第9話 迷子の道中、人を拾うホネ


 ウェルデに半ば追い出されるように泉から出発したムクロとポチ子は、先ずは出発地点である森からの脱出を最初の目標とした。

 しかしながら、一行の中には方向感覚の優れた人? はいない。その状況で、森を脱け出すまで何日かかるかは分からない。

 実際のところ、既に出発から3日ほど過ぎているが、森の中をグルグルと徘徊している。


「おお! あの木の実は、甘酸っぱいヤツだ!!」


 喜んだムクロは体を捻り、右拳に意識を集中する。この数日は、ポチ子のご飯をご飯を準備するだけで苦労していた。

 あのちっこい体の何処に、収納されてしまうのか不思議に思う量が、ダムから放水される水のように、消え去っている。


「きゅ~ん」


 ポチ子は「それ、食べたい」と、ムクロの顔を見上げている。キラキラと輝く瞳に「うう"っ……」っと唸ってしまう。

 結構甘々なムクロである。


「ホラよ」


 しゃがみこみ、ポチ子の前に木の実を差し出す。主人が飼い犬を可愛がっているような光景に見えるが、ムクロの眼差しは真剣である。


 それは、ポチ子のが原因である。


 それが発覚したのは、偶然の産物と言うことしか出来ない。ネームドを行う前に、ムクロの指を加えていたことを、覚えているだろうか?

 それが影響しているのか、モンスターの攻撃を避け損なったムクロが被弾したとき、肋骨の1本が折れて、吹き飛んだ。その時飛んでいったホネに、今までにない"狩人の目"をしたポチ子が、周囲を気にせず駆け出していったのだった。

 幸いにも、モンスターは直ぐに排除できたし、5mくらいしか飛んでなかった事もあり簡単に捕獲できた。しかし、予想外の出来事が起こった。

 ムクロのホネを気に入ったポチ子は、なかなか手離さなかったのだ。その時の両手の使い方を見て、「昇格したら、武器を持つことが出来そうだな」と親バカのようなことを思っていた。


『そのまま、川沿いに下ると早ければ明日には村に着くだろう』


 この場に姿はないが、声の主はウェルデである。当人は森の中を既に出ていると思ったところ、小川の近くにムクロたちの気配があったのだ。

 嫌な予感のしたウェルデが声をかけると、迷子になっていた事実が判明した。

 小高い丘から泉までは、大きい獣道があったので迷う余地がなかった。しかしながら、村に向かう方面には獣道が存在せず、林を切り裂いて進む必要があった。それに付け加えると、ポチ子が色々なモノに興味を引かれフラフラと動き回っていたことも迷子を加速させた理由の1つである。


「それは助かる! いくらモンスターホネになっても、人型同類と面を向かって話せないってのは、ストレスしかないからな」

『モンスターとなったことは"不幸な出来事"であるが、お主のは元からであろう?』

「いや……そうなんだけどさ~」


 ウェルデの言う通りであった。本人はそこまで自覚していなかったが、方向音痴初期患者と言える。自覚がなかった理由としては、地球で生きていた頃から以外には近寄らなかったことである。

 ただ、今世はリバーサイデリアを歩き回り、食道楽を行う気満々である。早々に問題点が浮上したことには、ムクロ自身は感謝している。


「ココをくっ付けて、あそこはゆとりを……」


 ムクロがブツブツ呟きながら作業を行っている。何をしているのかと言うと、フード付きローブの作製だ。

 ウェルデから贈られた服に関しては、改造を施されている。改造と言っても、袖を長くして指先しか出ないようにしたり、裾をくるぶしまで延長して足を見えにくくしたくらいだ。

 一応ではあるが、ブーツっぽいものも作製して履いている。


『しかし、何だ? その服は??』

「中身が見えにくいように、改造したんだけど??」

『中身が……と言われても、その姿では"リッチ"もしくは"屍王ノーライフキング"だぞ?』

「え"~。オレ的には、『死神風』に纏めたんだがな?」


 ウェルデの言葉に少し傷付いたムクロである。どれにしても、ことに気付くのは何時になるだろうか?

 ムクロの構想では、ホネで造った大鎌デスサイズを準備しようと思っていたりする。明らかに冗談にならない、ジョークとは言えない姿格好になる。

 この男は、何を考えているのであろうか? いや、考えてすらいないだろう!


「村に着いたら、何をしようかな~」

『その前に、キチンと辿り着けると良いがな……』


 投げ槍とも言えるウェルデの言葉だが、投げ掛けられたムクロに対しては、糠に釘状態であった。

 ムクロの場合は『オレに聴き止めるは無いから、筒抜けだし!!』とか言いそうである。


「痛いところを突くね~。『突かれて痛い肉はない』けどね!」


 ムクロとウェルデの言葉が重なった。ムクロに眉毛があれば、「おぅ!」っと少し上に上がったに違いない。

 これは、ウェルデがムクロのことを理解してきたからである。もっともその根底には、ムクロの語彙ごいの少なさと、言っている言葉が似通っていることが原因であるのは言うまでもない。


