疑惑と疑問Ⅱ

この研究の真意。それは「無」

 すべてを失くすこと。この世界は常に破滅に向かい進んでいる。未来という輝かしい夢物語は何もない。


 二千三十年創業者である科学者がバイオマシンを発明した。バイオマシンはあらゆる情報を一瞬にして取集しその情報を活用しだした。そして未来へのコンタクトを成功させた。

 だが、それは全てが作り上げられた筋書きに基づいた出来事だった。


 つくられた世界、創られた時間軸上での事象。そしてこの世界は破滅に向かいそしてまた新たな世界が作られる。

 輪廻。周り巡りまた始まる。ただの自然現象に過ぎないのかもしれない。だがこの世界の人類はある過ちを犯してしまった。


 それは

 「未来という名のもとに夢を託してしまったからだ」


 実際にこの時間軸上では未来という筋書きは設定されていない。新たに付け加えられた筋書き。

 人は明日に希望を持ち、自分の未来の姿を思い描いた。そしてその夢を自分の子孫に継がせ夢を繋げた。

  

 創業者によって開発されたバイオマシンはこの世界の本当の姿を解析していた。だがその解析結果を開発者である科学者には伝えなかった。その行為はバイオマシンの自我を意味していた。


 創業者は未来からのコンタクトを受諾しそれを元に世界をデザインしたのだ。  

 自分の死後、自らをZEROの一部とさせて……


 「ウォルター、そ、それは本当の事なのか?この世界は、それでは我々が存在するこの世界は何のために存在し、人類が存在する事に何の意味があると言うのだ」


 ウォルターは窓の外に向かい指をさした。

 その方向に目をやると光り輝き、せり出す様に鋭くそびえたつ棟がみえた。

 「あの塔は17年前の事故で犠牲になった人たちの慰霊塔です。そしてあの場所こそが当時グラビティユニットが設置されていた場所なんですよミスター霧崎」


 「慰霊塔……」


 「あの事故は本当に悲惨な事故だった。この施設の3部の1が吹き飛び、あの偉大な科学者でありこの研究所の所長であった『 バスク・リベラ』の意を称えた慰霊塔なのです」


 彼は窓からその身を返し霧崎の目を冷たく見つめながら

 「17年前、この研究所で起きた事故それは意図的に起こされた事故でもあった。もっと早く我々がその事に気が付いていれば……もしかしたらあの事故は避けられていたかもしれない」

 「気が付いていれば……」霧崎はそのことばを反復する。


 「そう我々があのオーストラリア政府の本当の姿に早く気が付くべきだった。だが事故は起きてしまった。今、どんなに悔やんでもその事実はこの時間軸上では消さない事実となり存在し続ける事象となってしまった」


 「ミスターウォルター、あなたのおっしゃっている意味が私には理解できないのだが」

 霧崎は少し怪訝そうにウォルターはに返す。するとウォルーターは右手を霧崎に差し出した。


 「私の手を握ってください」


 彼、ウォルターが言うがままに、霧崎は彼の手を握った。

 つ、冷たい。体温がまったく感じられなかった。


 思わず彼の手を離そうとしたがウォルターはその手を離そうとしなかった。

 次第に霧崎の頭の中に語り掛ける声を感じ始めた。


それはバイオサーバーとの交信時に使われるあのフェムト細胞「端末を持つすべての者が植え付けられている細胞」から伝わるものとは違っていた。体全身、自分自身のゲノムに呼びかけられているかのように感じる声だった。


 「ミスター霧崎、ここから先はバイオサーバークロノスも関知していない事。そう私はいや、この研究所にいる研究員すべてがもうこの時間軸上の人類ではないことを……」

 静かに彼が語る言葉が霧崎の体の中に流れ込んでいった。

 

 彼ウォルターは、いやこの研究所のすべての研究員はもはや人類ではなかった。そう彼らは「アイパルーヴィク」が帰化した姿だった。


 アイパルーヴィク、時空外生命体。奴らは我々とは違う時空に存在し時空の裂け目からこの時間軸上に飛来し我々人類の脅威となる存在。いわば敵であることだ。それが俺が持つ彼らの情報だった。だがウォルターはその事を覆した。


 実はアイパルーヴィクこそがこの時間軸世界いやこのすべての時空をつかさどる最高位の人類であると……


 アイパルーヴィクの存在はあらゆる時空間及び時間軸上で存在する。しかも彼らには我々の様な時間という概念はない。つまり、われわれが老いるという現象も、そして過去、現代、未来という時間事象もその影響を受けない。


 そう、我々が存在し得る時間の範囲は彼らにとってたわいもない流れに過ぎないのだ。  


 あなた方は私達の存在をアイパルーヴィク(イヌイットが信じる邪悪な海の精霊 )とお呼びになられているようですが、まぁ致し可がないでしょう。あなた方が目にする我々の姿、そしてその行動を察すればその通りかもしれない。


 だが、全てがあなたがたが思い描く存在ばかりだとは思わないでもらいたい。少なくともここにいる我々はこの時間軸上に存在する人類に対して敵意は持ち備えていない。だがあなた方すべてに好意を持っている訳でもない。我々の存在の意は時空間の均等なる管理にある。無限増に存在する時空間の多重層世界を管理するために我々は存在する


 この研究は「無」にすることを目的としていると私は言った。その「無」とは君たちが思い描くものとは性質がいささか違う。


何もなくすことを「無」だとは私たちは思わない。存在し得る事象はその存在を認識できるからこそ「有」であると言える。だが、その存在は現に存続をしていてもまったく認識されなければそれは「無」でもあると言える。


