4.奇襲、そして……さようなら
「いやぁ―― 裕也、裕也が生きていなければ意味がない。何のために私は、私は……」
リングは上空で一つの点となり、一つの白い柱がそびえたった。そしてその柱は下から上に昇るように消えていく。オレンジ色をした空間だけが光り輝き、その中にキラキラと光る雪の様に舞う粒子が漂っていた。
その地表には無残に撃ち抜かれたミクトランシワトルの機体だけが横たわっていた。
偵察機がその荒れ果てた荒野を映し出す。
このオーストラリアの研究所が消滅した事実は世界中の研究所に衝撃を与えた。その事実は世界中の一般の人々には、事故であると報じられる。
実験中におきた事故であると。
霧崎たちはシェルターの中でその映像を見つめた。そして偵察機は無残な姿で地表に横たわるミクトランシワトルの姿を映し出した。
「ミクトランシワトルだ」霧崎は叫ぶように言う。
その変わり果てた機影を目にしながら
「アンジェは、アンジェは……」と何度も彼女の名を呼ぶ。
「奇跡だ。あの機体だけが吸い込まれなかったんだ」
ラ・イルヴェイズは驚いたように言う。
南西におよそ150キロの位置。ミクトランシワトルが発見された位置だ。
「今すぐ向かおう、今すぐアンジェを助けなければ」
気を急ぐ霧崎にラ・イルヴェイズは言う。
「貴方では無理です。今はまだ磁界粒子の濃度が高い。生身のあなたがそれに触れると言う事は瞬時に死を意味します。我々はこの磁界粒子には影響されない。私が行きましょう。必ず彼女を助け出す事を約束します」
霧崎は両の手を握りしめ
「解った。頼む」と一言言った。
霧崎はミクトランシワトルの構造をラ・イルヴェイズに説明した。
「それではコックピットだけを切り離すことが出来ると言う訳ですね」
「そうだ、ハッチを開けなければコックピットの気密性は保たれる。そうすれば磁界粒子に触れることなく連れてくることが出来るはずだ」
「解りました。最善を尽くしましょう」
彼がこのシェルターを出てから半日が立った。今までラ・イルヴェイズからの連絡は来ない。もう日没になり偵察機はその姿を映し出す事は無かった。
瓦礫の廃墟となったこの地を歩むのはかなりの困難な事であることは霧崎も理解している。だが霧崎の心中は焦りばかりを感じていた。
無事でいてくれることだけを願いながら……
ラ・イルヴェィズがこのシェルターに戻ったのは明け方近くになってからだった。
車両のハッチを開け彼のその姿をこの目にした時俺はその姿に目を疑った。
彼の躰からは我々と同じ赤い血が至る所からにじみ出ていた。
「どうしたんだその体は」
ラ・イルヴェィズは弱り切った声で
「少し問題があったみたいだ。私は長い時間君たち人類に帰化しすぎていたようだ。この躰はもう以前の私の体から君たち人類の躰へと変化していたようだ。こんなことは今までなかったのだが……」
彼の息は荒い、その苦しい表情は否が応でも伝わってきた。
「霧崎、約束通り彼女を連れて帰って来た。しかしハッチを開け彼女の生存を確認することは出来なかった。すまん……」
「いや、礼を言うのはこっちの方だラ・イルヴェィズ。君はこんなにも危険を冒してまでアンジェを救いに行ってくれた。感謝する」
「そんなことはどうでもいい、早く彼女を見てやってくれ」
「解った」
後部の荷台に積み込まれた球体、これこそがミクトランシワトルの中枢でありそして、パイロットの生命を守る唯一の砦なのだ。
緊急用の脱出コックをまわす。エアーと共に幾分の水蒸気がハッチの隙間からあふれ出た。
そしてメインハッチが静かに降下する。
そこにはバトルシートの上に倒れ込みあのブロンズの長い髪がハンドルを覆う様にうつぶせになったアンジェの姿があった
「アンジェ、アンジェ」
大声でアンジェの名を呼ぶが彼女は反応しない。コックピットに入り込み彼女の脈をとる。その触れる肌はまだ暖かかった。しかし、彼女の脈は触れなかった。
静かに彼女の躰を抱きかかえた。
その時霧崎は感じた。
既にその躰からはアンジェ・フィアロンが消えうせている事に……
「霧崎彼女は大丈夫か」ラ・イルヴェィズが問う
その声に霧崎はアンジェを抱き抱えたまま彼のもとにその亡骸を見せた。
「すまん君が命を張ってアンジェを連れ帰ってくれたんだが、彼女はもう……」
「そうか……残念だ」
ラ・イルヴェイズは、そっとアンジェのその額に手を添えた。
