[3]

 惨劇を背に帰還した長門と千尋は、自分たちの隊長ボス、バルトロメウス・バイルシュミットに出迎えられた。

 バルトロメウスは二人の顔を見比べた。千尋は比較的に血色が良く、疲れている風には見えない。問題は長門だった。千尋とは変わらない行動量と+1の戦闘を体験した割には、かなり疲れているように見えた。アパートメントに戻るなり、溜息しか吐いていない。

「どうしたんだい、ナガト」

 長門に声を掛けたのは白人の青年、エイブラハム・ローランズだった。彼は、ベッドに腰を下ろす長門の隣に座ると、ワイヤーフレームのメガネを外して、やや疲れ気味の瞳で、肩をだらりと落とし疲弊している長門を見つめた。

 少しの間があって「疲れたんだ」と一言呟いた。それを聞いたエイブラハムは、瞼を閉じて「そうかい」と返事をする。

「でも、いつものことじゃないか。ナガトは優秀な成績を収めて帰ってくるのに、今日に限ってなんでそんなに沈んでいるんだい?」

「……助けられなかった。あのハイピューマは、助けてもらいたかったはずなのに。オレは――」

「君一人が背負い込むこと無いんだよ、ナガト。致し方ない犠牲だったんだ」

「けれど!」

「ナガト」

 自責の念を強めようとする長門に、エイブラハムは優しく名を呼んだ。そして微笑む。

「それは君だけの責任じゃない。彼は君が助けなければいけない存在じゃ無かったんだ。君は人を愛しすぎている点がある。勿論、それが悪いことじゃない。人間は誰だってそう考えるんだ。――けれど、あの状況下で、本当に君はハイピューマを助けられると思ったのかい?」

 その言葉に、長門は小さく首を振った。壁に掛けられた時計と針の音と、広げられた通信機器やデバイスから漏れる音が、部屋を満たしていく。バルトロメウスも千尋も、ただ二人の会話を聞くしか無かった。

「ならこの話は終わりだ。君が助けられなかったのなら、誰にも助けられなかった。――ナガト、君に僕の言葉がどう聞こえているか分からないけれど、僕自身としてはこの説教は君をフォローしているつもりだよ」

 開け放たれている窓から、風が流れてくる。柔らかな風は部屋を駆け巡り、四人の髪を揺らした。エイブラハムもまた、その頂に持つ赤茶の髪を風に揺らされていた。

 俯いていた長門がゆっくりと顔を上げると、先ほどよりかはマシな顔で作ったような笑顔をエイブラハムに見せる。

「分かった」

「……なら良かった。さて、こんな沈鬱な気分じゃ、折角の仕事終わりなのに窮屈でたまらないよ。トランプでも、する?」

「オッケ、やる」

「チヒロは?」

 胸ポケットからトランプを取り出しながら、エイブラハムは椅子に座っていた千尋の方を見て誘う。その誘いに頷くと、汚れたブーツのままベッドの上に載って座る。

「ボスもやりますか?」

「いいや、オレは良いさ。まだ指揮も残っている。なんなら、イリスを呼べ。あいつは屋上で待機中だが、もうさせることもない。ナガト、イリスを呼んでこい」

「了解」

 長門は大きく伸びをしながら立ち上がると、部屋を出て行た。扉を開けた先には、上下に伸びる階段を囲むようにして廊下があり、他の部屋への扉が見受けられた。

 長門は目の前にある階段を駆け足で登っていく。三階、四階、五階と駆け上がっていくと、屋上への扉が現れる。ドアノブを捻って扉を押すと、体を押すような強い風が吹いて来た。風が止むと、屋上に足を踏み出す。

 目的の人物は、シートの上にうつ伏せになって本を呼んでいた。少し尖った耳が特徴的な美少女がそこには居た。長門とは違い、少しぴっちりとした体のラインが分かるようなカーキ色の戦闘服に身を包んでいる。淡い水色のストレートロングヘアーが、吹いてくる風に揺れている。

「……ナガト」

 髪をかきあげて、長門の方を向くイリス・ヴァルデンストレーム。彼女の横には作戦に使われた狙撃ライフルが二脚に支えられて鎮座している。ボルトアクション式の少し古いライフルだ。

