アイル・ビー・ボ~ン
四宮 皇季
第2話 泉の女神と、ホネのオレ
彼が無意識に放った「綺麗だ──」という言葉に反応した女神は、顔を真っ赤にして取り乱した!
その反応はストレート過ぎて、言った本人も恥ずかしくなってきたようで、頬ボネが薄いピンク色に染まっている。
彼女が落ち着きを取り戻すまで、気まずい空気のままだった。
「何故、穢れの権化たるスケルトンが話す?」
彼の言葉で取り乱した時よりは、少しだが落ち着いたようだ。それよりも、彼がスケルトンなのは間違いないらしい。
それに『穢れ』と彼女は言ったのだ。曖昧なままでは不味いと思った彼は、事の始まりを話し始めた。
「それは────」
話の詳細は省略するとこんな感じになる。
・死んだらしく、気付いたら"スケルトン"だったこと。
・人らしきモノから逃げ出して、丘の上からこの泉を見つけたこと。
・転がってきた途中で、"何か"を引き殺して、"格"というものが上がったこと。
人によっては少ない説明に感じるだろうが、現状を認識していないとこんなモノだろう。それでも、暢気に話している本人の正気を疑う。
話を誇張する必要はないのでありのまま語ったのであった。悲観して当然の状況なのに、この男は楽しげに話している。
「話の内容は、大体だが分かった。お主の身に起こったのは、【転生】だろう」
「それって、モンスターに
「私が知っている範囲になるが、『この世界の住人』には起こらない現象だ。"基本的に"……と付くが。
そうなると"鍵"になるのは、お主の言う『異世界』というものが関係してくるのではないか?」
泉の女神は、話した内容から推測を立ててくれた。話している最中から彼も当たりをつけていたが、ど真ん中の大当たりだったようで満足げな顔をしている。
ホネだが表情が分かるというのは、如何なものであろう? あと、目尻をだらしなく下げないで欲しい。
「この世界の住人が、モンスターになる可能性はあるのですか?」
「──基本的にはない。唯一の例外が、『大罪人』だな」
「──"贖罪"と言うわけですか?」
「その逆も、然り。モンスターの中で、もっとも善行を積んだものが"人間"に生まれ変われる」
目の前にいる女神の話を、正面から信じるのは難しい。だが、保持している記憶が"正しいもの"だと考えるなら、話の真偽の確認は後回しにしてでも、 信じるしかない。
直感である為、彼には
「──そうなのですか」
「お主、あっさりしておるな」
「スケルトンであることは、変わらない事実ですしね」
「それは……そうだが──。
まあいい。前世の記憶があるなら、『名前』を教えてくれんか?」
彼は、大声で笑った。カッカッカッと、歯が当たった音が周囲に響き渡る。
『喉がないのに笑えるって、不思議だね!』
彼はそう思っている! あの表情を見ると、そうとしか考えられなかった。
泉の女神に、名前を聞かれた。目覚めてから数時間ではあるが、その間は1人であったので、考えたことがなかった。
脳ミソの入っていない頭をフル回転させ、自宅に帰るまでのことを思い出そうとした。覚えているのは『車に跳ねられたらしい』ということだけ。
他に"彼"という存在を証明するモノは、名前以外には思い出せなかった。思い出そうとしても、記憶に靄がかかっているように感じていた。
「──
「そうか。では、ムクロよ、まず最初に覚えて欲しいことがある」
「はい」
「ムクロという存在が、【
ユニークモンスターとは、世界で唯一といえる『個人という自我』を持っておる」
「ユニークと"それ以外"を別けるものは、『自我の保有』と言うわけですか?」
「然り。自我が無ければ、感情は生まれず、知恵も持たない。
それは人間も、モンスターも変わらない真実である」
彼女の横顔は誇らしげだ。美しさと凛々しさが半々で、周囲がキラキラしているのが神々しく感じられる。
今さらになるが、彼女の容姿について話そう。ムクロ視点であるため、多少の誤差は認めて欲しい。
1番目につくのは、腰まで伸びる"ゆるくウェーブのかかった蒼色の髪"である。ウェーブが生み出す表面的なゆるふわが、太陽光の反射をランダムにしている。
その光が生み出すのは、髪の照り返しにより生まれた"天使の輪"である。1つだけではなく、いくつも浮かんでいる。
2つ目が、その透き通るような"肌"である。水晶を思わせるくらい、白く、透き通った肌にはシミ1つ無く、小さなキズすら赦されないような神秘性を感じる。
実際に反対側が透けている気がする。
3つ目が、彼女の体型である。そこまで大きくはないが、出るところは出て、へこむところはへこんでいる。
凹凸の加減が良いので、一層体型をアピールしている感じだ。
