第1話 目覚めたら、ホネだった

 彼が最後に見たのは、自動車のヘッドライトだった。その光はハイライトだったらしく、視界は光で塗り潰された!


ドォォォン!!


 身体に走った大きな衝撃が、彼の最後に感じた感覚だった。

 走馬灯? そんな上等なものを見ている余裕はなかさそうだったが?

 そして、この出来事が原因で『死んだ』らしい。その日のニュースでも『○○市のА氏が、飲酒運転の車に……』と簡単に終わっていた。


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 彼の意識がハッキリしてくると、身体中に重くのし掛かる何かを感じているようだ。身体を細かく動かしているが、鈍そうな感じである。それでも全く動かないわけではなさそうだ。


Side:??


 あの光のあと、すごい衝撃が身体中を走った気がする。事故だと思うので、後遺症が出ても不思議じゃない!

 突然の意識の覚醒は、体の自由を奪ってくる。なんとか心を落ち着け、指先から順に力を込めていく。

 ゆっくりと指は動いたが、水の中より重たい抵抗。食べ物に例えるなら、『ところてん』や『寒天』が近いと思う。

 悪く言うなら『ぬか』だな。小さい何かが、指の隙間を通り抜けていく感覚がある。

 何度もおかしいところがないか確認するが、運動機能、触覚共に無事なようで安心する。身体中に思いっきり力を入れて体を起こすと、『ボコッ』と何かが盛り上がるかのような音がした。

 いや、『骨に響いた』というのが正解かも知れない。


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 彼が動いたのが原因なのだろうか? 地面がほんの少し動いた。その後も断続的に土が盛り上がり、最終的には爆発した!


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!! スケルトンよ~!!!!」

「ギャー! キモい筋肉がー!!」


 彼は目の前にいた、筋肉という名の塊から逃げ出した! 幸か不幸か、2人は正反対の方向に駆け出していった。

 彼はこのときに、自分の体に異変があるのを感じとる余裕もなかったようだ。



 全速力で森の中を走っているのだが疲労感はなさそうで、普通なら100mも全速力で走れば横っ腹が痛くなったりして、立ち止まっているだろう。

 落ち着きを取り戻した彼の目の前には、1本の木が立っている小高い丘? が見えた。これといった目標はないので、それを目指して、少し早歩きで進んでいく。


「此処まで来れば、大丈夫だよな?」


 前後左右を確認し、大樹に背を預けて出ていない汗を拭う真似をしたとき、彼の視界に入ったのは見慣れぬ"白い物体"だった。

 いや、正確ではない。彼だって、知ってはいる。


 ──そう、その手は、肉が付いていない状態の『ホネ』が見えていた!

 そのとき、彼の脳裏に再生された言葉がある。筋肉の塊が言っていたことだ。


『スケルトン』


 その言葉を思い出したとき、少しだけ心が弾むような感覚を得ているようだ。ホネの顔ではあるが、口元がニヤけている気がする。


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Side:??


 ホネだけの手を見たオレは、少しだが心が浮き立つ感覚に襲われた!

 恥ずかしい話になるのだが、三十路を越えても治らなかった『厨二病患者』でもあった。当然、『異世界転移』や『異世界転生』モノなんかも大好きで読んでいた。立派にいうなら、『嗜んでいた』というべきだろうか?

 しかしながら、『自分が"ホネ"になる』と予想できるヤツはいるだろうか?


 ──オレか? 想像すらできなかった!!


 背中を幹に預け、寄りかかった木から周囲を見回すと、少し下った遠めの場所に池だろうかモノが見えた。オレの姿を確認するにはうってつけだろう!


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 池の畔に向かうには、急な斜面を『転がり落ちる』か、なだらかな坂を下り『延々と歩く』かの2択しかなかった。どの道で移動するかにより、時間がガラリと変わるだろう。


 彼は移動する前に、下を向き自身の体を見た。確認できたのは、胸から下だけであり、全身の確認をすることは出来ていない。

 だが、"頭部を残して体がホネ"という事はないだろう。むしろ、顔だけが人間だったら『成りそこない』だ!