「さっきの狙撃は見事だったよ。ま、イリスだから当たり前だな」

「それは買いかぶり過ぎ、だよ。……で、どうしたの?」

 うつ伏せから姿勢を変えて、胡座あぐらをかいて座る。細い指を本に挟んでしおり代わりにしている。

 長門はイリスの隣に腰を下ろすと、鉄柵に背を預ける。

「いや、エイブがトランプをやろうってさ」

「それって、私も誘われているってこと?」

 物柔らかな顔をするイリスは、首を傾げて長門を見る。

「そ、オレと千尋とエイブ、でイリスを合わせて四人でなんかやる」

 長門は大きく伸びをすると、伸ばした足を組む。

「……じゃあ、私もやろっかな」

「んじゃ、下降りてこいよ」

 ゆっくりと立ち上がると服に付いた埃を払う長門は、歩きながらイリスにそう伝える。

「分かった」

 その言葉を聞いて、長門は屋上を後にした。


 こうして長門、千尋、エイブラハム、イリスの四人がトランプをやることとなった。

 ゲームの内容はポピュラーなババ抜きだ。トランプの持ち主であるエイブラハムが器用な手付きでトランプをシャッフルすると、時計回りにカードを配っていく。五二枚のカードが一人ごと十三枚配り終わると、四人は拳を突き出した。ジャンケンである。

「「「「さーいしょはグー」」」」

 軽く振り上げて、皆がグーを出す。

「「「「じゃーんけーん――」」」」

 もう一度振り上げる。

「「「「ぽんっ」」」」

 ――結果を伝えよう。長門パー、千尋グー、エイブラハムパー、イリスパー。

「にゃああぁぁぁああああああぁぁあああっ!?」

 奇声を発して拳を突き上げたままベッドに倒れる込む千尋であった。

 さて、この場合は千尋のひとり負けであったため、千尋から時計回りとなった。千尋から左に回っていくのである。二つあるベッドに二人ずつ座って対面するような状態である。千尋の左は長門でその左となるのはエイブラハム、その左にイリスでそこから千尋に戻ってくることになる。

 各々が伏せてあったカードを手に取る。それぞれ手札を確認していく。ふと、長門は三人の顔を見た。――あからさまに一人だけ青い顔をしている人物が居た。エイブラハムである。本人はポーカーフェイスを気取っているつもりだろうが、他人から見ればバレバレである。

「じゃあ長門、とるよぉー」

 ゲームは始まった。


  ■


 環太平洋連合常任理事国・日本。西暦二〇三三年、八月一二日午後十時。

 ――超多国籍企業『火焔の主ブレイズ・マスター』社傭兵部門ナベリウス日本本部。

 世界大戦の凄惨な爪痕を残して以来、再建不可能と言われた東京府の東海岸部を政府から買収して、自社の敷地としたブレイズ・マスター社。その巨大な社屋に隣接して建設された軍事基地こそ、ナベリウスの日本本部である。

 西暦二〇〇〇年から世界中――無論、幻想領域内の大陸を含む――の戦場全てに介入している組織の幹部らが、この日この日本本部に集結していた。

 大会議室は幹部とその秘書などによって埋め尽くされ、冷房を点けていても室温は高かった。その会議室は巨大な円卓が用意されており、皆が皆、誰かの顔を見て座るようになっていた。

「さて、始めるとしようか」

 そう話を切り出したのは、ナベリウスの主たるブレイズ・マスターの最高経営責任者CEO、ミッチェル・エドワード・ロートンだった。初老だという彼は、とてもそうは見えない容姿をしていて、若々しい雰囲気を醸し出していた。彼の特徴を挙げるのなら、額から左目を通過して頬までに渡る刀傷だ。一直線に伸びるその傷は、ミッチェルにとっては過去の出来事を忘れんがための証であり、今となってはその刀傷がミッチェルという人間の大切な要素ともなっている。

 加えて、彼の左目はブレイズ・マスター社の『人工生体部品アーティフィカル・バイオ・パーツ』研究開発部門が開発した高スペックな義眼をめ込んでいる。視神経と接続された義眼は、本来の“目”の代わりとなって、視覚を有している。

 この日、彼はナベリウス最高指揮官として会議に出席していた。そのため、ナベリウス指定制服――言うなれば軍服――を羽織っていた。その胸元には、最高指揮官であることを訴える両側からナイフを突き立てられる髑髏どくろ徽章バッジが輝いていた。

「今回諸君らに集まってもらったのは、東方大陸ガルメルスの国家序列二位『アービウスタ連邦』の情勢がきな臭くなってきたため、環太平洋連合常任理事会から、「アービウスタの軍事行動を早期鎮静してくれ」とのお達しを受けたことについてだ。早速これを見てくれ」

