砂漠の赤焦げた大地に
砂漠の赤焦げた大地に
この大地はアメリカの砂漠とは違い、いやそれよりももっと過酷でこの砂漠で生きることの厳しさを、頬をさする風が語っていた。
霧崎は、現地のグラビティユニット(重力装置)開発チームと合流した。
この研究所は、アンジェが知るアメリカの研究所の様に地下にその存在を隠してはいなかった。広大に広がる砂漠の中に埋もれる様にその姿を現している。
アンジェは一人、研究所の中を歩いていた。
砂漠の砂が入り込まない様に、何重もの外壁があるかのように思えたが、そんなものはどこにも見当たらなかった。
でも、その地は緑豊かな木々が、涼しげな木陰をいくつも作り、その間を縫う(ぬう)様に水の穏やかな流れが、日の光を輝けるものに変えていた。
整備された高架橋を走るロードウエイ。その下を幾重にも枝別れした道。そんな地面には、外の赤錆びた砂漠の砂は見ることはなかった。
「ねぇ、ウー、あ、えーと、ク、クロノス、で良かったかしら」
いつもの調子でウーラと語りかけるのを、とっさに言い換えた。
「はい、なんでしょうか。アンジェ」
その声はウーラと同じようにとても優しくそして、初めてなのにずつと昔から知っていた知人の様に親しみやすい声だった。
「あ、ごめんねクロノス。私ウーラと間違えそうになっちゃった」
「いいえ、大丈夫ですよ。アンジェ・フィアロン。貴方の事はいつも良くウーラノスから聞かされていましたから」
「そうなんだ。貴方達ってそれぞれ独立したものだと思っていたわ。情報交換なんかよくやるんだ」
「日本のイーリス、アメリカのウーラノス、そして私クロノスは、共に一人の科学者が設計してビルドされました。いわば姉妹のようなものですね」
「そっかぁ、じゃ三姉妹ってとこかしら」
「そうかもしれません」
「それじゃさぁ、姉妹喧嘩なんかもするの」
「私たちは、一部の情報共有はしますが基本、それぞれ独立した運営をしています。それに、人間の様に自我の感情を持つ場合、そのリソースは制限されています。そう、今あなたと親しみやすく会話が出来る程度にしか出来ない様になっています。ですから各々のサーバー同士、自我の感情を共有することはありません」
「うーんと、あんまり難しいこと解んないけど、要は姉妹喧嘩はしないって事よね」
「そうですね」
ふと、アンジェは聞きたかったことを思い出した。
「あ、そうだクロノス。聞きたかった事思い出したわ」
どうしてここには砂漠の砂が無いのかを。
「この施設全体の上空、及び側面には薄い重力バリアが展開されています。例えば、砂嵐で砂漠の砂が舞い上がった場合、その全てが弾かれるように設計されています」
難しい意味はよく解らないけど、とても凄い事なんだと感心した。
「ねぇ、それじゃ雨は?鳥は入ってこれないの」
「外の状態が良い場合は、重力バリアを開放します。雨は状況に併せて私が管理しています。このように」
するといきなり、アンジェの頭上から雨が降り出した。
「きゃっ、ちょっと雨」
慌てて逃げる様に体を翻(ひるがえ)すと、アンジェの目にはるか遠くから輝き光る塔が見えた。
アンジェは遠くに見えるその塔を指さし
「クロノス、あの光る塔は」
「あの塔は、十七年前に起きた大規模な事故で亡くなった人達の慰霊碑です。あの悲劇を風化させない様に建てられました」
十七年前の事故。アンジェにとって初めて知った事だ。
「クロノス、十七年前の事故って、何が起きたの」
クロノスはすぐには答えず、少し間を措いてから話し始めた。
「この研究所で起きた十七年前の事故。それは、多くの人が一瞬で亡くなり、この施設の三分の一を消滅させた事故」
「どうしてその事故は起こったの」
「データーの記載には、オーストラリア政府の兵器実験の失敗としか記載がありません」
アンジェはその答えに何か違和感を感じた。
