションでフレグランスを選んでるわけじゃないんでね。好きな香りに包まれているのは気分がいい。それだけのことさ」と、こうだ。

要するに彼は、おれたちの仲間なんだろう。世間がどうあれ自分のセンスを優先させるというのは、実にゲイ的だ。


雨が降ってきた。この仮庵はさほど広くはないが、こうしてひとりでいると、余分な空間がやたら多く感じられる。

刑務所でそんなことを感じることはあるだろうか?

むしろそれこそがきみが求めているものかもしれないが。


レイ

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送信者 : Dean Kelly

宛先: Paul Copland

件名 : Re: PARTY!


きみが激務に置かれているのはわかっているけど、それでも言わせてくれ。

羨ましい!! 羨ましい!!!! 羨ましい!!!!!!

おれの仕事にそういう側面はまったく存在しないし、似たようなことがあったとしても、それは上司が参加するものだ。ともあれ、きみに楽しいことがあってよかった。


この間の件だけど、レイとおれが“親しく”していることについて、きみが何か気を揉むことがあるとは思えない。

レイ・ヘイヴン : 性別は男性。おれより五つ以上は年上と見える。

髪はヒッピー的に少々長め。生姜色の無精髭。全体的に芸術家っぽい雰囲気。

力仕事をしているだけあって、実用的な筋肉がついている(腹は六つに割れていると推測)。

ファッションは色褪せたジーンズとワークブーツ。オプションに軍手。男らしい色気。

英国風庭園を手入れする彼を、有閑マダムが「お茶の時間」と称し、引き入れる姿が目に浮かぶようだ。


どう? むしろ彼のことを好ましく思うのはきみの方じゃないかな?

レイの名刺はローマンの目に触れないところに隠しておく必要がありそうだ。

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親愛なるグレイへ


今回の手紙はきみが喜びそうな展開だ。

おれとディーンはバーで数時間を共に過ごした。

急展開なようだが、説明すればさほどでもない。


そのバーに行ったのは、閉店パーティの招待状を貰っていたからだ。

パーティと称された客集めは一週間も続くようで、おれはその店の内装を以前やったことがあった。招待を受けた理由はそれだけで、オープン以来、店に足を踏み入れたことはなかったんだ。

安く酒が飲めるいい機会だと、金曜の夜に寄ることにしたんだが、店はひどく混んでいて、ひどいテクノミュージックがひっきりなしにかかっている。

内装をやったときは気付かなかったが、その店はゲイの集まる店で、客のほとんどは男だった。

おれは安酒に釣られたことを後悔し、店を出ようとした。

客を閉じ込めようとしているかのように重たいドアを押し開けると、そこに居たんだ。ディーンが。

おれたちは偶然の再会を喜び、カウンター席で隣同士に座った。

おれは黒ビールで、彼はジントニック。両者共、冒険とは無縁のオーダー。


ディーンはその店に何度か来たことがあると言い、友人をひとり紹介してくれた。

ローマンという男で、美術品のような容姿を持った、わかりやすいタイプのゲイだ。

彼は会った瞬間から、おれの身体を舐めるように見つめてきた。頭のてっぺんからつま先まで眺め終えると、今度はひっきりなしのおしゃべりが始まる。テクノミュージックに続いての拷問だ。

ローマンが去った後、おれはディーンを別な店に誘ったが、断わられてしまった。

彼はこの店に恩義があるようで、閉店時間まで居たいのだと言う。

おれは騒音に耐えきれず、先に店を出た。

また次の機会があればいいが。


実はまだいくらか混乱している。

ディーンのような男と親しくなることがあるとは、思ってもみなかった。

アイデンティティの侵害に怯えているわけじゃない。

ただ単純に混乱している。

分析はやめて、聖なるマントラを唱えるべきだと、きみなら言うだろう。

だが、しばらく混乱に浸るのも悪くないと、おれは思っている。


無菌状態のレイ

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送信者 : Dean Kelly

宛先: Paul Copland

件名 : Re:


たぶんタニタさんが言ってるのは、デヴィッド・ドゥカヴニーのことだと思う。

以前ネットで見たことがあるんだ。違ってたらごめん。


今朝方に雪が降った。

そしておれは風邪気味だ。

原因は飲み過ぎと喋り過ぎ。

昨夜、ドウェインの店に行ってきた。そこで偶然、例の“フラワーデコレーター”に会ったんだ。

レイはひとりで来ていて、知り合いも他にいないようだったから、しばらく一緒に飲んだよ。

彼は以前、この店の内装をやったとかで、客として来るのは初めてだと言ってた。

元々は建築の方で、花をいじるようになったのは、ここ数年のことらしい。

コンクリートをこねたり、鉄筋を担いだりが、レイの元々の仕事だったんだ。なぜ彼がこんなに見事な筋肉を持っているのか納得がいったよ。


昨日はローマンも店に来てたんだけど、完全にレイの色気に吸い寄せられていた。

プリンス・チャーミングだらけのところに、突然ワイルドな狼が現れたもんだから大はしゃぎで、レイはちょっと引いてたと思う。


ローマンは酔っぱらって、店のボーイのうわさ話を始めたんだ。

「これってスーパー・スキャンダル。ねっ、びっくりよね~」って感じで。

するとレイは「ああ、その話か」みたいに返した。

ローマンは驚いて「えっ? 知ってたの?」と。

レイはビールをやりながら「別に特別な話じゃない」と言う。

そうしたらローマンは勢いをなくして、「あら……そうなんだ」と去って行った。

レイがローマンより早く情報を得ていたとしたら、すごいことだよな?

彼はこの店には初めて来たって話だったし、それで、なんで知ってたのかって聞いてみた。

おれとのやりとりはこんな感じ:

D「知ってたって?」

R「なにが?」

D「ローマンより早く、スーパー・スキャンダルを?」

R「ああ、そのことか。いや、まさか」

D「知らなかった?」

R「もちろん」

D「じゃあなんで知った振りなんか?」

R「知った振りはしてない。“別に特別な話じゃない”と言ったんだ。ああいう話はあまり好きじゃなくてね。悪いがシャットダウンさせてもらったよ」


彼の言い方は落ち着いていて、かなりクールだった。

あのローマンを平和的にやり込めたんだから、それはもう尊敬に値する偉業だ。

『特別な話じゃない』なんて括られたら、“スーパー・スキャンダル”を人に言いふらしたりはできないさ。皆が知っている話を噂するほどマヌケなことはないからな。少なくともローマンにとっては。


レイは昔風の男前で、50年代のLIFEの表紙になりそうな雰囲気だ。

未だ独身でテクノは嫌い。実際、店に長居はできず、一時間ほどで出て行った。


ローマンがフェイスブックにパーティの写真をアップしてる。

そこにレイも写ってるのでチェックしてみてくれ。タグ付けされてなくても、どれだかすぐにわかると思う。


オンラインのキスでは風邪はうつらないよな?

ウィルスバスターをインストールしてあるから、たぶん平気だ。

愛を込めて<3<3<3

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親愛なるグレイへ


この手紙がささやかな娯楽のひとつに数えられるのであれば、こちらも書きがいがある。知らぬ間に自慰的行為に没頭しているのではないと証明され、安心もしたよ。

でもしばらくは書けなくなる。

サンフランシスコ行きが、とうとう決まったんだ。

新しい住まいは先方が確保してくれた。

前々から望んでいたことではあるが、少々急な話だな。


これを読んでいるきみがどんな顔をしているか、また、どんなことを考えているかを当てるのは容易い。

ディーンのことでは、おれは“そんな手段”には出ないつもりだ。

とはいえ、二週間後には旅立たなければならない。

時間がないのは承知の上……


 あなたが摘める間に

 薔薇の蕾を摘みなさい

 時は待ってはくれない

 今日、微笑にあるこの薔薇は

 明日にはもう散ってしまうのだから

      ロバート・ヘリック


きみが教えてくれたマントラは有効に働いている。

しかしLSDほどに即効性はない。残念なことに。

おれは手に入れられるすべての助けを必要としている。

手に入らないものについては……考えるまでもない。


レイ

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送信者 : Dean Kelly

宛先: Paul Copland

件名 : old school


ローマンのタイプは古風な男なんだな。

彼の男の好みについて考察を巡らせたことはなかったから、気付かなかった。

でも、じゃあ、いつも連れてる奴らはどうなんだ?