最後が、空中に浮かんでいる水球である。この水球に太陽の光が差し込み、ミラーボールのように乱反射されている。それが彼女の姿を、より一層引き立てているのは間違いない。
水球の大きさはピンポン玉くらいで、10~20個くらいの数が浮かんでいる。
ムクロは彼女を見ていると、名前を聞いていないことを思い出した。そして当の彼女も、名乗っていないことに気付いたのだろう。
その細く、しなやかな指を顎に当て、1つ頷くと名前を教えてくれた。
「我の名を、教えてなかったな。我は、水の大精霊"ウェルウェルデ"である」
「──どう呼べば良いですか?」
「そうだな……ムクロには特別に、『ウェルデ』と呼ぶことを許そう」
「分かりました。"ウェルデ様"と呼ばせていただきます」
「敬称も、敬語も不要だ。ムクロは慣れていないのだろう?」
「わかり──分かった。オレの寿命がどれくらいかはわからないが、よろしくウェルデ」
「ほう! これは、『握手』というものだな?」
ムクロは彼女──ウェルウェルデから敬称で呼ぶことを許された。これは少なくとも、ウェルデから信用を得られた、もしくは友義を結べたと言うことなのだろう。
彼女の感じからすると両方共と言えそう
だ。ムクロにとって、異世界最初の友人が『大精霊』だったのは、良いことなのか、悪いことなのかはわからないが。
ただ本人は、『美人さんと知り合えてラッキー♪』的な感想しかないだろうが……。
そして、ウェルデと握手した感じから予想をたてると、肉体という概念は無いように見える。表面的に見える範囲では、ウェルデを形作るパーツの中に【ホネ】や【筋肉】は入っていない感じだ。
これはきっと小説に出てくるように、『精霊とは無形の存在であり、一定の形状を持っているだけ』というものであろう。
これは【神】という高次の存在とは違い、ウェルデたち大精霊には『同時に多数の場所で存在する』ことが出来ないから──と考えると納得しやすい。
小難しくなってしまったが、簡潔にまとめると『ウェルデは、風船と中の空気』と表現できる。
「さて、何から話したものか──」
「オレは何も知らない状態だから、基礎的なことから教えてくれないかな?」
「了。まず最初に、この世界の事から話そう」
「そうしてくれると助かる」
「最初に理解して欲しいのは、『この世界の名前は、大精霊以上の存在しか知らない』モノであることだ。
こう言っては失礼だが、下位生物たちは【階位】的に理解できず、知ろうとも思わないからだ」
「それはオレと似た"異世界転生者"も含まれるのか?」
「然り。基本的に『この世界で生を受けたもの』に関してはその通りだ。親が知らねば、子も知らぬままだ。転位者に関しては、教える存在がいるかどうかにかかっている。
確認のため、少しムクロの記憶を見せてもらうぞ」
そういうと、ウェルデはムクロの頭蓋骨に手で触れた。本人は、ホネの表面で"ひんやり"としているのを感じ取っていた。そして疑問に思った。
『オレの頭蓋骨の中には、脳ミソが入っていないけど?』
当然の
「──大体のところは把握した。ムクロは、知る義務がある。理由に関しては言えんが、我が言えるのは『いずれ判明する』ことのみだ」
「漠然としているな。自分の目で見ろってことか?」
「然り。ムクロの『見た』『聞いた』『感じた』モノが、自分にとっての正解だからだ。
我がするのは、その最初の基礎部分だ」
「了解した。元からこの世界を見て回りたかったから、なのも問題はない。
それに、ウェルデとはまた会えるのだろう?」
ウェルデにそう問いかけると、今までと同じ微笑みだが、少しだけ"喜び"の印象が強くなったように感じられる。
彼女は意味深な言葉を口にするのだが、能天気を地でいくムクロは聞いていなかった。
「無論。我とムクロは 、【契約】を交わす間柄。それに我は、この世界の何処にでもいる。
会話だけなら、『水がある場所』なら何時でも出来る。ただ、顕現するには、この泉と同等の大きさが必要だが──」
「なら、何も問題はないな!」
ムクロの言葉に、ウェルデの笑みはより強くなる。勘違いさんがいたら、「惚れたのか!?」と思いそうだが、残念ながらこの男にはその様な属性はない。
『お気楽×能天気』それが彼を表すに、相応しい言葉であろう。
そんなムクロを見ながら、1つ咳払いしたウェルデは、世界の名前を口にした。
「さて、少し話がズレてしまったが、この世界の名前から教えよう。
この世界の名は、【リバーサイディア】という。名の意味は、神しか知らぬ」
「【リバーサイディア】……。
この世界では、オレと同じ階位で知っているものは無しか」
ムクロはこの世界の名前を、自身の中に刻み付けた。誰にも話せない内容である。
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