第33話:スペインからの熱風(Physical Attraction)
自分のアイデンティティを真に理解することは、人生において重要なことだ。
アメリカ人の成人男性。それがおれの基礎的アイデンティティ。しかし“絶対的ではない”ということも理解している。たとえば外国に移住するなどし、元いた土地の言語を忘れ、新しい文化に完全に馴染んだ場合、“アメリカ人”というアイデンティティはもはや何の意味もない。また、男性として生を受けても、性転換の道を選び、肉体的にも精神的にも変化するケースもあるだろう。
自分の場合、国籍と性別は生涯変わることがないと信じているが、性的アイデンティティに関してしは、ものの見事に覆されてしまった。異性愛者だったディーンは同性愛者のポールを恋人に持ち、同性愛者(ないしは両性愛者)だと他者から承認されるようになる。が、そこのところはどうも違和感があった。自分の感覚と現実とが合致せず「自分は本当にゲイなのか?」と自己認識の危機に怯え、悩んだこともある。そしてあげくの果てに友人のローマンに相談を持ちかけるという、もっともやってはいけないミスを犯すに至ったのだ。
しかし今となってはそれも笑い話。過去の混乱は完全に乗り越え……いや、“乗り越えた”と言うより、“どうでもよくなった”というのが正しい。結局のところ、どう定義しようとも、おれはおれでしかなく、同性愛者だろうと両性愛者だろうと、ポールを愛することに何の問題もないと気づいたからだ。
アイデンティティを理解するのは大切だが、真実の追求が自分に混乱をもたらすだけなら、求道者ではなく、間抜けな幸せ者として生きた方がいい。
そんなユルい概念を持ったおれだが、まれに求道者になることもある。『自分は何者なのか』『何が本当の望みなのか』。間抜けな幸せ者であり続けるためには、真実を追い求める時期も必要。そうでないと、ただの間抜けになってしまう。
そしてここにいるのは“ただの間抜け”であるディーン・ケリー。筋肉質の身体をラバースーツで包んだ男から、しきりに色目を使われ、逃げ出す隙を完全に失っているところだ。
彼とは初対面だが、とてもフレンドリーで親切な人物だとわかる。男でありながらキャット・ウーマンの仮装を選ぶようなセンスは嫌いじゃないし、パーティで口説かれるというシチュエーションでなければ、そしてここにポールがいたならば、喜んで彼との会話に興じたことだろう。
セクシーガイからロックオンされても嬉しく思えないのは、おれがゲイとしてまだ未熟だからだろうか? さりとてゲイとして成熟したいかといえば、その答えは“やめておきます”と言うしかない。
キャット・ウーマン・ガイから迫られるという非日常的体験をするのは年に一度あるかないかで、こんなことが起きるのはローマンの誕生日ならではだ。パーティのゲストは皆コスチュームを身に付けていて、どれも見事の一言に尽きる。バーカウンターにいるのはダースベイダーで、ジョーカーと談笑しているのはフック船長。レクター博士はマスクの隙間からストローを入れてカクテルを飲み、鉄の爪にバーベキューを刺しているのはエルム街のフレディ・クルーガーだ。誕生日のテーマにヴィラン(悪役)を選んだということは、ローマンもようやく己が邪悪であることに気づいたのかもしれない。
情熱的なナンパから逃れ、今夜の主役を探し当てると、ローマンは白い軍装を身につけていた。すっきりした装いに悪役らしきところは微塵も感じられない。
「誰かと思った」と声をかけると、彼はキリッとした顔で敬礼をしたが、すぐに「どうお? あたしイカしてるでしょ?」と、相好を崩す。
「今年は派手な衣装はしないと聞いてはいたけど、まさか軍人とはね。軍隊を嫌っているきみらしくない」
「軍隊は嫌いよ。でもセクシーな軍人さんは大好き」
「でも軍人をヴィラン呼ばわりするのはどうかと思うけどな」
「これは『トップガン』のアイスマンなの。わかりにくいって大評判」
「あれは悪役?」
「いいの、わたしはこの衣装が着たかっただけなんだから。単なる自己満足。それで? あなたの仮装は? なんだか普段着みたいに見えるけど」
「普段着だ」
「仮装は強制じゃないけど、少しくらい歩み寄りが欲しかったわね。牙のマウスピースでドラキュラとか、黒いスーツにサングラスでギャングでもいい。何も全身タイツを着ろってんじゃないんだから」
「そうだな。おれにはキャット・ウーマンの格好は無理だ」
「あら、彼に会ったのね」
「会ったどころか、全力で口説かれたよ。ポールがいないとすぐこれだ」
「そういえばポールは? 一緒じゃないの?」
「風邪で寝てる。さほど酷くはないけど、ひとりでいるのは心細いだろうから、悪いけどすぐ帰るよ。実は仮装もちゃんと用意してたんだけど。これ、おれとポールから」
「わざわざプレゼントを届けるためだけに? 嬉しいわ。どうもありがとう」
話をしている間、携帯のバイブ音がひっきりなしに聞こえている。それはアイスマンの尻ポケットから。鳴っていることを教えてやると、ローマンは「知ってる」と、そっけなく言った。
「出なくていいのか?」
「いいの。彼とはさっき話したばかりなんだから」
「ははあ、そろそろ潮時だな」
「ボーイフレンドじゃないの。ただの友達よ」
「じゃあ出てやれよ」
「だから、ついさっき話したばかりなんだってば。“今日はパーティだから後日ゆっくり”って言ってるのに、しつこくって」
「何かトラブルでも?」
「そういうんじゃないの。単にしつこいだけ。彼はスペインの人でね。ニューヨークで仕事の予定があるんですって。明日到着するから滞在中は泊めて欲しいって言うんだけど、わたしもいろいろ立て込んでて」
「断わればいいんじゃないか?」
「断ったのよぉ。でも彼は“誰か心当たりを紹介してくれないか”って、食いさがるわけ。あんまり無下にできない相手だし……とにかく面倒なのよね」ローマンはうんざり顔で携帯の電源を切った。
「無下にできない相手? きみが困るなんてよっぽどだな。そいつ何者なんだ?」
「簡単に言うと、ビッグネームね。いわゆるセレブってやつ」
「セレブなら宿泊費を浮かせる必要はないよな。どうしてホテルに泊まらないんだ?」
「ホテルは嫌だって。彼のお里では、海外から来た客をホテルに泊めさせるなんてことはないそうよ。たとえ仕事の付き合いでも、家に招くのがお里の流儀」
「お里じゃそうかもしれないが、ここはアメリカだ。やたらと人を家に泊めるなんてできないだろ」
「身元はしっかりしてるのよ。有名人だし、お金持ちだし、あたしの友達だし」
「最後の部分で弱冠、信頼が落ちた気もしないでもないが……有名なセレブなのか? 名前は何て言うんだ?」
「カルロス・バレーロ」
「なに!?」
「あら、知ってた?」
「知ってたも何も……」
カルロス・バレーロは世界的に有名なダンサーだ。フラメンコを基礎としたその踊りは、鮮烈で情熱的。自由な発想で振り付けられた難易度の高い舞踊を、彼は何の苦もなく踊ってみせる。伝統と前衛のミックスチャーは、まさしくコンテンポラリーの真骨頂。目の眩むようなハンサムで、類い稀な才能があり、ハタチそこそこでありながら、すでにひと財産築いている。
「……そんな素晴らしいアーティストを家に招きたくないって?」
「わたし忙しいのよ。仕事が立て込んでるって言ったでしょ」
「ちょっと待て。きみと付き合いがあるってことは、もしかして彼は…..」
「ゲイかもって? いいえ、カルロスは完全にヘテロよ。しかもかなりの女ったらし」
ローマンは最後の部分をいかにも嫌そうに発音した。なるほど、カルロスを自宅に呼びたくない理由はこれか。ヘテロで女好きときたら、彼を泊めてやるメリットはローマンにはないだろう。カルロスが女にモテるのは当然だが、ゲイのローマンからすれば、面白くも何ともない話だ。
そこでおれは「泊まるところが必要なら、うちはどうかな?」と提案する。「ホテル並とはいかないが、暖かいもてなしには定評がある」
「うーん……どうかしらね」ローマンは腕組みをして目を細めた。
「大スターをソファで寝かせたりなんかしない。ちゃんと部屋を与えるし、食事だって」
「あなたの一存で決められることじゃないでしょ。家にはポールもいるんだから」
「彼は困っている人を見過ごせない性格だ。きっと二つ返事で了解してくれるさ」
「まあ、そうでしょうけれども」
「頼むよ、ローマン。頼む」
「そんなに言うなら、聞くだけ聞いてみましょうか」
「ああ、有り難い!」
「ところであなた、今夜ポールと一緒に来れたら何の仮装をしようと思っていたの?」
「おれは『サイコ』のノーマン・ベイツ。ポールは『三匹のこぶた』のビッグ・バッド・ウルフだ」
「あら素敵。見れなくて残念。ポールに“お大事に”と伝えて頂戴」
それから一週間後。我が家にやってきたのはダースベイダーだ。堂々と玄関に立ち、例のくぐもった声で「おまえの名前は?」と訊ねるので「ディーン・ケリー」と答える。
「ディーン、わたしはおまえの父親だ」おごそかに告白するベイダーにおれは叫ぶ。「嘘だーーーーッ!!」
お約束の場面を演じ終わり、ベイダーは笑いながらマスクを取った。現れたのはカジュアルな笑顔。濃い睫毛の奥に輝く瞳は地中海のダークブルー。豊かな黒髪は絹糸のごとく、すらりとした肢体は豹を思わせる。その美しさには誰もが魅了されずにはいられない……。彼こそがカルロス・バレーロ。若干22歳でスペインを代表するダンサーだ。
彼はしなやかな腕でおれをハグし「招いてくれてありがとう」と耳元でささやいた。そして頬に触れないよう、軽い音のするキス。こちらも真似してキスを返す。これはゲイ的なやりとりではなく、ヨーロッパ式の挨拶だ。
カルロスのスーツケースを運び、部屋に招き入れる。こんな夢のような瞬間が我が人生に訪れようとは思ってもみなかった。生まれてきた喜びをかみしめていると、カルロスが奇声をあげた。見ると、彼はテレビに向かってハグでもするように両腕を広げている。
「でっかいな! これはいい!」
うちのテレビは60インチで、ホームシアターというほどではない。セレブな金持ちがこの程度の設えに驚いていることが不思議に思えた。
カルロスは紙袋からゲーム機の箱を出し「このテレビにプレステを繋いでもいいかな?」と聞く。
「プレステ?」
「さっきダースベイダーのマスクと一緒に買ったんだ。迷惑じゃなかったらセッティングさせて欲しいんだけど」
「ああ、もちろんいいよ」
「ありがとう。テレビが見たいときは遠慮なく言って。ゲームの電源を落とすから」
カルロスは箱を開け、さっさとケーブルを繋ぎ始める。彼がゲーム好きとは初耳だ。趣味はサーフィンと乗馬だと聞いていたが。それにベイダーマスクをかぶっての登場も予想外のこと。クールなキャラクターだと思い込んでいたので驚いたが、ユーモアがあるのは好感が持てる。意外な側面を知ることができるのはファンとして嬉しい限りだ。
カルロスのニューヨーク公演は十日間。我が家での滞在期間は二十一日間。セレブを泊めることについては、数日前にポールに相談した。彼はカルロスのバックグラウンドをわかった上で「構わないよ」と即座に承知してくれた。
「そうか、ありがとう。やっぱりきみは優しい男だ」
「ぼくが完全に親切心だけで承諾したと思う?」
「それはどういう意味だ?」
「かっこいいダンサーに興味がないといったら嘘になるからね」
「それを言うならおれだって。親切心からじゃない。カルロス・バレーロに興味がある。泊めてやる動機はそれだけだ」
「きみに浮気心があるなら許さないところだけど、純粋にミーハーな心理から言ってるんだってわかるから責めはしないよ。ところで、もしぼくがカルロスになびいたらどうする?」
「そんな気持ちがあるのか?」
「現段階ではないけど」
「そうなったらおれがどうするかって? 決まってる。カルロスを追い出すよ。誰であろうとおれの男に手を出そうとする奴は許さない」
