第5話 戦うホネと笑う水の大精霊
ムクロの背後から『ガサッ』と音が聞こえたので振り返ると、そこにはサル? がいた。何故『サル?』なのかというと、大きさが違うからだ。
彼の身長が、生前と同じだとすると170cmくらいになる。それが見上げないと頭が見えない高さである時点で、異常であると言えないだろうか?
サル? の大きさは、目測250cmと言ったところだろう。はっきり言って大きすぎる!!
たぶん「それ、ゴリラじゃない?」と言いたい人もいるだろうが、顔がまんまサル。お尻の辺りから真っ直ぐに長い尻尾が、天に向かって延びている。
こっちからでは見えないだろうけど、きっとお尻も赤いのだろう。観察しているムクロに、ウェルデが正体を教えてくれた。
「ムクロよ。そいつは"ビックモンキー"という大型のサルだ」
「見たまんまだね……」
「1万年前から、そのように呼ばれていたのだ。我が決めたわけではない」
そういうウェルデの顔は、ほんの少し拗ねているように見える。綺麗な顔が少し拗ねた表情は、悪戯心を
そんな心の中を読んだのか、ウェルデは突拍子もないことを言った。
「ちょうど良い機会だ。ムクロには、戦闘経験を積んでもらうとしよう」
「っちょっ!! いくら何でも、無茶ぶりが激しくないか!?」
「安心するが良い。ムクロは"死なぬ"」
焦る様子を見て、ウェルデは勝ち誇ったような表情を少し見せた。それに見入ってしまう以上……いや、"見る"ではなく"魅る"が似合いそうだ。
魅入ってしまう以上、仕方がないと思ってしまう。
「確かにオレはホネだけどさ、バラバラになったら終わりじゃない?」
「そんなことはないと、我は予測しておる。まず、ムクロのその
ならば、ムクロの持つ
「(ユニークスキル〈Re:ボーン〉か……。内容が不明なだけに、安心感って意味では不安なんだよな)」
ウェルデの口にしたユニークスキルこ事を考えている最中に、ビックモンキーは「キッキキィー」と4足歩行で駆け寄ってきた。
たぶんこのサルも、後ろ足だけで歩けるのだろう。そんなことを考えていると、ムクロまであと数歩という所で立ち上がり、握り拳を振り上げた!
時間はあまりないので、ザクッとしたイメージをする。
「(イメージは、ホネの表面を魔力でコーティングする感じで。硬さは、ステンレスの包丁並みで!!)」
ボウッとホネの周囲が淡い光に包まれる。その光景を見ていたウェルデは、無意識の内に「ほう」っと感嘆の声を上げていた。
ウェルデの予想では、魔力を纏えれば上出来という考えだった。しなしながら、ムクロの行った魔力の使用方法はウェルデが想定していた以上に、堅固で安定していた。
例えるなら、魔力の纏い方は"ウェットスーツ(もしくは、ダイバースーツ)"のようにピッタリと体に添わせた感じであり、魔力をムダに消費することを防いでいた。
防御力(硬さ)に関しては、とっさの事だったので、使い慣れた家庭用の包丁を何とか思い浮かべた感じである。
「(もしやすると……異世界人が、この世界で大成する大きな理由が、ムクロの行っているモノと同じなのではないか?)」
ウェルデの直感はそうだと告げていた。実際にその判断は、間違っていない。付け加えて言うなら、異世界人のほとんどは"日本人"であることだ。アニメやマンガなどのサブカルチャーに深く親しんでいる日本人は、その旺盛で鍛え上げられたイメージ (妄想)で成り上がっている状況でもある。
さきほどウェルデ自身が説明した『MPとは妄想力である』という語源は、此処にあった。世間に多く溢れるアニメなどの豊富な知識から、洗練されたイメージが出来上がり易い土壌を作り出しているのだ。
『ガギィィィィン!!』
金属が擦れるような鈍い音が森の中に響き渡る。ムクロは、ビックモンキーの拳をなんとか受け止めることに成功していたが、地面には2本の溝が掘られていた。
その溝が、ビックモンキーの攻撃力の強さを示している。そんな一撃を受けたムクロの腕だが、折れたような感じはない。まあ、ヒビくらいはありそうだが。
「(くぅ━━っ!! ホネだけど、ホネまで響く一撃だぜ!!)」
ウェルデは"少し"は余裕があると思って見ているが、戦っている本人の方がのんびりな気質であるのが原因だ。もっとも、内心で呟いている言葉の方が余裕があるように感じる。
詳しくツッコミを入れる存在がいないので、ボケたところで回収はされない。
──ヒュ……ドゴ! ゴン!
ビックモンキーの攻撃を、回避する方針に変更したムクロのホネから1ミリの場所を拳が、ときにはその長い尻尾が通り過ぎていく。
別にこれは、ムクロがギリギリで回避しているわけではなく、ギリギリでしか回避出来ていないだけである。
「(右、左……左
という風に、完全に翻弄されている。追い込んでいるはずのビックモンキーだが、その顔は元の色以上に真っ赤になっている。本人(猿?)が気付いているかは定かではないが、攻撃は当初と比べるとかなり雑で、大振りになってきている。
「(それにしても……ムクロの避け方だが、もう少しは格好良くは……避けられんのか?
