この世界に In this world
1.終末は始まりの序章 The end starts and the prologue.
「ねぇ、起きてよ。ねぇってばぁ」
暗闇の中から、僕を呼ぶ声がする。
「嘘だっ――!」
「きゃ、もう、起きるならもう少し大人しく起きれないの」
僕はその声に、ゆっくりと瞼を開けた。
おぼろげに映るその顔は僕が求めていた、柔らかくそして暖かい面影を投げかける表情の女性だった。僕は思わず「桜」と叫んでその女性の肩をつかんでしまった。
「い、痛い。痛いよ、まったく女性の肩をいきなりつかむなんて。私は桜さんじゃないわよ。よく見てよ」
彼女は僕にけしかける。
「ご、ごめん」
僕は、彼女の肩から手を放し、ゆっくりと彼女を見つめた。
つややかな長いダークブラウンの髪を持ち、蛍光グリーンと白をベースにオレンジのラインが入る、ウエットスーツの様に体に張り付いたパイロットスーツが彼女のボディラインを映し出していた。
「違う………桜じゃない」
でも、似ている。桜の面影を感じる目、鼻、口、全てが桜にそっくりだ。でも少し違う、彼女の顔全体が桜ではない。少し別な人と入り混じったような。でもしっかりと桜の面影はある。間違いなく。
誰なんだ、桜によく似た人。桜じゃない、でも何かとても懐かしい。
彼女は……… 頭の中に新たな記憶が流れ込んでくる。
それは目の前にいる彼女と一緒にいた途方もなく長い時の流れ。桜と過ごした長く暖かな想いを感じた時とは別な時間。
僕は、この人と………
「やっぱりね、思った通りだったよ。来てよかった」
彼女は腰に手をやり呆れた様に言い放った。
「ねぇ、この顔、見覚えないのぉ? 私は気にいっているって言ったのになぁ。イーリスは最初却下したんだけど、私、どうしてもってお願いしたんだよ」
顔を気にいっている? イーリス、お願いした………
「まだ思いだせないの。このフェイスはあなたがデザインしたのよ」
僕がデザインしたフェィス………
「そっかぁ、このスーツがいけないのかぁ。それじゃこんな姿はいかが?」
クルっと片脚のかかと軸に彼女が回転するとその装いは一変した。
薄い緑色を感じさせるブラウスに、丈の長い淡い黄色のスカートを着こなし、ダークブラウンのその長い髪をオレンジ色のチーフで束ねた姿。
「懐かしいでしょ。でもチョット今のあなたには酷な姿かもね」
この姿は……… 僕が桜にプロポーズした時の桜の姿だ……… そして桜が死んだその日の彼女の姿。
「さ、桜………」胸が締め付けられるように痛い。湧き上がるこの苦しみとどうにもならない悲しみがまた僕を包み込む。
崩れ込む僕の肩を彼女はそっと優しく抱え込んだ。
「分かるよ、辛いの………。だってあなたずっとふさぎ込んでいたんだもの。本当に愛する人を失くした気持ち、私もわかるんだ。ずっとあなたはその重い気持ちを背負っていた。でもね、あの時あなたはその気持ちを私にぶつけようとはしなかった。本当はその辛さの半分、私も一緒に背負いたかった。それでもあなたはその全てを自分だけにかせようとしていた」
流れ込む記憶が鮮明によみがようとしている。彼女のその温かい鼓動が僕の躰に伝わる。そう、彼女はユリカだ。そして僕は彼女と長い時という時間の間共に暮らし、この世界の時の流れを共に旅をしてきたんだ。
「ユリカ………」
「ようやく思い出した? お帰り雫」
ユリカは僕の頭を自分の胸に押し付けるように強く抱きしめた。涙ぐむ彼女の声にそしてその涙は彼女の僕に対する想いだった。
「良かった、雫。もしかしたら今までの事すべて消されてしまったと思ったわ。あなたがレザレクション(蘇生)された時に」
「レザレクション? 僕が蘇生された」
「そう、あなたは………」
僕が気を失ってすぐに親父は、僕にゼプト・オペレーションを実行して体をパージさせた。そして記憶の操作をし、倉塚桜に関する記憶を僕の中から消し去ろうとしたのだ。
桜との思い出すべてを……… 桜と出会い、そして過ごした日々のあの思い出の記憶を………