「それを聞いて安心したよ」
「よく分からないな。一体どう安心したんだ?」
「わからなくていい」
ポールはおれにキスし、この話はこれでおしまい。カルロス・バレーロを招く準備は整った。おれの男はイケメンと見ればなびくような尻軽ではないし、おれ自身もまた然り。セレブリティ滞在中は三人でハッピーに暮らせるはずだ。
ゲストルームに荷物を運び入れ、DVDにサインしてもらい、カルロスがゲームをしている間、おれは晩飯の支度をする。手料理とアルコールは我が家のもてなしの基本だ。
人参をブレンダーにかけていると、ポールがキッチンにやってきた。
「何度か声をかけたんだけど」と言うので、おれは「悪い。聞こえてなかった」とブレンダーのスイッチを切った。
「カルロスとは?」
「うん、話をしたよ。彼、ゲームを持ってきたんだね?」
ポールはテレビゲームの類が好きではない。事後承諾になってしまったことを謝ったが、彼は「別にいいよ」と許してくれた。「短い間だけだし、そこまで神経質にゲームを嫌ってるわけじゃないから」
ポールは自分を曲げてくれたが、この手のことは最初に確認しておくべきだったかもしれない。カルロスはタバコを吸うだろうか? 食べ物の習慣はどうだろう? おれが考え込んでいると、ポールは「ゲームは構わないけど……」と、言いにくそうに切り出した。
「カルロスは女たらしだって、ローマンが話してたけど、まさか女性をうちに呼んだりはしないよね? 恋人を紹介してくれるのはいいけど、一夜限りの相手を連れ込まれるのは嫌だな」
「ああ、それは困る。もし人を招くなら、どこの誰かを事前に明らかにしてもらおう」
ガールフレンドはオーケーで、娼婦とグルーピーは立ち入り禁止。テレビゲームの持ち込みは可。ダースベイダーも特別に可。冷蔵庫のものは自由に食べていい。23時以降のテレビや音楽はヘッドフォンを使用のこと。
簡単なルール説明の最後に「気楽に構えてくつろいで」と言うと、カルロスは「グラシャス! そうさせてもらうよ!」と人懐こい笑みを見せた。
今夜のメニューは、具だくさんのミネストローネに、赤身肉のロースト。ハーブのサラダはカッテージチーズ風にした豆腐を和え、パンやクラッカーはなし。ワインは無添加のものを用意した。カルロスは「好き嫌いもアレルギーもないし、なんでも食べる」とのことなので、食材や調理に困ることはなかったが、ダンサーの食事がどういうものかわからない。この量では多すぎるのかもしれないが、そのあたりは本人が取捨選択するだろう。
食事中の話題は、互いが愛する芸術について。彼はダンスでこっちは絵画。共通点はなさそうに見えるが、実はそうでもなく、おれの敬愛する画家、故デニス・ダディコフの連作『踊る人』は複数のダンサーをモデルとして描かれたものだ。そして、そこにはカルロス・バレーロも含まれていると聞く。
その話を振ると、彼は「そうみたいだね」と頷いた。カルロスはワインを手酌で注ぎながら「でもおれは話してないんだ、あの画家とは」と言う。「当時はまだ子供だったから。でも彼が練習を見に来たときのことは覚えてるよ。ホームレスみたいなおっさんがスタジオに来てるなと思ったんだ。有名な画家だと聞かされたけど、ピンとこなくて。挨拶も笑いもしない彼のことを怖い人だと思ってた」
「おれも面識はあるけど、実際怖い人だったな。口は悪いし、無遠慮に罵倒されまくった」
「そうなんだ。じゃあ会話しなくて正解だったな。おれは泣いてたかも」
会話の途中でポールが「カルロス」と名前を呼んだ。「さっきから気になってたんだけど、もしかしてきみの携帯…」
「うん?」
「ずっと鳴ってない?」ポールはソファの上にあるカルロスのジャケットを目で示した。
「そうか、マナーモードにしてなかったかも」とカルロス。
「出なくていいの?」
「後でかけ直す。マネージャーなんだ」カルロスは肉を口に放り込み「マネージャーはおれのことを束縛しようと必死なんだよ」と言う。「あれを食うな、あれをやるな。どこそこに行くな。……こっちはいい大人なのに、うるさいったらない。ホテルだとマネージャーから逃れられないから、人のうちに泊まることにしてるんだ」
明け透けに話すカルロスは、想像していたよりずっと気さくだ。彼はテレビのトーク番組などに出演することはなく、インタビュー記事も少ない。取材を受けないため、ミステリアスなキャラクターとして知られている。
おれがそう言うと、カルロスは「それもマネージャーの策略だよ」と答える。「“人前で喋るな”って命令されてる。おれが言ってもいいのは、“はい、いいえ、ありがとう、失礼しました、こんにちは、さようなら”。オウムだってもっと語彙があるよ」
「じゃあ、きみの趣味がサーフィンと乗馬っていうのもマネージャーの策略?」
「一体どこでそんなことを? 見てわかると思うけど、おれの趣味はテレビゲームだ。馬に乗ったことなんか一度もないよ」
メディアと実像には往々にして隔りがあるが、これはひどい。彼のマネージメントはイメージ戦略フリークだ。カルロスは普通の人間で、朝露を食料にするようなキャラクターではない。「食べ終わったら一緒にゲームをしよう」と誘う姿は少年のよう。おれは虚構より実像の方が気に入った。
うちの客用寝室は通常、物置になっていて、客が来る時のみ掃除される。しかし今回ばかりはそうもいかない。狭苦しい客用寝室はスペシャルゲストにふさわしくないと判断した結果、ポールの部屋を空けて、そこで寝泊まりしてもらうことにした。
就寝前にカルロスは歯を磨きながら部屋じゅう歩き回り(歯磨き中に歩き回る人間は珍しくない。おれの元カノはそうだった)「ここは眺めがいいな」と、ベランダからの景色を見て言った。
「夜景がすごい。ニューヨークにいるって感じがする」
おれは隣に並んで立ち「気に入った?」と聞く。
「うん」とカルロス。「素敵な住まいだ。気に入ったよ」
ああ、よかった。彼はここが気に入ってくれた。『やっぱりホテルに戻るよ』と言われるのをおれは恐れていたが、これなら帰国までうちにいてくれそうだ。
歯を磨いている彼を見ると、頬に小さな吹き出物があるのを見つけた。
「カルロス、それ、気づいてる?」
「何が?」
「頬にニキビがある」
指摘すると、カルロスは手で触れ「あ、ほんとだ」と、おもむろに指先でそれを潰した。おれが「えっ」と声を上げると、カルロスが「何?」と訊く。
「いや……だって公演前に顔に傷をつけるなんて」
「傷? こんなの傷のうちに入らない。ドーランで隠せばわからないよ」
遠目ではそうかもしれないが、最近は映像技術が上がっている。それに観客から見えないからといって、そのままにしておくのはあまり良くない。歯磨きが終わるのを待って、彼のニキビ跡に軟膏を塗ってやった。カルロスは「別にいいのに」としながらも嬉しそうだ。歯磨きのミント臭をさせ「ありがとう」と、おれの頬にキス。ヨーロッパの人間はやたらめったらキスをする。こっちはそんな習慣はないので、どうにもこそばゆい気持ちだが、憧れの男から感謝を受けるのは気分がいい。スーパースター来訪の初日は、こんな風に過ぎていった。
初めに感じたのは手の感触だ。胸を撫でられ、それから腹に。下腹部に到達する前に、歯が乳首を捉える。おれは深く眠っていたので、ポールが誘ってきたことに気づかなかった。明日も早いのでセックスはなしだと思ったが、パートナーがここまで盛り上がっているのであれば応じないでもない。
「ポール……ちょっと待ってくれ……こっちへ……」
今や下半身を攻めんとする手を掴むと、相手は「ポールじゃない」と言う。
ポールじゃない? だったら誰だ? シーツをめくると、そこには全裸のダンサーがいた。
「カルロス!?」
「やあ」
「ど、どうしてきみが!? ポールはどこだ!?」
「質問に答えよう。ポールはいない。どうしておれがここにいるかはお察しの通りだ」
そう言うと、カルロスはおれのモノを咥えにかかった。
「待て! やめろ!」
「どうして? きみもおれのことが好きだろ?」
「好きだが、こういう意味じゃない。それにおれにはポールがいる」
「じゃあ、彼も入れて三人で…」
「やめろやめろやめろ! ポールに馬鹿げた提案をするな! 今すぐおれのベッドから出て行ってくれ!」
「嫌だね」
カルロスはおれに抱きついた。その肌のなめらかなこと。思わず前言を撤回したい気持ちになったが、それは0.1秒だけだ。おれにはソッチの趣味はない。あ、いや、あるが、少なくとも彼にはない。いかにカルロスのキスが素晴らしかろうとも……。
深々と舌を口に入れられたところで目を覚ます。
夢だ。
ああ、そうか。夢だったんだ。もちろん、そうだろうとも。こんなことは夢に決まってる。硬く勃起しているが、これは朝勃ちだ。もちろん、そうだとも。昨夜彼からキスされたせいで脳みそが勘違いしたのか。頬チューだけでこんな夢を見るとは、もしかしたら欲求不満が蓄積しているのかもしれない。
朝のシャワーを浴びるべくバスルームに行くと、ちょうどカルロスが出てくるところだった。
「おはよう」
「おはよう」
シンプルな挨拶。おはようのキスはなし。まったく、馬鹿げた夢を見たもんだ。
おれが仕事に出ている間、カルロスはスタジオに練習に行き、こっちが仕事を終える前に帰宅している。家で見る彼の姿はずっと同じ。テレビの前に座り込んでゲームだ。ときどき画面に向かって英語とスペイン語で悪態をついて、箱からチョコレートをつまんでは口に放り込み、砂糖たっぷりの炭酸飲料で流し込む。ダンサーのプライべートを知るのは初めてだが、こんなに糖分を取るのは珍しいケースじゃないだろうか。
夕食に何か食べたいものがあるかと彼に聞くと、カルロスはテレビ画面から視線をそらさず「なんでも」と答える。
「食事制限は? 例えば、炭水化物についてとか」
カルロスはコントローラーを操作しながら「そういうのはないよ」と言った。「おれはパンもパスタも米もよく食べるし……あーっ!やばい死ぬ!」がっくりと頭を垂れ「チョコレートのケーキが食べたい」とつぶやく。「晩飯は何でもいいよ。でもデザートはチョコケーキがいい」
チョコケーキ? 今チョコレートを食べてるのに? そんなおれの疑問が顔に出たか、カルロスは子犬のような目つきで「ダメかな?」と聞いてきた。それがあまりに愛らしいので、おれは思わず「いいよ」と即答。よく考えたら、それはあまりいいことではないのだが、ジャンプして喜ぶ彼を見ていると『たまにはケーキくらい構わないだろう』という気持ちになってくる。ひょっとすると普段は厳しい食事制限に耐えていて、ここにいる数日間は羽を伸ばしたいのかもしれない。そのかわりメインのメニューはしっかりヘルシーに抑えておこう。
【今夜の夕食メニュー】
・玉ねぎと赤レンズ豆のスープ
(レンズ豆はタンパク質が豊富な食品だ。煮込んでミキサーにかけると食感がなめらかになって消化にもよい)
・キノコとチコリのサラダ
(チコリとチーズの相性は最高だが、カロリーが高い。チーズのかわりに茹でたキノコを乗せると、満腹感のあるサラダになる)
・イカとトマトの煮込み
(イカは高タンパク低カロリーな食品。トマトは栄養のみならず、脂肪燃焼効果もあり、ダイエットにはうってつけ)
我ながら完璧だ。自分で言うのも何だが、おれはいい奥さんになる気がする。
食後のケーキもヘルシーなものを選んだ。ココナッツオイルとオーガニックのカカオを使用したロー・チョコレート・ムースケーキ。マンハッタンのいいところは、健康食品が充実していること。見た目は普通のケーキでも、アレルギー仕様、マクロビ仕様、ビーガン仕様など、様々なニーズに対応している。甘い物を我慢せずとも、魅力的な容姿を保つことは可能なのだ。
キッチンで自画自賛していると、いつの間にか出かけていたカルロスが戻ってきた。
「ちょうどよかった。晩飯ができたところだ」
「おなかペコペコだよ。あと、これ。ケーキ」
「ケーキ?」
