流転崩壊

青い空の下で

  アメリカ、ネバタ州 トワヤブ国立森林公園をはるか後ろに臨んだ砂漠の上空を二機の機影が、青い空をキャンバスに幾重にも広がる白い飛行機雲を描いている。

 グオオォォォ。

 その二機の機体はまるで燕が空を駆け巡り飛ぶように、鋭くそして滑らかに澄み切る青空を飛んでいた。

 ピッ、ピッ・・

 「ラララララララッ。ラララ・・・」

 ピッ、ピッ

 「アズミ、いつまで歌ってるの」

 「べ、別にぃ。ちょっとくらいいいじゃない」

 アズミはエリーナに悟られ少し頬を赤くした。

 「だって今頃アンジェは愛しの彼と、二人っきりで旅行中じゃない。いいなぁ、いいなぁ」

 アズミは戦闘機のコックピットで、ライディング姿勢のまま足をバタバタさせる。

 外見その機能は最新鋭の戦闘機。だが、そのコックピットはミクトランシワトルのコックピットと同等の機能を持つオペレーティングマシン。

 

 「ふっ。パターンF1226実行」

 「了解、パタ―ンF1226エントリー」


 コックピットのフルスクリーンが解除され通常モードに切り替わる。そして、一斉に全ての機能が停止した。

 「ああ、エリーナ。だめぇ制御できない」

 二機のコックピットには失速を意味するアラートが鳴り響いている。

 「アズミ、落ち着いて」

 エリーナはすぐさまセンターパネルにエラーコードラインを走らせ表示させた。そして、ものすごいスピードで検索しだした。

 「あった、これだ」

 轟音と共に二機の戦闘機は地上めがけ墜落している。

 「ウーラ、パターン1226解除」

  ウーラが答える

 「**acceptanceアクセプタンス (受諾)」

  グウオォォン。

 二機の戦闘機はきれいな放物線を描き、地上すれすれから機体を上昇させた。

 二機のコックピットにコールサインが表示される。

 「何やってんだ、お前ら。訓練とはいえ気を抜くんじゃない。アズミ特にお前は要注意だ」

 「そんなぁ、アルマ大尉」

 アズミはしゅんとしながら

 「でもアンジェはいいよね愛しの彼と。うふふふ」

 「ア・ズ・ミ。いい加減にしろ、失敗を誤魔化すな。それにアンジェは遊びに行っているんじゃない。仕事としてオーストラリアに行っているんだ」

 「ええ、仕事なのぉ。愛しのDr霧﨑と一緒なのに」

 幼さが性格ににじみ出るアズミは、アンジェと霧﨑の二人にどうしてもハートマークを付けたくて仕方がない

 「アズミもういい加減にしなさい。私たちも今は訓練と言う任務中なのよ」

 冷静沈着でクールな感情を現すエリーナがアズミをたしなめる。

 「しかし、アンジェはどうしてあんな偏屈な中年男がいいんだ、私は彼女の趣味を疑うぞ」

 アルマは、管制室で呟いた。

 それを訊いていた管制オペレーターが

 「もしかして、実はアルマ大尉もまんざらでなかったりして」

 ボコッ。アルマはそいつの頭を思いっきり殴るつける。異常に熱さを感じる顔をしながら。

 実際、アルマは霧﨑とは犬猿の中なのだ。

 霧﨑が日本の研究所から、このアメリカの要塞基地とも言えるネバタの研究所へ移籍した次の日、事も有ろう事に当のアルマと大喧嘩した。いや、喧嘩と言う表現はあまりにも消極的だろう。何せ、二人の喧嘩のおかげで自軍のブリーフィングルームが壊滅的な空間に変わってしまったのだから。

 「え、そうなんですかアルマ大尉。これってトライアングル?」

 つかさづアズミはアルマに茶々を入れる。

 くくくっ、と管制オペレーターが笑いを必死にこらえている。

 「ねぇ、アルマ大尉」

 アズミもしつこく言い寄ってくる。

 

 いいとも、軍人女性は恋愛が下手くそである。女性である恋愛感情は、その姿を変え戦術への意識へ向いてしまっているからだろう。

 特に、この「Almaアルマ・Daneデイン大尉」については、恋愛と言うそのもの事態、自分では分からない領域なのだから。 

 「おまえらなぁ」

 切れかかる罵倒の声を張り上げながらも、胸のあたりが押されるような軽い苦しさと、体が少し熱くなるのを感じていた。

 エリーナがコールする。

 「アルマ大尉、ウエザーアラートが発令されています。前方から、

砂嵐がこちらに移動しています」

 アルマは管制室のレーダーを確認する。

 「ウーラ、この嵐少し大きくないか」

 「ハイ、太平洋上に発生した今世紀最大級のハリケーンによって発生した低気圧が原因です。すでにこの上空を航行する機体についてはアラートが発せられています」

 「そうか、解った。アリーナ、アズミ、砂嵐に呑まれる前に帰還せよ。帰化したアイパルーヴィクがいるとも限らんからな」

 「ええ、やだぁ、アズミ帰りまーす」

 「エリーナ帰還します」

 澄み切った青空に綺麗な二重線のを描き、その二つの機影は空から消え去った。

 

