1.Researcher(研究員)七季 雫
「ただいま。母さん腹減った」
「ちょっと、何、久しぶりに帰ってきたのに、最初の言葉、腹減ったですって。
玄関脇から通じるキッチンにいた母さんが、呆れるように言った。
「ねぇ、貴方からも言ってよ」
「まぁそんなにカリカリすんな。こいつだって忙しい中帰って来たんだから」
親父は居間のソファーに沈み込むように座っていた。
「なんだ、親父来ていたのか」
「ああ、今日から三日連休だ」
僕は、
一応まだ、大学院に在籍されているとは思うが、あることがきっかけで親父が所長を務める研究所の一員となった。
親父のコネで、この研究所に入った訳ではない。これだけは、強調して言いたい。もう一度言う。決して、親父のコネで入ったんではないことを。
僕が大学院で研究していたテーマが、この研究所の研究員の目に留まり半ば強引に引き抜かれたのだ。親父は、僕が研究所に初登庁するまで、知らされていなかったらしい。それが本当かどうかは分からないが……
この研究所は国が管理をする、国務研究庁とされている。
同じテーマでこの研究をする研究所は、この世界各所に大小二十か所にわたり存在する。その中でも、大規模の施設を有している研究所は、アメリカ、オーストラリア、そして日本。この三施設が主なる研究を進めている。
コードネーム・ユリカこの研究は、日本独自の研究として位置付けられている。
日本において、この研究所で勤務する研究員はすべて、特殊公務員としての地位を与えられている。その特権はただ単に高いものとしか言われていなかった。むろん給料も、一般のサラリーマンから比べたら、高い給料を支払われている。だが、その地位は極秘裏な地位であり、その研究の内容を外部に漏らすことは一切禁止されていた。その研究所に携わる事についても。
僕らは、この研究に関わる時、誓約書にサインをしていた。
「この研究に関する、内容を外部に告発又は、拷問による自白においても、漏えいした場合、その一命を持って阻止するものとする。」
つまり、この研究について少しでも一般社会で表しては逝けないということだ。研究所を出ると僕らは、常に黒いスーツを着た奴らが、銃口を向けているのだ。一撃で脳を仕留める為に。
親父もまた、僕を管理する側の人間だ。たとえ、息子であろうとも、その事に、ためらいはないことを、僕は感じていた。
「おい、雫。お前、休みいつまでなんだ」
親父は白々しく聞いてくる。
「あさってから仕事。休みは明日だけ」
「まあ、そうなのぉ。本当にもう少しはゆっくり休み取れないの」
母さんは、怪訝そうに言った。
「なあ、なんで親父は三日連休なんだよ」
「あ―、俺はいいの。なんせ部下が優秀だから、俺はなんもしなくてもいいから。休みも取り放題だ。お前の会社みたいに忙しくもないし」
表向きには、僕と親父は別々の会社に勤務していることになっている。
「お前の会社みたいに忙しくないし」まったくだ。親父は所長室で、あくびでもしていりゃいい待遇だ。それに比べ、僕ら研究員は分単位のスケジュールをこさなければならない。一分一秒でも早くユリカを実態の体として存在させなければならないからだ。
プロトタイプ一号。コードネーム・ユリカ
彼女はいずれ、実態の体になる。一人の女性として。
彼女の役目は、タイムトラベラーとして、時空間をリープすることだ。
時空間をリープする。生身のからだを、別の時空軸へ転移させる。その役目を彼女は背負うことになる。
多分その存在は、この世界から消え失せるだろう。そして、その旅は一方通行の旅になるかもしれない。
二千三十年、この研究の創業者である、あの科学者が開発したバイオマシン。そこからこの人類、いや世界は、方向を変えてしまった。
本来進むべく道は、新たに創られた道に書き換えられてしまったかの様に……
あのバイオマシンは現在、更に改良され、現在研究所で使われている。だがそのシステムは、僕らの共有するテーマを元にする、研究所のみが使用を許されていた。この世界には、まだその存在は明かされてはいない。
僕が初めてこの研究所に来たときは、驚きしかなかった。
なにせ、この研究所の利用するシステムは、軽く百年先を行く技術を使っていたのだから。