彼が差し出す箱を開くと、そこには巨大なチョコレートケーキが鎮座していた。つやつや光るチョコレートコーティングの土台に、バタークリームで作った色とりどりの花が咲き乱れ、その上にカラフルなチョコスプレーが吹き付けてある。おれが子供の頃に好きだったようなヘビーなケーキだ。
「こいつはまた……強烈なのを買ってきたな」
「いいだろ? 食後が楽しみだ」
「まあ、たまにはこういうのもいいな」
カルロスは目をキラキラさせているが、おれは内心冷や汗をかいていた。こんな暴力的なケーキを彼に食べさせていいものだろうか。かと言って、本人が買ってきたものに『食うな』とは言えない。
ポールはディナーのちぐはぐさに笑っていたが、カルロスがあまりにはしゃいでいるので「たまにはハメを外すのもいいよね」と、おれ同様、悪習を許す発言をした。
思うにカルロスは、この子犬のような目つきと態度で、多くの人に許されてきたのだろう。甘やかしてしまいたい気持ちにさせる何かが彼にはある。それが観客を劇場へと運ばせる、真の要因なのかもしれない。
チョコケーキは重たく、駄菓子のような味がしたが、この堕落には誰もが満足した。おれはコーヒーに口をつけ「明日から縄跳び百回だ」と自戒。カルロスは「すごい。頑張って」と応援してくれた。ロー・チョコレート・ムースケーキの出番はない。明日、職場の女子社員に配ってしまおう。
カカオマスと砂糖で精神が高揚したので、夜は恋人に襲いかかる。
「きみって本当にわかりやすい」とポールはぼやいたが、表情を見ると、まんざらでもなさそうな様子。
ベッドに彼を押し倒し「摂取した分、カロリーを消費しないとヤバいだろ?」と言うと、ポールは「縄跳び百回は?」とキュートに訊ねる。
「おれはそれよりもっといい方法を知ってる。知りたいか?」
「うん」
「じゃあ今から実践で…」証明しようと唇を重ねたところで、勢いよく寝室のドアが開いた。
「ディーン! さっきのケーキだけど……おっと、ごめん」
服を脱ぐ前で助かった。人と同居している間は、ドアに鍵をかけるべきだ。特にのっぴきならない状況にある場合は。
「邪魔したね」とカルロス。おれはポールから身体を離し「どうしたんだ?」と訊いた。
「さっきのケーキがまだ残ってるんだけど、食べても?」
「ああ、いいよ。好きに食っていい」
「どうも。では続きをどうぞ。オール・ニード・イズ・ラヴ」カルロスは出て行った。
ポールはくすくす笑い「なんだか調子狂っちゃうね」と言った。確かに調子は狂ったようだ。興が削がれて、セックスに戻るムードじゃない(もちろん縄跳びも然り)。ポールは糖分とインシュリンの関係性について説明し始め、それはいい子守唄になった。
翌朝驚いたのは、ケーキの箱がゴミ箱に突っ込まれていたこと。あの巨大なホールをカルロスは一晩で、ほとんど一人で平らげたのだ。おれも甘いものは好きだが、さすがにこれは胸焼けがする。こんな暴力的なことをするなんて、カルロスの身体は大丈夫なのか。もし公演に差し障りが出たら、それは食べ物のせいに違いない。しかしこれだけではなく、恐ろしいことはまだ続いた。
仕事から帰宅すると、油の匂いが鼻についた。リビングからはゲームのサウンド。これはいつものことだが……。
「カルロス?」
「おかえり」
ゲームに熱中する彼の傍には、アメリカのアイコンともいうべきファーストフードのパッケージが大量に置いてある。
「マクドナルド?」
カルロスは振り向かずに「大好物なんだ」とつぶやいた。
「そうか。大好物。でもずいぶんたくさん……」
「食う?」
「いや、おれはいい。サラダとかは買わなかったのか?」
「うん」
「今度から野菜も一緒に買った方がいい」
「野菜ならある」
そう言ってフライドポテトをつまみあげる。
「それは野菜じゃない。油と塩だ」
「よしっ! ステージクリア!」
カルロスはようやくコントローラーから手を離してこちらを向き「もしかしてダイエットとか気にしてる?」と言う。「それなら問題ないよ。一日10時間も踊ってたら太る暇なんてないからね」
おれが気にしているのはダイエットじゃない。健康だ。今はよくても40過ぎたらどうなる? 一日10時間のダンスをやめたら? その頃になって生活習慣を変えようったって無理な話だ。こんな食生活をしていたら、40過ぎまで生きられないかもしれない。
カルロスはポテトを頬張り「それにきみも縄跳びをしてるんだろ?」と言う。
「縄跳び?」
「縄跳び百回。やってるんじゃないの?」
「ああ、あれか。あれは冗談だ。本当にやるわけない」
「そっか」
カルロスは油まみれの指を舐め、それをシャツの裾で拭いて、再びゲームに戻った。まるで子供だ。マネージャーが心配するのもわかる。彼は自己管理ができないタイプなのだ。
それを裏付けるように、カルロスはまたもケーキを買ってきた。
「昨日食べたばかりなのに」とおれが言うと、彼は「うん、あれが美味しかったから。また食べたくなったんだ」と、悪びれもしない。
「そうか。でも今夜はやめておこう」
「なぜ?」
「糖分を過剰に摂ると、身体の中でどういう変化が起きるか知ってるか?」
「もちろん! セクシーな気分になって性欲が増進するんだ」
「そうじゃな……いや、それも間違いじゃないが、インシュリンが大量に分泌されて、血液が…」
「股間に集中する」
「なんでそうなるんだ」
「なんだよ、頭が固いな」
カルロスはケーキに乗ったチョコクリームを指ですくい取ると、おもむろにおれの口に突っ込んだ。
「我慢しないで、みんなでハッピーになろう?」そして自分の口にもクリームをひとすくい。
「だけど、きみの健康が」
「おれは自分の好きなことをしている時が一番健康なんだ。それにきみも、ほんとは甘いものが大好きだろ?」
見抜かれている。実のところ、おれは健康フリークではない。むしろ自堕落で、砂糖や油、アルコールなどに溺れたいと思っているクチだ。
「さあ、どうぞ」
カルロスは手でケーキを一口取り、それを差し出す。
「なるほど、おれを陥落させるつもりか?」
「陥落って何? 難しい英語はわからないよ」
無垢な瞳を向けるカルロスの手を掴み、おれはケーキを口に運んだ。それはえもいわれぬ味で、一昨日の安っぽいケーキとは雲泥の差だ。
「これで仲間だ。おめでとう」
エデンの園のヘビのように、カルロスはニンマリと笑った。
「やっぱり陥落が目的か」
「どういう意味?」
「おれを誘惑して征服しようって腹だ」
「こんなの誘惑のうちに入らない」
「へえ?」
「誘惑ってのはこれさ」
カルロスはおれの後頭部を掴んで自分の方に引き寄せ、そしてキスをした。頬ではなく、唇に。
口づけはチョコレートの味。これまたえもいわれぬテイスト。彼はなんてスウィートな男なんだ。もうこうなったらどうなってもいい。運命の手にすべてを委ねよう……と、決意したところで目が覚めた。
寝起きは最悪。股間は最高潮。傍らでは恋人が寝息を立てている。先日ポールとセックスしそびれたのがいけなかったのか。適度に性欲を発散させないと、こういう馬鹿げた夢を見るようになる。
現実のカルロスはチョコレートケーキを買ってはいなかった。それはよかったが、マクドナルドのくだりは本物。そしてデザートには24個入りのボックスチョコレート。これこそ悪夢だ。
身体によくないメニューはおれも好きだが、限度は心得てるし、体調管理にも気を配っている。ちょっと呑みすぎたなと思ったら、翌日はトマトジュースやヨーグルトを食べ、動物性脂肪を摂りすぎたら、一時的にベジタリアンにもなる。無茶できる年齢はとっくに過ぎたし、身体は脂肪を蓄えようとする。おれは1日10時間ダンスしているわけではないので、欲望に従い続けたらどうなるかは明白だ。おかげで健康な食べ物についての知識はある程度、備わっており、今こそ我が知識を発揮すべきときだと思う。
冷蔵庫にポストイットをいくつも貼りつけながら、カロリー計算のアプリを見ていると、ポールが来て言った。
「これは何? キッチンがFBIの捜査本部になったの?」
カラフルなポストイットには食材とそのカロリー、栄養価が記載されている。
「こうしておけば、食べ物を取り出すときにわかりやすいだろ?」
ポールは冷蔵庫に顔を近づけ、ポストイットの文字を読んだ。
「『トマト : 19cal』……思ったより低いんだね」
「それは100グラムあたりの表記なんだ」
「ああ」
「トマトは若返りの薬だ。強い抗酸化作用がある」
「ねえ、これってもしかしてカルロスのため?」
「もちろん。これからはおれが彼のフードコーチだ。カルロスの好物はチョコレートに炭酸飲料。毎日がジャンクフードのオンパレードだろ。明日から公演だっていうのに、危機感ってものがまったくないんだからな」
「あれにはぼくもびっくりだけど……でもこんなことをしてもあまり意味がないと思う」
「なぜ?」
「健康的な食事が仇になってるみたい。彼は意識してやってるんだ。言ってたよ『夜はヘルシーだから昼には好きなものを食べる』って」
「どんな理屈だそれは。あいつ、カロリー制限の意味をわかっていないのか」
ダンスのおかげでカルロスは太ってはいないが、いずれ臓器に影響が出るだろう。疲れやすくなるし、もっと悪ければ、血管が詰まったりなどの疾患も出る。成人病に心臓病。暴食による悪影響はいくらでもある。
おれがキリキリしていると、ポールがため息をついた。
「ねえ、もう彼のことは放っておいたら? いつもあの調子なら、急に生活を変えられるはずないし、ここ数日でどうこうできるものでもないってことはわかってるよね?」
「そんなことはわかってるさ」おれはポストイットを睨みつけながら答えた。「別にカルロスがどこでなにをしようと構わない。だけど、うちにいる間はまともなものを食わせるつもりだ。ゲストにゴミを振る舞うような真似はしたくないからな。それにヘルシーな食事はおれたちにもいいはずだろ? みんなで一緒に健康になればいい」
「ほんとにきみはおせっかいだな」
おれが『悪いか?』と毒付く前に、ポールはおれの手からペンとポストイットを取り上げ、何かを書き付けた。微笑んでおれの頬にキスし、そこにポストイットを貼り付け、キッチンを出ていく。剥がして見ると『でも、きみのそういうところが好きだ。アイラブユー❤』と書かれていた。おれはそれを冷蔵庫に貼り、満たされた気持ちで眺める。カルロスもよく頬チューをするが、やっぱり恋人からされるのが一番心地好い。エネルギーは食物からのみ得るにあらず。愛もまた、おれの熱量を上げてくれる。甘みはたっぷりだが、シュガーフリー。カロリーもゼロとくれば、摂取せずにはいられない。そこにセックスという運動が加われば完璧だ。
【今夜の夕食メニュー】
・BBQ
(チキンとラム。牛肉は赤身。野菜は好きなだけ。ソースはなし。岩塩で食べる)
バーベキューは簡単かつ、楽しいメニューで、素材を吟味すれば健康にもいい。ついてはビールをガブ飲みしがちだが、幸いカルロスは酒に執着があまりない。彼が欲するのは糖分だ。そこでデザートにはマシュマロを用意した。コラーゲンが豊富で美容にも効果的。チョコレートケーキより遥かにヘルシーで、串に刺して焼けば甘みが増し、満足度も高くなる。
本当は野外でやりたいところだが、そうもいかないので、キッチンに急ごしらえのキャンプ場を作った。コンロに鉄板を乗せ、換気扇をフル回転。一気にやると火災報知器が鳴る恐れがあるので、少しずつ焼く。焼き上がりを待ちながら、ゆっくり食べることにより、少量で満腹感が得られるという効果もある。
準備ができたのでカルロスを呼びに行く。彼はポールと一緒にバスルームの前に立っていた。
「何してるんだ?」と訊くと、ポールが「トイレが詰まったみたいで」と言う。
「詰まった? 何かへんなものでも流したとか?」
するとカルロスがサッと手を挙げ「おれのうんこ」と答える。
「うんこ? まさかそれだけで詰まったって?」
