第7話 君の名前は、ポチ子に決めた!!


 名探偵ウェルデ? の推理に驚いたリアクションをしたムクロは、場が落ち着いたことを感じ取ったらしく、肋骨という名の檻の中にいる犬を外に出すことにした。


「〈Re:ボーン〉」


 胸の中央に当たる胸骨を観音開きで開け、徐に手を突っ込む。そのとき、指の先に噛み付かれた感触があった。

 痛みがあるわけではなく、生温いような感覚があっただけである。


「ふむ。その犬は、魔獣と言っても最低ランクのモンスターだな。確か名は【コラント】と言ったと思う」

「最初に戦うようなモンスターってヤツか?」

「最弱モンスターと言っても、単体で生活しているわけではない。コヤツらは最低でも十数体で群れをなし、集団で生活を行っておる」


 ウェルデの言う通り、この犬の魔獣は【コラント】という。生まれたばかりの時は、オール能力値が”1”というステータスである。

 5年以上生きている犬でも、能力値の能力値の合計が”10”あれば良い方である。ハッキリ言って、初期のムクロより酷い。


「──あ~あ。もしかすると、坂を下っている(正確には、転がっている)時に、キャイ~ンとか聞こえた気がした」

「なるほどな。ムクロの格が上がった理由を考えるなら、それ以外には考えられん。

 今までコヤツに気付かなんだ理由は、このが原因であろう。本来の毛色は、濃い茶色と緑の中間くらいだ」


 どんな色かと言うと、濃緑色より濃い感じだ。ある意味では"ダークグリーン"と言っても良いかもしれない。


「本当に綺麗な"白"だよな。変異種や異常種ってやつなのか?」

「変異種の方が近いかもしれん」

「こういうのって、チアノーゼっていうのかな?」

「さあな。我にはそこまで詳しいことは分からぬ」


 正確にはチアノーゼではなく、アルビノである。染色体異常により引き起こされるものだ。

 この場に、ムクロの言葉にツッコミを入られる知識のある"異世界人"がいないことが残念である。


「引き殺したかもしれない場所に、他のコラントはいなかった気がする」

「そうなると"はぐれ"かもしれん。コヤツの成長速度からして、半月も経っておらんだろう。白というでは、狙われ易いからな」


 ムクロは自分の指を甘噛みしたり、ペロペロ舐めている仔犬を見つめている。腕の中でフルフル震えている様子を見ていると、形容しがたい感情が溢れてきた。


「……なあ、ウェルデ。仔犬は、モンスターなんだよな?」

「なるほどの。魔獣もモンスターの1系統に当たる。お主の記憶にあった"ふぇんりる"や"けるべろす"というのと、同系統と考えて問題はない」

「じゃあ、進化や昇格は起こるわけか」


 ムクロのこの言葉が何を指しているのかは、簡単に推測できる。この仔犬を飼うつもりなのだろう。

 "飼う"とは違うが、人族の職業には【魔獣使いビースト・テイマー】というモノがある。魔獣限定だが服従させ、任意の行動を取らせることが出来る。


「ではまず、魔導回線パスを繋ぐことからだな」

「ウェルデ??」

「……連れて行くのだろ?」

「ああ」

「なら、パスを繋げることで、慣れは必要だがが可能になる」

「やり方を教えてくれ」


 ムクロの言葉に、頷くことで返答するウェルデ。何も知らない仔犬だけが、尻尾をパタパタ動かせている。


「やり方は簡単だ。互いのおでこを合わせ、自分の魔力と相手の魔力を紐で結ぶイメージだ。ムクロの知識の中にあった『糸電話』が、分かりやすいだろう」

「了解だ! やってみる!」


 ムクロは仔犬とのおでことくっつけた。"お父さんと仔犬"なら格好はつくのだろうが、"ホネと仔犬"では少々滑稽な絵である。

 ムクロ本人は真剣なのだが、仔犬の方は何をしているのか理解出来ていない為、尻尾を振り回し、きゅんきゅんと鳴いている。本当に、絵的に締まらない。


「完了したぞ」


 ウェルデが声をかけたのは、2人? を包んでいた薄紫色の光が、瞬間的に瞬間的に金色に変わった瞬間である。

 この薄紫色の光は【魔力光】と呼ばれる、魔力の輝きである。この輝きがどの様な色かで、その個人の魂の素質、正邪を簡単にだが知ることが出来る。

 ムクロ魔力光は薄紫色なので、紫に白の適正が高い。

 色の対応は次の通りだ。


 赤➡火属性


 青➡水属性


 黄➡土属性


 緑➡風属性


 紫➡雷属性


 白➡無属性


 と、別けられている。他にも色々あるのだが、ウェルデは教える必要なしと考えている。説明しなくても、生活していけば嫌でも覚えることになるからだ。

 ムクロが得意なのは、【雷属性】と【無属性】の2つになる。あくまでもこの判別方法はを見付けるためのものであり、それ以外の属性属性が使用出来ないわけではない。

