1-3 遊び呆けて団子を落とす(終)
「うわー。でかいね、こいつ」
「だから言っただろ。お供にはクロウラーが40体ほどか……。面倒なことになってやがる」
「確かに、堅そうな甲羅だなあ。私にも割れるかな?」
「それについてはお前もガキとはいえ道場で認められたほどには強えから心配してないが、問題はあのハサミだな……」
シーエは巨大な鋏を横に振りかぶった。赤黒く固まった血がついてあり、薄暗い部屋というのもあってホラーチックな雰囲気を漂わせている。
「アレに挟まれたら、かなりやばいね。真っ二つになって死ぬのは勘弁してほしいや」
「挟まれるだけじゃないぞ。撫でられるだけでも俺の刀で切られるくらい持ってかれるだろう。そうそう、こんな風に……!」
白桃たちを横薙ぎで一掃しようとするシーエの爪を、白桃はバックステップを踏んでかわし、ガーネットは長い髪の一部を犠牲にして頭すれすれで避ける。
「ぎゃー! 私の髪が!」
「空気を読めよ空気を! 今俺が喋ってんだろうが!」
「茹で蟹にしてやる……!」
ガーネットのマフラーが一瞬で
「それは茹でるというか焼くって……、いや、もうなんでもいい! やっちまえ!」
「おらあああ!」
ガーネットのマフラーがシーエの胴体と顔の部分に巻き付く。
「燃え上がれえええええ!」
マフラーはシーエの体を
「視界も明るくなったな。これで切りやすくなる」
白桃は
「よし! 私はこのまま畳みかけるよ!」
ガーネットは炎を消そうと爪を閉じているシーエの腕を伝って一気に頭を攻めようとする。閉じた爪に乗ろうとマフラーを広げながら思いっきりジャンプすると、突然、シーエの爪が開いた。
「え? ちょっ……、うわっ!」
「馬鹿野郎! そこから早く逃げろ!」
「え? ……ぐうっ!」
足の踏み場のないガーネットは、シーエのそれぞれの刃の真ん中へと着地し、逃げようと思った時には既にシーエの鋏にしっかりと掴まれていた。
「痛い……! ヤバいって、これは……!」
ガーネットの胴体が鋏で締め上げられていく。鈍い音をたてながら収縮している部分から下の服が握り切られている部分からの出血で赤黒く染まっていく。シーエはその大きな口を開けた。
「!? 嘘……?」
ガーネットの体がシーエの顔に近付く。しかし、ついさっき見た魚のように頭から齧られるという予想とは違って、シーエの口から黒い液体が発射された。避ける術もないガーネットはその液体を顔から被る。それを食らったガーネットはシーエの鋏から解放される。
「大丈夫か! ……今のはまさか、墨か?」
「墨は墨みたいだけど、今ので目がやられた……!」
「わかった。俺もそっちに行くから変に暴走するんじゃねえぞ! ……って、うおっ!」
ガーネットの方を向いていた白桃は目の前のクロウラーたちの動きに気付かず、突進をモロに食らってしまうが、すぐに受け身を取って立ち上がり、抜刀の姿勢を取る。
「空気はな、こうやって読むもんなんだよ!」
白桃の刀から
「こんっのやろおおおおお!」
ガーネットのうなじが赤く光った瞬間、炎混じりの強風が後方に吹き荒れる。オーバーブースト。ガーネットの身体は、一時的にだけ限界を超えた能力を発揮できる。その代償として致命傷ができてしまうほど身体に負荷がかかってしまう力によって柱のような巨大な円柱状の炎を纏ったマフラーはシーエの胴体に巻き付いて、ガーネットの超人な力によって思いっきり締め上げられる。
「さっきのお返しだああー!」
マフラーがシーエの甲羅を焦がし、割っていった。……しかし、シーエはその攻撃で倒れることはなかった。その鋏は、無慈悲にも目に墨を吐かれほぼ全ての力を使い果たして攻撃を避ける力すら湧かなかったガーネットの真上にあった。ガーネットは死を覚悟し、顔をうつむけて強く目を瞑った。
「……ったく。だから暴走すんなって言ったんだろうが」
驚きのあまり思わず顔を上げて前を向いてみると……
白桃がガーネットへの攻撃を、左肩で庇っていた。
白桃の左肩は外れ、明らかに重症を負っているが、そんなことは気にしていない様子でシーエの鋏をどかし、気の抜けたようにゆっくりとシーエのほうへ歩き始めた。
「それにしても蟹さんよお。駄目じゃねえか」
ガーネットは、白桃が自分を庇ってから突然部屋の中が静かになったように感じていた。静寂の部屋の中で、白桃の声だけが反響した。
「かわいい我が娘をボコボコにして墨吐いて、あげくの果てに殺そうとするなんてなあ」
白桃の顔を見つめたまま硬直しているシーエの胴体の部分が白く光っているのが見えた。だが、これはシーエの体が光っているのではなく、白桃の首のスペックカラーが光っているんだとすぐ気が付いた。そうしている間に、白桃の体が一瞬だけ消え、一瞬、シーエの頭から一本、角が生えたように見えた。
「——本気出さねえといけなくなるじゃねえか」
無音だった。シーエが堅い甲羅ごと脳天を貫かれたとわかった頃には、白桃は既に刀をしまう動作を終えていた。炎も消え、再び薄暗くなった部屋の中で、ぱちん、と刀が鞘に収まる音とシーエが倒れる音だけが響いた。
2人は建物の外へ出た。
「技術はほぼ一人前でも、頭の中はやっぱりガキのままだな、お前は」
「反省はしてる。……でも白桃だって最後の一撃の時には血が昇ってたよね?」
「登ってるわけねえだろ。ガキじゃあるめえし」
「はいはい、じゃあもうそれでいいですよ。怪我治しに行かなくちゃだね。これ」
「支部長のオフィスまでの道に病院があるだろ。そこ寄ってこうぜ」
「いや、オフィスが先じゃないとダメでしょ」
「ああ? あんなの後でいいだろ」
「あんたもやっぱりガキだよ。社会人としての意識が欠落してるもん」
「違うな。真の社会人はこういう時に菓子折りとマネーを渡す」
「……もう、怒られてもクビにされても私知らないから」
2人は病院で処置を受けてから、お菓子を買ってオフィスに戻ることにした。この時、この場で縛り上げておいた2人の男がいなくなっていることには気が付かなかった。
岡山市、某オフィス最上階の一室。そこで、きびだんごが入った箱が落ちる音がした。落下の衝撃で、小袋で包まれた団子3個が箱から飛び出し、ぺちっ、という音を最後に静止する。
「あの……もう一回おっしゃって頂けませんか……?」
右腰に刀をぶら下げて、さながらミイラのように包帯を巻かれている中年男性は、落とした団子には目もやらず、こわばった顔のまま固まって、さっきまでこの場にいた支部長とは違う、関東支部長を名乗る男に聞き返す。
「あなたたちの上司は誘拐されましたと言っているんです。あなたたちが任務に出向いている間に。あなたたちと共に行動しているはずの男二人を連れた、別の男によって」
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