「そう。おれのうんこ、タフなんだ。なかなか流れないなあって思って、何度もレバーを倒して、やっと流れたと思ったら、水が溜まったままになった」
見ると、水は便器の縁まで届いていて、溶けたトイレットペーパーで濁っている。
「この手の業者は二十四時間対応だよな?」とポールに聞くと、カルロスは「そんなの呼ばなくていい」と言う。「スッポンがあればいいんだ」
「スッポン?」
理解できないでいるおれに、ポールが「プランジャー(ラバーカップ)のことだよ」と助け船を出した。
「プランジャーか。うちにはないな」
「おれが買ってくる」踵を返すカルロスの腕をおれは掴んだ。
「やめてくれ。きみがプランジャーを買っているところを人に見られたらどうするんだ?」
「そしたら“うんこが詰まった”って言うよ」
「よせ。絶対によせ。頼むから。カルロス・バレーロがプランジャーを持っている写真がネットで拡散されたらどうなると思う? チケットの売り上げに響くだろ」
「ニューヨーク公演は完売してるから問題ないよ」
「そうじゃない。ダンサーはイメージ商売だ。ファンの夢を壊すようなことは避けておいた方がいい」
「スッポンひとつで大げさだな」
大げさであるものか。イメージは芸能人が命がけで守っているものであり、ファンが見たいと望む夢そのもの。それがうんこひとつで壊されたらたまったものじゃない。だいたい、“うんこがタフ”って何だよ? スタローン並みに根性があるってのか? カルロスは野菜を食わないからこういうことになる。ますますもって食生活の改善が必要だ。
ディナーを終えると時計は23時を回ったが、カルロスはゲームをやめようとしない。おれはそれとなく「明日はゲネプロがあるんじゃ?」と聞いてみた。(※ゲネプロ = 本番と同じリハーサル)
「うん、あるよ。午前中から始まって、夜は本公演だ」
「だったらもう寝た方がいい」
カルロスは画面から目をそらさず「このステージをクリアしたらね」と言う。そしてコントローラーを操作しながら、チョコをぽいっと口に放り込んだ。これじゃニキビもできようってもの。なんのためにカロリー計算してると思ってるんだ。
おれはそっとチョコの箱を取り上げ、蓋を閉じた。
「ディーン!」
「カルロス、もうやめろ」
「チョコレートがないなんて死んでしまうよ!」
「チョコレートの過剰摂取で死んでしまうぞ?」
カルロスはコントローラーを放り投げ、神に祈るように両手を組んだ。
「ディーン、お願いだ。頼むからあと一粒……いや、三つ食べたら寝るよ」
「箱には二つしか残ってないぞ?」
「じゃあ、ふたつ」
「ダメ」
「何をすれば許してくれる? 逆立ちは?」
「そんなのおれだってできる」
「じゃあこれだ」
カルロスは立ち上がり、片足でくるくると回転しはじめた。そのスピードたるや、まるで早送りだ。シルヴィ・ギエムばりに数十回転を決め、最後にぴょんと飛びついてくる。おれはカルロスを受け止め、姫抱っこの姿勢。カルロスは「決まった! 拍手喝さいだ!」と大きな笑顔になった。それはとても愛らしかったが、おれは意思を強くし、彼を下ろして言い渡す。
「チョコはなし。ゲームもおしまい。歯を磨いてベッドに行くんだ」
カルロスはしょぼんとなり「ぇい」と曖昧な返事をしてバスルームに直行した。可哀想だが、これでいい。おれは間違ったことは言ってないはずだ。残ったチョコレートは自分の胃袋に隠滅。続けて食べたいと思う気持ちが理解できるおいしさだ。
それにつけてもあのカルロスの回転は何なんだ。さっきは何でもない振りをしたが、実のところかなり興奮した。あんな素晴らしいテクニックを間近で目撃して、落ち着いていられるわけがない。ベッドに入って目を閉じて尚、さきほどの光景が蘇ってくる。トイレを詰まらせたが、やっぱり彼は美しい。世界最高峰のダンサーだ。
そんなことを考えつつ寝たせいか、夢には再びカルロスが登場。彼はセクシーに踊り、そしてまたしてもおれに迫ってきた。今回もすんでのところで目が覚め、行為には至らなかったが、目覚めてそこそこ落ち込んだ。寝る前にチョコレートを食べたのがいけなかったのか。今後は自分も食べ物に気をつけた方がよさそうだ。
性的な汗を熱いシャワーで洗い流し、今夜のメニューに思いを馳せていると、ドアノブをガチャガチャ回す音がした。ポールはこういうことはしない。消去法でいけば、これはカルロスだ。
「入ってる」と言うと「知ってる!」と怒鳴る。「頼むから開けてくれ!」
切羽詰まった声だ。まさか昨日に続いてタフなやつを捻り出したいっていうんじゃないだろうな。
「わかったからドアから手を離せ。今開けてやるから…」
鍵を開けるなり、カルロスが飛び込んできた。彼は……全裸だ!
「ごめんごめん! 急いでるんだ!」
「なんだ?!」
「シャワーを浴びさせて!」
「数分も待てないのか!?」
カルロスは歯磨き粉を歯ブラシにつけ「マネージャーが下まで来てるんだよ」と訴える。「ゲネの前に偉い人と会わなきゃいけなかったみたいでさ。さっさとシャワーを浴びて降りて来いって」
カルロスは歯ブラシをくわえながら、頭を洗い始めた。
「痛っ!」
「どうした?!」
「シャンプーが目に!」
「……慌てるな。まずは歯をきちんと磨け。髪はおれがやってやる」
手でシャンプーを泡立て、カルロスの頭を洗い始めると、彼は急に静かになった。
素っ裸の男が二人。どちらもイケメンだが、セクシーな雰囲気とは程遠い。まるで野良犬でも洗ってるみたいだ。
「ちんこは自分で洗えるから大丈夫だよ?」
「当たり前だ。髪をトリートメントする間、身体は自分で洗え」
洗髪のついでに眉を整え、ヒゲも剃ってやる。この勢いだと彼はカミソリで顔を傷つけかねない。
「よし、いいぞ。完璧な男前だ」
「ありがと」
カルロスは“おれのバスタオル”を取り、びしょびしょのままバスルームを出て行った。
「まったく……何て奴だ……」
カルロス・バレーロとシャワーを浴びたがるファンは男女問わずゴマンといるだろうが、こういうシチュエーションは想像しないはず。まるで手のかかる五歳児と同居しているようだ。
彼はマネージャーの口うるささに閉口しているが、それくらいしなければカルロスの仕事は成立しない。いくら才能のある芸術家といえど、自己プロデュースができなければ、頭角を表すことは難しいからだ。逆を言えば、自己プロデュースさえ上手ければ、張りぼてを黄金に見せかけることも可能だろう。そこから連想し、おれは“自己プロデュースのプロフェッショナル”に電話をかけた。
「あらあら、あなたから連絡があるなんてお珍しい」ローマンは気取って言い「お元気? カルロスとはうまくやってるかしら?」と聞いてきた。
「ああ、もちろん。彼とうまくやるのは簡単だ。テレビゲームと餌を与えてやれば簡単にに飼育できる」
「まあ、それは目に浮かぶようだわ」
「きみは知ってて黙ってたんだろ」
「何を?」
「カルロスの本性をさ」
「いやあね、勝手に勘違いしたのはそっちの方じゃない。それにもし、わたしが本当のことを言っても、あなた信じやしなかったでしょ?」
真実を隠蔽しておきながらこの態度。誠意や思いやりは少しも感じられない。しかしおれも些か純粋すぎたと思う。あのイケメンにローマンが食いつかない時点でおかしいと疑うべきだったんだ。
「カルロスはきみのところでもあんな食生活を? 毎日ジャンクフードばかりで、見てるだけで脂肪肝になりそうだ。とにかく下品だし、プライバシーを尊重しない。まるっきり子供と同じだ」
「南スペイン人にプライバシーなんてないわよ。Mi casa su casa(わたしの家はあなたの家)って国民性だもの」
「南スペイン人はみんな下品だってのか?」
「彼はごく普通の男よ」
「おれはああじゃない」
「あなたは全体的に上品だもの」
「上品じゃない。おれはごく普通の男だ。あいつがおかしいんだ」
「誰しも自分が平均的で正しい基準にあると思うものなの。でもそれを人に押し付けたら大迷惑ね」
「それにしたって…」
「あのね、あたし今日はとっても忙しいの。あんたの泣き言を聞いている暇なんてないのよ。ごめんあそばせ」
通話を切られた。都合が悪くなるとすぐこれだ。この様子だとローマンもカルロスに手を焼いていたのだろう。イケメンとみて食いついたが、招いてみてウンザリ。二度と家には泊めないと決めた。そんなところだ。
ネットの評を見ると、カルロスの公演初日は大盛況だったらしい。メディアもファンもこぞって大絶賛。人間性に言及しているサイトはひとつも見当たらない。彼のマネージャーは相当敏腕だ。
初日を終えたカルロスがどれだけ疲れて帰ってくるかと思えば、それはまったくいつも通り。「新しいゲームソフトをもらった」と嬉しそうに言い、舞台については一言もない。奇声をあげつつゲームに取り組み、せっせと口に運んでいるのはトゥインキーだ。スポンジでクリームを包み、油で揚げた悪魔の菓子。こんなものを食べてよく太らないものだ。ダンスの脂肪燃焼効果はトゥインキーのカロリーと相殺されているらしい(特例なので真似しないように!)。
カルロスはゲームの画面を見据えながら「明日からの公演はすべて夜からなんだ」と言う。「マチネーがないから昼は暇だよ。おかげでゆっくり夜更かしできる」
「そうか、明日はおれも休みだし、ランチは外でしようか?」
「いいね」
「適当な店を予約しておくよ」
「うん、任せた」
適当な店と言いはしたが、大スターをおかしな場所に連れていくわけにはいかない。観光客だらけの有名店や、不健康なチェーン店は避けなければ。
白羽の矢が立ったのはオーガニック・レストランだ。表通りから外れているため客入りは多くなく、静かで落ち着いた雰囲気がある。店内は広くはないが中庭の設えがあり、そこにはベリーやハーブなど、レストランで提供される植物が植えられている。
「いいお店」と店内を見回すポール。彼は仕事の休憩時間を合わせて来てくれた。「よくこんなところを知ってたね?」
「以前、道に迷ったときに見つけたんだ。ガイドブックで紹介されるまでは穴場だな」
ここは間違いなくポールが気にいるだろうと思っていたが、意外やカルロスも「こういう店は好きだ」と言う。「田舎っぽいところが気に入った。あとテーブルが広いし」
田舎っぽい演出は都会ならではだ。妙な褒め言葉にウェイトレスがくすりと笑う。
「スペインにはこんな素敵な店はないよ」とカルロス。
その言葉にウェイトレスが反応する。「スペインからいらしたの?」
「マドリード。生まれは南方だ」
「マンハッタンはどうですか?」
「好きな街に数えられるよ。きみみたいな美人と会えたんだから」
「まあ……」
若いウェイトレスはぽっと頬を染めた。カルロスは彼女の名札に目を留め、名前を呼び捨てにして会話をし始める。『トレーシー』はカルロスが誰であるか知らず、有名人としてではなく、チャーミングな若者として認識しているようだ。
カルロスは踊っていなくても美しい。整った顔立ちはルネサンス期の彫刻もかくや。キャラメル色の肌は艶やかで、磨き上げられた大理石のよう。しかしトレーシーがいなくなった途端「うんこしたいけど我慢するよ。ここのトイレを詰まらせるわけにはいかないから」などと言い出すのだ。
おれは話題を変えるべく、こっちにいる間、行きたいところはあるかと聞くと、カルロスは「うん」と頷いた。
「ゴキブリを観に行こうと思ってるんだ」
「ゴキブリ?」
「ゴキブリの大きさを競うコンテストがあって、それは一番大きい奴が勝ちなんだ。チャンピオンは標本になって展示されてる」
うんこからゴキブリの話題になった。これはポールもさすがに笑えないらしく、修行僧のような表情で黙っている。
「チャンピオンはどのくらいの大きさかな? 手のひらくらいあったらすごいけど。やっぱりドーピングしたりするのかな? 餌は何をあげるんだろ?」
カルロスは運ばれてきたライスコロッケにフォークをぐさっと刺し、ガブリと噛み付いた。
「なあ、カルロス、食事中にする話題かどうか少し考え…」