「なかなか、ウェルデも言うようになってきたね!」

『お主が"わんぱたーん"というヤツだからだ』

「ふむふむ。何て言うか、言葉のニュアンスが結構違わなくないか?」

『それは、此方にない概念の言葉であることが理由ではないかと思う』

「ふ~ん。難しい言葉は簡単に使えるのに……」


 軽口を叩きながら、作業を進める。ローブが完成したら、ズポッと頭を通して首元をホネで留めた。小川を覗き込み、水面に映った自分の姿を確認する。

 フードの前は顔の半ばまで覆い隠し、口元の部分も隠せるように仕立ててある。出ているのは目のラインのみだが、目深く被っているので、無理矢理に覗き込まない限りバレないだろう……そうムクロは考えている。


「…………」


 腕を上下左右に振ったり、体を捻ったみたり、前後左右に動いて跳んだりして仕上がり具合を確認する。変にゆとりがあり過ぎると、移動時や戦闘時に引っ掛かってしまう恐れがある。実際に作製していた数日、ダブつきすぎた丈がイノシシのモンスターの牙に引っ掛かって、空を何度か飛んでいる。

 その経験から、手首の幅は大きくても拳1つ半だと導きだしている。手首の部分のゆとりについては、両手を互い違いで隠して格好をつけたい思いがある。


「……うむ。こんなものかな」


 満足いく仕上がりにムクロは微笑むが、ホネである現状ソレは分からない。


「きゅ~ん、きゅーん!」


 自画自賛していると、ポチ子が何かあったのか鳴いている。この鳴き方は、異変があったときに多かった。鳴いている場所は此処から更に下流で、進むほどに流れが速くなっていく。


「どうしたんだ? ……ポチk…」


 ムクロが藪から身を乗り出して最初に見たのは、人影であった。大きさはムクロの肩くらい、140~145cmというところだろう。

 地球で住んでいた……と言うと大袈裟だが、生身で命があった頃なら見捨てていただろう。過去の偉人も『命あっての物種』と言っているのだから。

 だが今のムクロは助けられるなら、躊躇わずに動く。そんな行動が出来るのは、"自分が死ぬことがない"ことが大半の理由になる。


「さて……っと、助けに行きますかね。

 ポチ子は危険なので、離れるんだよ」

「きゅん!」


 あまりにも元気よく返事を返すポチ子に、少し呆れながらも救助作業を開始するムクロであった。

 服が濡れるのは勘弁願いたいムクロは、水面から10cmほど上を歩いて近付く。これは「空を飛んでいる」とかではなく、この数日で使い慣れてきたスキル〈Re:ボーン〉を使用している。

 その為、水面付近をよく見ると、白い棒が川底に向かって伸びているのが分かるだろう。


「おや??」


 小川の中にある大岩の上に伏せていた人物を、抱き上げようと仰向けにしたムクロは驚きの声を上げた。原因はその人物の、肌の色と耳の形状であった。

 浅黒い肌に、ピンと尖った耳、そして胸部に装備した"メロン"を思わせる膨らみ凶器。以下のことから導きだした答えは。


小説テンプレで考えるなら……ダークエルフと言ったところかな?」


 ウェルデの説明の中に、エルフの名前は出ていたが、ダークエルフという言葉はなかった。これは説明し忘れていたワケではなく、ダークエルフが"人族"ではなく""という区分に分けられていたことが理由である。

 ムクロはまだ知らないが、亜人族は人族と全く同じであるが、過去に【魔王】の配下に加わっていた事実がある。この辺りの話は、ウェルデの頭から抜け落ちていた部分である。


「呼吸は……していない??」


 少しだが慣れてきた魔力強化を使い、聴力を強化する。耳という一方向から聞こえる音を拾う器官がないムクロには、音はから聞こえるものである。

 急ぎ足で川岸に戻ったムクロは、少し開けた場所に彼女を寝かせることにした。仰向けに寝かせ気道を確保させると、口の中に指を突っ込み、スキルの力を使い、気管の奥に詰まっているであろう水を探し始めた。

 伸ばした指の先に水気を感じたムクロは水魔法を発動させ、詰まっている水を排出させた。次は風魔法を使い、肺の中に直接空気を送り込む。


「心臓の位置って、水月みぞおちから指2本分上だっけ?」


 地球で生きていた頃に習いはしたが、使用する事態に陥っていない。かなりうろ覚えの知識ではあるが、心肺蘇生を行う。

 大きな胸の谷間に手を差し込み、真上からリズム良く押し込む。天然のメロンの柔らかさに、生前なら性欲が爆発しそうなものだ。

 しかし、ムクロはホネ人間である。性欲どころか、興奮を示す肉体はない。柔らかいを触って、役得ぐらいには思っていそうだが。


「きゅん、きゅん!」


 彼女が自発呼吸を始めたとき、ポチ子は森の中から枯れ枝を抱かえて来た。指示を出さずとも、自分から動いたらしい。自分のホネを狙うことは勘弁願いたいムクロだが、ポチ子のこういった行動には感謝してしまうので強く言い聞かせられないムクロである。

 焚き火を起こし、彼女の服を全て剥いだムクロは、鞣して綺麗に洗った毛皮で彼女を包み込み、火の近くで暖を取らせた。

 濡れていた衣服は、水魔法を使い綺麗に洗う。その中で疑問に思ってしまったことがある。


「この世界は、下着はないのか??」


 非常に下世話ではあるが、彼女が目覚めるまでの数時間、見張りを継続するのであった。


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