4.悲劇の女神 Ange ・Fearon (アンジェ・フィアロン)

 「ミスター霧﨑、すぐにこの場所から移動してください。あと十分で警官が貴方たちを捕捉しに来ます」

 「はぁ、なんで俺たちが警官に追われなきゃいけないんだ」

 霧﨑は呆れた様にウーラに問いかけた。

 「貴方は、アンジェ・フィアロン誘拐の容疑で起訴されました。先ほど入ったスーパーの監視カメラから貴方の姿が映し出され、警察がそれを確視しました」

 「まったくめんどくせぇことになったな」と霧﨑は言い放ち、車を駐車場から急発進させた。

 アンジェは状況が解らないまま車が急に動いた事にびっくりして

 「ねえ、どうしたの。いきなり車出して」

 「いやぁ、ちょっとめんどいことになってな。シートベルトでもして、寝ててくれ」

 霧﨑は、薄ら笑いをしてアンジェに言い放った。

 車は駐車場にいる買い物客を絶妙にかわし、本道に出ようとしていた。

 「ミスター霧﨑、その道を左に進んでください」

 ウーラが告げる

 「ほいよ。左だな」

 霧﨑は、思わず声に出して、駐車場から左の方向に向かいハンドルを切った。

 アンジェはそれを訊いて

 「ねぇ、あんた誰と話しているの。何か無線でも付けてるの」

 そう言って不思議そうにしていた。

 「はは、そうさな、女神さまと交信してるとでも言っておこうか」

 そう言って、彼はアクセルを強く踏み込んだ。

 ランドローバーは、更に加速した。

 手前の信号が赤に変わったが、霧﨑はそれを突っ切り、側方からくる車両を間一髪で交わした。

 その状況を近くにいたパトカーがサイレンを鳴らし、ランドローバーを追尾した。

 アンジェは、サイドミラー越しにそのパトカーを見て

 「あのね、気のせいかも知れないけど、この車パトカーに追われてない」

 彼はわらいながら

 「ご名答。さっき言ったろ、ちょいと面倒なことになったてな」

 アンジェはその返事に怪訝そうな表情をして

 「何よ、その面倒なことって」

 その時また、前方の信号が赤に変わろうとしていた。

 「あいつら、信号操作してんな」

 そして、交差点の左側にハンドルを切った。

 ランドローバーの太いタイヤは、「キュゥッ」と激しい音を立て、その尻を振りながらその交差点を廻った。

 アンジェはとっさにドアの取っ手に捕まり身を保った。

 霧﨑は、バックミラー越しに、追尾していたパトカーが交差点で、一般車と衝突しているのを見て

 「あちゃ、ご愁傷さま」

 と、また薄ら笑いを浮かべながら言い放った。

 アンジェはむっとした表情で

 「もういい加減にしてよ。何があったて言うのよ」

 腕を組み、霧﨑に向かい言い放った。

 霧﨑は、おっての追尾がない事を確認して

 「面倒なことって、アンジェ・フィアロン誘拐事件、犯人は俺だってことさ」

 アンジェはきょとんとして

 「はぁ、なんでそうなるの」

 「さあな、あの状況じゃ、そう思われても仕方がないかもな。これで俺も、栄えある前科者だ」

 彼は呆れた様にして話した。

 彼女はそれを訊いて「ぷっ」と吹き出し、その後おなかを抱えて笑いだした。

 「わ、私を誘拐、そしてあんたが犯人」

 そして霧﨑を見ながら

 「そうね、その恰好じゃ、あの団長より悪人に見えるわよね」

 そう言って、また笑い出した。

 「ひどいなぁ。人のセンスを悪人に仕立てるとは」

 「だってこんなセンスのかけらもないジャージを私に着させるんだもの、そう見られたっておかしくないわ」

 霧﨑は、きょとんとして

 「そうかなぁ」

 「そうよ」

 アンジェは「フン」として言い放った。

 

 ウーラが霧﨑に語りかけた。

 「ミスター霧﨑、前方七百メータ先で検問が行われています。すぐそこの路地、右側です。そこを二百メートル進むと大通りに出ます。そこを右折し、二つ目の信号を左折してください」