「一緒に行かないか? 世界最大のゴキブリ。見たくない?」
「誘われて嬉しいものとそうでないものがある」
「そう?」
「そうさ。たとえば、さっきの子をゴキブリの展示に誘えると思うか?」
「ああ、そうか。そうしよう。トレーシーと一緒に行けばいいんだ」
「冗談だろ。やめておけ」
「なんで?」
「ゴキブリの大きさを競うイベントに誘われて喜ぶ女の子なんかいない」
「じゃあ何で提案したんだ?」
「それは……」
無垢な表情を向けられて気がついた。こいつは変わってる。今までもわかっていたはずなのに、突然理解できたかのように、おれはショックを受けていた。
カルロスは空気がまったく読めない上、おれの縄跳び百回を間に受けるなど、冗談と本気の区別がついていない。好きなものばかりを食べ続け、何時間もひとつのこと(ゲームやダンスなど)に没頭する。それは単に“子供っぽい”で済ませられることではないのかもしれない。マネージャーが彼を厳重に管理するのには、おそらくそれなりの理由があるのだろう。
おれはカルロスの目を見て「悪かった」と謝った。「さっきのは無しだ。あの子を誘うなら映画とか公園とか、そういうところにしておいたらいい。ゴキブリの展示はおれが付き合うよ」
ポールが『いいの?』という顔でおれを見た。
おれは眉を上げ『これでいいんだ』と無言で応える。
『きみがいいならぼくは構わない』と肩をすくめるポール。
おれは『気にかけてくれて、ありがとう』の笑みを返す。
長い付き合いになると、言葉を使わずとも言わんとすることがわかるようになるものだ。
もしおれが若い頃にカルロスと出会っていたら、今のような気持ちにはならなかったかもしれない。『イラつく』だとか『低脳だ』などと一蹴に伏すだけ。生まれつき感覚が鈍いため、世間とうまくやれずに苦しんでいる者に思いを馳せることなど、若い頃はほとんどなかった。
もしカルロスがウエイターやオフィスワーカーだとしたら問題が生じるだろうが、幸い彼にはダンスの才能があった。セレブリティであるおかげで、世間とのギャップを感じる機会はあまり多くないだろう。
正しい受け皿さえあれば、芸術家は思い切り羽を伸ばすことができる。おれは職業柄、アーティストをバックアップすることにやぶさかではない。カルロスを世話することにより、彼の芸術のサポートになるのであれば、それは喜ばしいことだ。
食事を終え、二人でゴキブリチャンピオンを見に行くと、それは普通の昆虫博だった。ナショナル・ジオグラフィックが協賛していて、ゴキブリは展示のメインではなく、会場の隅にひっそりと置かれている。世界中から集められた昆虫は美しく、これならトレーシーを誘っても大丈夫だったろう。カルロスは珍しい甲虫や蝶には興味を示さず、ただひたすらにゴキブリを賛美している。この感動が夜の舞台に反映されるといいのだが……。
「ああ……もっと……やめないで、ディーン……もっとだ」
「カルロス…おれはもう……」
「うん、わかってる……一緒に……ああッ…!」
───だからどうしてこんな夢を見るんだ? おれたちは昼にゴキブリを鑑賞してたんだぞ? そんな間柄でどうやってこの色っぽい夢につながるのか、関連性はまるで見当たらない。
ベッドの上で上半身を起こし、頭を抱えていると、ポールが「どうしたの?」と聞いてきた。
「なんでもない……」
「嘘。そんなわけないよ」ポールも身体を起こした。「何があったの? 話して」おれの手を取り、優しくささやく。
「怖い夢を見たんだ」ポールの手を握り返し、おれは言った。「本当にすごく……とても怖い……怖い夢を」
ポールは安心したように微笑み、おれの頭を抱きしめてキスをする。
「ディーン、ぼくはここにいるよ。安心して。きみを悪夢から守ってあげる」
「まるで親みたいだ」
「きみのママはこうやって?」
「いいや、ママはこう言ってた。『だから寝る前にキャンディを食べるなって言ったのよ! オバケなんて馬鹿なこと言ってないで、早く自分のベッドに戻りなさい!』……って」
「それはそれで効果ありそう」
「ああ、ママの剣幕にオバケはみんな逃げていったからな」
ポールは笑い、おれたちは手をつないだまま、目を閉じた。ラブ&ピース。
それにしても、こんなに頻繁に同じ夢を見るなんて、いったいどういうわけだろう? 夢は無意識下の願望の現れ? だとしたらおれはカルロスと寝たがってるってことか? 顕在意識では爪先ほども考えていないと誓って言えるが、無意識までは管理できない。
ネットでユング心理学のサイトを見てみたところ『夢の具象性については、それ自体を紐解く必要がある』と書いてあった。つまり、具象(この場合はセックス)が何の象徴であるか理解することで、真実が見えてくるというわけだ。しかしおれは心理学者ではないし、夢の記号はヒエログラフにも等しい。とりあえずアマゾンで夢分析の本を買ってみる。『この商品を買った人はこんな商品も買っています』の欄に、星占いや手相、カウンセリングなどの書籍がずらりと並んでいるのを見ると、いささか不安になってくるが、他にすがるべきところが思いつかない。この手の話に造詣の深い友人がいることはいるが、そいつに頼るとロクなことにならないのはわかりきっている。
カフェのテラス席で健康的なランチを食べながら夢分析の本を読んでいると、“この手の話に造詣の深い友人”からメッセージが届いた。
─── 今ちょうどあなたの職場の近くにいるの。よかったら一緒にランチでもどう? ───
さて、何と返事をするべきかと考えていると「ディーン!」と、いきなり名前を呼ばれた。ローマンは遭難者のように両手をブンブン振り「偶然ね! そっちへ行っても?!」と大声を張り上げる。無視したいところだが、そうするには目立ちすぎる。周囲の人の迷惑にならないよう、おれは片手を上げて応じた。
「よかった! 今しがた、あなたにメールを送ったばかりなのよ! 読んでくれた?」
「いや……。あ、ほんとだ。届いてるな」
ローマンはいそいそとメニューを開き、エッグベネディクトとクランベリージュースをオーダーする。
「それで? カルロスはいかが?」
「元気だ」
「あなたは? なんだかお疲れの様子だけど?」
「きみはとっても忙しくておれの泣き言を聞いている暇はないんだろ?」
「やっぱりちょっと気になってねえ。あたしにも責任の一端はあるわけだし?」
「一端どころじゃない。きみが忠告してくれなかったおかげで散々だ」
「何が散々?」
「まあ、いろいろさ」おれはコーヒーに砂糖を入れた。この後ベリーのタルトが来る予定だが、それでも砂糖を追加せずにはいられない。
「それなに?」ローマンはテーブルに置かれた本に目を留めた。
「小説だ」おれは本をカバンにしま……おうとしたが、うまくいかなかった。ローマンが横からひったくったのだ。
「えーと、なんですって……『夢解析 〜無意識からのメッセージ〜』……どうしたの、これ?」
「別に。どうもしない」
「“別に。どうもしない” ……なんかあるわね」
“どうもしない”と言っているのに、“なんかあるわね”とは。こうまで人を疑ってかかるのは病気に近い。人間、素直さを失ったら終わりだと思え。
「さあ、ディーン。おしゃべりスズメになってごらんなさい。このあたしに隠し事なんてつまらないわよ」
「きみに話したところで事態が改善するとは思えないね」
「そんなの言ってみなけりゃわからない」
「きみは人の不幸が大好きなんだろ。“なんだかお疲れの様子”の男の顔でも眺めてろよ」
「あら、人が不幸せになるのは嫌いよ。むしろ不幸を幸福に変える手伝いがしたいと思っているわ」
「成功率は?」
「わからない。皆が後日“おかげさまで幸せになりました”って報告しにくるわけじゃないから」
「ただの自己満足じゃないか」
「そうよ。それなくしては何も始まらない」
「ますます言いたくなくなった」
「ここまで引っぱったんだからもう白状なさい。一体どんなご不幸が?」
「このところ悪夢を見るようになった」
「悪夢」
「そうだ。それで本を買ってみた。それだけだ」
「なぁるほど……」ローマンは本の表紙をトントンと指先で叩き「馬鹿ね。こんな分析、意味ないわよ」と言う。
「意味ない? どういうことだ?」
「例えば、ある人が“猫の夢”を見たとしましょう。その人は過去に猫に引っ掻かれて以来、猫が大嫌い。一方でもうひとりも“猫の夢”を見た。この人は猫のブリーダー。猫に命を捧げてもいいくらい愛している人よ。そんなふたりが見る“猫の夢”が、まったく同じ意味を成していると思う?」
「確かに……」
「こうした本で遊ぶのは楽しいけど、真剣になにかの糸口を掴みたいと思っているなら、オススメはしないわね」
ビューティ・アドバイザーのローマンは、セラピストのようなこともやっている。人生相談にかけてはなかなかの手腕だと聞くが、それはおれ以外の人間に対して発揮できる能力のようだ。
「じゃあ、きみのセラピーは? おれの夢をどう分析する?」
「あなたの夢って?」
言いたくはなかったが、話さなくては埒があかない。おれは夢の内容を説明して聞かせた。
ローマンは真面目な顔でふむふむと聞き入り、最後に「なるほど……よくわかりました」と、占い師のようにつぶやいた。「それはあなたの潜在意識の現れよ」と、水晶玉でも見ているかのように厳かに告げる。「つまりあなたはカルロスとセックスがしたいと思っているのね」
「なんだそれは! そんな結論、おれだって一番最初に考えてみたよ!」
「あらま、なぁんだ。じゃ、別に相談なんて不必要だったじゃない」
「その可能性は却下だから、本まで買ったんじゃないか」
「なんで却下なの? 一番最初に出た結論だってのに」
「結論じゃない。答えのうちのひとつで、そもそもそれは間違ってる」
「なんでそう言い切れるわけ?」
「おれは彼に性的に惹かれてるわけじゃないんだ。それにポールを愛してる」
「すべてのセックスに愛が伴うわけじゃないでしょ。そのこと、あなたは知ってるはずよ」
「そこから転じて、“すべての男は同性愛の傾向がある”って得意の説になるんだろ? きみに任せると全部これだ」
「あらそ、じゃあどうぞ、この本の分析に頼ってみてちょうだいな」
ローマンはパラパラとページをめくって目を眇めた。「なになに……『同性とセックスをする夢は、人間関係のトラブルを暗示』……へええ、じゃあわたしはいつも人間関係のトラブルにあってるってわけね。そもそも異性とのセックスの夢なんて見ないもの」
「なあ、他の可能性は考えられないのか? おれがカルロスと寝たがっているって結論以外は?」
「そうね……よく言われるのは、“性質の強化”かしら。同性と寝る夢は、例えば男性なら、より強い男性性への統合ね。彼はもともとあなたの憧れの対象だったわけでしょう? 性的な願望夢じゃないとしたら、“よりバランスのとれた人間になりたい”という願望とも取れるわ。“相手の素晴らしい性質を自分に取り込みたい”とかね」
「ああ、それなら納得できるよ。おれは元々、彼に憧れを抱いていたわけだし。なんだ、まともな助言もできるんじゃないか」
「だってまともな助言なんてつまんないもの」ローマンは唇を曲げた。「せっかくセクシーな夢を見てるのに、馬鹿げた分析なんて必要ないじゃない?」
「それはきみの場合だろ。おれには分析が頼りなんだ」
「夢の中の登場人物はね、実はすべてあなたなのよ」
「おれ? 夢の中のカルロスがおれ自身?」
「例外もあるけど、大抵の場合はね。あなたの夢はあなた自身が創造しているんだもの。登場人物が誰の姿をしてたって関係ないわ。あなたは自分自身に認めてもらいたがっているのよ。憧れの対象、素敵な人物となったあなた自身。それは成長した自分の姿であり、未来のあなたと言ってもいいかもしれない。今のあなたには、より素晴らしい人間になりたいという気持ちがあって、でも理想のレベルには辿り着いてないと思っている。そうやって成長を焦る自分のところに、未来のあなたがカルロスの姿でやってきて、今の未熟な自分を認める行為をしてくれる……ここではセックスね。あなたは夢で自らを慰め、確認してもいるのよ。“こんな素敵な人に承認されるのだから、自分は大丈夫なんだ”とね。そして、“いつかこの人のようになれる”とも」
