2.悲劇の女神 Ange ・Fearon (アンジェ・フィアロン)
「団長さん。実は僕、彼女の舞台を見て、一目で好きになってしまたんです。確かに彼女がここの看板だということは、分かっています」
彼は、ポケットに手を突っ込み、端末に触れた。
「なあ、今すぐに幾ら位、金用意できる」
彼は、意思指示した。
バイオサーバーのオペレーターはそれを返す
「了解しました。・・・二十万ドルでしたら、十分でそちらにお届けが可能です」
霧﨑はその欲に眩んだ団長の顔を眺めた。
「吹っかけて来るだろうな、あのタイプの顔は」
「よし、百万ドル、十五分で用意しろ」
「了解しました。十五分で現在あなたがいる場所へお届けいたします」
バイオサーバーは、その命令を実行に移した。
「それと、えーと・・・」
バイオサーバーはその中途半端な指示をくみ取り
「ここのブレインは、私のことを「ウーラノス(天空神)」と呼んでいます」
「ほう、天空神とは。ま、それらしいな。それじゃ、ウーラノス、いやウーラ、もう一つ頼まれことを聞いてくれ」
「はい、ミスター霧﨑」
こっちのオペレーターは、名前で呼んでくれるんだ。彼は感心した。
「ウーラ、この部屋をスキャンしてくれ。何か色んなモンが出てきそうな気がしてな」
「了解しました。監視衛星にてダイレクト透過スキャンを実行します」
「おい、あんたさっきから何、にやついてつっ立てんだ」
団長が、黙り込んでいる霧﨑に問いかけた。
そう、彼は今までバイオサーバーとのやり取りを声に出していない。端末が彼の脳に描かれている言葉を、バイオサーバーへ転送していたからだ。
「いや、すまん、すまん」
霧﨑はそう言って団長の顔に目を向けた。
「それはそうと、あんた金は大丈夫なのかい」
団長は、口を開くたびに滴り落ちそうになるよだれをすすりながら、霧﨑を下から見上げて言った。
「そうら、来なさった」
彼は、ニヤリとして
「で、幾ら用意すればいいんだ」
団長は、しめた、と言う表情で
「そうさなぁ。一日二千ドルとして、十日間で二万ドルって言うのはどうだい」
霧﨑は、拍子抜けした。
もっと吹っかけて来るのかと思ったからだ。
「いや、団長さん。十日と言うのではなく、始めに言ったように、僕は彼女を貰い受けたいんだ」
団長は、やれやれ、と言った表情で
「あんた、俺もさっき言ったよな。こいつはここの看板だって。こいつがいなくなったら、ここの売り上げはがた落ちだ。それとも、あんたがその分を、補てんしてくれるとでも言うのかい」
ウーラからのスキャン結果が返された。
「スキャン、コンプリート。対象件数、千六百二十三件。その内、アメリカ国内において違法とされる件数、十三件。あなたの後ろに積まれている段ボールに、ヘロインを九件確認しました。外にあるトレーラの一台に、輸出禁止動物の個体を四件確認しました。その他、武器弾薬類を多数確認しています。あなたの右側の部屋に銃を持った男性が五人います」
「ほぉら、やっぱりな」
「ウーラ、すまんが警察を呼んでくれないか。そうさな、特殊部隊も同行させてな」
「了解しました・・・通報完了しました。このテントはおよそ十八分で包囲されます」
「十八分か」
霧﨑は、話を団長へ向け
「そうだよな。あんたも商売だろうからな。五十万ドルでどうかな」
団長は、眉をピクリとさせ、欲の皮を張り伸ばした。
「五十万ドル?冗談言っちゃ困るなぁ。何度も言うが、こいつはうちの看板だ、それにあっちの方も、そこらの奴と比べたら上の上だ。こいつをあんたの好きにしたいんだったら、あと十万ドル足してもらわんといけんな」
「ふっ」
そう言って霧﨑は、部屋の隅でこれから自分はどうなるのかと、不安と恐怖で震えている彼女に向かい、品定めをするように彼女の尻を触り、胸をつかんだ。
彼女は、霧﨑を睨んだ。このゲス野郎と言う目で。
霧﨑はその目を見て、
「いい目だ」
そして、白いTシャツを破らんとばかりに突起している乳首を、弾いた。
「きゃっ」
