一章 勇者の証 7
「クロエさん、オレこっちの地域あんまり知らないんだけど本当に大丈夫?」
「馬鹿言うな。私が道に迷うものか」
クロエとローラは当初の予定通り都市を東門から出た後、東のカルド領の中心にあるカルドという村に向かっていた。
ある程度日数も掛けたので、もう恐らく着くだろうとクロエは当たりを付けているのだが一向にらしき村は見当たらない。何故ならこの国の東部は木々が多くそれこそ樹海とも呼べる程に生い茂っているのだ。何度訪れても道を把握するのはクロエとて厳しいものがあった。
日の光が葉の間から差し込み、幻想的な風景を描いているのだがそんなものに見惚れている余裕は今のクロエには無い。
「強がってない?」
「強がる必要がどこにある」
正真正銘の強がりだ。
クロエは迷っている。それこそ歩いてきた道を見失う程にだ。それを悟られまいと必死に強がり、分が悪くなると顔を背けて目を合わせないようにした。そんな戯れに等しい事が切っ掛けで村の位置が分かる事になろうなど誰に予想できようか。
「煙?」
僅かにだが、クロエの目に煙が映った。
後は意識をすれば簡単だった。風に乗り僅かに煙がクロエ等の所に運び込んでいるのだ。多少焦げ臭くもあり、黒煙である。ともすれば考えれば限られてくる。何かを焼いているのだろう。そう——何かを。
「急ぐぞローラ!」
「え? ああ……」
事情を上手く掴めていないのかローラの顔は唖然としていた。しかしながら、それでも駆け足で着いてきてくれるのはありがたかった。何せ説明している暇は無い。一分一秒遅れるだけでも最悪の事態になりかねないからだ。
二人はそれこそ死に物狂いで煙の出所に向かった。
村に近づく毎に、二人の耳には確かに叫喚らしき音声が耳に届く。何より臭いも煙も段々ときつくなってきている事を鑑みても間違いない。カルドで何かが起きているというのは疑いの余地も無いだろう。クロエの中で疑惑が一歩、また一歩と進んでいく内に確信へと変わっていった。
「何だ——これ」
思わずローラが呟くも、クロエも同じ気持ちだった。
辿り着いた村は火で覆われており、その地獄の中で村人が苦しみ喘いでいる最中、無数の餓鬼が嬉々と飛び交っている。否、餓鬼などではない、盗賊だ。以前に聞いたテレーズの言葉を嫌でも思い出してしまい、思わず剣に手が伸びてしまう。
「ローラ、手分けして盗賊を蹴散らすぞ」
「あ、ああ」
クロエの剣幕に気圧されたのか曖昧な返事をするも、一目散に盗賊の元へ駆け寄り獅子奮迅の働きを見せた。
ローラの働きを眺めた上でクロエは問題ないと確信できた。盗賊の数はそこそこいるが、二人で立ち回れば鏖殺する事も充分に可能だろう。ここまで暴れた盗賊にもはや同情の余地も無い。寧ろ処刑せねば殺された者が浮かばれないのだ。
「湧き
紡ぎ上げた呪文はクロエの体内の魔力を吸い上げ、村の中心に魔法円を形成させる。そこを中心に四方八方に放水させ、辺りの火を消化させていった。サンとの試合で見せたものとは違い、霧は発生しない。
火が消えて行く事に対して見せる周囲の動揺を余所に、剣を片手にローラが相手をしているのとは別の盗賊の元へ疾走した。沸き上がる怒りを動力源に先ずは一太刀、一人を斬り伏せた。
クロエ等が来るまでは村人が逃げ惑っていたのだろう。しかし、今度は盗賊等が逃げ惑う番となっていた。しかしそれをクロエが見逃す筈も無く、悉く斬り殺していく。今やクロエは怒り心頭なのだ。
一時間も経たぬ内に殆どの盗賊を死滅せしめた。その証拠にクロエの体は多少の水では落ちきれない程に返り血で真っ赤に染まっている。
意識の無い生き残りを一人足下に置いているのは見当たらなかった盗賊の首領の居場所を吐かせるためだ。
周囲の家は所々焼け落ちているが、被害はまだ小さい方といえるだろう。全焼してしまう前で幸いだった。
ほぅ、とクロエが溜息を吐いたときである。女性の悲鳴が村に響き渡ったのは。
急いでその場所に駆け寄ると、そこには泣き崩れる女性とおそらく村人の全員が集まっている。皆からクロエとローラに向けられている視線は明らかに敵意のあるもので、二人は事情をさっぱり掴めないでいた。
「あなたの演説など何も当てにならない! 村を散々荒らされ、挙げ句キトリーさんの子供が攫われた! 勇者が何をしても許される法など最初から破綻していると誰もが分かっていた事だ!」
前触れもなく口を開いたこの老人は、クロエの記憶が正しければカルド領の領主だ。
その領主に怒鳴られる理由が良く分からずクロエは反応できないでいた。
盗賊を殺しきれず、憤慨されるのは申し訳なく思うし責任は取るつもりだ。そこに崩れている女性の子供が連れ攫われたのも理解できた。直ぐにでも寝ている盗賊を起こし居場所を吐かせて助けに行く算段だ。しかし、新たにできた法の話が今する必要があるのだろうか。クロエには甚だ理解出来なかった。
「盗賊の頭は〝勇者〟だった……あなたと同じその紋章を付けていたんだ!」
「馬鹿な!」
クロエから出た言葉は反射的なものだった。
「そんな人物は見当たらなかった……そんな事は有り得ない」
「その勇者は指示を出した後に逃走した!」
「馬鹿を——」
「まあ、落ち着いて。娘さんはオレ等が助けるから。な、クロエさん」