なぜ、この研究所は百年以上も先を行く技術を修得出来たのか。
それには、あるからくりがあった。
この研究の創業者である科学者は、あのレガシィ・オブ・フォーミュラ(遺産の数式)が、自分の時代にまだ存在していた事に着目した。
いつ、だれがこの数式を創り上げたのかは、解らない。だが、この数式は時を越え自分のもとに現れた。その存在を自分も知りながら、時の流れを歩んでいた。
その数式を原点とし考えてみれば、時と言う変化をこの数式は受けていない。その数式が解明されているかいないかは、この場合関係はない。
その数式は、形も理念も、その意味する回答も、何も変わってはいない。
相対的に考えれば、この数式は、時空間の外にあったと考えてもよいのではないかと。つまり、この数式は、駅のホームで回送電車が通り過ぎるのを見ているのと同じ状態であったのだ。そう、時間と言う回送電車が通り過ぎるのを。
この考えを元に、科学者はあるメモリアを作り上げた。
そのメモリアは、電子タイマーによって制御され、百年後、百五十年後、と五十年刻みで三百五十年後までの各メモリアを造り設置した。
メモリアには、あるメッセージが残されていた。
「ハルカ ミライノ ジンルイヘ モシ ジンルイガ ソンゾクシ カコニナル ワタシト コンタクトガ トレルノナラ アナタガタノソンザイヲ オシエテ ホシイ」
そのあとには、この時代で可能なコンタクトの受信方法が記されていた。
あの科学者にとって、このメモリアは保険のようなものだったのだろう。たとえ、未来からのコンタクトが何もなくても、その時代、時間軸で何らかのアクションがあればそれでいいと。
だが、事態は急変した。
メモリアが完成し、電子タイマーを稼働させてから、およそ一時間後、ラボのバイオマシンは、あるメッセージを表示した。
「カコニイル ソウギョウシャヘ」
そのメッセージは、メモリアに記したコンタクトの受信方法からだった。
その科学者の時代から、およそ三百九十年後の世界からのメッセージだった。
このメッセージを送信したのは、女性だと推測した。なぜなら、その文面から出る表現がそれを示していたからだ。
彼女は名を、「S203216PL01」と送信していた。
「S203216PL01」その世界では、現代の様に固有の名前を持つことはないのだろうと、科学者は思った。彼はその数字の意味を知りたいと言う衝動にかられたが、こちらから彼女に送信するためのプロトコルのポートは閉ざされたままだった。いや、その方法を知らなかったのだ。
彼は、考えた。もし彼女がいる世界が、自分たちのいる世界と同一時間軸に存在しているのならば、この状況を知る可能性があるのではないかと。
だが、それは叶わなった。
彼女は、この時代からのコンタクトを拒否したのだ。
「この送信されたものに、返信はできません。貴方の時代から私のいる時代へのコンタクトは、この時間軸の流れを大きく変えるでしょう。そうなれば、私の存在は消え失せ、新たな世界が流れ始める。それもまた良いことなのかもしれない。でも、それは、多分、貴方の望む世界ではない事は、確かな事と言えるでしょう。今、私が貴方にコンタクトをとる事自体、この時間軸に大きな変化をもたらすことになることは承知の上です。私には、もう時間がありません。このコンタクトはすでに決まっていたことです。この時間軸上で。貴方は、私からある情報を得なければなりません。それは、私がこの時間軸上に存在する為に必要な事です。私は間もなく……」
そのメッセージはノイズに阻まれたように途切れた。
そしてすぐに、メッセージと、圧縮されたデータファイルが送信されて来た。
そこには
「もう、これが最後になります。貴方の研究は数十年後、貴方の世界で大きな研究テーマとして世界各地で研究されるでしょう。でもそれは、決して表に出してはいけません。このコンタクトもあなたの研究も、その情報すべてを。」
そして数段の改行の後
「あと、四十年の後に、貴方の研究にある人が加わります。彼は『
そのメッセージは、彼が読み終わるのを確認したかのように、全て消え失せた。圧縮されたデータファイルだけを残して。
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