第10話 全力
「春香、投薬行きなさい。今日から調剤も監査もしなくていいわ」
「投薬」というのは、薬局業界の専門用語でいわゆる服薬指導の事だ。薬局のカウンターでお薬の説明をしてお渡しする。また、「調剤」は患者さんの持って来た処方箋に問題が無いか確認し、薬を揃える。「監査」は調剤された薬や薬歴等を確認して、投薬へ回す仕事だ。
投薬は患者さんと接する時間であるが、時に待ち時間が長いとクレームを受け、時によくわからない質問を受け、時に無言で帰っていく。それは患者さんとのコミュニケーションというよりストレスを感じる事も多く、私はあまり好きでは無い。どちらかといえば、調剤や監査のような作業をしていた方が楽で好きだ。しかし、私に調剤や監査をする権利は残っていない。
「じゃあ、まずこの患者からよ」
「はい……」
いけない、返事の声が小さかった。気づいた時にはもう遅く、久美子さんをチラリと見てみると、「やる気あるの?」と言わんばかりにギロリとこちらを睨んだが、何も言わずに調剤された薬のカゴを私に押し付けてきただけだった。
「行きなさい。数打てば当たるわ」
「はい」
今度は声の大きさに気をつけて返事をしつつ、久美子さんの顔色を伺ったがすでに次の監査に入っていて見る事ができなかった。私は一つ深呼吸をした。逃げ出したい気持ちは今でもあるけれど、とにかくやるしかないんだ。私だってクビになるのは嫌だから。そう自分に言い聞かせて投薬カウンターへ向かった。
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