5.Personal Researcher Dolly Rivera ドリー・リベラ

 ◇◇ 3.Institute Australia オーストラリア研究所


 前方には、グラビティユニットを中心に広がるオレンジ色の柱がすぐそこまで迫っていた。上空の白いリングから発せられているオレンジ色の柱は、グラビティユニットが作り出した時空の歪み。それはこの時間軸に大きな穴をあけていた。

 ユリカは、そのオレンジの柱の前に立ち

「もう少し………」そう呟いた。

 するとオレンジ色の柱の上空に一つの黒い点のようなものが現れた。それはゆっくりと降下をし、その姿を現した「来た! 無事に転送されたようね」

 それは、アメリカの研究所で開発された人型の機体「ミクトランシワトル(死神)」だった。その機体はゆっくりと彼女の前に着地し、モートルモードへ変形した。

 ユリカはその機体ミクトランシワトルに向かおうとした。その時だった

「待って!」

 その、変わり果てた情景を信じられないかのように自分の瞳に映して、何が起きたのか解らないまま立ちすくむドリーの姿があった。

「ドリー」ユリカはそっと彼女の方を向いた。

「あなたは誰? ここは何処、私はさっきパパとママに………」

 声を詰まらせ、瞳から溢れてくる涙を懸命に拭いながら、ユリカに向かい問た。

 ユリカはゆっくりと静かに

「私はユリカ。ここは、あなたが暮らしていた研究所は三日前に起きた事故で、全てが無くなったわ。あなたのご両親も……… ドリー、あなたは、貴方は、これから………」

 バシュッ。一本の光線がユリカの肩に乗る髪を貫いた。

 時間の壁を越えウーラがユリカに警告を放つ。

「ユリカ、グラビティユニットに生命体を関知、生命体はこの時間軸上の生命体ではありません。この生命体をアイパルーヴィク(Aipaloovik・死と破壊を司る時空海の邪神) と認定します」

「分かったわウーラ。ミクトランシワトル、バトルモードインストール。アプリケーション・レールガン(超電磁砲)セットアップ。オペレート」

『acceptance』アクセプタンス(受諾)

 ミクトランシワトルはモートルモードの状態でコックピットのハッチを開放した。ユリカはそのバトルシートにまたがり、グリップを握る。ミクトランシワトルはユリカの生態IDを認証した。

「S203216PL01生態ID認証。システムロードアップ、ランニングオールクリア」

「ウーラ、フルスクリーン展開」コックピットのパネルが全て消えうせ、ユリカは空中に浮くバイクに乗っている状態になった。

 その直後、ミクトランシワトルに三本の光の矢がかすめ通った。

「アイパルーヴィクの主力機体を三機確認。その他無数のインセクト(虫)を確認しました。アイバルーヴィクの帰化は今のところ確認はされいません」

 ウーラはスクリーンにアイバルーヴィクの位置をマーキングし写し出した。

 三機の厳つい機体が猛スピードでこちらに接近する映像が映し出される。

「まったくセンスのない機体だわ、ウーラ残り時間はあとどれくらい?」

「この時空間での機体プリセットタイマーは、千二百秒(二十分)です。後残り五百四十秒(九分)です」

「あと五百四十秒かぁ。時間ないな………」

 アイバルーヴィクの出現は、ユリカにとって予定外の事だった。

 実際はこのミクトランシワトルで、崩壊したグラビティユニットの最後の破壊をするのが本来の目的だったのだから。

「ウーラ一気に片づけるわよ。All prediction sniper・オールプレディクションスナイパー(予測狙撃)」

「アクセプタンス(受諾)ロックオンコンプリート!」

 ミクトランシワトルはその機体をバトルモードに変形させ、機体を一気に上昇させた。そして瞬時に左腕を変形させたレールガンで、一気にアイバルーヴィクを打ち尽くした。

 初めに前方から向かってくる機体三機を、そして無数に群がるインセクトを全て殲滅した。それはものの一分もかからない出来事だった。

 ユリカは、ただこの光景を茫然として見ているドリーの姿をモニターで目にした。そして………

「ウーラ、クロノスにダイレクトコンタクトを」

「それは不可能です。ワタシとこの時間軸のクロノスとはあまりにもバージョンが違いすぎます。そして、私たちは別時間世界のサーバーとのアクセスを禁じられています。全てのアクセス権を有するのはセントラル・マスターのみです。現時代のクロノスとの意識共有を行う場合は、この機体から退出しなければなりません」

