2-2 口から火を吹く

 白桃とガーネットが縁石に座って延々とことわざ討論を続けていると、その後ろから美作たちが現れた。無傷で帰ってきていることから、敵に見つかっているかいないかは言うまでもなく明らかだった。

「帰宅」

「たたいまッス」

「ここは家じゃねえぞ」

「どう見ても外だよね」

「家で座ってるみたいにくつろいでるのはどっちッスか……」

「それで、何かわかったか?」

「中はネフィリム20体ほど、人間は4人ッス」

「うーん。俺ら2人じゃ厳しいものがあるな」

白桃は美作と矢鳥をチラッと見た。この場にいた全員が白桃の発言の意図を察した。

「白桃」

「あと2人くらい味方がいればなあ……」

「鬼」

「そうくると思ってたッスよ!」

「……」

美作は白桃に手のひらを差し出した。白桃が任務をサボって美作たちに横流しする時は毎回このポーズを取るので、白桃にとっては見飽きている。

「なんだ、その手は?」

「皆まで言わせるなッスよ」

「しょうがねえな」

「うわー……汚職のニオイがする……」

「ガーネットも共犯だからな。お主もワルよのう」

「それ言いたかっただけでしょ」

「口外したらどうなるかわかってるッスな……!」

「何をする気よ……」

「ガーネットの秘密を暴露したいところッスけど、実は持ち合わせがないんッスよね」

「美作、ステルスで私の秘密を見つけたりしたら承知しないからね……!」

ガーネットが美作の深編笠を外して脅そうとしたが、ガーネットを睨み付ける美作の目力に易々と敗北した。

「まあまあ。美作はガーネットのことが好きッスから、そんなことできないッスよ」

「え?」

突然の言葉にガーネットの頬が赤くなる。が、それよりも美作の顔がリンゴのように赤くなっていく。それに気づいたのか、ガーネットが持っていた深編笠を奪い取って自分で被った。焦って深編笠を被ったせいで頭の重さに重心を持っていかれて、体をふらつかせた。

「否、断じて否!」

「他の男は論外だが、美作だったらギリギリ婿に迎えてもいいか。数年後には養ってもらえるし」

「自分はダメなんスか?」

「全員ダメに決まってんでしょーが!」

「……」

「あーあ。美作のファースト失恋だ」

「自分はタイプじゃないからいいッスけどね」

「もう帰っていいですか?」

「そんなカリカリするなよ。短気め」

「私じゃなくてもキレるわ。支部長が帰ってきたらチクってやるから」

ガーネットは重力に身を任せてドスンと縁石に座る。

「そうするッス。敵の耐性やら弱点やらもちゃんと調べて来たッスよ」

「よくやった。報酬のコレはガーネットから請求してくれ」

白桃は人差し指と親指で円を作る。

「私がお金持ってるように見えるか! こいつ本当に鬼だな! 白桃は嫌いだ!」

「正直ガーネットがかなり可哀想になってくるッス」

「同意」

「だったらこいつをなんとかしてよ……」

ガーネットの心の叫びにはネフィリムの鳴き声が返ってくるだけだった。ガーネットはもう一度ため息をついた。

「はあ……GARDEN に女の子が入ってきてくれないかなあ……」

「支部長がいるじゃないッスか」

「どう考えても女の子って歳じゃねえだろ」

「白桃への復讐も兼ねてチクってやろっと」

「それはシャレにならないからやめろ」

「はいはい。美作が昼寝に入りそうなんで本題に入るッスよ」

矢鳥は紙の資料を配布した。ネフィリムのデータや敵の各能力についての資料だった。ガーネットは矢鳥がペラペラと情報を説明しているのをわからないなりにも聞いていたが、白桃と美作は睡眠に入っていた。

