1.Personal Researcher Dolly Rivera ドリー・リベラ

 ザザァ、ザザァ。滑走路のコンクリートに打ち付ける波の音が激しくなる。

 隣でドリーが涙ぐんでいるのが目に入る。

「ドリー、ごめん。辛いこと思い出させて………」

「ううん、大丈夫よ」

 ドリーは顔を上げて微笑んだ。

 いっぱいの涙を携えながら………

「雫あなたも本当に辛い、その気持ち、私と同じとは言わない。でもね、最愛の人を自分の前から失くしてしまうのって悲しい事……… ううん、本当は寂しい事なのよ。それが自分の支えになっている人であればなおさらの事………」

「そうだね……… 僕は、一つの大きな支えを失ってしまった。忘れようにも忘れる事が出来ない僕の最愛の彼女を失った。それでも僕は……… この世界で生きて行かなければいけないんだろう。生きてその悲しみと寂しさを忘れることなく僕は生き続けないといけないんだと思うようになったんだ」

「知らない間に、雫……… 物凄く大きな人になったような気がする。この2年間あなたがパージされていた事はもう知っているのね」

「ああ、僕は幽閉されていた事を、この2年2ケ月という間………」

「そっかぁ、ごめんね。本当は私から話すべきだったんでしょうけど」

「別に大丈夫だよ。それにドリーをこれ以上傷付けさせたくはないんだ」

 その僕が放した言葉の後、ドリーは研究所の方に目を向け

「ねぇ、雫。少し寒くない?」 

 ドリーは肩を抱きかかえながら

「そろそろ戻りましょう。後少しでユリカが目覚めるわ」

 僕はドリーと研究所に戻った。

 研究所の中は朝からのざわめいた雰囲気はなく、どのブースにも人影を見ることはなかった。一時の休憩時間の様なものかもしれない。後はユリカが目を覚ます瞬間を待つだけだから………

 ドリーはすぐに自分のオペレーションルームに向い、僕はまだ実体を見ぬユリカのもとへ向かった。

 この研究所の中心部にはゼプト・オペレーションのインフォース(施行)ルームがある。その施設は三つのルームに分かれ、同時に三体のゼプトオペレーションを実行できる。

 その中の一つのルームにユリカは眠っている。

 僕は誰もいないセンターゲートの前に来た。

 このゲートから先は例えエグゼクティブ・リサーチャーであっても入ることはできないエリア。

 僕は、ゲートの前で大きくため息をした。

「僕は何を確かめようとしているんだ。ユリカが目覚めることはもうわかりきっていることなのに」

 僕はサーバーZEROの力を借り、この世界をユリカと共に時間の旅をしてきた。それは、この世界の誕生から、あの終わりの世界に至るまでのすべての時間を移動した。データーとなった僕らには時間の流れは影響しない。つまり老いることがない。この世界のすべての時間を我々の知る時間単位に置き換えれば、その数値は天文学的数字に置き換えられるだろう。実際に僕らが体感している時間は、およそ六年の歳月に相当する時間だった。ただそれはあの仮想世界での事だ、現実の世界では僕は2年2か月間の時間しか経過していない。ゼプト・オペレーション・システムによって体を、パージされている間はその生態成長、及び劣化は止まっている。

 その仮想空間の中で彼女は、ユリカは僕を愛してくれた。

 僕が桜の想いをずっと忘れないでいることを受け入ながら………

 ユリカは僕たちの世界では実際には存在していない。でも彼女の人格プログラムの設定で幾度もこの世界の、人類の人々の考えや行動を無限に近いパターンを体験させた。このシュミレートにより、ユリカは感情という自我を作り上げた。それは彼女の設定の年齢である十八歳の女性が持つ当たり前の感情を………

 彼女は僕を優しくそして愛おしく支えてくれた。

 僕はゲートのパネルに手をかざした。すると、センターゲートのロックが解除され、静かにそのゲートは先を示した。

 イーリスは無言のままだった。僕はそのままフロントルームへ歩き出した。

 そこは三百六十度白い壁に囲まれ、三か所のインフォースルームへのゲートが設けられていた。

 僕はパネルに触れた。

 そのパネルはブルーからイエローへ変わり光りだした。

 イーリスが問いかけてくる

「七季雫。あなたは現在このセキュリティーを解除する権限はありません。速やかにこのエリアより退出してください。後三十五秒でこのエリアをを閉鎖します」

 イーリスは警告を放した。僕は、両手で再度パネルに触れた。

 するとパネルはブルーの光を放ち出した。

「アクセスID358249七季雫。ID承認、インフォームルームへの入室を許可します」

 イーリスは、さっきとは変わりすんなり僕を受け入れた。

 以前の僕であれば、このエリアに立ち入ることすらできなかっただろう。だが今は違う。僕はサーバーZEROと直接アクセスが出来る。

 あの創業者が僕に与えた特権だった。

 ゲートが静かに解放される。いくつものライトから放つ光が一瞬あたりを白く映し出す。徐々に色や形を僕の目が認識しだした。

 僕が一歩その空間に足を踏み入れると、僕の両脇にフロートパネルが表示された。そこにはユリカの今現在のバイオデーターが表示されていた。

 しかも僕のログインIDが秒単位でその行動を表示していた。

 僕はイーリスに命じた。

「ZEROの名において命じる、ID358249のログをすべて消去しろ」

「了解しました。ID358249このエリアでのログを全て削除します」

 イーリスは答えると、表示されている僕のIDをすべて消し去った。

 そして

「ID358249七季雫、あなたにはもう一つのユーザーIDが寄与されました。ユーザーID ZERO。このユーザーIDは全てのバイオサーバーに適応されます。そしてすべての権限を有することが出来ます。あなたはこの二つのIDを自由に使い分けることが出来ます。私たちのマスターとして………」

「ありがとうイーリス。これからもよろしく頼む」

「イエス・マスター」イーリスは僕の権限を更新させバイオサーバー全ての権限を有するものとして認識した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る