1.Lost the future  失われた未来

 あれからしばらくの間、二人はその沈黙を保っていた。

 アンジェは、シートに体を倒し、すやすやと寝息を立てていた。

 その姿を霧﨑は

「こんな、いたいけない子に俺は世界を背負わせようとしているのか」

 自分の判断を食い入るような想いが沸き立っていた。

 だが、もう後には引けない。

 なぜなら、残された時間はもうわずかしか与えられていなかったからだ。

 そして、霧﨑とアンジェを乗せた車は、目的地であるアメリカ軍の基地に到着した。そこには大型輸送機『グローブマスター・C17』がその巨大な機体をあらわにしていた。その機体は全てが黒く塗りつぶされ、観る者を威圧いあつしていた。

「アンジェ、着いたぞ」

 アンジェは、寝ぼけ眼で今自分がいる場所をぼうと眺めていた。  

「ねえ、ここは何処?」

 今までの出来事がアンジェにとって、全てが夢であったかの様に目を覚まし、その表情はあどけなさをむき出しにして、本来の彼女の姿を現したように語りかけた。

「私、今までどうしていたの。どうしてこんな所にいるの」

 あの忌まわしいサーカスの団長、あの人物から解放された安心感からだろうか、霧﨑と出会いまだ数時間しかたっていない彼女は、もうあの頃の事を忘れようとしていたのだ。

 一人のアメリカ軍の兵士が霧崎たちが乗るこのランドローバーを目指して歩いて来た。

 彼は確認を取るかのように、霧﨑に語りかけた。

「ミスター霧﨑?」

 霧﨑はその問いに

「ああ、そうだ。あれが用意してもらったものかな?」

 霧﨑は、ハンドルを握ったまま答えた。

 すると、その兵士は突如倒れ込んだ。ばったりと………そしてあとは、動く気配を見せ無かった。

「ミスター霧﨑、すぐに空輸艇に乗り込んでください。この地域の変異が確認されました」

「変異?何のことだ」

 霧﨑にはウーラが言った事が理解できなかった。

 ウーラにその事を問いかけたが

「あなたはまだ、ワタシとの契約が完了しておりません。この事項については機密事項に属します。現、あなたのレベルでは、お答えすることが出来ません。今はこの地域から離脱することが最優先事項です」

「わかったよ」

 霧﨑は、グローブマスター(C17)へ向かい車を走らせた。

 すると、突如このアメリカ軍の基地全体が歪み始めた。

 いや、建物、その周りの風景事態がその存在を否定されたかの様に、小さなかけらのような状態で欠け始めた。

 空は一面赤く染まり、基地の周囲上空には水蒸気が固まったようなリングが浮かび上がっていた。

 そして、円の中心部が徐々に上空に引っ張られるように動き始めた。

 その情景は、まるでスーザホーンの朝顔管を逆さにしたような形になった。

 グローブマスターは緊急離陸をしようとしている。霧﨑とアンジェを残して。

「おいおい、置いてきぼりはないぜ」

 霧﨑は、ぼやきながらもスピードを上げグローブマスターへ向かっている。

 アンジェは今、何が起きているのか理解できないまま、必死に体をシートに這わせていた。

「ウーラ、格納庫のハッチを開いてくれ」

「了解しました。ミスター霧﨑」

 ウーラは、霧﨑の指示を実行し、グローブマスターの後部にある格納庫ハッチを開いた。

「後時間がありません。臨界到達時間まで、後六分です。ミスター霧﨑、スピードを上げてください」

「そんなの、この状況みりゃ解るってよぉ」

 ランドローバーとグローブマスターの距離は後八十メートル、しかしグローブマスターは後部ハッチを開いたまま離陸体制に入った。

 滑走路をランドローバーは爆音を立てながらグローブマスターを追っている。 

 霧﨑は、アクセルペダルを限界まで踏み込んで

「頼む、最後のお前の仕事だ。追いつけ」

 ランドクルーザーのエンジンはもう限界を迎えようとしている。

 グローブマスターのハッチは滑走路を削り、煙を出しながら速度を上げようとしている。その粉塵はランドローバーの視界を遮った。

 霧﨑はさけんだ 

「いけぇ、このやろうぉ」

 ガグン、前輪がハッチのすべり止めにかかった。

「ミスター霧﨑、間もなくV1です」

 ランドローバーはもう一段のすべり止めに車輪を架けた。するとハッチは上に上がり始めた。そのままランドローバーは滑る様に格納庫に入り、ハッチは閉ざされた。グローブマスターは、機首を上げその重い機体は空中へと舞い上がっる。しかし、このエリアの全ての物が上へと吸い上げられ、機体は大きく傾いた。

