File-3 ひよこまめ三号

 聖騎士団のキャンプへついた後、三人別々に事情聴取を受けた後、直接竜を見てしまったフィラだけが領主の城へ連れて行かれることになった。

「たぶん団長には直接話してもらった方が良いと思うし、そろそろあいつらも帰ってきてる頃だと思うから」

 レックスとソニアを町で降ろした後、黄色い小型の車の助手席でフィラは緊張しながらリサの話を聞いていた。リサの車は「ひよこまめ三号」という名前なのだと乗る前に教えてもらった。確かにその名にふさわしい、丸っこい輪郭の可愛い車だ。

「領主様、出かけてらしたんですか?」

 フィラは落ち着かない気持ちで首を傾げる。もし会って、あの時会った自称領主が本当に領主だったと確定してしまったらどうすれば良いのか、さっぱりわからなかった。

「そう。昨日急に中央省庁から呼び出しがあってね、ジュリアンとカイとランティスが三人揃って出かけちゃったもんだから、昼頃まで聖騎士団員が一人もいない状態だったんだ、この町」

 リサの言葉は意図せず、でも確実にフィラを追い詰めていく。

「こういうときに限って誰もいないなんて運がないよね」

「だから立ち入り制限とかの処置が遅れたんですね」

 しみじみと呟くと、リサは苦笑を浮かべながら頭をかいた。

「まあ、人員不足なんて言い訳にもならないけどね。とにかく、ごめん」

「いえ、こちらこそ、わざわざ探していただいてすみません。人員を割くの、大変だったはずなのに」

「ああ、良いの良いの」

 恐縮するフィラに、リサは気軽に手を振ってみせる。

「もうだいたい応急処置は終わってたから。報告に戻ろうかと思ってたとこだけど、こっちの報告はそんなに急ぎでもなかったんだよね。だから大丈夫」

 そんなふうに話している間に、車は城門前へ到着する。

 鋼鉄製の重そうな城門は、領主が替わる前と同じように固く閉ざされていた。リサは門の前で車を止め、いったん降りて呼び鈴を押しに行く。リサが呼び鈴を押すと、一瞬の間を置いて、ブリキのバケツを階段で蹴り落としたときのような、何とも風情のない音が城門の向こうでこだました。

 しばらく待つと、脇の通用門から聖騎士団の団服を着た青年が顔を出す。

「リサさん、討伐は?」

 くせのない黒髪に切れ長の瞳の聖騎士は、無表情でリサに尋ねた。人種的にはカイに近いのだろうが、切れ長の瞳や顔立ちはこちらの騎士の方が鋭く、まとう雰囲気は逆にカイの方が張りつめていたように思えた。

「結界の応急処置が一段落ついたとこ。これから報告」

「そうですか。車、車庫に入れてきます」

「あ、うん、よろしく」

 実に淡泊な会話を交わした後、リサは車の脇に佇んでいたフィラへと振り向く。

「さ、入って入って」

「お、お邪魔します」

 城の威圧的な佇まいに気後れしながら通用門をくぐったフィラは、周囲を見回して唖然とした。

「すごい、ですね、これ」

 高い城壁と門に守られた城の前庭は、とても現役で使われているとは思えないほど荒れ果てていた。伸び放題の蔦がぼうぼうに伸びた木々を覆って道にまでこぼれ落ち、雑草が一面に絡まり合っている。

「なんというか、廃墟みたいです……」

「だよね。私もそう思った」

 先を歩くリサが重々しく同意した。

「前任の領主がさ、自分が使ってたとこしか片付けてなかったらしくてさ。しかも自分が使ってた所も引き継ぎ前にわざと汚していったもんだから、そりゃもう、あっちこっちえらい有り様よ」

 フィラは呆れてため息をつく。

「前の領主様がお城に誰も入れなかったわけがわかった気がします」

「こんなえらいことになってちゃ、部下以外の人には見せられないよねえ、やっぱ」

 リサも苦笑と共に言い放ち、やれやれと肩をすくめた。

 二人は人が一人通れる程度に雑草が刈り取られた細い道を辿って荒れ果てた庭を抜け、錆び付いて開かないという正面の扉を迂回して、脇の通用口から城の玄関ホールへ入る。中庭に面した薔薇窓から差し込む色とりどりの光に照らされた玄関ホールは、多少埃っぽいものの庭の荒れた様子と比べるとずいぶん綺麗だった。ホールに足を踏み入れると、立ち並ぶ石柱の向こうから誰かの話し声が聞こえてくる。

