四章 望んだ結末
四章 望んだ結末 1
南の領フェンリルは都市を除き、どの領よりも栄え富んでいる。それは周知の事実だし誰も異論は無いだろう。その証拠にエミリとローラが踏み入れたこの中心の村は他のどの領よりも賑やかだった。
綺麗な石張りの地面と無数に立ち並ぶ民家や商店、そして富んでいる村特有の多すぎる人の数。そしてその中にはクロエの言う通り教会の人間も少なからず混じっている。エミリやローラの住んでいた村では考えられない景色だ。もはやここは村では無く街と言ってしまっても過言では無い。
「さて、どこから回っていきます?」
あまりの物の多さに興奮し、街を見渡しながらエミリがローラに話しかけるが彼女もそうだったらしくエミリの方を見向きもしない。
「そうだな、まず適当に聞き込みをしようか。それから最後に教会に寄ろう。魔女について訊くならあそこが一番だしな」
「そうですね」
これだけ広い村なだけに二人の聞き込みは相当の時間を要した。
今回はクロエの紋章を借りていない。借りずとも聞き込みはそれなりに上手くいったのだが、肝心の悪魔の情報が何一つ得られはしなかった。
余談ではあるが酒場での聞き込みで札遊びで勝利すれば情報をくれるという条件でエミリが挑むも、規則が分からずその札で占い紛いな事をしようとし、ローラと対戦相手に呆れられたのはエミリにとって忘れ去りたい恥である。その後ローラが変わり、勝利するも得られたのは的外れな情報でエミリにとっては恥を掻きに行っただけだった。
意外なことに二人とクロエが共に旅をしている事を知っている人物からは邪険にされなかったのだ。そういう人物からはもう二人はクロエと関わりが無く、且つクロエに誑かされた被害者として扱われたのである。業腹ではあるがその勘違いをエミリとローラは正すことをしなかった。正したいのは山々だったのだが、調査を進めていく上で仕方なかったのだ。ローラも同じ気持ちだったに違いない。
「……良かったな、サン=ブランを助ける方法が見つかって」
「……はい」
ローラが扉を開け、二人が教会を出た時には黄昏時で外に殆ど人はいなかった。それを良い事にこれ見よがしにローラは神父から貰った指輪を空に掲げる。
「世間には知られていないだけで存在したんですね。悪魔との契約を打ち切る魔導具」
その言葉にローラは何も返してこず皮肉げに微笑むだけだった。いや、それは微笑みと称するのも憚れるぐらいに脆く儚いものだった。
この指輪は本来教会の人間しか所持していない物らしいが近年では誰も使わず余っているとの事で惜しげも無くエミリ等に譲ってくれたのだ。これはクロエと旅をしていた事が幸いした。女王の頼みと言っても神父は疑いすらしなかったのだ。
しかしその効果が問題だった。否、問題と感じるのは恐らくエミリとローラだけでクロエは歯牙にもかけないだろう。彼女はそういう人間だ。
この指輪を嵌めて魔女に触れればその人物と悪魔の契約は切れ、魔女の刻印も消え去る。酷く単純で明快な効果だが当然これで終わりでは無い。その切れた契約は本人の意思に関係なくその指輪の使用者が結び直す事となる。
今回の件で例えるなら、クロエがこの指輪をサンに使用した場合はサンが魔女でなくなりクロエが魔女となってしまうのだ。こんな皮肉な結果があって良いのだろうか。エミリはこの指輪が忌々しく思えてならなかった。
「クロエを占って」
唐突にでたローラの言葉にエミリは目を見開く他に無かった。クロエをこの状況で占う。そんな事をすれば結果によってはもうクロエを直視できなくなる。それを承知でローラは言っているのだろうか。
「大丈夫。どんな結果が出てもオレが覆すから」
大丈夫——その言葉を発するローラの瞳には明らかに強い意志が介在していた。その意志を見せつけられエミリは腰の水晶を手に取る。
「分かりました」
何の迷いも無く水晶に魔力を込める。これでクロエの近い未来が見えてくる筈だ。
大丈夫とローラが口にした際、エミリは悉くローラに助けられたのだ。ならば今回も大丈夫だろう。それにクロエがサンと再び対峙する以前にサンが力尽きる事も充分に有り得るのだ。そうなってしまえば最悪の結末は避けられる。
そんな甘い思考を嘲笑うように水晶に結果は叩き出され、思わずエミリは口を抑える。
どうしてこうも悪い方に事は運ぶのか。
