2.Personal Researcher Dolly Rivera ドリー・リベラ
僕はユリカの方へ歩き出す。大きなガラスの壁に隔たれ、その中に大きな水の塊が目に入る。通常のゼプト・オペレーションとは違う施行が施されている。
通常は人体を筒状の大きなカプセルの中にに入れ、血液成分に似た生殖液を注入し、その人体をその液体の中に浮遊させる。そしてその生態液の密度濃度を高くさせ、被検体の躰を浮遊状態から固定状態へ変化させる、そののち人体の機密データ計測に入る。すでにこのカプセルに投入される時点で被検体は仮死状態にある。人体のパージ……… いわば切り刻むと言った事ではなく、結合されている細胞自体を全てバラバラの状態にさせ、さらにその細胞自体をゼプト単位までパージさせる。赤い血が飛び散る様な事は一切ない。パージが始まると被検体の躰は透明度を徐々に増して行くようにその姿が人間の視覚から消える。ゼプト単位でパージされたピース(かけら)ごとにマーキングが施されている。そのマーキングされたピースのみを圧縮し、一つの薬ほどのカプセルに閉じ込める。
通常の人体再生については、簡単に言えば今の手順をまったく逆にすればいい。まぁ、あまりにも雑な言い方だが、元ある人体データに沿って生殖液の中でパージされたかけらをパズルの様に組み合わせていくという感じだ。
だが、ユリカの場合はその元となる生態データはない。ましてこの世界に生息するゲノム自体存在しないのだ。
その液体は自ら球体となり、その中にユリカのボディが包み込まれていた。
彼女の体は、僕と過ごした時間の中にある姿そのもだった。
「ユリカ、また会えたね」
僕は彼女を見て心の中でそうつぶやいた。
そして……… 時が来たようだ。
「イーリス。ドリー、ドリー・リベラを拘束しろ」
僕はイーリスに命じた。
「了解しました。ドリー・リベラのID権限を凍結。セルフデーターのアクセスを遮断中……… 遮断完了」
「わかった。ドリーをスクリーン出してくれ」
フロートパネルにドリーの姿が映し出される。
「ドリー……… ドリー」
僕はスクリーンに映し出された彼女に声をかけた。
ドリーは、慌てる様子もなくゆっくりとスクリーン越しに僕を眺めた。
「雫? どうして………」
彼女は僕の顔を見て静かに言った。その声はかそぼく、すべてが終わったことを悟ったかのように弱弱しい声だった。
「ドリー、ごめん。まさかあなたがこんな事をするとは思ってもいなかった。ユリカのデーターを書き換えるなんて………」
ドリーは、頭をがっくりと落として
「ねぇ、雫。あなたいつから知っていたの? 私がユリカのバイオデーターを書き換えようとしていたことを。私がパーソナル・リサーチャーだから? そんなことはないわよね………雫」
僕はゆっくりと話し出した。
「僕もついこの間まで知らなかったことだよドリー。でも僕は知ってしまった。この世界のすべてのなり事を。そしてあなたが行っていることを」
「世界のなり事?」
彼女はその言葉に引っかかるようにつぶやいた。
そして肩を小刻みに震えさせ
「フッ、フフフッ。そうか、あなただったのね。おじいさまが待ちわびていた未来の青年って」
「どうしてそれを………」
「私知ってるの。おじいさまが私に話してくれたの。未来からくる青年がこの世界を救ってくれるって。まだ幼い頃だったから何の事か分からなかったけど、ずっと引っかかっていたわ、未来の青年の事」
ドリーは僕を見つめながら話をした。
「そうか、知っていたのか。でもどうして、創業者の孫娘であるあなたがこんな事をしたんです?」
彼女はそれを聞き、表情を険しくし僕をにらんだ。
「それは、ユリカが私の家族を殺したからよ」
「ユリカが、ドリーの家族を殺した」
「そうよ、オーストラリアのラボの事故、あれはユリカが起こした事故なのよ。私の両親と親しい友人が一瞬にしていなくなったわ。だからユリカのバイオデーターをリープした後に消滅するように書き換えたかった」
彼女は怒鳴るように僕に言い放った。
でもそれは間違った真実だった。
オーストラリアのラボの事故。それは、そこで研究がすすめられていた『グラビティユニット(重力装置)』の暴走が原因だった。しかもその原因はこの研究に携わる者が引き起こした事ではなかった。どうしても避ける事が出来なかった事情……… それはこの人類のエゴが引き起こした事故だった。
あの事故が発生する、それは一瞬の出来事だった。
グラビティユニット内にある重力磁場が高密度に圧縮しだした。通常であればその圧縮はある一定の密度でパージされる。だがこの時はその許容数値をはるかに超えていた。すぐさまエネルギーの供給をカットし非常停止を試みたが、すでにその磁場は暴走を繰り返し、自ら時空ホールを形成した。制御の効かない時空ホール。次第にその輪は大きくなり、エネルギーを増し始めた。
当時所長であったドリーの父親は、この区画ラボを自爆させた。この時空ホールが地球全体を飲み込む前に……… だがそれは悲惨な結末を招いてしまった。
パージされた時空ホールは、そのエネルギーをこの時間軸上に点在させ、新たに時空ホールを形成させた。そしてこのオールトラリアのラボの三分の一を消滅させてしまった。
そうか、ドリーは本当の事を知らなかったんだ
僕は、モニターに映し出されているドリーを眺めながら
「ドリー、あなたは何も知れされていなかったんだ。この事故の本当の真実を………」
ドリーはモニター越しに僕をにらんで
「雫、事故の本当の真実って何よ‼ 私が間違っているとでも言うの? あの事故が起きる寸前まで全てのデーターは正常だった。パパもママも何もミスを犯していなかった。ちゃんとした証拠のデーターだってあるわ」
思いっきりディスクを叩き、その怒りを今の僕にすべて注いだ。
「そうだねドリー、あなたの言う通りデーター上は何も問題はなかった。でも、現実は違っていたんだよ」
「な、何が違っていたと言うの雫、私は、はっきりとこの目で見たのよ。グラビティユニットが崩壊して重力磁場がリングアウトする時、あのオレンジ色の光の中にいた女の人を」
僕は自分の腕にある時計を見て
「そろそろだな」
そう言い切る寸前、僕の隣に一人の女性が現れた。ユリカだ。
ユリカは時の狭間から現れたように、その秒針が一つを刻んだ時、そこにいるべき様に表れた。
「ドリー、こんにちは。と言ってもあなたは、私と会うのは十七年ぶりになるのかしら。私にしたらついさっきの事なんだけどね、十七年前のドリーと一緒にいたのは」
ドリーはユリカの姿を見て驚愕した。モニター越しではあるが、自分が今の今まで研究をしていた題材が、現実の世界に存在しているのを見たからだ。
その体は寸分たがわず設定された通りの容姿を表し、雫がデザインしたフェイスが彼女の顔を……… いや今、まさに誕生しようとしている水泡の中にいるユリカそのものだった。ドリーはユリカを認識した。
「ユリカ、どうして……… ?」
「どうしてって、ドリー、あなたに本当のことを話さないといけないから。そして貴方がこれから担うことについても」
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