「……頼むぜ、ホント。俺たちだっていつもいつもこっちにいるわけじゃないんだから、お前らにしっかりしてもらわないと困る……わかったわかった、泣くなよ、な? こういうのは慣れも大事なんだ……じゃあ今からしっかりやってくれ。どうにか見つけないと大変なことになるんだからな」

 吹き抜けの高い天井に響くのは、聞き覚えのある――先日ランティスと呼ばれていた男の懇願するような声だ。リサと一緒に奥まで進んでいくと、ランティスが手に持って頬のあたりに当てた長方形の小さな機械に向かって話しているのが見えてくる。その隣には痩せ型の長身に高位神官の衣装をまとった壮年の男が佇んでいた。

 会話を終えて機械をポケットにしまい込んだランティスは、深く疲れ切ったため息をつく。その隣で壮年の男が「まあまあ落ち着いて」などと言いながらなだめるような仕草をした。

「ああ~、もう探さなくていいよって連絡届いてなかったか~」

 中途半端な位置で足を止め、何故か息を詰めて様子を窺っていたリサが小さく呟く。

「ったぁく、ラドクリフの部下と来たら揃いも揃って! 上司がアレなら部下もアレかよ!」

 ランティスはリサとフィラには気づいていない様子で、いらいらと頭を掻きむしった。

「そう言わないで下さいよ。ほとんどがろくに訓練も受けていない初年兵なんですから」

「わかってるけどよ。クソッ、あの野郎、わざとそういう奴ばっか残して行きやがったな!」

 頭を抱えたままのランティスに向かってリサが歩き出したので、フィラも慌ててその後を追う。

「ああもう畜生、まだ掃除も終わってねえってのに、なんだってこう次から次へと」

「やっほーランティス、竜の行方のことなんだけどさ」

 リサは片手を上げ、軽い調子で呼びかけた。

「おう、リサ」

 ランティスは嘆きの台詞を中断して振り向き、リサと同じように片手を上げる。

「悪ぃな、急な呼び出しで。捜索までやってくれたのか?」

「捜索したっていうか、情報が向こうから来てくれたんだけどね。こちらのお嬢さんが情報を持ってきてくれたんだ。何でも侵入した竜と会話をしたとかで」

 リサは振り向きながらフィラをランティスともう一人の男性に向かって示した。先日のあまり友好的とは言えない出会いを思い出して微妙な心持ちになりながら、フィラは軽く会釈する。

「竜と会話! そりゃまた……」

 大げさに驚いたランティスは、フィラに目をやってさらに大きくのけぞった。

「っておお、あの時の嬢ちゃんか!」

「知り合い?」

 ランティスの大きな動作にも動じることなく、リサは小首をかしげる。

「ん? まあ、前にちょっとな」

 ランティスは不自然に軽い調子で答えた。

「怪しいなあ?」

 にやにや笑いを浮かべながらランティスを見上げるリサに、黙って成り行きを見守っていた壮年の男性が苦笑を浮かべて間に入る。

「リサさん、追求は職務時間外にお願いしますよ。我々はこれから団長の執務室へ報告しに行くところです。貴方もご同行を」

 ロマンスグレイの男性は言いながら城の奥へ歩き出しかけ、はたと気づいたように振り向いた。

「ああ、その前に自己紹介をしておくべきでした。私はフェイル・ヴァーン。聖騎士団の参謀とこの城の執事役を、先日より務めさせていただいております」

 慇懃に礼を取る男性に、フィラも慌てて頭を下げる。

「初めまして。フィラ・ラピズラリと言います。よろしくお願いします」

 挨拶を交わす二人の後ろで、ランティスとリサは気安い調子の会話を続けている。

「情報が入ったんなら携帯に連絡くれりゃ良かったのによ」

「私こっちで使える携帯端末まだ持ってないんだってば。配置換え三日後の予定だったし」

「あー、そういやそうでした。なんかもう、どうしようもねえな、色々」

「ほんとにね。古ダヌキだちに格好の攻撃材料与えちゃったよね」

「面倒くせえなあ」

 うんざりした調子のやり取りに、フィラは(聖騎士も大変なんだなあ)とまるっきり他人事の感想を抱く。

「ま、とりあえず今の子にもう一度電話してさ、もう探さなくていいからって伝えてくれる? キャンプにいる子には、探索班が戻ってきたら探索を終了するように伝えてくれとは言っといたんだけどさ、さっきの会話の後じゃなかなかキャンプには戻れないでしょ」

「へいへい」

 もう一度ポケットから機械を取り出して兵士と連絡を取るランティスの声を背中で聞きながら、フィラたちは領主の執務室へ向かって歩き始めた。

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