彼はその手を止め
「彼女の両親は……」
「アンジェには親はいない、孤児院の前に生まれてすぐに置かれていたらしい……いや、確かアンジェの父親はあのフィアロン財閥の総帥そして、母親はそこに従事していたメイドだと報告されている」
「そうか、いささか我々の仲間が過ちを犯してしまったようだ」
「あやまち……それは」
「彼女は我々と同じ人類の血が流れているようだ。おそらく彼女の母親は私たちの仲間が帰化していたのだろう。そして恋に落ち彼女を身ごもった」
「だがその母親はその後すぐにデス・キラーにて死亡が確認されている」
「デス・キラーか。これは病気でもなんでもない。ただのこの時空間でのつじつま合わせに過ぎない」
「つじつま合わせ?」
「そうだ、この時間軸の流れはすでにゆがみ切ってしまった。そのゆがんだ時間の流れにおいて現在は存在しているが過去ではその存在が否定されている人類を消す事象いわば自然現象なのだ。
我々はこの時間軸のゆがみを修正すべくこの研究所の力を利用していた。実験と言う名目で」
「それでは今この世界にはその存在が否定される人類がいると言う事なのか」
「そう言う事だ。彼女アンジェは今肉体と精神が分離されている状態にある。これは我々人類が持つ特殊な能力とでもいうのかもしれない。
私たちの女王がこの世界にその心を宿した様に彼女の精神はあの時空ホールによって別な時空間へと飛んでしまったのだろう。
だとするならば、彼女の今のこの状態は私には理解ができる。私たちからすれば彼女は今仮死状態であるのと同じであるのだと言う事を」
「ならば、アンジェは助かるかもしれないと言う事なのか」
霧崎はラ・イルヴェイズのいう仮死状態であると言葉に希望を持った。
「可能性はあるかもしれない。だが時間はあと残り少ないことは確かだろう」
「どうすれば、アンジェは助かるのだ。教えてくれラ・イルヴェイズ」
「彼女と私を並べて寝かせてくれないか」
霧崎はアンジェの亡骸をそっと床に床に寝かせ、ラ・イルヴェイズの体を起こし、アンジェの横に寝かせた。
「これから私の精神を彼女に融合させる。そうすれば彼女の精神は復活するだろう彼女自身の精神として。
我々は融合することによりその魂を伝え続けてきた。彼女は少なからずも私たちの血を受け継いでいる可能性はゼロではないはずだ」
「精神を融合した後のあなたは……」
「もう、この躰は限界がきているようだ。私は彼女の中でその精神を繋ぎ生きて行くことになる」
「ラ・イルヴェイズ……」
「私は君たちに出会えてよかったと思うよ。最後に一つ私の願いを聴いてもらえないだろうか」
「……」
「私達の女王……いや私が愛した妻が想い描いた世界をこの世界で繋いでほしい」
「……解った約束しよう。ラ・イルヴェイズ」
「ありがとう……それでは……さ……」
その後ラ・イルヴェイズの躰は静かに消えていった。
アンジェの心臓は再び動き始めた。
ただ、その姿は少し変化してしまった。
あの頃、俺が始めてアンジェと出会ったあのサーカス小屋にいた頃の幼さを感じるアンジェへと戻った様だった。
アンジェが再び目を覚ましたのは、それから10日後の事だった。
目を覚ましたアンジェはきょろきょろと周りを見て一言俺に言った。
「ここは何処なの?そして……あなたは誰なの……」
オーストラリアのあの赤茶けた砂漠の色とは違う砂を巻き上げ、果てしなく続くロードをひたすら目的地に向けそのコンボイは走っていた。
頭は少しぼさぼさで、それでいて、そのいでたちはいつぞやかヒットした映画に出てくるあの考古学者の様な姿。
そんな男が運転するその助手席には、つややかなブロンズの長い髪を持つ女の子が、もうこの景色は見飽きたと言う表情で、シートを倒し寝そべっていた。
「ねぇ、一体いつになったら着くの。私、退屈で死にそうなんだけど」
彼女はふてくされた様に、コンボイを運転している男に話しかけた。
彼は、ちらっと横目で彼女を見ると
「もう少しで着くさ」
「ねぇさっきから、もう少し、もう少しって言ってるけど、本当、いつ着く予定なの」
「さぁなぁ。おっきな建物の防護壁が見えたら、そこが終点だ」
それでも彼女は涙をこぼす さかき原枝都は(さかきはらえつは) @etukonyan
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