4.彼女の目覚め

 僕に残された時間はあとわずかだ。

 この日本にいて、そして生まれ育った。しかしその日本にはもう戻る事は無いかもしれない。

 この世界の全ての筋書きを知った僕は、その筋書きを変えなければいけないという使命を与えられたのだから。

 そう、これから起こりうることは、本来あるべく姿の世界ではないのだ。僕がいや、僕たち人類がこの世界の筋書きに抗うことで未来は変わる。

 それはこの世界に願いを残し、そして永遠と語り継がれてきたあの数式をも超越した事だ。

 彼女が願うこの世界の姿、それは破滅なんかじゃない。まったくその逆だ。

 彼女は自分がいた世界の終わりをこの時間軸世界に託したのだ。

 彼女、そう女神とも言うべきだろうか。その女神が残した願いとは。

 誰しもが明日の未来を信じ、そして人を愛することを決して忘れない世界。その世界を彼女は願い求めた。

 その願いをあの数式と言うかたちで残したのだ。

 だがここで一つの矛盾が残る。

 女神が望んだ世界と、筋書きが決まっているこの世界だ。

 女神はこの世界の破滅は望んではいない。しかし、この世界の筋書きは破滅へと向かっている。

 この事については創業者のあの科学者も、そしてZEROも触れようとはしていない。

 創業者の科学者は、ただ破滅への道を示しているとしか言っていなかった。そして、僕が垣間見たこの世界の流れもやはり破滅への道筋を経てていた。

 その破滅の道をあの女神が望んでいない事は確かな事だ。

 破滅……その言葉の本当の意味を僕は探し当てなければいけない。


 ユリカはすでに僕らと同じ外気の中でも何ら問題なく順応していた。

「雫、もう大丈夫よ。ユリカは普通の、私達と同じ環境の下で生きていける」

 そっとユリカのまなざしが僕の顔を見つめる。

「雫?」そう一言僕に向けて言うと彼女は抱きつき涙を流した。

「ようやく、出会えたね。仮想の世界じゃなくて現実の時の流れの世界の中で」

「うん、ようやく出会えたよ。ユリカ……」

 ユリカの躰はとても柔らかくそして暖かかった。

 本当に自分達とは違う。ゲノムを持たない新人類であるのかと思うほどユリカは僕ら人類と、いやそれ以上に彼女の心は温かい。

 僕とユリカがZEROの仮想空間で過ごした日々はしっかりと残されていた。僕らがお互いを信じそして過ごしたあの日々の記憶を。

「ドリー、もうユリカを外に連れ出しても大丈夫かな?」

「あら、気の早い事、もう二人でデートなの? 大丈夫よ、ユリカはもう立派な健康体の18歳の子よ。安心して……」

「うん、ありがとうドリー。ユリカに見せたいところがあるんだ」

 ドリーは僕のその言葉に何か気付いたように

「そっかぁ行ってらっしゃい、気を付けてね。それと日没までには帰ってくること。いい?」

「わかったよ。それじゃ行こうかユリカ」

「うん……」ユリカは小さく頷いた。

 もう誰も乗せる事が無いと思っていたバイクのタンデムシートにユリカを乗せ、バイクはエンジン音を高鳴らせ風の中を切って走る。

「気持ちいい」

 風の中を海辺のロードをバイクは走り抜ける。

 ユリカにとっては初めての経験だ。この世界の中に生きるその全ての事が……

「ここは……?」

 ユリカが静かに語り掛けた。

「ここには桜が眠っているんだ。永遠に僕の記憶の中にある倉塚桜が静かに眠っている」

「……そう。桜さんの」

 ユリカはその墓標に手を組、願う。その姿はあの桜が僕にいつも何かを求めていた時の表情に似ている。

 今ここに、この世に、この世界に二人の女神の願いが重なる。

 そうだ……倉塚桜は、僕が愛した桜は時を超えた女神の思念なのだ。倉塚桜と言う人は本当はこの世界には存在しない。創られた存在だった、でも彼女は僕を撰び僕を愛し、僕も彼女を愛した。

 その想いがあるからこそ今ここにユリカが存在している。

「ユリカ、どうしても最初に桜の眠るこの場所に君を連れて来たかった。僕が愛した人の想いを君にも受けてほしかった」

 ユリカは静かに頷いた

「うん、わかっているよ雫。あなたのその桜さんを思う気持ち。そして女神が残した願いを背負う桜さんの苦しみが……でも桜さんはあなたと出逢えて本当に幸せだったと思う。その想いすべてが桜さんのあの歌に込められているんだと思う。そう女神が願うその世界の姿を」

 ユリカは口ずさむ。桜のあの歌を「永久とわの愛を求めて」を……

 その声は澄みきったあの桜の声によく似ている。

 自然と僕の瞼から涙が溢れる。あの時のあの頃の思い出が鮮明によみがえる。

 そして目の前にいるユリカのその姿に桜の面影を見つつ、ユリカの想いを僕はしっかりと心の中に抱きしめた。

 潮風がユリカの長い髪をたなびかせる。

「雫、私達はこれからどんな事があっても、いつも一緒だよ。もちろん桜さんも……。桜さんの、女神の願いを私達は叶えなければいけない。そのために私はこの世界に生み出された。だから私はあなたを愛し続けます。その願いを共に成し遂げるまで……」

 僕はユリカの躰を抱き寄せ、泣いた。ユリカのその胸の中で……ありったけの涙を流した。

 またここに戻ってくることが出来るのか? それすら分からない。

 これがもしかしたら桜との、最後の別れになるのもかもしれない。

「雫……」

 ユリカは優しく僕の躰を抱きしめた。


 今、僕らは時間稼ぎをしている。それは先にドリーに依頼したユリカのダミーが出来るのを待っているのだ。ユリカのダミーが完成した時僕らは、アメリカに渡る。後その時間も3日間しかない。