だが、それは失敗に終わった。桜の記憶はプログラム化されるとその部分だけロックがかけられたからだ。それは何のためかは分からない。親父たちは手も足も出なくなり、桜の記憶を僕の記憶データから消すことを断念した。
そして、およそ一年と二か月間、懲罰という名目のもとに、カプセルの中に僕の体は圧縮され保存された。アイカーブされた僕のデータは、一般の人体データの一番下の階層下に置かれた。それは独房部屋ともいえるくらい、目につかず、謝ってデリートされても致し可もない場所だった。
本来ならば、即座に狙撃されていたかもしれない事を思えば、これが親父としての恩情だったのかもしれない。
だが、幽閉された僕のデーターをバイオサーバーは、ダミーデーターを作り上げ、そっくり入れ替えた。ログを残さずに、それはイーリスが行った事ではなかった。僕のバイオデータはハッキングされたのだ。僕のバイオデーターは、三台の巨大サーバー『イーリス』『ウーラノス』『クロノス』とは別な、まったくこの三つのサーバーとは干渉しないバイオサーバーに吸い上げられた。
そう、僕たちの研究が暗礁に乗り上げると、必ずヒントをよこしてくれる「闇の情報部」通称「Believe」と呼ばれるサーバーだった。このサーバーの存在は、全世界の研究員は知らない。その存在をも認識はされていない。
「起きなさい雫くん」
その声に僕は目を覚ます。そこはあたり一面うす暗く灰色をした世界だった。
「ようやく起きましたか。初めましてですね、
そこには白髪に覆われ、顔の半分が白いひげで覆われた老人が僕に手を差し伸べていた。
「あなたは………」
「はは、なあにしがない老人さ。まずは、ようこそ私の城へ」
彼はそう言いながら僕と握手をした。
「あなたの城? この何もない所が………」
老人はにやりとし、笑いだした。
「確かに何もない。景色も建物も、人もいない。そしてここは、時間と言う流れも存在しない」
その老人は、静かに語り始めた。
その老人は僕、七季雫に会うために数十年間と言う時間を待ち続けていた。彼は、僕がこの世に生を受ける以前から会うのをまっていたのだ。そう、その老人こそが、この世界で繰り広げられている研究の創業者だったのだ。
この研究はバイオマシンを開発し、古くから存在したある数式を解いたことから始まった。そして、偶然にも創業者の科学者は未来からのコンタクトを受信した。そのコンタクトを送った女性から、僕、七季雫の存在を知った。
その未来から送られてきたデーターを創業者は解読し、今僕がいるのサーバーにすべてを移行させた。彼自身の生態データと共に………
サーバーZERO。彼はそう呼んでいるようだ。全てはゼロから始まる。いや全てをゼロに戻すために構築存在するサーバー、それがこのZEROであると。
このサーバーZEROと融合した創業者の科学者は、ある真実を知る事となった。
それは僕らには未来という、世界が永遠に続かないことを……… だが今の僕にとっては、どうでもいいことだった。
僕は最愛人、桜を亡くし自分の進むべく未来を失ったのだから。
ふと気が付くと、何にもなかった景色が変わり始めた。
それは、辺り一面無機物なガレキが広がる世界。
誰も居ない。一人ぼっちな灰色の世界。
今までここに居たあの老人の姿も消え失せていた。
これが僕らの行く末の姿の世界なのだろうか?
「これが僕の未来の世界か?」あの老人が言っていた終わりの世界。
このまま、この世界は終末を迎える。この世界時間軸は、他の時間軸と融合される。そうなれば、この世界は消滅する。今まで培ってきた過去の結果がガレキとなり存在し続ける世界となる。それが今、映し出されているこの世界。
僕はガレキに腰かけ、灰色の空を見上げた。
暗くうごめく灰色の空。
「まるで今の僕を見ているようだ」
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