3.彼女の目覚め

 ユリカがこの世界にその産声を発してからおよそ10日がたった。

 その間にこの研究所へある装置が搬送された。

 その装置の設置のため新たに建設が進められていたセクションの建物も完成した。オーストラリアの研究所から搬送されたその装置。コアとなるユニットは建屋建設中に同時に組み立てられ、最終機器を待つばかりとなっていた。

 その装置がようやくセッティングされた。

『Spatiotemporal Movement Control Device』時空間移動制御装置。通称SMCD。

 そう当初の目的である、この空間世界の外にターゲットを送り込む装置だ。

 オーストラリアからの現地スタッフも来ている。だが、実際の運用はまだ試験段階の水準だった。

 その生効率は20%。試験段階とはいえ、かなりの低水準であることは現地スタッフも把握している。この日本のスタッフもその水準の低さに危惧きぐさえをも感じていた。

 そしてドリーはこの装置をユリカに使用することを拒否した。

「ユリカの蘇生は量産できるものではありません。もし、この装置をユリカに使用して失敗すれば、私達はまた初めからこのユリカプロジェクトをやり直さなければなりません。それはどういう事を意味すのか、お分かりになりますか?」

「ドリー・リサーチャー。あなたのおっしゃることは十分に分かっている。しかし、元々ユリカプロジェクトの最終目的はあのユリカの、我々と同じゲノムを持たない人類をこの世界の外に連れ出し、この世界では起こりえない現象を考査することにあったのではないのか?」

 この日本の研究所のトップリサーチャー(幹部上層研究委員)と所長である七季龍也ななきたつやが率いるこのカンファレンスは意見が真っ二つわれた。

 まだ時期早々である側と、一刻も早くその成果をものにせねばならぬ者との小競り合いが続いた。

 所長の七季龍也は常に中立の立場を取り続ける。それもそのはずだ。彼には全く別な目的があるからだ。もっともその目的自体もこの研究の創業者であるあの科学者が今望んでいる事でもある…… サーバーZEROとして。

 アメリカで初期に研究が進められていたプロジェクトは、すでにこのSMCDには取り込み済みである。つまりは現状この成功率を即座に上げる方法の鍵は持ち備えていないと言う事だ。

 まして、サーバーZEROと直接的にアクセスが出来るのは、この世界でたった一人、七季雫だけである。この事実を知る人物は所長の七季龍也とパーソナル・リサーチャーであり、創業者の孫娘であるドリー・リベラの2人だけだった。しかし、七季龍也はその事に一切触れようとはしなかった。そして、イーリスも同じように何もアクションを起こさなかった。

 ドリーは僕を彼女のプライベートルーム、いわば居住区へ招いた。僕が彼女のルームに着きチャイムを鳴らすと、すでにいい感じに出来上がった…… 酒に酔ったドリーが出迎えた。

「遅かったじゃない雫! もう私、出来上がったじゃないの…… そう言い僕の手を引っ張り部屋の中に入れた。

「ちょっと聞いてよ雫! 今日のカンファレンス、あんなのほんと無茶な事言う人ばかりで何も分かっていないんだから」

「ハイハイ、大体は想像していた通りだったようで……」

「まったく! 何でも知ってる顔しないの雫」

 彼女は相当頭に据えかねたらしい、今日のカンファレンスが……

「本当にあの人たちはユリカを何だと思ってるの? 単なる研究材料の一つとしか見ていないの? そんな見方ってある? ユリカはれっきとした人間よ。ただ私達と同じゲノムを持たない人類であるだけよ。それを何? SMCDの作動が不安定でもユリカを搭乗させろだって‼ そんなのユリカを殺せって言っているのと同じよ!」

「そうだろうね、今のあのSMCDではそう言っても言い過ぎじゃない。でもさ、ドリーよく思い出してみてよ。僕があなたを拘束した時、僕の隣に現れたのは誰だった?」

 ドリーは持っていたウイスキーのグラスを静かにテーブルに置いて

「あの時あのモニターに映っていた…… あなたの隣にいたのは、間違いなくユリカだったわ」

「そう、しかも45年後のユリカ。ドリーと将来君が宿す双子の娘たちがユリカをずっとバックアップしてくれていたからこそ、ユリカはあの時代にも存在することが出来たんだ。そして実際にユリカが時空の壁を凝るのはあと3年後になるはずだ」

 そう、今はまだその時期ではない。不安定な制御装置でユリカを外時空へ転送させること自体この世界の結末を意味する。

「3年後?」

「そう3年後だ。ユリカは3年後SMCDによっていったんこの世界を離脱する。離脱すると言っても、実際には時間軸の平行移動だ。およそ15年後のこの世界に彼女は送られる。そして君はまた実際のユリカと出逢う事になる」

「実際のユリカとまた出逢うってどういう事よ? その間はユリカはいないって言う事なの雫?」

 釈然としない感じでドリーは氷が解け切ったグラスのウイスキーを、一気に飲み干した。

「そう言う事になるかな。そこでドリーに一つお願いがあるんだ」

「なによぉ願いって?」

「ユリカのダミーを創ってほしいんだ。もちろん、まったく同じユリカを創れとは言わない。外装と基本記憶の経過を埋め込んだダミーでいいんだ。ユリカのクローンは現実的にもう、不可能な事だから」

「ちょっと待ってよ! いくらダミーとはいえユリカの再生構造はそう簡単なものじゃないわ。私一人では到底無理な事。そんな事くらいあなたも知っている事でしょ」

「それに関してはちゃんと名目が立つよ。SMCD実験用の被検体。その構築プロジェクトを立ち上げるんだ。無論さっき言ったようにユリカのクローンでなくていい。でもその中に出来るだけユリカに近い一体を作ってほしいんだ3年間彼らの目を欺ければいい」

「どうしてそんなこと? 雫あなた何か企んでいるの」

「まぁね、僕はあと数週間したらアメリカに移籍する。その時ユリカもアメリカに連れて行く。これはもうアメリカの研究所でも了承済みなんだ。今急ビッチでユリカの受け入れ準備をしている。それにこの日本の研究所の幹部の中には必ずしもユリカプロジェクトに賛同しているとは言えない幹部もいるんだよ。その幹部たちが強硬手段を取ろうとしている事は想定しておかないといけない」

「そこまでユリカの事を…… でも他の幹部たちの目はごまかせても、七季所長は無理よ。あの人はいつも中立な立場にいるけど、ユリカに関してはいつも監視を強めているんだもの」

「……彼なら大丈夫だと思う」あえて所長であり、自分の父親である人を彼と僕は呼んだ。

「はぁ――、なんだか大変な事に巻きこまれた感じだわ。それでユリカのバックアップはどうするのよ? 向こうにすべて委託するの?」

「無論、バックアップは、ドリー君に頼むよ。イーリスと、アメリカのサーバーウーラノスとの間に僕の権限でプライベートルームを構築させた。そのセクションは外部から一切干渉を受けない。そこでユリカのバックアップをしてもらいたいんだ」

「なにも可もすべてお膳立てされているようね。あなたって本当にすごい人になっちゃったのね雫。で、あと日本にいる間あなたは、ユリカと何をしようとしているの?」

 またドリーはその質問を僕に投げかけた。

「僕は、残りのこの週数間。ユリカと共に……」



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