見ている我は愉快でいいが、アレは"滑稽"というべきではないのか?)」
ウェルデの心の声の通り、ムクロの避け方はあまりにも酷いモノである。本人は必死になって避けているが腰は引けており、避けるときに「ホッ、ハッ、フッ」っと掛け声が漏れている。
完全に無意識であろう。
本人は"なんとか避けている"つもりだが、ビックモンキーからしたら"ギリギリで、イヤらしい避け方をする"嫌なヤツと言ってもいいところである。
その避け方も、ビックモンキーの神経を逆撫でしている。真っ直ぐに拳を突き出せば、ブリッジ手前まで上半身を反らし、首を狙えば、頭をその場に放置して本体が逃げ回る。
他にも両手を天に向けて伸ばし、横になって仰け反ったりと"嫌がらせ"と言われても仕方がない。
「ムクロよ。避けてばかりでは、敵は倒せぬぞ? 攻撃をせぬか」
此処にきて、ウェルデからのムチャ振りがきた。他人視点から見ると、余裕そうに捉えられてしまうという不幸にの上、相手をおちょくる動きときた。
それだからだろうか? その顔は「はよせい」といっている感じである。それを見たムクロは「ムチャ言うなよ!」と心の中で叫んでいるだろう。
「攻撃って言っても、武器が無いんだけど?」
「何を言う? あるではないか。その両拳が」
「殴ったところで、ホネが折られるんじゃないの?」
「安心するがいい。魔力を纏う限り、簡単に折れたりはせぬ」
ウェルデの言葉な暗に、『魔力強化だけで受け止める以上、攻撃に用いるに問題ない』という考えからきている。
そんなことを知らないムクロの心中はこのようになっている。
『指先に魔力を纏っても、切れ味に関しては果物ナイフが良いところだよな?』
実際行ってみても、切れ味の面ではリバーサイデリアのモノより悪い。これは地球のナイフの切れ味が悪いというより、最初から想定されている利用方法の違いが原因である。
地球の果物ナイフが『果物の皮を剥いたり、分けたりする』ものである。
一方、此方のナイフは『木工、獲物の解体、料理に使ったり』と利用の幅が広い。そうなると当然、切れ味は高い方が利用できる幅が広くなる。軽さ・扱いやすさ的な面では、ステンレス製のナイフの方が上だろうが……。
その中でムクロが導き出した答えは、『右手を槍の穂先のように尖らせ、ビックモンキーの喉に突き刺す』というモノであった。そして、それを実行する上で不足している要素も理解していた。
『……スキルにある〈Re:ボーン〉がどういった効果を発揮するか理解しきれないけど、なんとなく使える気がする!!』
ほとんど直感によるものだが、ムクロは自身に宿ったスキルに関して、理解し始めていた。
「ー…いくぞ!! 〈Re:ボーン〉!!」
覚悟を決めたムクロは、自身が生まれもったスキルを発動させた!
20cm以上あったムクロの右手は、収縮……いや、圧縮を始め、小さくなっていく。手は10cmくらいの大きさまで小さくなり、手首の間接は消えてなくなった。
より正確に言うなら、手と腕が槍"のように一体化したのだ!
これは、バラバラだと突き入れ時に、穂先が狂いやすいからだ。
「此処だ!!」
暫くの間、ビックモンキーの攻撃を回避して(逃げ回って)いたムクロは、反撃のチャンスを窺っていた。
大振りになった攻撃が、大きな隙を産み出した! 千載一遇のチャンスにムクロは初めて、反撃を行った!!
「いっけ━━っ!!!!」
半身になって避けた反動を利用して、体の捻ることにより速さ、そして威力を増幅させていく。ただ1つ、誤算があったことは、ビックモンキーの首まで、手が届かなかったことである。
身長的に80cm近い差があったのが大きい。そこで狙いを変更した先は、心臓である。ただその場所は、分厚い胸筋に守られている。
右手を変化させた槍をより鋭く、より鋭利に変化させ、纏う魔力も薄く重ね掛けを行う。
ズブリ!!
鈍い感触がムクロの手を伝って、頭まで響いた。骨伝導の恐ろしさの1つであろう。
「〈Re:ボーン〉!!」
一瞬だけ、突き入れた右手を本来の手に戻す。心臓を握り潰したら、再びスキルを発動させて引き抜く!
ビックモンキーの胸の部分には、5cm近い空洞が出来上がり、引き抜いた先から大量の血が噴き出して、ムクロを真紅に染めた。
ムクロを殺す為に振り上げられた拳は、振り下ろされることはなく、力なく地面に向かう。巨体のバランスが崩れてきたのを感じたムクロは、バックステップをしてその場を後にした。
そして、無情に響くあの声が。
【経験値の獲得を確認しました。規定値に達しましたので、"格"が上昇します】
【経験値の獲得を確認しました。規定値に達しましたので、"格"が上昇します】
2度続けてムクロに恐怖を与える。
「あ……………」
"後悔先立たず"である。
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