「まとめるとッスね……」

「例の男は斬撃に強くて火に弱い。支部長とその部下は弱点無し、と」

突然喋りだした白桃の声でガーネットは驚いたが、説明していた矢鳥は感心の声を出した。

「うそ……なんでわかったの」

「聞いてたからに決まってるだろうが」

「私は説明されても全然頭に入ってこなかったのに……悔しい」

「残念だったッスね。クロウラーには自分が適役なんで自分に任せてほしいッス」

「あとは、本当に敵に回っちゃったんなら、支部長が厄介すぎるね……」

両腕を高く上げて伸びをしたガーネットの腕を美作が指でつつく。

「手榴弾だ」

「手榴弾?」

「美作が手榴弾を投げれば、相手に気付かれないままドカン、ッスから」

美作はガーネットに手のひらを差し出した。

「なるほどー……美作、その手は何かな?」

「対価を要求」

ガーネットはゆっくりと白桃の顔を見る。白桃はその手を顔まで上げて敬礼した。

「あいにく俺は金を持ってねえからな。ガーネット、頼んだぞ」

「はいはい。私が払えばいいんでしょ! 全く……」

「じゃ、契約成立ッスね!」

「私のファッション代がどんどん削れていく……」

「子供は安物でいいだろ。色気付けようとしやがって」

「あ、彼氏ができないか心配してるッスね」

「なんか言ったか?」

「何も言ってないッスよ」

「そもそも、こいつに彼氏なんかできるわけねえだろ」

「白桃、殴るよ」

「美作、これはチャンスッスよ……って! 一人で乗り込んでっちゃダメッスよ!」

美作はスタスタとビルの中へ入ろうと歩いていく。

「小学生が一番マジメじゃねえか。ははは」

「私だってマジメにやりたいのに……」

「誠に申し上げにくいッスけど……無理じゃないッスか?」

「泣ける」

3人は美作を追いかけてビルの中へ入っていった。


 3人は支部長たちがいる部屋の前まで到着した。残る美作はステルスでその前または後ろで手榴弾の準備をしているので姿は見えず声だけが聞こえる状況だった。

「行くぞ。俺と美作は支部長、ガーネットは精神投影の男、矢鳥はネフィリムの相手、残りは適当に、だな」

「了解」

「了解ッス」

「いえっさー」

「よし、乗り込むぞ」

白桃はドアを勢いよく開ける。美作たちの報告通り、部屋には20体ほどのネフィリムと操られている支部長とその部下二人、精神投影の能力らしき男が一人いた。

「チ……もう嗅ぎ付けてきたか……」

「あんたは誰!」

「俺は……悪夢……。悪夢と呼ばれている……」

悪夢と呼ばれる精神投影能力の男は、全身真っ黒のフード付きパーカーに丈の長いズボンを履いていた。服とは反対に、日陰で過ごしてきたかのような白めの顔や手だった。その形だけでも、筋肉や贅肉の無い痩せ型の体型であることがわかる。

「お前が何をしているかは知らないが、支部長は返してもらうぞ」

「貴様らごときに……遅れは取らない……」

悪夢は音もなく宙に浮いた。

「支部長の能力、ッスね」

「重力がない分、動きも速くなってるからな。気を付けろ、ガーネット」

「わかった!」

悪夢は自分と戦うつもりらしい少女に攻撃しようとした。その後ろで、何かが落ちる音がした。悪夢と支部長は音のしたほうを振り向く。すると、そこには手榴弾が落ちていた。二人は回避行動を取ろうとした頃にはもう遅かった。手榴弾が爆発し、二人はその破片や衝撃波で吹き飛んだ。

「何ィ……!」

「ナイスッスよ、美作」

ステルスを解除した美作は矢鳥とハイタッチを交わす。

 支部長は白桃に指を差す。すると、支部長の近くに設置されていた金庫のような正方形の鉄塊が宙に浮き、白桃のほうへ高速で飛んでいく。

「やっぱり俺か!」

金庫は避ける間もなく白桃の頭を直撃した。その衝撃は白桃の視界をぼやけさせるには充分すぎるほどだった。

「白桃!」

「ああ大丈夫だ。俺はいいから自分の心配をしろ」

 「貴様ら……!」

「それはこっちのセリフだ!」

悪夢は重力を無視した動きでガーネットへ飛びかかったが、ガーネットは横に大きくジャンプして回避した。ガーネットはその着地の勢いを利用して悪夢へ向き直し、手のひらで生成した火の玉を悪夢に投げつける。

