2.終末は始まりの序章 The end starts and the prologue.

「この世界が本当に自分たちの進む世界の姿だ。これが終末を迎えた終わりの世界」

 あの創業者の声がどこともなく聞こえてくる。だがその姿はなかった。

「私はこのZEROと共に共有する事で自分の意志を反映できるようにした。しかし、私の想う意思などほんの小さなものだという事を知らしめられた。何故、彼女は未来からリスクを冒してまでこの私にコンタクトを取ったのか? それはある次元を超えた一人の女性の想いを繋ぐものだった。その想いはこの世界という空間にこそ満ちている。そしてその女性がいた空間も、私達と同じように幸せを信じその世界を守っていたのだ。その彼女の願いが込められたものこそが私が解いた数式だった。あれはメッセージだったんだよ」

 データの塊となった彼は、解析された未来からのデーターを共有した。そのデータは未来の技術を意図的に、この世界でも利用できるように設計されたものであり、この情報をもとにこの研究は遂行され、行き詰まると情報の一部をかみ砕き研究に役立てた。すべては、この「ZERO」が導いたものだった。

 それは、この時間軸世界を変えることを目的とした行動。

「私は、このサーバーの一部になり一つのことを知った。すべては、初めから繋がっていたことを。それは、偶然ではなく仕向けられていたものだったと言う事を………」

 この研究を始めたきっかけは、彼が開発した「バイオマシン」であの数式を解いたことから始まった。だがそれも、このバイオマシンが出来る事はすでに決まっていた事だった。そして、この研究が行われる事も……… 全てのシナリオが決まっていたのだ。 

「それじゃ、僕らはこのまま破滅の世界を受け入れ、待つしかないのか」

「そう、このまま何もせず、時と言う流れに漂うだけならば………」

「時の流れに漂うだけならば」それは当たり前のこと、僕たち人類は過去に行った結果があるからこそ、未来と呼べる時間の流れがあるのだ。

 その流れに抗(あらが)えと言うのか?

 どうやって……… そんなとてつもない、しかも非現実的な事に対してどうやって抗えというんだ。

「今、君がいるこの時間軸世界は、常に終わりに向かって進んでいる。そして、無数の時間軸が干渉し合い、新たな時間軸世界として存在している。そう、人の出会いと別れの様に………」

 人の出会いと別れ

「時間の流れは人類そのものの流れだ」

 僕は創業者の科学者に尋ねた。

「この世界の成ごとを知っているのなら、なぜ僕を待っていたんですか?」

 今から数十年も過去の世界から、僕を待ち続ける理由を知りたい。僕はこれから何をすればいいのか。そもそも、僕にそんな特殊な能力があるのか?

 自分の未来を失った、この僕に……… 馬鹿げている。僕は普通の人間だ、アンドロイドや特殊能力を持った新たな人類ではない。そんな僕を何故そこまでして時を経て待っていたんだ。

 ふと、遠くから聞きなれたオルゴールのメロディーが聴こえてくる。アナライズされたデーター音ではなく、実際の耳からその曲は聞こえている。

「この曲は………」

 桜が創ったあの歌

 あの浜辺で僕のために歌ってくれた桜の歌。

 僕は立ち上がりそのオルゴールの音がする方へゆっくりと歩き出した。

 ジャリッ、ジャリッ。腐敗することのない無機物のガレキを一歩一歩踏みしめながら進む。

 実際にはこの世界には存在しない体。この時間世界にはいることがない体。歩くたびにする砂のような大地を踏みしめる音、時折吹く風の音、ガレキが崩れ落ちる音。すべてはサーバーがアナライズした効果音。

 だが、あのオルゴールの音だけは、この世界の一部から聞こえてくる。

 まるで僕を導く様に………

 日の光が大地をまぶしく突き刺す。

 ふと見上げるとその光のシルエットに、大きな人型の機体とその足元でガレキに座る人の姿を見た。

「人だ‼」

 僕はそのシルエットの方へ駆け出した。

「お―い、そこの人………」

 大声で叫んだが、返事はなかった。いやその声は届いていない。

 そこにいるのは、赤いパイロットスーツをまとい、長いつややかなブロンズの髪を持つ小柄な異国の女性だった。僕は彼女の前に立ち、彼女に触れようとした。

 しかし、それはできなかった。僕の手は彼女の体を突き抜けていった。彼女には僕の姿も声も何もとどいていない。僕の存在は彼女には見えていない。

 手のひらに小さいオルゴールを乗せ彼女は静かに見つめている。

「サクラ・クラツカ。この歌何度聞いても泣けちゃう。ねぇ、ユーヤ私は何時あなたのもとに戻れるの? もしかしたらもう永遠にあなたのもとに戻れないかもしれない。それは……… 分かってる。でも出来る事ならもう一度、あなたに、ユーヤにもう一度会いたい………」