 手元に置かれたラップトップのキーボードをタップすると、円卓の中心に置かれたホログラム・プロジェクターからプレゼン資料が投影されるとともに、デスクに置かれた人数分のモニターにも映しだされた。その資料の中には、アービウスタ連邦が大陸内の小群国を侵略し自国領土にしているという旨が記載された資料が用意されていた。

 アービウスタ連邦。正式名称、セヴェリク朝=アービウスタ連邦王国。幻想領域内国家――つまり、神秘側国家が用いる大陸国家序列中、東方大陸ガルメルスにて二位の大国だ。獣人の国家としても知られており、それまで外国に対して排他的な対応をしていた国としても有名である。

 元々は、国家序列第一位のエルフ国家『シルグリファ帝国』の領土で、国内外から『植民地コロニー』と呼ばれていた資源供給地域であった。しかしおよそ六十年前に、その地で労働を強いられていた獣人たちが反乱を起こして独立。その独立の中心人物であるルゥメン・セヴェリクが王朝を築き、その地を獣人たちが『アービウスタ』と呼んでいたことから国名とした。アービウスタとは、ガルメルス語で『黄金の地平線』という意味を持ち、当時獣人たちにはその地が理想郷に見えたのだろう。

 そんな激動の経歴を持つアービウスタ連邦が、近年、国家序列にも上がらない小群国を侵略し自国領土と自称していることが問題となり、日本を始めとするアメリカ、ロシア、オーストラリア、そしてシルグリファの五カ国を常任理事国とする環太平洋連合が、自国に被害を及ぼすほどの戦争に発展しないかと懸念しているのだ。

 二〇三三年現在に於いて、世界中で多発する犯罪も各国の頭痛の種の一つである上に、強硬路線を突き進むアービウスタ連邦に環太平洋連合国は及び腰になっている。関わりたくないのである。その理由の一つに、一年後に控える国際多種族共生憲法改正会議があるからである。この改正会議は、現国際憲法が規制している条項の多くを緩和するものなのである。国際世論は改正賛成となっている現状を維持したいと考えている。

 つまり、環太平洋連合国が懸念している要因は、勃発した戦争によって国際世論が改正反対に移ってしまったらどうしようか、というものであった。

「私は、この案件を特殊作戦群に任せたいと思っている。――が、生憎特殊作戦群指揮官であるバルトロメウス・バイルシュミット中佐は、現在作戦を遂行中で欠席している。ここでナベリウスの規約を思い出してもらいた」

 ミッチェルは、右手の人差し指を立てると、円を描くように動かす。

「特殊作戦群指揮官不在の場合、将官十名、佐官五名、尉官二十名の賛成があって作戦を委任できる、というものだが――特殊作戦群に本案件を委任しても良いと思う者は挙手っ!」

 ミッチェルは一回右手で拳を作ると、それを解いて手を挙げた。それと同時に、円卓を囲むほぼ全ての幹部たちが手を挙げた。その結果を見て、ミッチェルは思わず手を叩いて笑った。

「賛成、ということになったが、反対意見はあるかい? ――無し、と見た。それでは、作戦は特殊作戦群に委任することにしよう。この話は追って、各方面の幹部らに招集を掛けて会合を開く。さて、問題はこれからだ。モニターを見てくれ」

 ミッチェルの指示で、幹部たちがモニターに視線を送る。そこにはある獣人の男が映し出されていた。笑みで歪んだ不気味な顔のどんな種族かも分からなく、果たして獣人なのかと疑うほどだった。特筆すべきは、側頭部から生える耳だった。通常は人間と同様の耳を持つのだが、この男の耳はエルフのように長く尖った耳を持っているのだ。

「こいつはアービウスタ連邦が擁護するテロリストで、『牙王がおう』と呼ばれている」

 牙王。その名なぞ、この獣人なのかエルフなのか分からない男には到底似合わないが、なぜか誰もがその名に納得を覚える。このチンピラのような男のどこが、王様なのかは不明だが、心理的にそう感じせざる負えなかったと言えよう。

「テロリスト、ですか」

 誰かが呟く。その言葉に指を鳴らして返すと、「その通り」とミッチェルは口角を上げた。

「この『牙王』がテロリストであることがミソなんだよ。こいつは人類こちら側でいくつか派手にぶちかましている。南アフリカのアメリカ大使館をぶっ飛ばしたり、五機のジャンボジェットを手下と同時にハイジャックしたり――あと、我が社ブレイズ・マスターのブラジル支社も吹き飛ばしたりと、随分と手練なんだよね。それでも捕まえられなかった。なぜだろうか……」