 悪夢に当たった火の玉は一度収縮し、大量の空気を吸い込んで爆発を起こした。爆風が直撃して戦闘不能になった悪夢はビルから飛び降りた。

「え、ちょっと!」

ガーネットは悪夢を追ってビルの下を見ようとした。しかし、支部長の部下たちが自分に銃口を向けていることに、ガーネットは気付かなかった。

「馬鹿野郎!」

「私は野郎じゃ……!」

ガーネットの服に黒い穴が空き、周囲の床に鮮血が飛び散った。腹部の感覚が消えたような気がしたガーネットは手でその部分に触れてみた。

「──な、なんじゃっ……!」

ガーネットの腹から全身に激痛が走った。息をするだけでも体を反射的に丸めてしまうほどの痛みを感じたガーネットは咳と共に口から血を吐き出した。

「助けに行きたいところッスけど、なんとか耐えてもらうしかないッスね……!」

クロウラーの攻撃でかすり傷を負った矢鳥は息を思いっきり吸って一気に吹いた。数十体いたクロウラーの群れは、小さな竜巻と化した矢鳥の息吹に飲み込まれ、風と共に消滅していった。

「あー。白桃、怒ってるッスね……。変に暴走するところとか、やっぱ血繋がってるッスよこの親子……」

「お前らに罪はないんだろうが、無防備の女の子を狙ってんじゃねえよ」

カチャ。と、刀が鞘に納まる音がした。瞬間、部屋の壁に一直線の大きな傷ができた。支部長の部下たちは気絶して部屋の隅に転がっている。

「美作! 支部長の妨害を頼むッス!」

「了解」

美作は部屋内で突然照らされた光に乗じて攻撃するも、なお立ち上がった。ガーネットは腹から片手を離して、支部長をマフラーで縛ろうとするが失敗した。

「後は俺に任せてろ」

白桃は刀を逆に持ち変えて支部長の背中を叩く。白桃が刀を下ろすと、支部長の全身の力が抜けていった。美作がその体を支えた。

「──安心しろ。峰打ちだ」

「ひゅー。カッコいいッス」

「ったく。ガーネット、大丈夫か?」

「危うく殉職しそうだよ」

「笑えねえな」

「冗談が言えるくらいなら、まあ大丈夫ッスかね?」

「私は自分で応急処置しとくから、皆は何かないか調べといて」


 ガーネットに撃ち込まれた弾は内臓に到達していた。応急処置もあって、支部長やその部下と共に即日退院が許された。

 ビル付近に悪夢の姿はなかった。支部長の能力を利用して落下後も着地し、そのまま逃げ切ったようだ。退院してすぐオフィスに戻ってきた支部長はご苦労様でした、と報告した白桃たちにお礼を言った。

「私のために、ガーネットさんや美作さんたちにまで迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないです」

「いえいえ。とんでもないッス!」

「当然のこと」

「待て、俺へのお礼がねえぞ!」

「そこは重要な問題じゃないでしょ……」

「ということで、良い機会ですし、岡山周辺のGARDENたちで飲み会を開きませんか?」

「ブドウジュースを飲む会だ……」

「残念ながら俺は参加費に充てられるほど金も持ってないしなあ」

「今に始まったことじゃないけど、ずっとお金の話してるよね。あんたと美作と矢鳥の3人」

「自分もッスか!」

「自分もっすよ」

「もちろん、皆さんの分、私の奢りです!」

「行く」

「行くッス」

「さすが支部長……! こういう大人の女性になりたいなあ」

「それに、ガーネットさんに会わせたい人もいることですし」

「私にですか?」

 そして、夜になり、数々のGARDENのオーダーたちが居酒屋に集結した。年齢の関係でアルコールを摂取できないガーネットもその場に来ていた。

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