「そうか。そういうことなのか。すごい。目からウロコが落ちた思いだ」
明確な分析におれは感動したが、ローマンはストローの袋を指先でぐしゃぐしゃにし「あー、つまんない」と言った。「目のウロコなんか取ってやるんじゃなかった。もう数日も放っておけば、あんたは夢のお告げに従って、カルロスと素敵な行為に至ったかもしれないのに」
「そうならなくてよかったよ。これで夢に怯えなくて済む。本当に助かった。ここは払わせてくれ」
「当たり前よ」
カウンセリング代はランチのおごり。これで今夜は清々しく眠ることができそうだ。
……と思うのは見通しが甘い。カルロスは当然のように夢に現れ、そしておれのことを誘惑した。『夢の登場人物は自分なのだ』と言い聞かせたところで、セックスの夢に勃起して汗をかいているという状態に変わりはなく、結局なにも解決してない。
今朝方、ポールが「怖い夢は?」と聞くので、おれは「もう大丈夫だ」と応えた。こんな嘘をつかなければならない状況にはうんざりだ。早く事態を改善しなければ、おれとポールの関係性にも支障がでる。夢のメカニズムと理屈はわかった。だから何だ? 知りたいのは『どうやったら夢を見なくなるのか』という根本的なこと。夢分析の本を最後まで読んだが、それは書かれていなかった。ストランド・ブック・ストアに売りに行こう。
今日は公演の中休みで、カルロスは夜も在宅している。しかしさすがに疲れたようで、ゲームの電源はオフ。彼はソファでこんこんと眠りこけている。
「カルロス、起きろ。晩飯だ」
反応なし。
「メニューはパエリアだぞ」
やはり反応なし。
「デザートにはアイスもある」
唸り声で答える。アイスが効いたか。
「セニョール・カルロス・バレーロ」
近づき、揺すって起こそうとすると、カルロスは目を閉じたまま両腕を伸ばしてきた。抱いて起こせということか。
「赤ん坊じゃないんだ。ひとりで起きれるだろ?」
カルロスは尚も目を閉じたまま。無言で同じポーズを続けている。面倒だが、放置するともっと面倒なことになりそうだ。
腕を掴んで引っ張りあげようとすると、カルロスは強引におれを抱きすくめ、それから唇にキスをした。“チュッ”よりもっと長く、“チューッ”という感じなので冗談だとわかるが、情けないことにおれは動揺した。動揺がカルロスに伝わらなかったのは幸いだし、これをポールに見られなくてよかった。鈍いカルロスと違い、ポールはおれの動揺を見抜くはず。そしてその理由について、わざわざ質問してくるに違いない。それに先日カルロスと一緒にシャワーを浴びたこと。ポールには言っていないが、カルロスが何かのはずみで話してしまうかもしれない。そうしたら、これまた厄介なことになるだろう。
カルロスはキッチンを眺め「今日のご馳走は何かなあ」と呑気そのものだ。我が家に馴染んでくれたことは嬉しいが、もうそろそろ限界な気がする。おれは悪夢から解放されるべきだし、一億分の一の確率で、カルロスと間違いが起きないとも限らない。これ以上、一緒にいるべきではないのだ。そして、このことはもっと早く決断すべきだったんだ。
カルロスはフライパンを覗き込み「パエリアは大好物だ」とニコニコしている。
「何か手伝おうか?」
「あ……じゃあ皿を出してもらっていいか?」
「ラジャ、ラジャ」
こんなに機嫌がいいところ、出て行けというのは気の毒だが、これは彼自身のためでもある。おれの馬鹿げた悩みにカルロスを巻き込むわけにはいかない。それで公演に支障があったら完全におれのせいだ。
食器棚から皿を出すカルロス。こんな日常の動作ですら、彼は美しい。食器棚から皿を出す優雅さを競う選手権があれば、優勝まちがいなしだ。
美青年が食器を並べるところをぼんやりと見つめていると、二枚の皿がカルロスの腕を伝って滑り落ちた。それはスローモーションのように見え、止めようと思えば止めることができたかのようだが、おれは何もできず、カルロスもまた同じく。ガチャンと派手な音を立て、食器は割れた。おれが一番気に入っているエルメスの皿。セットの二枚ともが割れている。一枚残してじゃなかったことはラッキーというべきか。
カルロスは割れた食器の真ん中に立っていたが「ごめん。すぐに片付ける」と、しゃがもうとした。
「駄目だ。待て。いいから触るな。そのままだ。そこを動くな」
おれはホウキとチリトリを持ち出し、キッチン用のグローブをはめた。大きな破片を拾いながら「怪我はしなかったか?」と聞く。
「うん、大丈夫」
「そうか、よかった」
「もう動いても?」
「破片を踏むなよ」
「きれいな食器を壊してごめん」
「いいよ。形あるものはいつか壊れる」
素敵な食器やカトラリーは割れたりなくなったりするのに、どうでもいい食器(クリスマスにショップの景品で貰うようなやつ)が手元に残る法則に名前はあるのだろうかと考えていると、カルロスがそっとおれに寄りかかってきた。
「なんだ?」
「ディーンは優しいな……ママみたいだ」
「おれがママ?」
「家族でもないのに、おれに親身になってくれるだろ? 叱るときはハッキリしてて、でも世話をやいてもくれる。そういうところがママに似てるよ。みんなおれのことちやほやしてくれるけど、正直に向かってくれる人は少ないからね」
そうなのか。いや、もちろんそうだろうが、驚いたのは、カルロスが自分の置かれている状況をきちんと把握していたことだ。彼はちやほやされている自分自身を知っていた。おれのこともマネージャー同様、口うるさく感じているだろうと思っていたのだが……。
「ディーンは健康を気遣って料理を作ってくれて、今だって“怪我はしなかったか?”って心配してくれるんだ。うれしいよ。きみが大好きだ」
「おふくろさんは?」
「元気だよ。故郷でおれの帰りをいつも待ってる」
「そうか」
……ああ、まいった。完全に毒気を抜かれてしまった。追い出そうとした矢先にこんなことを言われるなんて。まあ、すぐに宣告しなくてもいいか。とりあえず今夜のところは。決心が鈍ったんじゃない。話をするのは明日でもいいってだけだ。
【今夜の夕食メニュー】
・きゅうりのガスパッチョ
(きゅうりをメインにした野菜をミキサーにかけるだけ。味付けはワインビネガーと塩。オイル不使用)
・ニンジンのサラダ
(ニンジンを大量に千切りにするだけ。ナッツとゆで卵のみじん切りを散らして華やかに)
・海鮮のパエリア
(マッシュルーム、ムール貝、エビなど、具だくさんにして、ライスの摂取を減らす)
・豆腐のヨーグルトアイス
(カロリーは普通のアイスの半分以下だが、デザートとしては申し分ない。満足度を高くしたかったら、冷凍の果物を少し添えるだけでいい。チョコシロップは厳禁)
豆腐で節制したにも関わらず、セックスの夢は絶好調。こんなことならハーシーのチョコシロップをぶっかければよかった。
わかってる。これは夢なんだ。それだけのことだ。落ち着きを失うような話じゃないし、夢で怯えるような年齢でもない。それなのにおれはノイローゼ寸前だ。
夢の中のカルロスは魅力的だが、現実は下品極まりない純朴な青年で、泊める前までは憧れの対象だったが、今は本性を知ってしまった。たとえおれが真正のゲイだとしても、ゴキブリを好んで観たがるような男は願い下げだ。
それに相手にだって選ぶ権利がある。カルロスは少しもゲイじゃない。同居人が妙な夢を見てると知ったらどうだ? それは気を悪くするどころの騒ぎじゃない。愛想をつかし、出て行くと言うだろう。確かに出て行って欲しいと思ってはいたが、こういう形でではないんだ。本人に知られることだけは絶対に避けたい。ストレートを好きになって葛藤するゲイの気持ちがわかる気がする。
苦悩の休日を過ごしていると、ローマンが昼過ぎにやってきて「調子はいかが?」とおれに訊ねた。『窓からジャンプしそうだ』と正直に言うのはやめにして「カルロスなら買い物に出かけて留守だ」と無難に返す。
「カルロスじゃなくてあなたの調子を訊いてるの。例の夢はまだ?」
「毎晩だ」
「毎晩! まあっ! 素敵!」
「素敵なもんか。いいかげん寝るのが恐ろしい」
「何なの? 夢ごときでそんなに?」
「夢で悩んでるんじゃない。おれはもっと……」的確な言葉を探し、口ごもる。ローマンは“なあに?”という顔でおれを見ている。
「おれは……おれは本当にゲイになってしまったのかな?」
「はあ?」
「この夢はおれがゲイであることの証明か?」
「なに言ってんのよ。本当にゲイになっちゃったかもって、あんたそれ、男の恋人と同棲までしてる人の台詞?」
「アイデンティティの問題じゃないんだ。考えてもみてほしい。おれがゲイになるということは、完全にバイセクシャルになるってことだろ?」
「それがなに?」
「つまり、男女どちらもが、おれの性愛の対象になるってことだ。美しい女性に目を奪われるのは仕方のないことだと思っていたけど、それに加えて同性までその候補に入るようになったら? 今までポール以外の男を好きになったことは一度もないし、今後も永遠にないだろうと信じてた。でもそうじゃないとなったら……」
「だんだん飲み込めてきたわ。あたしたちのハッピーなパーティに参加するのも緊張感あふれることになりそうね」
「そうだ」
「キャット・ウーマン・ガイに迫られても困惑するだけだったのが、喜んで足を開くようになるってことね」
「それはさすがに表現に問題があるが……まあ、そういう可能性もあるかもってことだ」
「ポールに相談したら?」
「ばかな! 言えるわけない! おれが他の男と……たとえ夢の中でも浮気してるって知れたらどうなることか……想像がつくだろ?」
「そうかしら? 予想しているようなことにはならないと思うけど」
「だとしても無神経すぎる」
「あんたがカルロスのことを好きで浮気したいって話なら、そりゃ無神経でしょうよ。でもこれは恋愛についての問題じゃない。でしょ?」
そうだ、これは異常な夢についての話なんだ。でもポールはそうは取らないかもしれない。おれは元々カルロスのファンだったわけだし、惚れるだけの説得力は充分ある。
ローマンはおれの手を取り、柔らかな口調で言った。
「大丈夫よ、安心なさい……あなたは異常なんかじゃない」
「本当に?」
「男とセックスしたいと思うのは極めて正常なことよ」
「きみから太鼓判を押されても喜べない!!!」
「毎夜、股間をギンギンにしてるくせに、この後に及んで潔癖ぶらないで」
「わかった。相談する相手を間違えたんだ。もういい、きみには頼らないよ」
「そりゃそうよ、あたしはあたしの立場からしかモノを言えないもの。“ゲイになったかも、どうしよう”って相談されたところで、“それはよかったわね”以外に何を言ったらいいっての? “お気の毒さま、早く病院に行ったほうがいいわよ”とか?」
「きみは教会に行った方がいい、たぶん悪魔か何かが憑いてるんだ」
「あらあら、可哀想なあなたに同情的じゃなくて悪うございましたわね」
世の中には頼っていい人物と、そうでない人物がいる。そうでない人物の栄えある一位はもちろんローマンだ。どうしていつもおれはこの大事な真理を忘れてしまうのか。時折、あまりにも彼が優しげに見えるので、つい誘惑に負けてしまうんだ。悪魔は悪魔らしく、ツノがあるとかグロテスクな様相をしていればいのに。ローマンはあまりにも美しすぎる。もしおれが根っからのゲイなら、真っ先に屈してしまうだろうほど魅力的だ。
「何じっと見てんのよ」
「きみの美しさについて考えてたんだ」
「まあ、嘘ばっか」彼はプイと横を向いた。
『もしおれが根っからのゲイなら』……ああ、神様。どうか違いますように。今後ローマンや、その他大勢、いろんな男に自分がなびくようになったらどうしよう?