 彼女は、オルゴールを握りしめ顔を抱えていたひざにうずめた。

「彼女は、アンジェ・フェイアロン。アメリカの研究所が開発したミクトランシワトルのパイロットよ」

 後ろから静かに声が聞こえてくる

 振り向くとそこには、一人の女性が立っていた。

「初めましてなのかなぁ。七季雫さん」

「君は……… ?」

 その女性はそっと僕に近づきキスをした。

「うふふ、ご挨拶のキスよ。私はユリカ、あなたたちが作り上げたゲノムのない最初の人類。でもまだデータの塊にしかないけどね」

「ユリカ?」

 その彼女の容姿は僕が描き抱いていた様子とは少し違っていた。

 データ上で僕が描いていたユリカはもう少し幼いイメージを持っていたからだ。

 だが彼女の映し出されたボディーからは、幼さを感じることはなかった。その姿は若き18歳という年齢そのものと言った姿、実際にこの目でその姿を見るのは初めてだからこそ感じえたのかもしれない。

 でもどうしてユリカは、この空間に現れたのだろう。彼女のデーターは全てイーリスの管理下にあったはずなのに。

「どうして、君はここにいるんだ。君のデーターは外に漏れることはないはずなのに」

「私は………」

「彼女は、私が呼んだのだ」

 再び、あの創業者の科学者の声がする。

「このサーバーZEROとイーリスは元々は私が設計したサーバーだ。お互いは干渉はしないよう設定はされている。だが、ZEROだけは特別な権限を持っている。そして、この私の意思も反映されている」

「あなたの意思………」

 それは、世界にあるバイオサーバーを自由に操る事が出来ると言う事だ。だから、僕のアーカイブされた生命データーをこのZEROに移植する事が出来た。

 そして、ユリカのデーターも……… そうあの創業者の科学者が僕らを引き合わせたのだ。

 では目の前にいる、桜の曲を奏でるオルゴールを持つ女性もZEROに移植されたデーターなのだろうか?

「彼女、アンジェはZEROとはリンクしていないわ」

 ユリカは、アンジェの前にしゃがみ、長いブロンズのつややかな髪をなでた。でも、それはフォログラムの映像に行う事と同じだった。

 ユリカは悲しそうな表情で

「アンジェ、彼女はミクトランシワトルと共にこの時間軸の外に飛ばされてしまったの。時間の多重層空間に」

 時間の多重層空間、それはこの時間軸に沿う別な世界。この世界では、その存在は否定化される。つまり、僕やユリカと同じように、この時間軸世界には存在していない。そしてアナライズされていない時間空間をたださまようだけの存在となる。 

「彼女を助けることはできないのか」

 僕は静かにユリカへ問いた。

「私たちには、何も出来ないわ。彼女は、私たちとは別な世界にいるの。ZEROとも一切関係しない世界に」

 そしてユリカは、灰色の雲を指さし

「もし、彼女を助ける事が出来る人がいるとしたら、それは、あなたかもしれない。雫」

 その瞬間、まばゆい光が僕らを包み込んだ。

 気が付くとそこは、初めに目が覚めた時にいた灰色の何もない空間だった。  

 この世界は何なんだ。はじめからシナリオが出来ていた世界。そして破滅へ向かう世界。

 ユリカは言った。あの人を助けることが出来るのは僕かもしれないと………

 僕には本当に何か特別な力があるのだろうか? 未だ、創業者の科学者が僕を待つ理由も分からないままだ。

「私はずっと君を見守ってきた。君が生まれた時から、今までの君をすべて見てきた」

 創業者の科学者の声が聞こえてくる。

「七季雫君。君は時を超えて二人の女性を愛するだろう。これはこの世界のシナリオには書かれていないことだ。そして、君は大きな選択をしなければならない。どんなにつらいことでも選択をしなければならない……… それが君に与えられた宿命である。そしてこの世界を新たに導く事となるだろう」

「君は………」

「あなたは………」

 創業者の声とユリカの声がまじりあい、次第にユリカの声が鮮明に聞こえてくる。

「あなたはこれから私と時の旅をします。この時間軸のすべてをあなたは見なくてはいけないから、真実を」

 目の前に一本の光の線が現れた。それは次第に広がり僕とユリカを包み込んだ。

 光の中で、ユリカは僕の手を取り

「さぁ雫、行きましょう。この世界を救うために………」

 

 僕ら二人はまばゆい光の中に包まれ、その光に飲み込まれるように姿を消した。 

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