 すでに気を失っているアンジェを車に残し、霧﨑はコックピットへ向かった。

 機体は何度も大きく左右に揺れた。やっとの思いでコックピットの扉を霧﨑は開けた。だが、そのコックピットには操縦士らしき人影はなく、操縦桿だけが無人で動いていた。

「おい、ウーラ操縦士が誰もいない。これはどうなってるんだ」

 霧﨑はその状況を飲み込めないでいた。ウーラは静かに

「ミスター霧﨑、この機体は私の管理下にあります。現在リモートで私が飛ばしています。後、二十六秒でこの空域から離脱します。多少揺れますが、ご心配はいりません」

「全く、恐れ入ったよ、君には………」

 霧﨑は少し呆れた様に言った。


 そして異変が起こる臨界エリアから離脱した。 

  

 アメリカ軍の基地があったエリアはすでに赤い光に包まれ、その上空は黒い光を放っていた。

 黒い光………。その黒い光はやがて急速に収縮し一つの点となった。その後上空にあった白いリングは降下し、地面の少し上で止まる。

 リングは徐々にその大きさを小さくし、赤い光の帯を細く一本の線の様にした。その後白い点となったリングは、赤い線を飲み込むように、黒い点へと昇っていった。

 その白と黒の点が重なり合うと同時に、青白い光の矢が上空に突き刺し、その現象は終わった。

 残されたそのエリアには、すでにあの軍基地の姿はなかった。

 それは、元からこのエリアには存在していなかった様に、ただ砂漠が広がっているだけの景色となった。


 霧﨑はこの現象の一部始終を見ていた。

「ウーラ、これはなんだ? こんな現象は見たことがない。これはアメリカ軍の秘密兵器か? だとしたら、ここにあった基地はその施設なのか?」

 ウーラは反応しなかった。

 その沈黙に彼は苛立った。

「おい、どうして答えない。これだけの規模の異変があったんだ、もう全米、いや全世界に知れ渡っているだろう、なのになぜ答えない。ウーラ、お前はバイオサーバーだろ、知っているはずだ。答えろウーラ」

 少しの間をおいて、ウーラは答えた。それはためらいではなく、ある判断をして処理されたことを語った。

「ミスター霧﨑、現在この異変現象は、この世界ではごく一部にしか知られていません。今、起きたこの異変現象も、アメリカ、世界各国でも関知はされていません。現在のあなたのランクで説明できることは・・・この現象はユリカが関わるということです」

 霧﨑は、久しぶりに聞くその名を聞き驚愕した。

「何でユリカがこの現象に関わるんだ。彼女の研究はまだ完成はしていない。しかもこんな異常現象を起こす為に研究されていないはずだ。ユリカの目的は、我々と同じ………ゲノム情報を持たない、生きた人体を作り上げることではなかったのか?」

 ウーラは、いつもの様に静かに語りかける。その間もグローブマスターは順調に目的地へと飛行を続けている。


「この研究は創業者の科学者が始めた研究です。当初の研究目的は、『レガシィ・オブ・フォーミュラ(遺産の数式)』を私達の初期システムが解読したことから始まります。その数式が意味するものは、この世界、時空間において人類創世の意味を現したものでした。ですが、その数式のなす意味を立証することは出来ませんでした。何故なら、この時空間に存在する生物、人類のゲノム情報がこの時空間上で存在出来るようにプログラムされていたからです」


 人類のゲノム情報がこの時空間上で存在出来るようにプログラムされていたからです。

 霧﨑は、この事を理解出来なかった。

「ならば、人類はこの時空間でしか存在出来ないというのか?」


「ご推測の通りです。当初は、この全てのゲノム情報を書き換える研究として行われました。その一環として人体細分化計画『ゼプトオペレーション・システム』が発足し、原子以下レベルで人体を考査しようとしたのです。そして人類とは別なゲノム情報をプログラムと思考を持つ人体を作り上げ、この時空間上にてその数式の示す意味を立証する為の研究でした」


「確かに、その事についてはユリカに関わる時点で知らされていた。だが、俺が知っているユリカの最終目的はもっと別な事であったと思うが………」

 霧﨑はウーラの答える内容に何か違和感を感じた、何かを隠していると。

「ご存知の通り、この研究は世界二十か所の研究で行われています。そのメインとなるサーバーは クロノス(オーストラリア)、イーリス(日本)、そして私ウーラノス(アメリカ)の三つのサーバーです。この主体サーバーには個々にテーマが課せられています。その最終目的はユリカを別の時間軸にリープさせることです。つまり時間と空間を転移させることです。これにより新たなゲノム情報を持つ生体が確立されることになります」

 ウーラはなぜ、解りきっていることを繰り返すように言っているか、しかもあの異常現象とユリカの関係には以前触れようとはしていない。

 霧﨑は、ウーラに問いた。

「そんなことはもういい。どうしてあの異常現象とユリカが関係しているのかを教えてくれ」

 

「それは・・・十五年前の事が関わっています」



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