カルロスと一緒にいても心が浮き立つという感じはしないし、触れてみたいとか、キスしたいとか、そんなことは微塵も思わない。ましてやセックスなんてとんでもない。そう思うのは、おれが自分の気持ちにブレーキをかけているからなんだろうか? カルロスとの関係性に性的なことを持ち込むようなことは、原子レベルでも想像したくないが……自分の本心は探求したい。おれはポール以外の男を抱きたいと思っているのか? この単純かつ深遠な問いについて結論が出る前に、カルロスはここを去ることになる。そして二度と、永遠に、この問題について考えることはなくなるのだろう。
ローマンと入れ違いに戻ってきたカルロスは「欲しいやつがあったら取っていいよ」と言って、チョコレートとスナック菓子が詰まった買い物袋をテーブルに置いた。いつもなら断るところだが、疲弊しているせいか、ジャンクフードがやたら魅力的に見える。おれはカルロスの隣に座り、チョコレートバーをひとつ取った。これは子供の頃からの大好物。すぐさまパッケージを開いてかぶりつく。『ナッツぎっしり、確かな満足』のキャッチコピーの通り、ひと口でとてつもない満足感が得られた。
「おいしい?」とカルロスが聞くので「ああ」と答える。
「ほんとうはきみもチョコレートが大好きだろ?」
「まあな」ナッツとチョコレートの組み合わせを考えたやつに何らかの賞をやりたい。
「でも自分をコントロールしてる」
「まあな」ヌガーが歯にくっつく。だが旨い。
「でもたまにはハメを外す?」
「そうだ」
「きみのチョコレートバーは?」
「おれの?」
「うん。興味があるんだ。食べさせてくれる?」
言うなり、カルロスはおれの唇をぺろりと舐めた。ぎょっとするおれの両肩を彼は掴み、えいやっとばかりに押し倒す。なんだこれは、もしかして……。
「ディーン、チョコバーを食べるきみを見てたら興奮してきたよ」
「なに……」
「やらして?」
その言葉にドッと冷や汗が出た。チョコレートをねだる調子でカルロスはおれを求めている。夢では常にこっちがトップだったが、現実は違う。こいつはおれを組み敷こうとしている。年下でおれより背が低く、どうしょうもなく子供っぽい男に押し倒されているのだ。
「カルロス、駄目だ」
「どうして?」
「これは違う。おれたち、こんな風になったらいけないんだ」
「難しく考えることない。結婚を迫ってるわけじゃなし、二人でセクシーな運動をすると思ってくれれば」
こいつはいつもこんな風に女の子を口説くんだろうか? イケメンじゃなかったら絶対に許されない類の口説き文句だ。
カルロスはおれに覆いかぶさり「まあ、舐めてやれば気持ちも正直になるか」と独り合点。そして服の上から、おれのチョコレートバーを掴み……「勃ってないぞ!」と大声を出した。次に聞こえたのは「こんちくしょう!」という第三者の声。出て行ったと思っていたローマンが隣室から現れ、そのことにカルロスは驚きもせず、歓迎するように両手を広げて叫んだ。「ヤッホー! ローマン! おれの勝ちだ!」高らかに宣言し「だから言ったろ! ディーンはおれに惚れてないって!」と言う。
「確認するのが早すぎたのよ」ローマンはふてくされて腕組みをした。「もうあと数分も続けてたら結果は違ったわ」
「負け惜しみはみっともないぜ。潔く50ドル払え」
「おまえたち賭けてたのか!?……ってことはカルロスにおれの夢の話をしたのか?!」
「気にするなよ、ディーン」カルロスはおれを引っ張り起こし、肩を組んで顔を近づけた。「おれはこの手のことには慣れてる。カルロス・バレーロはセクシーなダンサーで、世界中のゲイのコキネタなんだ」
「おれはそんなことしない! おまえでマスターベーションするわけないだろ!」
「うん、だから賭けに乗ったんだ」そしてローマンに手のひらを差し出す。負けた方は財布から札を抜き、カルロスの手に握らせた。
おれは頭を抱え「勝算があったって?」とカルロスに聞いた。「そんなわけない。こっちがどう出るかなんてわからなかったはずだ。もしおれがその気になったらどうするつもりだったんだ?」
カルロスは50ドルをポケットに仕舞い「そんなの逃げるに決まってる!」と笑った直後「いや、でも待てよ。おれは男としたことないから、一回ぐらい経験してみるのも面白いかもしれない」と言った。「未知のことにチャレンジする精神は大事だし、ディーンが相手なら面白いかもしれないな」
これは本気で言っているんだろうか。カルロスが高度な冗談を言えるとは思えないので、おそらく本気だ。いや、それも違うか。こいつは単に何も考えていないだけなのだ。
ローマンはソファにどかっと腰を下ろし「あーあ、残念」と不満げに言った。「賭けには負けるし、おセッセには至らないし、ほんと詰まらないったら」
「ディーンとおれが絡んだら絵になるだろ?」
「ビデオに撮ってニューヨーク近代美術館に永久保存できるレベルよ」
「そうか、おれたちのセックスはアートなんだな」
何なんだこいつらは。あまりの馬鹿らしさに怒る気力も湧いてこない。ただただ呆れるばかりだ。
「きみたちといると真面目に悩むのがアホらしくなってくるな……」
そうつぶやくと、ローマンは「そうよぉ、これは最初っからそういう話よ」と言う。「あんたったら、ちょっとセクシーな夢を見ただけで大騒ぎして、自分で自分を追い込むなんて、ほんとアホらしいったら。男と致す夢を見た? だから何? あんたはポールを愛してて、そこに疑いがないんだったらいいじゃない。真面目に悩むのがアホらしいんじゃなくて、真面目に悩む方がアホなのよ」
そうかもしれないが、今は説教を聞きたい気分ではない。おれはテーブルからチョコレートバーを取り、頰張りながら「もういい」と言った。「この話は終わりだ。二度としない。それと、くれぐれも言っておくが、ポールには黙っていてくれよ」
「ええ、もちろん」とローマン。
「がってん承知」とカルロス。
これでこの話はおしまい、めでたし。
……とは、すんなりいかなかった。その夜ポールが「夢の中のカルロスってどんな感じ」とベッドで聞いてきたのだ。おれはよく聞こえなかった振りをし「なに? 何だって?」と聞き返す。
ポールは後頭部の下で両腕を組んで枕にして「エッチな夢を見てたんでしょ?」と言う。その表情はまるで普通。怒り狂っているという感じではない。
「それ……誰から聞いた?」
「ローマン」
「あの野郎! 言わないと約束したくせに! 殺してやる!」
「怒らないで」激昂するおれの背を、ポールはぽんぽんと叩いた。
「頼むポール。説明させてくれ。カルロスは確かに魅力的だが、おれはあいつのことをそういう目で見たことは一度もないんだ。本当に本当に、これっっっぽっちも……」
「わかってるよ」
「わかってる?」
「うん。“あいつのことをそういう目で見たことは一度もない”。それがすべてさ。浮気したわけじゃないし、いつも通り、きみはちょっと混乱しただけ」
「いつも通り? おれはそんな風に見えてるのか?」
「悩んだ挙句、考え抜いておかしなことになるでしょ? きみといて長いから、そのあたりはもう慣れたよ」ポールはおれの頭を撫で「気に病まないで」と穏やかに言った。
「それでいいのか?」
「いいって何が?」
「もしこれが女だったらどうなる? おれが夢の中で女を抱いていたら? それでも同じことをおれに言ってくれるか?」
「うーん、それはわからないけど。でもそんな“もしも”みたいな話をする意味なんてあるの?」
「いや、ない。まったく。今のは忘れてくれ。これっぽっちも考えないでいい」
「うん、わかった。でもさ、どうしてすぐに話してくれなかったわけ?」
なぜって、きみに怒られるのが怖かったから……という言い方はせず、「話さなくていいこともあると思ったんだ」と説明する。自分が何に憤慨しているとか、どんなことに囚われているとか、そういうことを人に話す必要はないとおれは思っている。それはたとえ恋人同士であってもだ。あまりに問題の根が深い場合は別だが、日常で起きる不愉快なことについては、自分の中だけで消化して終わらせたい。人々が不快な話題をいちいち口に出すことをやめたら、この世界はずいぶん過ごし易くなるだろう。
おれがそう言うと、ポールは「確かにそうだけど」と同意した上で「なにも心の内をSNSで拡散しろっていうわけじゃなくてさ。友達同士、気軽に話せばいいんだと思う」と言った。「今回の件はお酒の席で話してたら笑い話で済むようなことだもの。ひとりで抱え込むと重大なことに思えたりするけど……。ねえ、こういう体験ない? 悩みを人に話しているうち、それが馬鹿らしいナンセンスな問題だったって気がついたりする」
ポールの言う通り、夢の話は馬鹿らしいナンセンスな問題で、おれはひとりで抱え込んで重大に捉えてしまった。傍から見たら、まぬけな話だ。
「だから、きみがローマンに話してくれてよかったと思ってる。相談相手がぼくじゃなかったのは残念だけど」
「あれは不可抗力だ。あいつが食い下がったから仕方なく」
「それでもさ。ぼくはときどきローマンが羨ましいとすら思うよ。きみからの信頼を得ていて、真っ先に相談してもらえて」
「ちょっと待て。違う。誤解だ。誰があの男を信頼してるって?」
「きみはローマンに遠慮してないだろ? 怒鳴ったり、怒ったりして、感情をぶつける。それってある種の信頼なんだよね。そしてぼくにはそうでもない」
「そんなことは……」
「きみはぼくを大事にしすぎるあまり、気を使いすぎてるみたい。それは嬉しくもあり、寂しくもあるね。そんなに壊れ物みたいにしないでいいのに」
「ひとりで抱え込むのはおれの癖で、信頼度の問題じゃないんだ。ローマンを羨ましがる必要なんてない。信頼していても話さない場合だってある」
「自分のことを人に話すのは解決するためだけじゃないんだよ。心のうちを喋ることで気が楽になるってこともあるし」
「おれは喋って気が楽になるタイプじゃない。それに相手から嫌な反応をされたら、話したことを後悔する」
「きみが想像するような悪い結果ばかりじゃないと思うな」
「いい結果は?」
「それはやってみなきゃわからない」
「リスキーだな」
「人生にはリスクがつきものなんだ。もっとぼくを信用して」
「でもきみはおれの発言にむくれたりするだろ?」
「うん、そりゃあね」ポールは少し笑い「ぼくは抱え込まないようにしてるから」と言った。「その場でむくれて、感情を解放する。恋人に対する怒りや混乱をためないように」
