2.たそがれた想い


 「ねぇ、ユーヤ。今日はもうやめにしない。もう二日もいるんでしょ、ここに。だめよ、体壊しちゃうわ。久しぶりに街に行って食事でもしない?」

 「ああ、そうだな、でももう少しやっとかんとな。今が俺の正念場だからな」

 霧崎は、アンジェの言葉を軽く受け止めた。

 そこへ、アルマ・ディーンからのコールが告げられた。

 「ウーラ、専用回線受諾」

 「了解しました。専用ウインドウを開きます」

 アルマ・ディーン大尉。地上にある要塞基地の指揮官。今は、アンジェたちの指導教官でもある。

 「やれやれ、ヒステリー娘からか」

 霧崎は、めんどくさそうにスクリーンへいすを回した。

 「あ、うんん。霧崎博士。お忙しいところ急に失礼いたします」

 アルマは軍人らしいさばさばした口調で話し始めた。

 どうもすかんな、軍人というのは、霧崎は軍人特有のあの規律で縛られた容姿が苦手だった。そしてその考え方にも反発心を抱いている。

 この研究所に来た次の日、霧崎とアルマは激しい口論の末、大喧嘩をした。

 それ以来、アルマも霧崎を避けていた。今回アルマから専用回線でのコールは始めてのことだった。

 「これはこれは、大尉殿。専用回線でお呼びとは、如何なされましたか?」

 茶化すようにアルマへ話しかけたが、アルマの表情は深刻そのものだった。

 「霧崎博士、今データをお送りしました。このデータは彼女たち三名のものです。そして、もうひとつが、博士が打ち出したミクトランシワトルの構造データです。このデータを照らし合わせてみた結果、重要な構造の欠陥が判明いたしました」

 構造の欠陥?そんなはずはないと霧崎は耳を疑った。アルマが送りつけたデータを食い入るように考査し始めた。そしてあることに気が付いた。

 「これは・・・」

 「お気づきになられましたか博士」

 アルマは冷静に話し始めた。

 「今のままの機体であれば、パイロットは確実に死にいたります。この機体の重力場から受ける影響があまりにも大きすぎます。地球上であれば、標準重力の一千倍の重力が一瞬にパイロットにかかることになります」

 アンジェはそれを聞き

 「え、私たち死んじゃうの」

 思わず声を出した。

 「その声は、アンジェ・フィアロン。なぜ、あなたがここにいるんですか」

 アルマはアンジェに問いただす。

 「いいじゃない。私今、オフなのよ、休みのときくらいすきにさせて」

 アンジェはぷんとして言い放った。

 「まあ、いいでしょうそれより、このことをどう対処いたしますか博士。この状態では機体の運用は許可出来かねます」

 そして霧崎はあごに手をやり

 「ウーラはなんと言っていた」

 意味ありげにアルマに告げた。

 それを聞いたアルマは、表情を曇らせ沈黙をした。

 その表情を霧崎は悟り、それ以上を追求するのをやめた。

 「このことはパティには告げているのか」

 「ええ、すでにデータは送っております。ですが、パティ、リサーチャーからは何の返事も来ていません」

 霧崎はすぐに、パティへ回線をつないだ。

 「そろそろ来ることだと思っていたわ」

 パティは、アルマから送られたデータを解析し、その解決策をさぐっていた。

 霧崎はパティの言葉から彼女は何かこの事態の解決策を見出したのではないかと感じた。

 「で、判ったのか?」

 探るように問いかける。

 「ええ、判ったわ。この機体に使っているホールユニット自体が問題だったわ」

 ミクトランシワトルの原型は、人体をタイムトラベルさせるためのコアユニットを利用したものだった。

 時空間を飛び越えるためには、重質量物体が発生させる磁場重力が必要だった。この磁場重力により空間の歪みを発生させ、その発生した歪みの中にユニットごと転送させる。転送されたユニットが存在する空間は、この世界で言う時間の流れという概念が存在しない世界。つまり、この時間軸の外にあるということだ。

 ただし、ここで言う重質量物体における磁場重力は、宇宙空間で発生する。重質量天体が収縮することによって発生する重力磁場、いわゆる「ブラックホール」と呼ばれる、超重質量天体が引き起こす際に発生する歪みとは異なる。

 正と負。常にこの二つが対になり反発しあうことによって発生される磁場重力を元に起こる空間の歪みを利用したものだ。

 たとえるのなら、リニアモーターの駆動原理による、磁場の正と負の切り替えから生まれるエネルギーこそが本当に小さな空間の歪みと言える。

 この世界は絶妙なバランスの上に成り立っている。いや、そうなるように作られ、計算された世界。あの遺産の数式(レガシーオブ・フォーミュラー)は、この世界の創世と終末を描いた数式だった。

 

 パティは霧崎、アルマ両者に説明をした。

 「元々このユニットは時空間をリープすることだけを前提に設計されたものよ。それであれば、平行移動分だけを考えれば良かったの。でもこのミクトランシワトルは違うわ。あらゆる方向と襲撃に対する制御が必要なの」

 スクリーンに、パティが指し示した設計図が映し出される。

 「もちろん、その事については、当初から設計の見直しをして、改良を加えたわ」

 彼女たち三名の身体データが映し出された。

 「でも、彼女たち「エリーナ」「アズミ」そして「アンジェ」この三名共に、予想をしていた身体能力を遥かに超えていたのよ。この機体を百二十パーセントオペレートするためには、ホールユニットの制御出力が、あまりにも不足しているのが原因よ」

 霧崎は愕然とした。せっかくここまで造りあげた機体が、アンジェたちを死に追いやる殺人兵器になるとは、予想もしていなかったからだ。

 「チキショウ」

 霧崎は思いっきり、拳でディスクを叩いた。うなだれた姿でパティに語った。

 「もう一度最初からやり直しかよ。もう時間がないって言うのに。なぁパティ。何かいい打開策はないのか」

 アンジェは、うなだれている霧崎の背中にそっと手を添えた。

 パティはそのアンジェの姿をスクリーン越しに見つめていた。

 そして

 「打開策? ないわけじゃないわよ」

 「え、本当かパティ」

 霧崎はわらをもつかむ思いで聞いた。

 「ええ、でもチョット問題があるの」

 アルマはそれを聞くと、ふっと思い出したかの様に

 「もしかして、それはオーストラリアではありませんか?」

 パティは腕を組んで

 「そうよ、オーストラリアの研究所よ。このホールユニットも、元々はオーストラリアの研究所で研究開発されたものなの。だから、向こうにも一応連絡はしてあるわ。でも遅いわね、いくら待たせるつもりよ」

 彼女の持つペンがカチカチと異様に音をたからせた。

 パティのブースにコールサインが点滅する。すぐさま通信を受諾し、会話を始めた。

 ちょうどその時、アンジェと霧崎は、かすかな人の声とノイズを受け取っていた。それはウーラと会話をする時と同じ状況で聞こえていた「行っては駄目」と

 二人ともはっきりとは聞こえてはいなかった。だが、違和感を感じ取っていたのは確かである。

 「ねぇ、今ウーラから何か聞こえなかった」

 アンジェは霧崎に確かめた。

 「ああ、よく聞き取れなったが・・・ウーラも混線しているんだろうこんな状況だからな」

 「そう・・・」

 アンジェは霧崎の返した言葉に反論はしなかった。

 パティがスクリーンから話しかける。


 「ねぇ、ユーヤ。貴方、オーストラリアに飛んでくれない」

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