 そっちの方が余程、ホラーである!!



 顔の確認に向かう前に、建設的なことを考え始めた。目の前に急な斜面があり、これを転がったら『バラバラ白骨死体』に任命されるだろう。五体満足? である保証は何処にもない。ホネである時点で、十分怪しいが。

 ああ、ムダ知識になるが『死体』は"身元不明"で、『遺体』は"身元が分かっている"モノになる。試験には出ないと思うので覚えないでくれ。



 そんな彼が見ているのは、急な斜面の方だ。45度……いや、60度近い角度があっても驚かない! 死なないと言うのが正しいのか? 生きていないと言うべきかは微妙だが……。

 ここを転がって直線距離を進めば、遠回りの道の半分以下の時間で池に着きそうだ。

 この直線ルートを行くなら問題は"2つ"。


 ①ホネがバラバラに成りそうなこと。


 ②何処まで、体として認識できるか?


 目下の問題はこんなところだろう。頷いた彼は、腰骨に当てていた両手を目の前に持ってくる。おもむろに右手で左腕を掴んだ。

 引っ張るだけでは外れなかったが、意識的に『外れるイメージ』を持ってみると、左肘の辺りからポトンと地面に落ちた。

 落ちたホネを拾い、外れた左腕を肘の部分に当ててみるが、コンっという乾いた音がするだけで引っ付くことはなかった。

 その状態で『にぎにぎ』と左手を動かすイメージをすると、なんと! 外れた手の指が動いた!! 孤独に1人ジャンケンをしてみる。虚しさが、空洞の胸骨内に響いた。


 それにしても意外なくらい、いい加減である。これでは、カラダというモノに疑問を持ってしまうだろう!(普通は)

 明確なイメージを持って、肘がくっつく様子を思い浮かべてホネたちをコツンと当てた。今度は、落ちること無くくっついている。ニギニギするが、変なところはない。


『どうなっているんだ? このカラダは??』


 彼がそう思うのは、不思議ではない。

 必要最低限の確認を済ませるた彼は坂に近づいていく。深呼吸を1つして、片足を斜面の上に動かした。

 彼は奇妙な感覚に襲われた。お腹が冷える感覚と、タマタマが縮み上がる感覚だ。

 小学生の頃に遊ぶだろう。ブランコである。それが下るときの感覚を思い出して欲しい!

 グ~っとお腹を押され、冷える感じだ。


『ま! オレはホネ人間だから、タマタマどころか、内臓も無いんだけどな!!』


 案外、軽い男である。悲壮感と言うものを、前世に置き忘れてきたのではないか?

 彼は、右手から左足までを一直線に結ぶように、ホネ体を斜面に向けて転がろうとする。形としては、柔道である"前回り受け身"が近いか?

 彼は恐怖に襲われながらも、斜面に飛び込んだ!


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Side:??


 オレは今、転がっている。正確には『転がり落ちている』だろう。そんな状況でありながら、自身の予想の甘さに後悔した。

 丘の上から見た限りでは、元気な新緑色の草が絨毯のように生えていてわからなかったが、転がってみると草葉の陰に石が結構隠れている。

 それがホネのあっちこっちに、石の角が当たって痛い!! コンコンするんだ!!


『あれ~ぇ? オレは死んでいるよね?』


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 彼はホネになったが、痛覚は正常? に残っているようだ。生身で「同じ事をしろ!」と言ってくるヤツがいたら、無言で背中を蹴って、斜面にダイブさせられるだろう。

 実際問題、『痛い!』と感じるよりは、『コンコン』と響いてくることの方が煩わしい感じだ。

 ホネだからこそ、『骨伝導』の凄さを感じるね! ホネを伝って全身の音が耳に来るって!!


『え? 何? 「耳が無いだろ!」だって?

 当然じゃないか! ホネなんだし!!』


 彼が喋れる状態だったら、きっとこういうだろう。

 実際の問題は、音が「聞こえる」というより、「感じる」というのが近いだろう。外部パーツといえる"耳がない"からのだから!