 不可能な事は十分に分かっている。だが僕はドリーにこの3日間の猶予しかないと告げた。それはこの研究所内にいる反乱者。倫理委員の幹部の中にはユリカを独占利用とする動きがあるからだ。

 そんな事をさせてはいけない。そんな事が現実に起こりうれば、この世界は変わることなく筋書きの通り終わりを迎えるだろう。

 僕がユリカをアメリカに連れ出す事は、ユリカを守るためだ。僕らのこの世界を終わらせないために……

 表向きには僕はアメリカの研究所に自ら移籍することを望んだと言う事にしている。それが何の目的であるかは、誰にも告げていない。そして移籍する日はまだ先の事だと言う事になっている。目をあざむくには僕らに残された時間は本当に短い時間しか残されていなかった。

 ドリーはこの3日間不眠不休でユリカのダミーの作成に取り掛かっていた。

 ようやく出来た2体のダミー。1体は外見所を重視た個体。そしてもう1体は限りなくユリカのデータを埋め込ませた個体。そう後者の個体こそがこの研究所ではユリカとして存在するのだ。

「雫、何とかあなたのオーダーには間に合わせたわ。でもまだ不完全な個体である事は言うまでもないでしょう」

「分かっているよ、ドリー。ありがとう……」

「どういたしまして、でもこれで私はまたユリカと向き合える事が出来る。この不完全なユリカのダミー個体をより完全なユリカに近づけるための研究が出来る。3年後SMCDでユリカが15年後の世界に現れた時、もう一人のユリカがこの世界に存在している事を私は願っている」

 ドリーはユリカに向かい

「ユリカ、あなたは私の娘の様な存在。後に私は本当の娘に会う事が出来るらしいけど、でも、あなたは私の娘だと思っている事は忘れないでほしい。そして許してほしい、あなたのその存在を消そうとした事を……許してもらおうとは思わない、でも私の今の気持ちは変わらないわ」

「ううん、ドリー、あなたは私をこの世界に生を与えてくれた人だもの。自分の人生をかけ、そしてその苦悩と戦い私をこの世に生まれだしてくれた。お礼を言わないといけないのは私の方……ありがとうドリー・リベラ」

「S203216PL01」ユリカのプロト・コードID。このコードをダミーに移行する。そうしなければこの個体がダミーである事がすぐにばれてしまう。

 だがそれはユリカの存在が日本の研究所から消し去られることを意味する。ユリカが生まれたこの日本の研究所から、彼女はすべての姿を事実上消す事になる。

 そして僕自体の存在も……消し去らなければいけない。

 もう七季雫と言う研究員は存在しない。

 そして僕等二人の存在は、この世界の3つのサーバーからも消し去らなければいけないのだ。

 僕らは共にサーバーZEROであるのだから……


 /*Do it confidentially For All server units*/

 int main(void) {Execution instruction

 Delete for ID

 358249 シズク ナナキ

 For Delete all data};

 return ;

 Execution course;

 Completion;

 section00000000000;For {section3858249};

 Delete Completion

 Delete Completion ……;……;……;

 Complete erase all data;

 End;


 /*S203216PL01*/

 int main(void) {Execution instruction

 Delete for ID

 S203216PL01 For into resuscitation ID {S203216PL01}};

 return ;

 Delete Completion

 Delete Completion ……;……;……;

 int main(void)  For into resuscitation ID {S203216PL01};

 Resuscitation ID S203216PL01;

 Resuscitation ID S203216PL01……;……;

 For into resuscitation ID Error

 Error code: 001255;

 Error code: 000000;

 Error code ID Is {S203216PL01};

 Closing end;

 /*Iris, Cronos, Ouranos All server units*/


 僕のIDコードは全て抹消された。そして新たにマスターコードが蘇生される。

 七季雫と言う、コードはもう存在しない。

 新たなコードIDはmasterZERO。

 そう僕自身がZEROと化したのだ。創業者の科学者の思念は消えうせた。それは自ら自分のデータを消し去ったかのように……

 ただ気になるのは、ユリカのコードが一部抹消できず、ダミーに移植出来ななかった部分があった事だ。だが、今はこれで十分だ。これで今ここにいるユリカ本体はすべてのサーバーから切り離されたのだから……

 それから間もなく僕ら二人はこの日本の地を去った。誰にも知られずに……二人で、共に。


 イーリスが語り掛ける

「七季所長、コードID358249。七季雫のデータすべてが抹消されました。最高権限による実行です。そして、ユリカのシステムに多少なるバグが発生した模様です。精査いたしますか?」

 所長は黙ってガラス張りの壁から外の景色を見つめていた。

「イーリス、何もしなくてもよい……この事はトップシークレットとして君のデータからも抹消させよ」

「了解いたしました」


「ふっ、雫め……やってくれたな」と少し苦笑いをしながら言い、青く澄み切った空を眺めながら

「ユリカを頼む……雫」と呟いた。


 最後に

「イーリス、コードZEROを発令する。直ちに準備に入る様環境を整えろ」

「了解いたしました。コードZEROを、現時刻を持って発令いたします」


 雫、俺はお前に本当の倉塚桜に逢わせてあげよう。

 この世界をどうするかは、お前のその運命にかかっている。

「もし、また向き合い、会える日が来るのなら……その時を願う……雫」


 旅たちのその日の空は、青く澄み切っていた。この世界を包み込むように……。


この世界は、新たな一歩を今踏み出そうとしている。

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