古くからこの研究に携わっている訳でもなかった。それにアンジェは、アメリカの、ネバタの研究所のバトルパイロットだ。
この研究の真意は知らない。
もう一度アンジェはこの事をクロノスに問たが、返る答えは同じだった。
データーの記載がないと。
アンジェは小さな心の引っかかりを感じていた。
その頃、霧崎もアンジェと同じように何か釈然としない苛立ちを感じていた。
「これはこれは、霧崎博士、ようこそオーストラリアへ。まさか名声名高い霧崎博士にお目にかかれるとは光栄の至りに尽きません」
霧崎を出迎えたのは、グラビティユニット開発チームの責任者「ウォルターWalter ・ベイツBates」。
年はおよそ六十前位の白髪頭のちょっと小太りの男性。他のチームメンバーは専用の制服を着こなしていたが彼だけは、よれよれの白衣を袖を通しただけの着方で裾をはためかせながら霧崎と共に歩いている。
「霧崎博士、まずはこの巨大研究所をご案内いたしますよ。なにせこの研究所は本当にすごい、全て見て回るのに一週間はかかりますよ。ワハハハ」
彼は豪快に笑いながら霧崎の前を豪快に歩いている。
「ミスターウォルター、歓迎のお気持ちは有り難い、だが今は時間が無い、早速グラビティユニットの説明をして戴きたい」
ウォルターは霧崎の言葉を聞き足を止めた。そして少し怪訝そうな声で
「そうですか、それではこちらへ」
地下に急速降下するエレベータ。ものの数秒でエレベーターは静かに停止した。
ゲートが開き霧崎の目に飛び込んだのは、幾つもの大きな黒いコンテナが並び、そこから延びる太いパイプそして巨大なコンバーターユニットが二機並ぶ空間。これが重力装置のコアであることが一目でわかる光景だった。
招かれたオペレーションルームには、多くの研究員たちが各ブースで忙しく作業をしていた。
「もうすぐ本日最後の作業が行われます」
巨大なセンターパネルを見る様に促す。
「グラビティユニット出力八十パーセント。多重重力磁場臨界点まであと十秒、9,8,7・・・2,1、多重重力磁場臨界点到達」
「空間質量変位、マイナス領域へのコンタクト開始。マイナス重力磁場形成確認」
「グラビティユニット出力百パーセント。オールグリーン」
「時空間転移ユニット、アンカーロック解除。座標位、66531498・289473165ロック」
「グラビティユニット始動」
青白い一本の光の矢が勢いよく真っすぐ上空へ伸びた。そしてその上空にその光の矢を中心に白い巨大なリングが形成される。
ふと霧崎はこの光景と良く似た現象を思い起こす。そう、グロブマスターで研究所に向かう時見たあの現象を。
「時空波動装置始動。リープ後最大限出力で重力磁場を形成」
「時空ゲート開きます」
「時空転移ユニットフロート」
淡々と行きかう声を身にしながら映し出されるセンターパネルの映像を見入っていた。
「時空波動装置より重力磁場の形成を確認。座標位66531498・289473165に時空ゲート展開を確認」
「リングアウトまであと3.、2,1、グラビティユニットリングアウト」
上空に映し出されている白いリングは急速に縮小し、それをめがけ青白い光の矢は上へと昇っていく。そしてその両者が交差したとき、オレンジ色の光を放ち消えうせた。
「これはいったい」
呆然としている霧崎にウォルターは、センターパネルを見つめながらゆっくりと話し出した。
「私たちの研究は既に計画とする項目は全て終了しています。つまり、ここでの研究は完成していると言ってもいいでしょう。ですが、貴方も耳にしていると思います、ここで起きた十七年前の事故・・・」
あの事故によりこの世界の時間形成は大きな損傷を受けてしまった。先の所長バスク・リベラは、自らの命と引き換えにこの世界を守ろうとした。だが、それは出来なかった。
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