一章 まだ肌寒い空の下 5
2時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
クラスメイト達は一斉に喋りだし、クラスは授業中と一変して騒がしくなる。
太一はノートを閉じる寸前に、大体10行程度から自分が黒板を写すことをやめていた事に気づいた。
大抵現象が始まって直ぐは、授業をろくに受ける事ができなくなる。
自分程度の頭では冴えた答えは出ないとしても、それでも、何も考えずに平然としていろという方が無理な話だ。
記憶が改変される。それに伴って性格も変わってしまう。
その稲葉が立てた予想が当たっていたとしたら、それは恐ろしいことなのだろう。ひょっとすると、自分が想像している以上の事態に陥るかも知れない。
少しでもその不安が和らげればと、授業中はその予想をどうすれば否定出来るのか考えていた。
結局これといって具体的な案は出てこなかった。だが、一つだけ不可解だと思い当たった事がある。
〈ふうせんかずら〉達は今まで、素の自分たちというものを見続けてきた。
『人格入れ替わり』も『欲望解放』も『感情伝達』も、元の性格を変えるような事は一切していない。
『時間退行』に限っては多少の性格の変化はあった。だけど、それは過去に遡るというだけのことであって、根幹を変えられたことにはならない。
あくまで太一たちが太一たちであり続けながらも、現象によって各々たちがぶつかり合い支え合うことで、成長し性格変えてきただけの話だ。
だが、今回の現象はその前提を覆すようなものだ。
仮に記憶の改変で性格も同時に変えられてしまうのなら。
積み上げてきた物を崩し、もう一度作り直すような事ならば――
そうなった人間は本当に同じ人間と言えるのだろうか?
本当に文研部の5人ということになるのだろうか?
「おっす八重樫、なに難しい顔してんだよ」
突然肩を叩かれ我に返ると、クラスメイトでサッカー部員である渡瀬慎吾が席の隣に立っていた。
「ちょ、ちょっと考え事をな」
「なんだよ考え事って。あ、分かったぞ!あれだな!恋の悩みだな!稲葉さんと何かあったんだろ!」
「そこまで検討はずれなことを言われるとこっちが狂うな……」
「なんだよ。違うのかよ」
「まあ大丈夫だ。そんな大したことでは――」
大したことでは……ない?
ただの渡瀬に追求されないためについた嘘が、やけに喉に引っかかった。
「なあ渡瀬、仮に俺が変わってしまったらどう思う?」
「変わってしまうって……えらく漠然とした質問だな」
「す、すまん。例えば俺が人助けをしなくなるとか、プロレス鑑賞をしなくなるとか」
「それはなんというか……モブだな」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
思わず怒鳴ってしまったじゃないか。
「まあなんだ、とにかくお前がある日突然、性格やら好みやらがガラっと変わってしまったらって話だな」
「ああ」
「まあ、最初は戸惑うだろうさ。でも――その程度で友達辞めるような――ちっちゃい男に俺はなりたくない……」
「渡瀬……」
「おっす渡瀬君!窓越しに空を見上げながら黄昏てる感じすっげえかっこいいね!」
突如ツインテールを振り回しながら現れた中山真理子が、渡瀬の様子を的確に描写する。
ふと渡瀬の方を見ると、顔を真っ赤にさせながらプルプルと震えていた。
「え?あれ?そういうネタっていうテイでやってたんじゃないの……?」
「おい中山、真顔でそのセリフを言われるのは精神的に来るからやめてやれ」
「やめろ八重樫!そのフォローは俺に刺さる!」
終いには耳まで真っ赤にしながら顔を手で覆っていた。
「そうだ、中山は俺がプロレスを見なくなったり人助けをしなくなったらどう思う?」
「それは……なんというかモブキャラだね」
「俺ってそんなに個性ないのか!?」
「いや、そんな事はないよ?声とか、声とか、声とか。八重樫くんはその喉がある限り八重樫くんだと思うけど」
「じゃ、じゃあ俺の声も変わったら?」
「コンビニで10円で売ってたとして、買おうかどうか悩んで結局買わないお菓子みたいな存在になるんじゃないかな?」
「うまい棒以下なのか俺は!?」
最終的に中山は晴れやかに笑みを浮かべるだけで、その言葉を取り消す事はしなかった。
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