二章 堕落する騎士 11
サンとクローズの対談など知る由もない女王はもう一人の人物とくつろぎながらこれからの方針について話し合っていた。
城にサンが入ろうものならまず女王に知れる筈と高をくくり、何よりテレーズから耳飾りを回収しただけで良しとしてテレーズの自室を捜索しなかった女王にサンの動きなど読めよう筈も無い。
都市に入ったという情報なら盗賊から得ているのだが流石に都市内を盗賊に彷徨かせるわけにはいかず、サンは今都市内にいるとまでしか彼女等は掴めていないのだ。
「クリス、サンがこの都市のどこかにいるのなら放置せずとっとと殺してしまうべきじゃ」
この女王と対等に話せる人物こそ女王専属の錬金術師、パメラ・バトンである。
全く手入れをしていないがさついた髪や爪に小狡そうな面構えはとても二〇を超えたばかりの女性のものとは思えない。女王の自室に置いてあるものの中で一番異質で似つかわしくない。
そんな不潔な印象を持たせる女を女王が自室に入れるなど有り得ないのだが、錬金術ができるが故にそんな印象など女王にとっては瑣末事でしかないのである。
「いいえ、その必要はないでしょう。サンが私の意図に気付けるとは到底思えませんし都市から出た後でも遅くはありません」
「ならばクロエは? アレも追い詰めたとはいえ殺せるなら殺してしまうべきじゃ。錬金術を良く思っておらんが故に思わぬ所で謀反を起こす可能性もあるやもしれんしな」
そのパメラが見せる忌々しい者を見る目付きに女王は思い当たる所がある。パメラとクロエは対面したことこそ無いが、女王がクロエについて語り聞かせた事があるのだ。輝かしい功績と錬金術を嫌っているという所に甚く食いついたのだ。まだそれを根に持っているのだろう。
「それも心配ありません。今クロエはサクレ領の小さな集落に向かっていると報告を受けています。その中心の村に向かわないのはおそらく新聞が売られていては困るからでしょうね。執行者もクロエと同じ場所に向かって貰ってますから、そこがクロエの墓場になることでしょう。
この
その言葉に得心がいったのかパメラは下卑た笑みを浮かべながら、背もたれに体を預ける。が、途端今度は女王が苛ついた表情を浮かべる番であった。
「問題があるとすれば教会の方です。事前に取り決めをしておいたにも拘わらず翻弄されるばかりか、寄越した執行者の人数はたった三人。もう少し教会が上手く動いてくれたのならばこんなに手間取りはしなかったでしょうに」
クロエ等に偽の調査の命を出す以前に、女王は教皇と打ち合わせをしていたのだ。仮に他人に盗み聞きをされても問題が無いように女王が『魔女狩りをしろ』と言えばそれがクロエ等を殺してくれという合図なのだと。
ここまでクロエとサンの謀殺が遅れている原因は言うまでも無い——もっと子細に話し合わずある程度の判断を教皇に委ねた事と、その姦計自体を盗み聞きされた事なのだが当然ながら自らを省みる精神なぞ女王は持ち合わせていない。
「寄越した人数はどうあれ人選は良いと思うがの。強さは無論言うまでも無く、内の一人は余程の信仰者と聞くぞ? 使いもしない〝指輪〟も律儀に持ちあるいとるらしいしな。教皇の手綱を上手く握れさえすれば執行者共もまたうまく操れるんじゃないのか?」
頭を抱える女王を諫めるようにパメラは言葉を紡ぐ。テレーズ程で無いにしろ彼女の言葉は参考になるので有り難い。
「確かにそうかもしれませんが、数が少なすぎます。もう少し数がいればサンを討ち漏らす事もなかったでしょうに」
「ドナもまた魔女狩り以外で執行者を動かしている事を公にしたくないのだろうさ。動きにくいと言えばテレーズを早々に排除できて良かったではないか。アレが生きておればこのように謀議する事もままならんぞ」
こればかりは素直に「そうだ」と言えなかった。女王にとってテレーズは無くてはならない存在だったのだ。彼女が裏切りさえしなければ女王は計画を全て話した上で協力してもらうつもりでいたというのに、何故彼女は血迷ったのか? 冷静に考えれば賢者の石に比べればクロエなど取るに足らない存在だと分かって然るべきだろうに。
「きゃっ! ……何事です」
耳を劈かんばかりの爆音と部屋の揺れに思わず女王とパメラは身を竦ませた。が、その異変も直ぐに収まる。
何の前触れも無く起きた異常事態に女王を混乱させた。
「パメラ、今の音は?」
「分からん。が、只事ではなさそうじゃ」
どうしたらいいものかとおろおろしていると、蹴破られる様に開けられた扉に女王はびくりとする。が、それは何も驚く必要も無いただの兵であり内心胸を撫で下ろす。
「無礼な! 何事です!?」
「恐れながら女王陛下よ……獄中にる囚人の一人をまんまと逃してしまいました。申し訳ございません」
「直ぐに追いなさい! まだそう遠くには行っていない筈です!」
女王のもの凄い剣幕に気圧されたのか、唯々頭を深く下げる。女王にこの兵の心情を察する余裕など微塵もありはしなかった。脱獄など断じて許せる話では無い。このまま囚人をおめおめ逃がそうものなら女王の威信は地に堕するからだ。
「それともう一つ。申し上げにくいのですが錬金室が爆破されました。その消火に皆が当たっている所に囚人が逃げ出したようで……恐らく錬金室の爆破を陽動に何者かが囚人を逃がしたものかと」
「……聞こえませんでしたか? 逃げた囚人を追いかけて下さい! そして速やかに火を消しなさい! 早く!!」
「——は!」
足早に兵が立ち去るが、女王は頭が真っ白になり動けないでいた。まさか狼藉者は囚人を一人逃がすという些事のために錬金室を爆破したというのだろうか? 無論それで女王の権威に傷をいれることは可能だろうが、まさか錬金室を爆破するとは……。
賢者の石に比べてその囚人の命はどれ程の価値があるというのか。比べるのも愚かしいそんなもの賢者の石の足下にも及ばない。
「そう落ち込むでないクリス。賢者の石の作成は……まあ始めからになるじゃろうが錬金室さえ元に戻してくれたなら直ぐにも再会できる」
「分かっています……分かってますが……」
こんなふざけた真似をしたのは一体誰なのか——消去法でいけば間違いなくサンだろう。テレーズが死んだ途端のこの狼藉は只の無頼の輩の仕業では片付けられないし、何より可能性の話をすれば一番濃厚な盗賊はもう女王の駒へと成り下がっているのだ。
女王が錬金術を好んでいると知っていて、尚且つテレーズの死に何かを嗅ぎ付ける可能性があるもの。クロエという可能性もあるが、クロエは先ずこんな手段に訴えず女王に直接訳を聞きに来るだろう。となれば残りはサンしかいない。女王の企みに気づきこんな意趣返しをしたに違いない。
これほどの殺意を覚えたのはいつ以来だろうか。もはや女王はかつての淑やかさなど維持出来るはずも無く、奥歯が砕けんばかりの力で歯を食い縛る。一刻も早く裏切り者は処刑しなければならない。
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