「どうだった?」
「問題、ありません。クロエさんは……無事に、事を成し遂げる……そう結果が出ました」
エミリは嘘を吐いた。こんな無残な結果をどうして素直に伝えられようか。水晶に浮かび上がった文字は『クロエ=アンジュ・クノーは魔女になり死ぬ』ただそれだけだった。
「嘘だな。結果はクロエは死ぬ。違うか?」
「……どうして」
「お前の顔を見れば嫌でも分かるよ。嘘を吐くのが下手だな。エミリは」
確かに水晶に映っているエミリの顔は酷かった。今にも泣きそうなのが言い訳の余地無く明らかなのだ。どうしてこうもエミリは心が弱いのか。内心で己を叱責せずにはいられなかった。
「クロエさんは……死にます……魔女になって」
硝子の割れる音がエミリの耳に付く。この遣りきれない怒りの遣り所に困り、悲鳴を上げ水晶を地面に叩き付けたのだ。
「本当に律儀な奴だよな。他人のために魔女になって死ぬなんてさ」
乾いたローラの声にエミリは目を背ける。そんな分かりきった結末など聞きたくないのだ。
地面ばかり見つめていると、エミリの足下に神父から譲り受けた指輪が拉げた形で転がり出る。
「ローラ、さん?」
「オレはクロエに生きて欲しい。サン=ブランが死のうが、だ。そうだろう?」
「……はい」
はいと答えた自分が浅ましく思えて嫌だった。しかし心の奥底では潰れた指輪を見て歓喜しているのが事実だった。
〝なんて浅ましい。私は〟
「未だにサンは見つかりませんか?」
自室の椅子に腰掛けながら女王は横に座っているパメラにではなく手首の鎖に話しかける。返答の内容は大凡予想は付いているが聞かずにはいられないのだ。
『ああ、サンどころかクロエも見つからねぇ』
「クロエは死亡したと以前に伝えた筈。あなた達は黙ってサンだけを探してくれればいいのです」
『そうかよ。了解』
ゲイルの声が途切れるのと同時に女王は脱力し、背もたれに体を預ける。この執行者共の失態は孰れドナに責任を取って貰わねばならない。
「良かったのか? あの耳飾りは曲がり形にもクロエを強化するじゃろうて。例え着けてから一時間足らずで死に至るとはいえ危険じゃ無いのか?」
パメラの心配は女王からすれば只の杞憂だ。そう確信できるのは付き合いの長さ故だろうか。一番付き合いの長いテレーズの心中を察せ無かったのにクロエの心中は何故こんなに読みやすいのだろう。そう考えると女王の口からくすりと笑いが漏れる。
「アレには一度着ければ外せない様に呪いがかけてある。そうですね?」
「そうじゃが、あいつはいざとなれば自分の耳を切り落とし兼ねん」
いくら耳飾りが外れずとも耳を切り落とせば済む話だ。呪いに体が蝕まれ苦痛に晒されている最中、そんな精神的猶予など通常の人間ならば無いのかもしれないがクロエは別だろう。そんなことは女王が一番理解している。
「そうでしょうね。あの耳飾りが只の毒であればクロエも己の耳を切り落とすでしょう。しかしそうではない。アレはクロエを強化します。執行者共の力を知った後では毒と感付いても受け入れる。それがクロエという人間の本性です。私からの贈り物とあっては尚更でしょう。クロエは今頃デザータでのたれ死んでますよ」
その自信に満ちた見解をパメラはどう捉えたのか女王の知ったことでは無い。有り得ないのだ。クロエが今現在も生き延びているなど。彼女の性格を女王は嫌と言う程熟知しているからこそ言えるのだ。クロエはもう死んでいると。
「クリスがそこまで言うならそうなんじゃろうな」
諦めた風な口調のパメラに女王は満足げに嗤う。そういえば、まだパメラにはクロエとの因縁を話していなかっただろうか。
「もう何年の前の話です。私は気まぐれでクロエの父の面倒を見ていました。病弱でいつ死んでもおかしくない、そんな男でした。その男がいつも話すのは娘の話。つまりクロエの事です。だから私は誰よりもクロエの事を熟知しているつもりですよ」
「恐ろしい女じゃ。世話をした者の子供を手にかけるとは」
鼻で嗤うのと同時にパメラは紅茶を口に含む。端から見れば女王のしている事は外道の行いかもしれない。しかしそれも仕方の無い犠牲なのだ。女王の悲願達成には必ずクロエが邪魔になるのだから。
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