例のダンサーとかモデルとか、“オシャレフリーク”な男共は?

ああいうのは火遊び用の彼氏で、本命は真面目で古風な男だってのか?

おれの親父に惚れたことを思えば、納得がいかなくもないが……

しかし、“真面目で古風な男”は、果たして“ローマンみたいなタイプ”を選ぶだろうか。

あいつはそこのところを、もっとよく考えるべきだと思う。


今夜、レイと飲みに行く約束をした。

このまえはテクノポップに邪魔されて会話どころじゃなかったからな。

クィアじゃない友人は久しぶりだ。

イケメンとの初デート。何を着ていったらいいと思う?

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親愛なるグレイへ


もっとも強烈な麻薬は恋だ。

激しい高揚感を得ることができるが、副作用もひどく、限りない愚かさがもれなくついてくる。

恋をした状態で“目覚めている”というのは、簡単なことではなく、多くの若者は中毒の度合いがひどい。

フルシチョフという名の犬が近所にいたが、そいつは雌を追いかけたあげく、車に跳ねられて死んでしまった。

恋によって盲目になるのは、人間だけではないと、彼の死が証明している。

おれは若者ではないが、やはり愚かだ。


さっきまでディーンと一緒に居た。

静かなバーでふたりきりというシチュエーションだ。

サンフランシスコに行くことを伝えると、彼は落胆したようだった。

残念がる様子を見て、矢も盾もたまらなくなった。

素直な相手には、紋切り型の誘い文句がもっとも有効だ。

「よかったら、これからウチに来ないか」

おれがそう言ったときの彼の顔……。

グレイ、きみは想像できるだろうか。

彼はこれまで、チラともこっちの思惑に気づいていなかったんだ。

そうでなければ、あれほど目を丸くして、おれの顔をまじまじと眺めたりはしないだろう。


抵抗を口にしながら射精するような男がおれは好きだ。

ディーンはまさしくその類だと推測するのだが、残念ながら一夜を共にとはいかなかった。

今夜はマントラを唱えて眠りにつくとしよう。


レイ

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送信者 : Dean Kelly

宛先: Paul Copland

件名 : Rose, Rose, Rose…Roses


残念だけど、きみにレイを紹介することはできなくなった。

まずは添付の写真を見てくれ。これはうちの会社のエントランスだ。

中央の花壇はレイが手がけているもので、今は黄色の薔薇で埋め尽くされている。


上部は吹き抜けになっているんだけど、ここは太陽光が入り過ぎて、弱い花はすぐ駄目になるんだ。

だから切り花なんてものは、使っちゃならない。月に一度の植え替えを待たず、枯れて茶色くなってしまうのは目に見えている。


本来であれば、もっと日持ちする植物を植えるべきなので、うちの会社はフラワーコーディネーターの派遣元に苦情を申し立てた。しかし当の本人はサンフランシスコに行った後……。

後続の担当者が花壇を元に戻すそうなので、薔薇が拝めるのはあと数日だ。

エントランスを通る皆が、写真を撮りまくっているよ。


この時期の薔薇がどのくらい高価か想像つくだろ?