「それがきみのありようだってのは理解してる。それでもおれは疲弊するんだ。人から……特に愛している相手から負の感情をぶつけられることは、おれにとってとてつもないストレスだ」
「そうなんだよね。ぼくはもっときみに対して繊細であるべきなんだ。きみがぼくに対してそうであるように」
「おれもきみに対してもっと感情をみせるべきなんだろうな。きみがおれに対してそうであるように」
おれたちはお互いから学び合う。いかなるトラブルをも糧とし、先に生かすことができたなら、それは最強の恋人同士になるだろう。
カルロスとの夢の意味はわからないまま。もしかしたらおれは本当に彼と寝ることを望んでいたのかもしれない。しかし、そうだとしても構わない。おれはポールを愛しているし、夢で誰と寝ようが、愛に傷がつくわけじゃないからだ。
自分を認めたせいか、はたまたローマンのショック療法のおかげか、この日を境に例の夢は見なくなった。それはつくづく肩の荷が下りた思いだ。
カルロスのショウは千秋楽となり、おれとポールは最終公演に招待された。チケットは完売しているため、おれたちが座るのは特別客やプレス向けの席。首からゲストパスを下げるのは初体験だ。一般客から羨望の眼差しを受け、何もしていないのに鼻が高い。
ポールは席に着くなり「すごくいい席だね」と、おれの耳にささやいた。
「一般客が買える一番高い席は400ドルだそうだ。招待席には値段がつけられないな」
「なんだか悪いみたい」
「毎日餌付けしてたかいがあったな?」
「またそんな言い方して……でもほんと、そうでもなきゃ、こんな席には座っていないよね」
パンフレットによると、舞台の構成は二部に分かれていて、第一部はストーリー仕立てになっている。幕が開き、ピンスポットに照らされたカルロスが現れると、一斉に拍手が巻き起こった。全編を通して、舞台に上がるのは彼ひとりだけだ。
第一部は戦場に行った兵士の物語で、兵士と妻の二役をカルロスは演じている。女装の役者は珍しくなく、アジアでは京劇や歌舞伎。ヨーロッパでは女性が舞台に上がることを禁じられていた時期に異性装が採用されていた。しかし女装するのはあのカルロスだ。家にいるときのだらしない姿ばかりを見ていたので、果たして美女になりうるだろうかと不安だったが、そんな疑念はすぐに吹き飛んだ。婚約を初々しく喜ぶ少女は少しもカルロスには見えず、役者の底力を思い知る。戦死を知らせを受け取る場面で、ポールは目にハンカチを当てていて、おれも涙がこぼれそうになったほど。終わる頃にはすっかり舞台に感情移入していた。
休憩をはさみ、二部はコンテンポラリーダンスだ。テクニックを見せるのが主で、ジャンプしたり回転したりと、縦横無尽に舞台を暴れまくる。野生動物もかくやの身体能力には度肝を抜かれるばかりだ。
ショウが終わると観客はスタンディングオベーション。拍手喝采の大嵐に、カルロスはお辞儀で応えている。数日の同居生活で、おれは彼の真の姿を見たと思っていたが、これもまたカルロス・バレーロの本当の姿だ。スーパースターと親しくなれたことを、改めて神に(ローマンにではなく)感謝したい。
感動覚めやらぬまま、おれとポールはスパニッシュ・レストランで食事をし、舞台についての感想を語り合った。いい作品を恋人と共有し、それについて意見を交わすのはとても楽しく、このあたりのセンスが合わないと一緒にいるのが苦痛になる。ずいぶん昔にガールフレンドと『アラビアのロレンス』を鑑賞したのだが、長回しの場面で「ここは早送りしたら?」と提案されて対応に困ったことがあった。幸いおれとポールはうまく噛み合っていて、ロレンスはDVDと原作本がセットで棚に収まっている。
ほろ酔い加減で帰宅すると、部屋の明かりがついていた。ポールが「カルロス、もう帰ってきてるのかな?」と言ったところで、リビングから叫ぶ声が。カルロスは居間から玄関まで走って出迎え「腹が減った! 腹が減った! 餓え死にしそうだ!」と訴える。
「終演後はパーティじゃなかったのか?」
「そうなんだけど……長くいるとボロが出るだろ。しゃべらないで突っ立ってるのもバカみたいだしさ。ゲームしたかったらから帰ってきたんだ。そしたら、きみたち全然いないし」
「何も食ってないのか? マクドナルドに行きもせず?」
「すぐ帰ってくると思ってゲームしながら待ってたんだよ」
「そうか、それは悪かった」
「腹ペコで倒れそうだ。今なら牛一頭でも食える感じ。晩ごはんは何?」
欠食青年には申し訳ないが、今夜は何の支度もしていない。「おれたちは外で食ってきたばかりなんだ」と伝えると、カルロスは絶望の表情になり、床に崩れ落ちた。
「もうだめだ……おれはおしまいだ……さようなら……」
目を閉じるカルロス。おれは傍にしゃがんで彼の頭を撫でた。
「気の毒に……いい奴を亡くした……」
即興の芝居にポールはついて来ず「じゃあ、ピザでも取ろうか?」と提案する。
「ピザ!」カルロスは首を持ち上げた。
「そうだな。公演も終わったことだし、グルテン系の炭水化物を摂ってもいいか。デザートも好きなのを選んでいい」
「やったぁぁぁ!!」カルロスは飛び上がって宙を舞った。このまま宇宙まで届きそうな勢いだ。
【今夜の夕食メニュー】
・海外のビールと炭酸飲料。
・ピザ(サラミ、ソーセージ、ミート。チーズはダブルトッピング)
・チョコレートブラウニー(チョコチップたっぷり)
・フライドアップルパイ(シナモンシュガーたっぷり)
カルロスの帰国は明後日。明日は休日で、丸一日空いているという。マンハッタン最後の日だ。
「ぼくは明日は遅番」とポールが言う。「午前中なら空いてるから、どこに行こうか?」
カルロスはピザを頬張りながら「家族にお土産を買いたいからデパートがいいな」と希望を述べた。
「ディーンは?」
「おれは定時で上がれるから、夜なら。行きたいところは?」
「うーん、そうだなあ……高いところに登りたい! マンハッタンの夜景が一望できたら最高だ。このあたりではどこが一番高い建物?」
「マンハッタンの夜景が一望か……それならもっといいアイディアがある」
「もっといいアイディア?」
マンハッタンで一番高いビルよりもっと高い場所。高度600メートルの位置に、おれとカルロスを乗せたヘリコプターは飛んでいる。
彼は興奮しきりで「すごい!」を連発。実はおれもヘリコプターは初体験。マンハッタンは夜景が名物だが、こんな位置から見るのは初めてだ。眼下にきらめく街の明かりは、映像で見るそれよりずっと迫力がある。ビルの窓や車の流れが金色に輝き、街全体がアーティストの手による細工物に見えた。
カルロスは窓に鼻をくっつけ「おーい! おれはここだよ!」と呼びかける。「ファンのみんな! チケットを買ってくれてありがとう! ニューヨーク愛してる!」
現実のカルロスはとても無邪気で愛すべき存在で、おれが彼に抱いていたイメージは幻想だった。事実は小説より奇なり。人生で起きる出来事は、常におれの予想を上回る。
夜景に目を輝かせる友人の肩を抱き寄せると、カルロスは「あれ? もしかして今頃おれに欲情した?」と茶化してきた。
「ああ、そうだ。ここでおまえをファックしてやるから覚悟しろ」
「ヘリの中で? かっこいい。まるでジェームズ・ボンドみたいだな」
今ではカルロスとのセックスを冗談にして笑うこともできる。こんなに愛らしく、才能あふれる男と近づきになれたことは本当に光栄だ。カルロスはおれのことを『マンハッタンのママ・ディーン』と呼び、ニューヨークに来たときには必ず訪ねると約束してくれた。
夢には混乱させられたが、ひとつ勉強になったのは、夢に対する意識の持ち方だ。夢はコンピューターのデフラグと似ていて、おれたちが現実で抱えている情報を整理し、最適化してくれる。そして現実ではやらなくて済むようなことも体験させてくれるのだ。夢の中でならスーパーヒーローにもヴィランにもなれる。それはローマンの仮装パーティーみたいなもの。ドレスコードで悪役になれば、悪い奴になりたいという隠れた欲望は昇華される。『いついかなるときも善なる者でいなくてはならない』というのは、普通の人間には相当なプレッシャーだ。
この発想から、ポールはおれに“浮気”を提案してきた。浮気と言っても他の誰かと寝るわけではなく、あくまでおれたちの間でのことだ。おれとポールは別人になりきってセックスをする。あまり現実的ではなく、漫画のようなデフォルメされたキャラクターが好ましい。例えば、海賊のディーンと英国艦隊の軍人ポール。富豪のディーンとハウスメイドのポール。おれがビッグバッドウルフでポールが子豚ちゃんの設定では、狼が襲いかかったものの、最終的には欲情した子豚に押し倒されるという新展開。虐げられ続けた弱者が反撃するという社会的なテーマも含んでいるらしい。
そしてポールがもっとも興奮したのは、“出会う前のディーンとポール”というシチュエーションだ。おれたちが恋人同士ではなく、ただの顔見知りだった頃に時間を戻して、丁寧な口調で話しかける。
「やあ、きみはここに住んでるの? 実はおれもだ」
「それは偶然ですね」
そんなやりとりから始まり、最終的にはよく知らない同士でセックスに至る。
「あなたのこと、いつも見てました」と告白するポール。「とてもハンサムで素敵な人だと……でもまさか、こんな淫乱だったなんて……」
「おい、おれは淫乱じゃないぞ?」
「ダメだよ。いつものディーンに戻ってる」
「そうか……ええと、“おれもきみがこんなにテクニシャンだとは思ってもみなかったよ”」
「気に入った?」
「ああ、もちろん。今夜だけと言わず、毎晩きみと寝たいくらいだ」
「でもあなたはゲイじゃないんだし」
「きみの魅力を知ったら、もうヘテロには戻れない……」
例の夢を見たおかげで、こんな遊びを思いついた。様々な意味で、カルロスの滞在はおれにとって貴重な体験になったと思う。
後日発売されたダンスの専門誌に、カルロスの滞在記事が掲載されたので読んでみると、ブロードウェイの舞台を見たとか、美術館めぐりをしたとか、そういう話になっていて、個人宅に滞在していたことには一切触れられていなかった。メディアの闇を知れたことも、また貴重な体験だと言えるだろう。
END
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