 後ろには、どす黒い雲とその下で広がる砂嵐が、細かい赤い砂漠の砂を巻き上げていた。


 それは、これからのこの世界を映し出しているようだった。


*******


 霧﨑裕也きりざきゆうや、彼は日本が誇るロボット工学の権威だ。彼の考案する人口節手、節足は不幸にして身体の一部を亡くした患者にとって、彼の研究は神の領域として崇められている。また、自分の手足が戻ってきたと。

 その霧﨑に想いを寄せる女性。

 その名を「Ange ・Fearon (アンジェ・フィアロン)」

 アンジェはここに来る前、とあるサーカス小屋にいた。孤児であったアンジェは、このサーカスに売られ強制的に舞台に上がり、空中ブランコと言う演目を遣らされていた。

 だが、偶然にこのサーカスを見に来ていた霧﨑にアンジェは、このサーカス小屋の檻から解放させられた。団長からの支配からも。

 そして彼女もまた、このネバタの研究所で暮らしていた。

 アメリカの研究所が開発する、人型対戦闘機体ミクトランシワトルのパイロットとして。

 

 「スウッ、アンジェ、お前操縦巧くなったな」

 後部に位置する霧﨑は、操縦かんを握るアンジェへ話しかけた。

 「スウッ、こんなの、ミクトの操縦に比べたら簡単よ」

 機体の高度はすでに大気圏を超え成層圏へ突入していた。

  薄暗いその光の中を青白い光を放ちながら機体は滑るように飛んでいる。

 「スウッ、ねぇ裕也」

 「スウッ、どうしたアンジェ。疲れたか」

 「スウッ、うんんスウッ、どうして裕也はスウッ、ドクターになろうと思ったのスウッ」

 少しドキドキしているのだろう、装着されている酸素マスクからの声が少しとぎれとぎれになる。

 「スウッ、どうしてか」 

  霧崎は少し間をおいて

 「うん、まだ誰にも話したことはないが、それは・・・」

 霧崎はゆっくりと時折ブレス音を交えながら語った。


 実は、俺には年の離れた妹がいたんだ。なんて言うかさぁ、十も年が離れていたからとっても可愛くて、とても仲が良かった兄弟だった。

 でも俺が高校の時、妹は交通事故にあった。

 まだ七歳だった。

 妹は信号無視してきたトラックに、跳ねられたんだ。幸い何とか命は取留めた。でも妹は片腕と片足を失った。

 もう、妹はそれから走ることも、歩くことさえも出来なくなった。

 未来への光を失った妹を俺は、いや周り全てが何も助けて挙げることはできなかった。

 いつしかそんな無力な自分が途轍とてつもなく耐えられなくなった。誰も、何も、出来ないんだったら、俺が何とかしようと。

 俺は始め医学の道を選び進んだ。でも、現在の医学ではどんなに研究をしても、妹に笑顔を上げられる事は出来なかった。でも、ある人の勧めで俺はロボット工学の道に進んだ。

 たとえ本当の手や足じゃなくても、俺が研究する人口節手、節足によって不幸にして失ったものを取り戻せるのなら、そして妹にもう一度笑顔を届ける事が出来るのならと。

 「それじゃ、妹さんは貴方の造った手と足をもらうことが出来たのね」

 アンジェはそう言葉を返した。

 でも、霧崎の声は少しの間返って来なかった。

 「ま、間に合わなかったよ。俺の研究が完成する前に妹は亡くなった。事故の後遺症がじわじわと妹を蝕んでいたんだ」

 ドキッと、アンジェの胸を何かが貫いた。

 そしてアンジェは「そう」としか返さなかった。

 ウーラが告げる。

 「まもなくオーストラリアの管制空域に入ります」

 「解ったわ」


 「こちらはA9FZR36771、滑走路の使用許可を求めます」

 「A9FZR36771を確認しました。当機の着陸を許可します。オーストラリアへようこそ、Dr霧崎、アンジェ・フィアロン」

 「ありがとう」


 機体は一気に高度を落とし、上空を旋回してから轟音と共に滑走路へ着陸した。


 「お見事」

 「どういたしまして。でも、今更なんだけどどうして普通の戦闘機なの」

 「はは、それはラボの外は現代だからだよ。我々は数百年先の技術を得ているのだから」

 「そっかぁ、納得」

 「さぁて、これから先は俺の出番だ」


 気持ちいい。

 アンジェのブロンズの髪が潮風で棚引たなび

 見上げると、そこにも青く澄み切った空が広がっていた。


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