そしてレイは自費で花を購入したらしい。

なぜこんなことを彼はしたのか……


きみにとってはショックかもしれないが、黙っていることはできないので、真実を話そう。

おれはレイに口説かれたんだ。

先日、彼と飲みに行ったとき、家に来ないかと誘われた。

彼がゲイだとは知らなかったし、ましてや自分に気があるなんてことは、想像もしなかった。

そのとき初めて、恋人がいるんだってことを、レイに伝えた。

彼は「それなら仕方ないな」って感じでクールだったんだ。


だから、後になってこんなパフォーマンスをやってのけたのは、本当に驚きだ。

黄薔薇の花言葉は“友情”だと、ローマンが教えてくれた。

他にも説があって、“あなたを恋します”と“笑って別れよう”とも。

どう転んでもぴったりくる。


この件について、ローマンはいたく感激したようで「うっとりしちゃう〜」と羨ましがっていた。

レイの連絡先を教えて欲しいとしつこく頼まれたが、貰った名刺には名前しか書いてない。

彼の派遣元に聞けば何とかなるかもしれないが……それはやめておこうと思う。

こんなにドラマチックなんだ。それは蛇足ってもんだろう?

(それに、彼にローマンを近づけたくはない!)


正直なところ、レイが惚れたのがきみでなくて良かったとおれは思ってる。

彼の計らいには、確かに感激したが、うっとりはしなかった。

ポール・コープランドへの思慕が募ってるんだ。

明日は空港に迎えに行くよ。

ところできみは何の花が好き?

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親愛なるグレイへ


押し倒せというのは穏やかじゃないな。些か刑務所に毒されてやしないだろうか。

きみがディーンと会ったら、きっとそんなことは言えないはずだ。

彼は押し倒してどうこうできる相手じゃない。

もし強引な真似をしたら、ディーンは怯えておれに近づかなくなるだろう。

怒りにかられるより、怖れを持つ。そういう男。

愛にまつわる想い出は美しかるべきだ。

無体なことをしなければ、いつか再会したときに気まずくならずに済む。

そのときに改めて口説くこともできるだろう。

おれは気が長いんだ。


これからひと月ほど、手紙を書けなくなる。

大きな荷物はすべてサンフランシスコに送った。

マンハッタンはおもしろい街だったよ。

次に来るときは観光客としてだ。

新しい街には希望しかない。


レイ

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送信者 : Roman Destiny

宛先: Paul Copland

件名 : sad...


そぉいう気遣いはしなくていいわよっ!

別に振られたわけじゃないんだからっ!!!

ただ〈死ぬほど羨ましい〉ってだけ!それだけですから!


> ディーンは「感激したが、うっとりはしなかった」って。


ディーン以外の全員がうっとりしたわよっ!

なんでそういうことがあたしに起きないわけ!?

なんだってあんたのカレシばっかりいい目を見るの!?

確かにハンサムだってことは認めるけど、それならあたしだってそうでしょ。

ディーンはノンケマニアを惹き付ける魅力があるのね、きっと。

はぁ〜 もうため息しか出ない……

ジェスはカナダに帰っちゃったし、ウィリアムはフー・ファイターズの仕事でツアーについて回ってる最中。ダニーは宗教に目覚めてから恋愛に興味をなくすわで、あたしの周りから男が消えていってるのは何かの呪い?

去るにしても、花壇いっぱいの薔薇を残すとか、そういう気の効いたことをして欲しいわよね。


> やっぱりレイが男だからだと思う。ディーンはイケメンから迫られても喜ばないよ。ぼくたちと違って。


ディーンはいつになったら"本物のゲイ"に目覚めるのかしら?

別に浮気を推奨してるわけじゃないわよ。ただ、レイみたいな人から告白されても、ぜんぜん、すこしもドキドキしないのは詰まらなくない?

豚の前に真珠を投げるようなものね。あーもったいない!


ところで前に書いてあった件だけど、それはモルダーよ!デヴィッド・ドゥカヴニーよ!間違いないから!

でも、なんだか如何にも人ごとよね〜

あたし? あたしだったらすぐに逃げるに決まってる!


それと、長くなるからここには書かないけど、ドウェインのところのニコラスいるでしょ、ギリシャ系の。

彼にまつわるスーパー・スキャンダルを入手したの。あんたが帰って来たらゆっくり話してあげるから、お楽しみに!


ひとりで時間をもてあましてるローマンより

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