 ビックモンキーの攻撃を受け止められたことも、無属性が得意だったお陰である。苦手だった場合は、踏ん張ることさえも出来ず、空を(物理的に)飛んでいただろう。極端な例えではあるが、間違ってはいない。


「そうなのか?」

「モンスター同士なので、結構時間がかかると踏んでいたが、意外に早くて驚いたくらいだ」


 本人はそう言うが、他人にはそう見えないであろう。片眉がピクンっと動いただけなのだから。

 その間もムクロは、仔犬とのコミュニケーションを取ろうとして、考えていた。脳みその無い頭で思い浮かんだのは、地球ではお馴染みの『名前』である。

 性別を間違えると可哀想なので、前肢の下を手で支え、確認する。雌だ。


「よし。お前の名は"ポチ子"だ!」


 その言葉を聞いたときに焦ったのは、ウェルデであった。声をかける間もなく間もなく、仔犬が光に包まれたのである。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 光に包まれる仔犬と違う反応を取るムクロ。よくマンガで、電気に感電した絵がある。あれはが透けた状態だ。

 現在のムクロの状態はそれとは違い、ホネが透明化と通常のホネを繰り返したりしている。元がホネであるのが原因なのかもしれない。


「無念。止める間もなかった……」


 全然残念そうな顔には見えない。

 ムクロが目を覚ましたのは、翌日のことだである。目覚めたムクロが最初に目にしたのは、ホネと皮だけのビックモンキーの亡骸だっのだが、彼にはそれの正体が分からなかったのである。


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 翌日、胴体と離れている頭が、小さく震えた。その正体はムクロである。

 彼が目覚めたときに見たものは朝陽である。サンサンと光り輝いている。

 丘からお日様が登ってくる以上、間違っても夕陽ではないだろう。ゆっくりと立ち上がったムクロは、体を動かしていく。

 前世からのクセのラジオ体操である。

 しかし、傷める筋肉はなく、違える筋もない。本人としても、只の習慣で行っているに過ぎない。


「ようやく、目覚めたか」

「ウェルデ??」


 ムクロが泉の方を向くと、水面に立っている人影があった。ウェルデの姿を確認したムクロは、仔犬について思い出した。


「ー…そういえば、名付けして……」

「お主が名付けした仔犬なら、そっちで寝ておる」


 ウェルデが指さした場所には、動物のホネと皮であった。不思議に思いじっくりと観察すると、地面に仰向けで眠る物体があった。

 ウェルデの言葉から考えるには、あれがらしい。疑問系なのは、サイズ的に3倍近く大きくなっていたからだ。


「あのお腹をポッコリさせているのが、ポチ子だって言うのか??」

「うむ。その通りだ」


 頷いたときに、ウェルデの髪の毛がフワリと広がり、朝陽でキラキラと輝いた。無駄なところで豪華だ。

 それにしても……逃げ場がないくらい、寝ている犬? はポチ子らしい。何故、姿形が変わったのか不思議である。


 名付け前のポチ子の大きさは、20cmが良いところであった。しかし現在、地面で転がっているポチ子らしい存在は、60cm近い大きさになってしまう。

 ポチ子exを見ると、過去の面影は何処を探してもない!!


『ビフォー・アフターが激しすぎる!』


 冗談ではなく、面影と言えそうなものが毛色くらいしかない。本当に、唯一と言っても過言ではない共通点は、純白の毛ぐらいである。


「驚くのも無理はないか……」

「説明してくれるよね?」


 ムクロの表情は、「ちょっと信じられまへん!」と言いそうな感じだ。

 対するウェルデの表情が落ち着いているので、彼の焦りがより 滑稽に写ってしまう。そのまま放置するほど、この大精霊がひねくれていないのが救いであろう。


「ムクロに1つ、問題を出そう」


 ダダダダン♪ と音楽がかかってきても不思議ではない空気を出し、ウェルデはクイズを切り出した。


「"名前を持つモンスター"を何と言う?」

「それは──【名前持ちネームド】だろ?」


 ムクロは当然と言うように、そのを口に出した。それを口に出し、頭の中で咀嚼することにより、ウェルデの言わんとするところに気付いた。

 異世界モノの、特にファンタジー系の小説で出てくる名前を持ったモンスターは、強力無比な力を持っていることが多い。それは当然、リバーサイデリアこの世界でも同じであり、同種・同レベルのモンスター同士でも、名前の有無でステータスが倍近く違ってくる。