 会議室に居る全員に問いかけるように話すミッチェルは、牙王の話から一時も笑顔を崩していない。しかし誰でも彼が腹を煮えくり返しているのが分かった。こめかみが痙攣しているからだった。

「我が社とて、信用第一だ。そりゃ幅広く事業をやってはいるが、本業は軍需品の開発と販売だしさ、ここで環太平洋連合には恩売っとかなきゃならんのよ。だからと言って、勇猛果敢にアービウスタ連邦と真正面から殺り合うのも無茶だ。仮にナベリウスの総戦力を叩き込んだところで、人間よりも遥かに強い獣人で編成された軍隊が相手じゃ、勝ち目は無い」

 所々で吹き出しながら話を進めるミッチェル。それにつられて、会議室に笑いが広がる。

 ブレイズ・マスター社の傭兵部門ナベリウスは、会社の特性上から生まれた“試験部隊”であった。それは開発された武器兵器の試験運用テストを行う部隊だったのだ。その試験部隊を前身にして、依頼一つで作戦の手順をプランニングし戦力を投入。その責任の一切は依頼側が負うのが鉄則となりつつある。

 ナベリウスには三つの大枠組みがある。陸上軍事部、海上軍事部、航空軍事部である。所謂、国軍の三軍に習って組織されており、戦闘員の殆どが従軍経験がある。或いは警察の特殊部隊、民間航空企業のパイロットなども居る。人間を始めとした多くの種族を構成員に持つ。構成員数は少ないものの、戦闘員が持つ個々の技量は凄まじいものがある。また、戦闘員全員が魔法を扱えるというのも一つの利点と言える。

 いつしか民間の有する軍事力では百戦錬磨と言われるようになった。しかしその百戦錬磨の軍隊でも、やはり大国アービウスタ連邦の軍と渡り合うのは困難であった。

 そこでミッチェルの考えたシナリオこそ、牙王とリンクする。牙王は国際指名手配されているテロリストであり、その死を誰もが望んでいる。つまり、テロリスト抹殺という大義名分を抱えてナベリウスはアービウスタ連邦に入国するのだ。勿論、真正面から。

「しかしアービウスタ連邦に対して、免罪符としては効力が無い。そりゃそうだ、擁護しているんだから。あの大国が擁護するほどの価値があるということなのだよ、この牙王は。願わくば、この男を生きて連れて帰り、脳みその中全部を見てやりたいね。フハハハッ」

 声を出して笑うミッチェル。酸欠になったのか、背を丸めて咽た。

「……さて、諸君らも分かったか? まとめると、アービウスタ連邦へ武力介入する。相手に攻撃と悟られないようにテロリスト抹殺という形で進入。擁護している分、こちら側は国際秩序維持のために反抗する敵対勢力を撃滅させる。テロリストを抹殺、その流れで他国への武力侵攻を止めるように勧告する。この時点で、ナベリウスの戦力がアービウスタ中枢に浸透している状態を作りたい。受け入れなかった場合、その戦力を発動させて降伏させる――これが私のシナリオだ。後は参謀部が何とかやってくれ」

 そう言いながら、参謀部の幹部が座っている場所を指差してウィンクした。何とも言えない経営者である。当のミッチェルは、「私はただの資本家、作戦を立てるのは私のしごとではない」と口癖のように言っている。

 たったこれだけの話でも、既に三十分は経過していた。腕時計で見るミッチェルは、少し大きな溜息を付いた。その表情を見て、誰もが「面倒くさいのか」と思ってしまうほど、憂鬱そうな顔をしていた。信じられるだろうか。これでも大国と対等な発言力を有する企業の頂にする男は、こうも子供っぽいのである。もし彼がただのしがないサラリーマンであれば、『痛いオジサン』と見られるのは必然的である。

「それじゃ、アービウスタの件に関してはこれにて終了。次に移ろ――」

「社長、その案件の作戦名、どうしますか?」

 バッと席から立ち上がったのは、参謀部所属の青年だった。まだ新人研修も終えたばかりの青年は、少し腰を低くしてそう質問した。

 ミッチェルは顎をさすりながら、ゆっくりと口を開く。

「アービウスタの件は……そうだな、今後は『オペレーション・オリオン』、こう呼ぼうか」

 オペレーション・オリオン。この作戦こそ、全ての始まりとなる作戦になるのであった。


  ■


 陽も傾き、辺りは徐々に暗闇に落ちていく。周辺国の古くからの文化が入り交ざるこの地は、かつて人々が往来する要衝であった。しかし長きに渡る紛争の後、腕力が十数年この地を治め、その後平和が訪れたと思ったら、倫理に反することが行われ、その制裁が下された。血で血を洗わなければならないこの地に、安寧は訪れない。断続的な平和と、人々に恐怖を与えるセミオートで押し寄せる戦火は、どんなに水を掛けても鎮火することはないだろう。