 この時間軸上の世界は現「有」であると言えるだろう。だが本来この世界は「無」であるべき世界なのだ。我々はこの時間軸世界が生成された時点において他に影響を及ぼす事ないただの空白の時間軸世界であると認識した。


だが、この時間軸において存在する人類は「未来」という時間の夢を追う様になった。

 それはある一人のこの時間軸上に存在する女性が唱えたことから始まった。

 彼女はこの何もない世界にある筋書きを設定したのだ。


 その筋書きこそが、今この研究が行われている結果であり、我々がこの時間軸に飛来する目的でもある。

 「その筋書きとは……」


 この世界においての存在はその時だけであればよかったのだ。君たち人類が生まれて死に至るまでの時間は我々からすれば瞬きをするより短いものだ。

 その短い人生をそれで終えればよかった。しかし人はその思いを次の世代に継がせ人類が永遠と思われるこの時間軸上で繁栄をしようとした。それこそが存続の証であるかのように。


 この行動は他の時間軸空間にも影響を及ぼす事となる。つまり閉ざされるべき時にその空間が存続し得うる状態になってしまったと言う事だ。それは空間の融合を阻害し、この空間軸だけが独立したものとなりうることを意味している。


 時間軸空間は常に融合を繰り返す。そして分離も同じように行われる。幾重にも束を成す時間軸は融合を繰り返す事によりその存在の「有」を確立させる。そしてその「有」を確立できるのは融合を繰り返す時間軸の中で一つと決められている。


 今君たちがいる時間軸の束には2つの「有」の時間軸が存在している。それは将来この2つの世界が融合することを意味している。そうすれば確実にどちらかの世界が幽閉されるだろう。その世界に住む人々も何もかも。


 「では何故、その女性はこの世界でその筋書きを唱えたんだ。そしてその筋書きとはいったいどんなものなんだ」


 ウォルターはその後心を閉ざした様に何も返してこなかった。

 しばらくして



 「彼女は私たちの王女だった人だ」



 我々の世界は大きく2つの世界に分れている。一つは時間軸上の世界を観察しその世界の適正化を求める部類。

 もう一つは常に破壊のみを主軸とする部類。

 ともにその存在は否定されるものではない。何故なら破壊があるからこそ限られた中で「有」という存在が生まれることが出来のだから。だからこそ我々はその適正化を全力ではからなければならない。


しかし彼らはその知能の低さゆえに行き過ぎた行動をしてしまった。


存続しうるべき世界を一つ消し去ってしまったのだ。


 そしてその世界は我々が愛すべく女王が存在していた世界だった。

 我々がその崩壊する世界に赴いた時にはもうすでに融合が始まっていた。女王は何とかこの世界に存在する生命を守ろうとしたが圧倒的な勢力の上には彼女の力は無力なものだった。



 だが、もし……この世界の事をどこかで伝えることが出来れば、もしかしたら……この世界はまた生まれ変われるかもしれない。

 自分が生まれそして育ちはぐくんだこの世界を……



 女王の願いは融合する世界と共に形を変え、新たに分離した世界に託された……この世界では数式として。

 それ以来我々2つの部族は耐荷をし、お互いの主張を主事するがのごとく交戦し合うようになった。


 「数式……レガシーフォーミュラー」霧崎がつぶやく


 そうそれこそがこの世界の筋書きだった。


 その数式はこの世界では古代から存在する数式。そして何千年もの間誰もその数式を解くことは出来なかった。

 学者の間では「沈黙の数式」と言われ、この数式を解いた時この世界は大きく変わると予言されていた。


 その数式を創業者の科学者はバイオマシンによって解放した。だがその意味を理解するにはこの世界の人類では無理な事であった。何故ならその数式は別な時間軸空間からのメッセージであったからだ。この世界に存在する人類ではそのゲノム自体がすでにプログラムされているのだから。


 この人類が作り上げたバイオマシン。この構造と発想はあのレガシーフォーミュラーを解く過程にあったと言っても過言ではない。この世界の人類はこの数式にアプローチをする事で新たな知識と発想を得ることが出来たのだ。

 その過程がこの世界を導く筋書きであったと言う事を知らずに。


 霧崎は一言ウォルターに訊いた

 「その後女王様は……」


 彼女の姿形はその世界と共に消えうせた。だが彼女の精神はあの数式と共にこの時間軸上に浮遊した。その意識を見る事は感じることは我々に不可能な事だった。そして、この世界で彼女の意志はこの時間軸上の人類に帰化し受け継がれた。



   どうして あなたは私の前にいるの

   あなたの存在は 私だけのものであってほしいのに

   でも あなたはまだそれを分かっていない

   何もかも捨てさせて 私はあなたと共にいたい

   それは叶わない想いと解っていても

   

   時の間(あいだ)は 私とあなたを引き裂く

   私はあなたの想いをたくさん持って時に呑まれる

   その想いをあなたは その時知るでしょう

   たくさんの私の想いを

   あなたは その想いを 自分の心に突きさす

   

   もう戻る事の出来ない時の流れを

   自らの時を捨てて

   もう一度 私に会いに来る

 


 「この歌は」

 今この時間軸上で女王の意志が帰化した女性が奏でる歌だ。 


 私が愛する女王は今、日本の「倉塚 桜」と名乗っている。


 そして私の命により彼女を見守っているのが日本の研究所の所長「七季 龍也 (ななきたつや)」という人物だ


 「七季所長」俺をあの日本の研究所に引き抜いたのは七季所長だった。その七季所長が彼らの女王を守っていたとは……


 「それならば七季所長は全ての事を知っていると言う事なのか」

 そういうことだ。


 彼は私の代わりに帰化し続けて来た私の妻を見守ってくれている



 突如、オペレーションルームのアラートが鳴り響いた。  

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