彼女は、叫んだ。彼は彼女の顎に手をやり、顔を背けさせ耳に息をかけるそぶりをして
「俺が合図したら、その窓から飛び出ろ。外にいる警官には絶対に捕まるな。俺が必ず助け出す」
彼女は、霧﨑の目を見た。真剣でその奥にある優しい瞳を。
そして、彼を信じた。
ウーラが告げる
「現金が現地に到達しました」
「ようし、解った」
霧﨑は、行動に出た。
団長は続けて
「もちろん、金はキャッシュオンリーだ。俺は現金以外信用しないんでな」
「分かってるさ。金はもうじきここに来る手はずだ。だがな、俺はあんたにどうしてもやってもらいたい事があるんだ」
霧﨑はそう言って、アンジェの手を取ろうとした。
するとその団長は霧﨑の腕をつかみ大声で。
「おっと、それ以上は金を払ってからだ」
それを聴きつけた男たちが、隣の部屋から銃を持って現れた。
その男たちは、すぐさまアンジェと団長を背に囲み、銃口を霧﨑に向けた。
その銃は、短銃が二丁、狩りに良くつかれるようなライフルと、どこから入手したのか分からないが、がたいのいい男が軍用のショットガンを構えていた。
「おいおい、随分物騒な人たちのお出ましだな」
「なあに、お前さんが、金を渡せばそれで済む話だ。それに今更、後には引けんよ。この取引を知ってしまったからな」
霧﨑の脳にウーラが語りかけた
「ミスター霧﨑、特殊部隊の配置が完了しました。あなたの左側の窓の下に二人、このテントの入口に三人、隣の部屋には、すでに二人が侵入済みです」
「解った」
「現金を、室内に運びますか」
「そうだな、ケースは一つでいい」
「了解しました」
すると、霧﨑の後ろにあるドアが静かに開いた。
そこには、霧﨑が肩の関節を外したピエロ役の男が、こめかみに銃を突き付けられ、冷や汗を流しながら立っていた。
「親方、こいつは・・・」
そう言うと、その男は後ろから蹴り飛ばされ、床に転がり倒れた。
その後ろには、ジュラルミンのケースを持った、黒いスーツの男が、霧﨑の方を見ていた。
「な、何だこいつは」
団長は、その黒いスーツの男をにらみつけ、自分の足元に転がり倒れてきた、ピエロ役の男を蹴りつけた。
「ぐぅはぁっ」
「お前は、門番も出来ないのか。この役立たずめが」
銃を持った男たちは、一斉にその黒いスーツを着た男に銃口を向けた。
「おい、ちょっと待ってくれよ。そいつは、俺の金を持ってきてくれたんだよ」
そのスーツの男は、霧﨑にジュラルミンのケースを指し出した。
彼はそのケースを受け取り、静かに床に置いた。そしてジュラルミンのケースを開けた。
団長はその金を見て
「ほう、すでに金は用意していたとはな。それで俺にやってもらいたい事となんだね」
霧﨑は、彼らの後ろのドアから、部隊の隊員が指で合図をしているのを見た。
そして、
「お前にやってもらうのは、牢獄生活さ」
霧﨑は、大声で叫び、ジュラルミンのケースを蹴りあげた。
ケースは跳ね上がり、ドル紙幣は宙に舞い部屋じゅうに散らばった。
それと同時に後ろの部屋にいた隊員が突入し、ライフルを持った男の腕を打ち、ショットガンを持つガタイのいい男の肩を正確に撃抜いた。
短銃を持った男の一人が、隊員の方へ銃口を向けた。それと同時に、黒いスーツを着た男から銃声が響いた。
「グッウフ」と呻いた声を出し、銃口を向けた男は倒れた。
男は、後頭部より海馬から脳染を弾丸によって貫かれた。必ずそのルートを貫くように設定されたかの様に。
その銃声を合図に、窓にいた隊員が侵入し、団長と男たちを取り押さえた。
隣の部屋では、もう一人の男がすでに息絶えていた。
一人の隊員が、霧﨑の方を伺おうとしたが、すでにその姿はなかった。
いや、アンジェと黒スーツの男も消えていた。
後にけたたましい数のサイレンが鳴り響き、このサーカスがあるテントはすべてを包囲された。
その頃、霧﨑とアンジェは、ランドローバーに乗り込み、急発進でこの地を離れていた。
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