 デルアド共和国は、民主主義・軍事政権・民主主義の、おいしくなさそうなサンドイッチ的歴史を経験した国家。その大地には血が降り注がれ、赤く染まっている。

 特殊作戦群の隊員たちは、国内唯一の空港に集結していた。当然そこには、バルトロメウス率いるアルファチームも居た。トランプで負けに負けたエイブラハムが、暗い顔をしてブツブツ何かを呟いていることに関しては、誰も突っ込むことはなかった。

 ナベリウス陸上軍事部特殊作戦群。陸上軍事部に属しているのは形式的であり、実際には空挺作戦も上陸作戦も行う海兵隊のような存在だ。そのアルファチームこそ、バルトロメウス・バイルシュミット少佐を隊長とする鴉取長門、十朱千尋、エイブラハム・ローランズ、イリス・ヴァルデンストレーム、レックス・フラウロス、アレッシア・ファイアドローの七名からなる分隊である。作戦成功率は極めて高く、戦績も優秀な特殊部隊中の特殊部隊である。とは言っても、国軍とは違うフランクさがあるので、果たして特殊部隊と言えるのかは、誰の眼中にも無いだろう。

「よし、全員居るな?」

 バルトロメウスが今回投入された特殊作戦群全隊員に向かって声を張る。皆が互いの顔を見合わせた後、各々に返事をする。それに頷くバルトロメウスは、エイブラハムを手招きで自分のもとに越させた。

「そしたら、さっさと撤収だ。チャーリーチームから乗り込め」

 と言いながら、大型軍用機を指差す。チャーリーチームが足早に軍用機に搭乗した。続いてブラボーチームが搭乗すると、搭乗ハッチが閉鎖される。軍用機の両翼にある二対四基のプロペラエンジンが始動する。巨大なプロペラがゆっくりと回り始める。次いで、ブラボー・チャーリー両チームを乗せた軍用機がゆっくりと滑走路に入っていった。

隊長ボス、オレらは……」

「オレたちは向こうの輸送機に乗る」

 バルトロメウスは視線を自分の後ろに送る。その視線の先には、格納庫があった。ゆっくりとシャッターが開く。その奥には、滑走路に入っていった軍用機と同型の軍用機が、そこにはあった。しかし機体の色が違うことに、その場に居た者たちは気付いた。先ほど目の前にあった方はグレーカラーで、今目の前にある軍用機のカラーリングは真っ黒なのである。威圧感がとてもある軍用機だ。

「C-130Jスーパーハーキュリーズ特殊作戦群うち仕様。カラーリングの違いに、特に意味は無い」

 エイブラハムが掛けているメガネを指で上げながら、そう言った。その話に感心する長門は、やはりこれは現実であると再認識した。雲が覆う東欧の夜は、昼に比べて少し肌寒かった。

 ゆっくりと長門たちの方へやって来る軍用機。視界の中で、徐々に大きくなっていくそれに、息を呑む長門。不意に、千尋に背を叩かれた。

「長門、小さい子供みたい」

 プププと口で手を隠しながら笑う千尋に、何かを訴えるように目を細める長門。風が駆け抜け、彼らの髪を、肌を、優しく撫でて去っていく。

 やがて、目の前で止まった軍用機の登場ハッチが開く。バルトロメウスがタラップを踏み締めて、機内に入る。続いて、エイブラハム、イリス、千尋、アレッシア、レックスの順で搭乗していく。長門もタラップの一段目を踏むと、不意に背後に広がる光景に目をやった。デルアドの大都市が発する光が空を照らして、雲のディテールを晒す。

 目を奪われていた、と言えば良いか。長門は、現実の幻想の狭間でゆらゆらと揺れている気分だった。

「どうしたのだ、セトよ」

 レックスの一声が、長門を現実に引き戻した。頭を軽く振って、「なんでもない」と答えるとタラップを弾むように登って機内に入っていった。

 こうして長門たちのデルアドでの作戦も終了したのである。


 それから三日後に、長門たちはオペレーション・オリオンに従事することとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る