 霧﨑はウーラのナビ通り、すぐそこの右側の路地に入った。

 その路地は薄暗く、ランドローバーの車体がようやく通れる位の道幅しかなかった。

 霧﨑はその狭い路地をスピードを上げて走った。途中、何個かのゴミ箱を蹴散らしながら。

 大通りに出ると、すぐに右折をして、一つ目の信号をやり過ごした。

 二つ目の信号に差し掛かると急ブレーキを駆けハンドルを思いっきり回した。

 ランドローバーのタイヤは路面とこすり合い白い煙を吐きながらその車体の向きを変えた。

 「ミスター霧﨑、それでは方向が違います。その方向はでは危険度があがります」

 ウーラが、霧﨑の取った行動に釘を刺す。

 霧﨑は

 「いいや、こっちの方がいいような気がしてな」

 そう言ってランドローバーを急発進させた。

 アンジェはずっとドアの取っ手にしがみつき、体が飛び跳ねるのを必死に抑えていた。

 「ちょっと、どうすんのよ」

 アンジェは、この行く末に不安を感じ始めていた。

 「まあ、待てよ。これからが面白くなるんだぜ」

 霧﨑は笑いながら、前方の車をすいすいと追い抜いていく。

 すると、ランドローバーの後ろに、パトカーが一台、そして二台と台数を数えるごとに増えていった。

 さながら、働き蟻が獲物を見つけ、捕獲のため仲間を集めたかの様だった。

 アンジェは後ろを向きながら

 「一台、二台・・・九、十、ええ、十台も後ろにいるよ。なんか映画みたい」

 目を大きくして、運転をしている霧﨑に伝えた。

 「映画ねぇ。それじゃ俺は映画のヒーローってとこかな」

 「いいえ、違うわ、あなたは悪人役よ。そして私がヒロインよ!」

 そしてアンジェは、ジャージのファスナーを開け、薄い白のTシャツを割き始めた。その大きな胸があらわになると、

窓を開け、身をその窓から乗り出し後ろのパトカーめがけて叫び出した。

 「ヘルプ・ヘルプ、早く助けて」

 後ろから追尾している警官はそのアンジェのあらわもない姿を見て、更にスピードあげ、助手側の横にぴったりとパトカーを付け、しきりに何かを叫び出した

 「まったく、余計なことをしたな」

 霧﨑は呆れかえってしまった。

 「あら、これで私がヒロイン役に決定よ。いけなかったかしら」

 当然の様にアンジェはヒロイン気取りになっていた。

 「はは、ジャージを着たヒロインか」

 それを聞いたアンジェは、ぷう、と頬を膨らませ、ふてくされた。

 そして、隣でしきりに叫んでいる警官に、あろうことか、中指を一本上げ、舌を出して「べぇ」とした。

 それを見た霧﨑は

 「やるねぇ、だが、お遊びはここまでだ」

 彼は、ウーラに指示した。

 「ウーラ、帰還する。テストは終了だ」

 「了解しました。ミスター霧﨑、合流地点の座標を送ります」

 ウーラは、霧﨑の脳に合流地点の座標とそのイメージを映し出した。

 「了解した。アメリカ軍の基地とは………。後二時間ほどでそこに着く予定だ。それと、そろそろ後ろの奴ら何とかしてくれないか」

 ウーラはそれを承知していたかのように

 「ミスター霧﨑の起訴状は、十分前に取り消しの処理が完了しております」

 「おっ、さすがぁ。優秀だよ君は」

 ウーラはなんの変化もなく

 「有難うございます」としか言わなかった。

 ウーラの言った通り、追尾していたパトカーは、一斉にそのけたたましいサイレンを止めた。

 その後、徐々にスピードを落とし、停止した。

 ランドローバーはそのまま、スピードを落とさず、目的地であるアメリカ軍の基地に向かった。

 アンジェは、事の次第が分からないまま

 「あれぇ、パトカーいなくなっちゃったよ」

 シートベルトを外し、シートの背もたれに顎を置き、はるか後方に取り残された彼らを見ながら言った。

 「だから言ったろ、お遊びはここまでだと」

 アンジェは釈然としないまま、体を前に戻し、シートベルトを架けた。

 その後、二人の会話はなくなった。沈黙だけがその車内に存在していた。

 霧﨑は、ランドローバーを八十マイルをキープしながら、そのどこまでも一直線に伸びるロードを走らせた。

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