 ウーラは、この時代のクロノスとのコンタクトを拒絶した。そしてカウントダウンを開始した。

「ユリカ、もう時間がありません。この機体がこの時間世界に留まれるのはあと、八十二秒です。80、79,78………」


 ユリカは最後に自分がドリーがパーソナル・リサーチャーとして生み出した事を伝えたかった。だが、それは時の流れの因果と呼ぶ法則だろう。その想いは伝わらなかった。

 ユリカは、トリガーを引いた。

 レールガンは青白い光の矢を放ち、形のないグラビティユニットのエネルギーコアを貫く。

 上空の白いリングはオレンジ色の光の柱を包み込む様に小さくなり、細い一本の光の柱となった。そして、地上から上空にその姿を消し去った。

『リングアウト』時空間に開いた穴が閉ざされる時に起きる現象。

 その後凄まじい爆風が吹き荒れる。その爆風波をこの光景をその目で見ていた幼いドリーに襲い掛かった。

「まずい‼」ユリカはミクトランシワトルの機体でドリーを爆風から守るように彼女の覆いかぶさった。

「ユリカ、もうタイムアウトです」

「だめぇ――、今この機体を消したらドリーが死んでしまう」

 ユリカの体が次第に透明度を増していく。

「この機体をこの時代に放棄します。たとえ、その影響がこの時代に及ぼうとも、今はドリーの命を守る事が最優先事項!」

 ウーラはユリカの意志に

「アクセプタンス。あなたの意志を受諾します。この機体はこのまま、この時代に放棄します。ユリカ、あなただけをリープします」

「分かったわ。ありがとうウーラ」ユリカは次の瞬間その姿をミクトランシワトルのコックピットから消し去った。

 それから間もなく、ドリーは救助隊に発見され保護された。その後、ドリーはオーストラリアを離れ日本で暮らす事となる。あの事故の衝撃はドリーの記憶の一部の記憶を失わせた。

 ドリーは後に日本医学界に医師として、そしてその名を遺す科学者となった。

 オーストラリアでの大事故は終息した。

 だが、グラビティユニットのパージされたエネルギー、重力磁場はこの時間軸上にいくつかの時空ホールを形成させた。そしてこの世界の時間軸は歪みを生じてしまった。

 雫たちが存在する時間世界で発生が確認されている空間転移、それに伴うアイバルーヴィクの襲来。そしてこの時間軸の歪みを象徴する現象が、謎の病気とされている「デス・キラー病」だった。

 必ず死に至る病気「デス・キラー病」だが、それはこの時間軸がなすつじつま合わせだった。

 時間軸に形成されたいくつかの時空ホールは、この時間軸のスパン(始まりから終わりまでの間)を変えた。

 二兆七億六千七百二十五年、この時間軸が存在しうる期間。これに時空ホールは、およそ二億年の時間をねじ込ませた。これにより、時間の流れが変わってしまった。

 現在存在しているが、過去にはその存在が認められなくなった存在を消す現象、それが「デス・キラー病」だった。この時間軸上では、パラドックスと言う定理は存在しない。たとえ人々の中にその面影が残っていても、その存在がその時点で無くなれば、未来への影響はごくわずかなものになりうる。

 そう「未来は、過去におこなった結果があるからこそ存在しえるものだから」

 バイオサーバー・クロノスはこの事実全てをロックし、その内容を書き換えた。

 表向きには、オーストラリア政府における兵器実験の事故による爆発と………

 ただ一つ「ユリカ」と言う名前だけを残して………

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