ローラが割って入ったのはこの水掛け論に切りが無いからだろう。それに話を切ってくれたのは熱くなりそうになったクロエにとっても有り難かった。
その〝勇者〟については真実がどうにしろ調べる必要がありそうだ。
「そこに一人、盗賊を生かしておいてある。直ぐにでも居場所を吐かせ、私の責任の下必ず娘は助ける」
「どうだかな」
誠意を込めたクロエの弁解も領主及び村人は聞いてくれそうになかった。
クロエはは怒りや疑念で頭が一杯になり錯乱しそうだった。攫われた娘の事や、盗賊の頭が勇者という目撃情報。全て解決せねばこの感情は収まりそうにないし、民衆のためにもせねばならないのだ。
これからする事は悪魔の調査から些か逸脱する行為だがクロエは一切躊躇しなかった。
城内で一番豪奢な部屋といえば女王の自室だろう。
この部屋の置物は全て余さず一級品といえる。女王はその一級品の寝床に鎮座しているのだが決して周囲と比べて見劣りせず馴染めているのは持ち前の気品のおかげだろうか。
テレーズは女王の足下に屈し、辺りの調度品や装飾品に目を奪われることも圧倒されることもなく床の一点のみを見つめ微動だにしない姿は堅物の彼女らしい姿勢といえるのかもしれない。
「ようやくクロエがカルド領に着き調査を始めたようです。サンは少し前からサクレ領を探索しているようですね。その事であなたに頼みたい事があります」
「——は。何なりと」
女王から自室に呼び出されたテレーズは、探し物の催促かと肝を冷やしたがどうやらそうでは無いらしく一先ず安堵した。とはいえ、早急に処分しなければ見つかるのも時間の問題だろう。
しかしこの落ち着き払った話しぶりを見る限り、テレーズの事は一切疑って無いらしくこの分だと後少しぐらいなら贈呈品の処理方法を思案する猶予があるのかもしれない。何しろ得体の知れない物だ。考えすぎという事はないだろう。
「教会に言伝を頼みたいのです。嘆かわしい事に悪魔が出現したせいで魔女が増えてきているという情報を最近小耳に挟みました。
そこで教会に〝魔女狩りに力を入れて欲しい〟と伝えて欲しいのです。魔女に阻害をされたのではクロエもサンも動きにくいでしょう? 何しろ魔女にとって悪魔を殺される事は己を殺されるのと同じ事ですからね。そこで教会にもそろそろ本腰を入れて貰おうという訳です」
「畏まりました。では直ぐにでも」
「はい。頼みましたよ」
探し物について一切触れてこなかったのは有り難かったが女王がもう諦めてしまったということは先ず有り得ない。どちらにしろ無理に掘り返すこともないと、テレーズは悟られぬように姿勢を正し会釈をした後足早に女王の自室を後にした。
教会に向かおうとせず、徒に城内を彷徨いているのは偏にテレーズ自らが教会に向かう気が無いためである。廊下には探し物に没頭している召使いと兵がごまんといるのでそこから誰か選抜し頼めば済む話なのだ。
だからといって誰でも良いわけではない。できればそこそこ地位のあって口の堅い人物が理想と言える。でなければ教会が取り合ってくれない可能性も出てくるし、何よりこれから頼む事は女王にさえ他言されると困るのだ。これが最大の難関で頭痛の種といえた。
ふとそこで目に付いたのが騎士団の一人である。
女性とはいえ、クロエやサンが所属している女王の常備軍たるヴィー騎士団に在籍しているのだ。話を取り合わない筈がない。問題の他言しないかどうかについては、テレーズに考えがあった。
「少し宜しいですか?」
「——は。何でしょうか?」
呼ばれて振り返った女性はクロエ程とはいえないも、しっかりと礼節を弁えているといえる。その面を伏せる姿にテレーズはおそらく大丈夫だろうと無理矢理己を納得させ淀みなく頼み事を口にした。
「教会の者に言伝をお願いしたいのです。〝魔女狩りはしばらくしなくて良い〟と、頼みましたよ。後、これは女王陛下からの厳命ともお願いします」
「畏まりました」
すんなりと納得してくれた事実にテレーズの全身は固まり打ち震えた。
緊張、恐怖それとも歓喜しているのか、テレーズには分からなかったがもはやそんなことはどうでもいい。
これで教皇の耳にも偽の女王の厳命が届き、教会は一切の魔女狩りを中断するだろう。どれだけ疑わしくても女王の厳命なのだからそうせざるを得まい。
こんな大胆な真似が女王に知れればテレーズは勿論、事情の知らぬこの彼女も処刑は免れないだろう。だから他言されては困るのだが、その心配はもういらない。女王の耳に入らないようにすれば良いだけなのだから。
「では、伝えた後私が女王陛下に報告をすればよろしいのですか?」
「いえ、その必要はありません。陛下には私が伝えておきます」
当然伝える気など無い。
これは言い訳の余地などまったくない謀反だ。これを知ればあのクロエの事だ、何の迷いも躊躇いもなく女王のためとテレーズを抹殺するだろう。胴体を肩口から脇下にかけてばっさりと——
〝私は一体何を考えてるんだろう〟
詮無い想像を頭から強引に打ち消す。考えても仕方ない事だ。クロエや女王に知られぬように手回しをしているのだからそんな事は有り得ない。
「教会に伝えた後ここに帰ってこなくていいです。あなたにしばらく暇を与えます」
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