 この骨伝導ってものは、耳を塞いでも逃げられない。頭蓋骨に響いているものだから。


 そうやって斜面を転がり落ちていると、道中で『グギャァァァァァ!!』という悲鳴? 雄叫びではないと思うが、ホネを伝って彼に聞こえた。


『生物でも引いたのかもしれない。』


 彼の胸中は、そう訴えた。


『皆さん、特に小さい子供は気をつけて欲しい。ホネもそうだけど、"車も急には止まれない!!"だから、いい子は横断歩道を渡るときは左右をきちんと確認するように!

 ホネと、みんなの約束だよ~~!?』


 本当に余裕のある男である。時間と共に、彼の体はどんどん加速していく。

 彼がそんなことを考えているうちに、終点に差し掛かった! 今更ながら、自分で立てた策がを抱いていたことに気付いた!


『──やべ、止まり方を考えてないや!!』


 バガゴーン!!


 結論は『止まれた』といえるのだろうか?

 彼は、木の幹にぶつかることで止まった? ー…その代わりといってはなんだが、バラバラになった。


『うん、痛覚がほとんど無くてよかった!(ホネ比70%オフ!)』


 バラバラの状態でも、余裕綽々である。


『もし痛覚があったら、発狂している自信がある! ちょっとした頭痛でも、○ファリンの世話になっていたからね~』


 そんな事を思っている。しかしながら、この状態は『バラバラ白骨死体』である。この状態からイメージだけで"元の形"に戻れるのかが心配である。

 彼は幸運だったのか、悪運が強いのか判断に困る状態だがよく見ると、バラバラになったというより、『パーツ毎にわかれた』感じだ。

 

『さて、治しますか!』と彼が思ったとき、最初の不幸(ホネの時点でも不幸だが)が彼を襲った!!


【経験値の取得を確認しました。規定値に達しましたので、"格"が上昇します】


 「い、イダダダダダ──!!!!」


 ホネを襲う──いや、彼という存在を襲う『バキバキ』にするような痛みが、ホネを、魂を襲った!!


 襲った軋みは、時間経過で治まった。数十秒なのか、数分なのかは分からない。

 落ち着きを取り戻した彼は、考えることが増えたことに溜め息を付きながら、バラバラになった体を組み直す。

 予想以上に大きなパーツだったので、「少し大変だった」という程度で、体の復旧作業は終わったのはラッキーなのだろうか?


「あの時に聞こえた"声"は??」


 痛みが来る直前に彼が聞いた声。

 それは平坦で、感情のない声で、コンピューターの"自動読み上げ機能"のように無機質なモノだった。

 それだけに、声の言葉が脳裏から離れなかった。


 『経験値』どんな異世界冒険小説にも出ている、「行動を起こすことによって発生する値」である。一番有名なところだと、ドラ○エ、F○だろうか?

 『格』これはもしかすると、"レベル"というものではないだろうか?

 詳しく確認したいところだが、確認法方が分からない。


 疑問が沸き上がるのだが、『知識が無い以上どれだけ考えてもムダ!』と結論を出した彼は、丘の上から見た池を目指して歩く。

 方向的には、合っている。真っ直ぐに転がってきたからので、方向がそれない限りはいずれ辿り着く。

 草むらを越え、森の中を歩き続けると、目の前に池が見えてきた。上からと、横で見るでは、これだけの見え方の差があったのかと彼は感心した。

 そう。目の前にあるのは、池ではなく"泉"だった。湖と言い切れるほど大きさはないだろう。


 ゆっくりと近付いた彼は、水辺から体を乗り出し姿を確認する。そこに写っていたのは、『ガイコツ』だった。予想通りだったが、「スケルトンはないだろ!!」と心の中で叫んでいた。

 落ち込んで、凹んでしまった上に、更なる追い討ちがやってきた!


『何の用だ! この穢れた"魔物"が!!』


 頭を上げ、正面を見た彼の思考は止まった。それは泉の中央に、女神を想像させる美女が立っていたからだ。

 その手には水から出来た槍を持ち、構えていることから『敵』として認識されているようだ。

 それでも、綺麗な顔なので彼の口から出た言葉は1つだけだった。


「綺麗だ──」

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