 コラントを例に上げると、彼らのステータスは""であり、合計は4である。運よく、最高レベルに成れても平均が"3”で、高くても"4”が2つあるくらいで合計は14である。

 これが【ネームド】になると話が変わってくる。初期の合計が"8"で、最高が”18”となる。ムクロが1Pや2Pの増加で、感覚的な動きがガラリと変わってくる。


 余談の部分ではあるが、元来コラントには進化や昇格は不可能である。それを破る方法が"である。


「名前持ちというだけで、ステータスだけでなく、姿も変わるものなのか??」

「そこは……ちょっと違うな。名前を与えるだけでは、姿までは変わらん。

 この世界の職業には、【魔獣使いビースト・テイマー】と【魔物使いモンスター・テイマー】がある。この者たちも服従させ、名を与える。

 しかし、彼らの従魔はポチ子ほど大きく変わらん」


 ムクロの存在しない脳みそが、恐るべき答えを導きだした!!


「俺、SUGEeeeeeeー!! ってこと?」

「全く違うぞ! この愚か者が!!」

「けどオレは、ホネっ子だぜ?

 常識を期待せんでくれ!!」

「胸を張って、非常識を告白をするでない!!」


 ウェルデのツッコミで、清められた水(聖水っぽいもの)が塊としてぶつけられた。しかしながらこの男は、邪悪なアンデットではなく、である。

 効かないばかりか、ホネの表面が綺麗になったと喜んでいる始末である。


「ジョークだって!

 モンスターが、同じモンスターに名を与えるってことは、何かしらのが発生しているってことだろ?」

「その通りだ。もう、変なことを言わんでくれ。どうやらお主には、"清浄なる水聖水(?)"が効かんようだから……」

「それはラッキーだね♪」


 ムクロは気付いていない。聖水(?)が効かない以上、を1つ失ったことを……。最悪のケースでは、神聖魔術も効かない可能性が出てきたのだ。

 話が反れてしまったので、元に戻す。


「ラッキーというワケじゃないのだが……。あとで困っても知らんぞ」


 ウェルデはブツブツと呟いた。


「で? モンスター同士の場合は、契約が発生するのか?」

「うむ。【ネームド化】と【主従契約】の2つが同時発生し、さらに名前を得た方は【限界突破の進化エボリミット】が起こる」

「……それが、のポチ子ってことか」


 そういうとムクロは、大きく膨らんだお腹を上下させているポチ子を見つめた。例え、エボリミットが原因であっても、あの様に大きなお腹になるとは思いたくない!

 あれでは、妖怪の"餓鬼ガキ"ではないか!!


「ああ。あの姿に関してか……」

「何か知っているのか!?」


 ウェルデの様子から、ポチ子がこうなった原因を知っていると感じ取ったムクロは彼女に迫った。


「落ち着くがよい!

 あの姿は、に必要な食事をしたからだ!!」


 ええい! 五月蝿い!! と言わんばかりのウェルデに、驚き引き下がることになったムクロであった。

 詳しくはなそうにも、引っ付かれてしまっては、落ち着いて話せない。


「お主の身にも起こる可能性があることだ。しっかりと覚えて欲しい。

 まず、『進化は昇格より、肉体的な変化が起きやすい』こと。

 次に、『限界突破の進化エボリミットは、特に肉体的な変化が激しい』ことだ」


 ウェルデはムクロの前で、指を1本、2本と立てる。そして、その大きな胸の下で腕を組んだ。

 とぷよん♪ と動くが、ムクロはスルーしている。というか、見ることさえしていなかった。彼の視線はポチ子だけしか見ていなかった。

 それがちょっとだけ寂しい、ウェルデであった。


「エボリミットの後遺症での睡眠は、もうそろそ…………」


 ウェルデがそう言い始めたとき、『ぎゅるるるる……』と大きな音が鳴り響いた。音源は言わずとも知れた、ポチ子のお腹であった。


「目覚めたようだな」

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