2.Lost the future 失われた未来
「十五年前?」
更にウーラに問う。
「十五年前に何があったんだ」
ウーラは、その答えを拒んだ。
「現在あなたは、私との正式契約がなされておりません。この事項については、最重要機密としてロックされています。現在、私の領域からもアクセスが出来ません」
霧﨑は、ウーラからその答えを聞きだすのを諦めた。バイオサーバーがノーと言えばそれが答えだと言うことを知っていたからだ。
後ろの扉が開いた。
そこには、ぷんぷんと頬を膨らませ、怒りをあらわにしたアンジェが立っていた。
「ちょっとぉ――、さっきからなんなのよぉ。いきなり車を猛スピードで走らせて。それにこの飛行機よ、私たちをおいて行こうとするなんて! ねぇ、そこのパイロットさん、何とか言ってよ!」
アンジェは霧﨑の後ろにある操縦席を見て
「え、誰も居ない………どうして?」
その状況を理解できず、少々パニックになりながら
「つ、墜落しちゃう。あんた操縦できるの」
平然として霧﨑は
「いいや、こんなデカいのは操縦したことがない。せいぜいセスナくらいは何とか出来るがな」
アンジェは、唖然として
「ああ、やっぱり私って運がないのね。これで、私の人生も終わりなのね。ああ………」
霧﨑はそれを聞き、高笑いをしながら
「ははは、大丈夫だって、落ちはしないぜ。何せ優秀なパイロットさんが、リモート操縦してくれてるからな」
「リモート操縦?」
アンジェは首をかしげて、不思議そうに言った。
「ああ、それより、さっきあんなの見て大丈夫か」
それを聞きアンジェは意味が分からない様に
「あんなのって何? 私猛スピードでこの飛行機に車ごと乗ったことしか分からないわ」
ウーラが補足した
「ミスター霧﨑、現在あの規模の現象は、フェムト(十のマイナス十五乗)細胞を体内に同化させた人にしか見えません」
フェムト細胞。あの端末を持つすべての者が植え付けられている細胞。
ウイルスよりも小さい
この細胞は、人体全ての細胞と同化し、体のどの部分からでもその情報の共有が可能になる。この細胞は端末を通してバイオサーバーの情報を共有させる。ただし、研究所内では、全ての空間で端末がなくてもバイオサーバーと共有できるようになっている。
もし、その細胞を保有している者が脳の機能を停止した場合、その段階で真っ先に腐敗消滅する。
あの異常現象の情景は、フェムト細胞を同化させた人に、バイオサーバーがイメージとして送り付けたものだ。
一般の人間には、つむじ風が起きた位にしか感じない。
霧﨑はその事をウーラから知らされ納得した。
アンジェは
「ねぇ、そのあんなのって何? いったい何が起きたって言うのよ。それにあなたは、何者なの? 私をあの団長から大金を使って連れ出して、今度は無人の輸送機を乗りまわすなんて、普通じゃないわ」
霧﨑は、あえて彼女の名前を言い、問うように語った。
「アンジェ。前にも言ったように、今は詳しいことは言えない。実際、俺も全てを知っている訳じゃないからな。ただ一つ今、お前に決めてもらわなければ逝けない事がある。それは、このまま俺と目的地に行くか? それとも、どこかに着陸して俺と別れるかだ。今ならまだ、お前は自由の身になれる。だが………もし、俺に就いてくるのなら、お前は大役を務めなければならない。人類を背負う大役をな」
アンジェは「人類を背負う大役」この言葉を噛みしめて
「私にその資格があると言うの」
うつむきながら霧﨑に強い口調で言った。
「ウーラ、アンジェのこれまでの適正結果を報告しろ」
「了解しました。アンジェ・フィアロン、正式年齢十七歳。父親は、フィアロン財閥総帥、ロイズ・フィアロン。母親は、レイス・グリーン。フィアロン家につかえるメイドでした。ロイズとの間に出来た子供を出産後、孤児院へ預け失踪。その後「デス・キラー病」発症により死亡が確認されています。これまでの経過中および現在に至るまで、致命的な身体への疾病はありません。本日の行動および思考パターンから適性を承認します。今後彼女の意思次第で受け入れプログラム、業務実行プログラムが稼働します」
ウーラーはアンジェの出生から現在の適正状態までを調べ上げ霧﨑に報告した。
霧﨑はウーラの報告を踏まえて
「アンジェ、後はお前次第だ」
彼女はそれを聞いて顔を上げた。
「私ね、両親の顔も知らない内に孤児院に預けられて、孤児院でも虐められて、あのサーカスの団長に、好きなように体を男たちに与えられて、何にも、何にも………ボロボロの人生を送っていた私に『人類を背負う大役』なんて出来るの? 本当に私を必要としているの?」
顔をくしゃくしゃにして、涙をぼろぼろと流しながらアンジェは、霧﨑の顔を見て話した。
霧﨑は、真剣な表情でアンジェに向かって断言した。
「そうだ、アンジェ。お前でなければだめだ」
しばらくして、アンジェは両手の拳をギュッと握り
「解ったわ。そんなに言われたら断われないじゃない。それに、もう行くとこ無いしね」
彼女はふぅっと顔を横に動かしながら、すこし照れ臭そうに霧﨑に答えた。
その顔にはもう涙はなく、微笑みを感じさせる柔らかい表情だった。
霧﨑は
「そうか、解った。俺の想いを受け取ってくれて、ありがとう」
そしてアンジェの方に手をやり抱き寄せた。
コックピットのスピーカーから
「ようこそ、アンジェ・フィアロン。私たちは、あなたをブレインとして歓迎いたします。私は、サーバー005746。ウーラノスと呼ばれています。これからあなたのバックアップサポート行うオペレーターです」
アンジェはきょとんとして
「誰? これ」
「ああ、俺が話していた女神様さ。正体はバイオマシン、いわゆるコンピューターさ」
「コンピューター? ねぇ、どうすればあなたみたいに会話が出来るの」
「今はまだ無理だ。研究所に着いてからだ。そこからお前の仕事が始まる」
ウーラが霧﨑に告げる
「ミスター霧﨑、貴方も契約処理を行ってください」
「やれやれ、分かったよ」
「間もなく、着陸態勢に入ります座席にお座りください」
アンジェはコックピットの窓から見える要塞を目にして
「わぁ、大きな街」
「いや、あれは街ではなく、ダミー要塞だ。俺らはそこから、地下十キロにある研究所へ行く」
「研究所。そこで何をしているの?」
「行けば解るさ」
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