1.たそがれた想い
霧崎とアンジェがこの研究所に来て、二年の歳月が過ぎ去っていた。
対交戦仕様、人型有人機「ミクトランシワトル」の開発。このために霧崎は、日本からここアメリカに渡ってきた。
彼の専攻は「ロボット工学」このミクトランシワトルを完成させることが彼の務めだ。
初め、この機体は有人でタイムリープをする為の設定だった。
だがその仕様は大幅に変更され、別時間軸世界から来る生物態と戦える様に設計変更された。
「ふう」
霧﨑は、自分のブースに、二日間泊まり込んでいた。
すでに、この機体の作業は最終段階を迎えている。彼はこの機体のシュミレートを入念に行っていた。それは、半年後に予定されている、実際の機体を使ったテストに向けたものだった。
不意に霧﨑の目の辺りを暖かい手の平が包み込んだ。
「だぁれだ」
彼は軽くはにかみ
「アンジェ」そうつぶやいた。
「なあんだ、つんまぁんなぁい。ユーヤってちっとも驚かないんだもん」
彼女は、少しふてくされた様に言う。
現在アンジェは、ミクトランシワトルのパイロット候補生として、オペレータの訓練を受けている。
パイロットの候補生は、アンジェを合わせ三名。この三名が三機のミクトランシワトルを操縦する。
一人を「エリーナ」もう一人を「アズミ」共に十七歳の女性だ。
この二人の女性は、この地下要塞で生まれ育った。むろん地上、外の世界へは出たことがなく、幼少時から共に生活をしてきた、幼なじみだ。
「エリーナ」は、クールな表情を崩すことのない、冷静沈着な女性であり「アズミ」は、幼い表情をしながらも、その計算力と判断力により、科学者の間でも一目を置かれている存在だった。
そして「アンジェ」は十九才になっていた。彼女の容姿からは、幼さが消え去り、見違えるような、大人の女性となっていた。
長い、つややかなブロンズの髪を後ろに束ね、白と蛍光グリーンの色合いのあるパイロットスーツが、彼女の整ったボディラインのシルエットを映し出している。
「どうしたんだい」
霧﨑は、作業をしながらアンジェに静かに語りかけた。
「ううん、何でもないの」
アンジェも静かに、呟くように答えた。
「そうか」
彼もまた、静かにそれに答えた。
二人の間に静かな、暖かい時間が流れていく。
スクリーンから放たれる柔らかな光が、アンジェを包み込む。今このブースにいるのは、アンジェと霧﨑の二人だけだ。
カチカチと時を刻む音だけが、二人の耳に聞こえていた。
アンジェは霧﨑の肩に手を置き。
「ユーヤ」
彼女は愛おしそうに彼の後ろを眺めている。
彼は、手を止めた。
そして、肩にある手の上から静かに自分の手を重ねた。
「辛くなったか?」
霧﨑は、優しく語る様にアンジェへ問いた。
「ううん。そんなんじゃないわ」
彼女は少しうつむき
「ユーヤ、どうしているのかなあって。ちょっと寄っただけ。仕事の邪魔したかなあ」
「いいや、そんなことはない。でも良く分かったな、俺がここにいるって」
霧﨑は、アンジェの手を取りながら、くるりと椅子をまわし、彼女の前に体を向けた。
「ウーラが教えてくれたのよ。あなたがここにいるって」
アンジェは霧﨑の顔を見るなり
「やーねぇ、やっぱりウーラの言ってた通りだったぁ。なにぃ、その顔は。髭くらい剃りなさいよ」
アンジェは、少しきつく言い放つ。
霧崎はあごに手をやり、ジョリジョリとさせ
「そうかぁ、ワイルドでいいだろう」
彼は少しはにかみながら言い放つ。アンジェはそれを聞いて
「ああ、貴方ってどうしてそうなのかしら。少しは成長したら? だからパティ姉さんから愛想つかれちゃうのよ」
アンジェは、あきれたように彼の方に指をさした。
この二年間の間、アンジェはパティを姉の様に慕い、パティもまたアンジェを妹のように感じる様になっていた。
「愛想つかれるって、別れるっていたのはパティの方からだぞ」
「これだからもぉ」
腰にてをやり、呆れかえったアンジェの顔は、それでも、どこか照れ臭そうにはにかみ、霧﨑の顔から目をそらした。
この人は、本当に鈍感なだけだろうか? それとも単なる「ロボットバカ」なだけだろうか? アンジェは自分の想いが、いっこうに感じ取られていないことに、少しいらだちを感じていた。
確かに彼、霧﨑との歳の差はあるだろう。だがアンジェにとって、そんなことは微塵のかけらも、気にかけることはなかった。
人を、男性を本当に好きになる。いや愛する事が本当の意味で、自分にどれだけ幸福な気持ちをもたらしてくれるか、そしてその気持ちのすれ違いが、彼女の心に針を刺す様に、切ないものか。
アンジェは、ここでの生活の中で、少しずつ女性としての生き方を感じ取る様になっていた。
「ユーヤが好き」アンジェは以前、霧﨑に思いを打ち明けた。だが彼は、それをはぐらかした。
確かに彼、霧﨑にしてみれば、アンジェとの歳の差は、十六歳になる。早くに出来た自分の娘の様に思えていた。
だからこそ、アンジェの「好き」という言葉に、恋愛感情とは別な、気持ちを抱いていたのだ。
そして、アンジェもまた、その事にきずいていた。
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