1-2 遊び呆けて団子を落とす

 白桃は刀を構え、姿勢を屈ませる。†ハイスピード†☆ストレングスエンハンスの肉がギチギチときしむ音を鳴らす。危険を察知した白い布の男たちは深く身構えようとした。その時、片方の男——男Aの目の前では既に白桃が刀を振りかぶっていた。

「!?」

白桃の軽く本気の峰打ちを受けた男Aは一瞬で吹き飛び、ビルの壁に叩きつけられる。そのまま気絶して床に転がった。

「あれ、死んだんじゃないの。斬ってないだけで」

「んなわけあるか。峰打ちだ、峰打ち」

「もし死んでたらクビどころか、普通にお縄にかけられて牢にぶちこまれることになるんだけど」

「俺らが死ぬよりはいいだろ。ほら、ボヤボヤせずに目の前の敵に集中しろって」

男Bはガーネットの脚に銃を向け、そのまま発砲する。銃声に驚いたガーネットが反射的に片足を上げると、その足元の地面に火花が散った。

「あぶなっ!」

「避けれたならいいがなあ……あんまりヒヤヒヤさせるな。寿命が縮んじまう」

「それは敵に言って欲しいな」

ガーネットは燃え盛るマフラーフレイムタンを構え、それを銃を持つ男Bの腕に引っ掛け、そのまま引き寄せるように思いっきり引っ張る。

「っんどりゃああ!」

ガーネットは体の向きを変え、背負い投げの要領で服に火が燃え移っている男Bを投げ飛ばした。男Bが地面に叩きつけられると同時に爆発音がして小さな火柱が立つ。ところどころに炭のついた男Bは動かなくなった。

「お前も人の事言えねえじゃねえか」

「思ったよりも綺麗に決まっちゃってさ。銃持ってるのも忘れて思いっきりやっちゃった」

「……とりあえず、2人とも息はあるみたいだな」

「逆になんで生存してるの」

「そりゃ……死ななかったからだろ。細かいことは気にするな。生きてたらそれでいいじゃねえか」

「そうだけど、エスカレートしないようには気を付けようね……。ゲームオーバー確定するから犯罪者にはなりたくないし……」

「へい」

白桃は気を失っている男2人の首根っこを掴んで持ち上げる。

「で、どうすんだ? こいつら」

「支部長には言っとかないと駄目じゃない? ホーレンソーだよ」


 「あれ? 支部長、電話に出てくれないね」

「若いのに粋がってるお前にムカついてるんじゃねえのか?」

「あんたがデスク切ったのにムカついとんじゃ!」

「いくらなんでもデスク叩き斬ったぐらいのことで電話を無視するような奴じゃないはずなんだがな、あいつは……」

「全く『ぐらいのこと』じゃないし支部長のこと信頼しすぎでしょ」

「とにかく、出ねえなら仕方ねえな。縛り上げてそこらへんに放置しとけ」

「いえっさー」

ガーネットが男Aを縄で巻いていると、男Aがかすかに目を覚ました。黒目も戻ってきている。

「うう……」

「お、男A! しっかり! 白桃! 男Aが目を覚ました!」

既に男Bを縛りあげて逆さ干し状態にして遊んでいた白桃が駆け寄る。

「どうした、何があったんだ」

「あ、悪夢……」

「悪夢?」

「悪夢……俺ら……あやつ……ガクッ……」

「ねえ! 男A! 男Aぇぇぇぇ!」

「耳元でうるせえなあ。しかも普通に生きてるじゃねえかこいつ」

「生きてるのか」

「悪夢、俺ら、あやつ……、か……」

「あ奴、って誰だろうね?」

「くそっ。先に言うなよ。"あやつ"で、操る。せいぜい精神投影イメージリアライズの特性能力ってとこだろ」

「なるほど、天才か。じゃあ、悪夢は何なの?」

「知らん」

「じゃあ私はこう思うな! 悪夢って、ナイトメアでしょ? って事はやっぱりナイトメアイメージ……とか闇のオーラをブワーって出」

「俺は先に行ってるからな。後の妄想はその男どもにでも聞かせてやれ」

「え、ちょっと置いて行かないで! この人たち本当に置いていくの!? ねえ! 白桃ってば!」

ガーネットは男たちを置き去りにして建物へ入っていく白桃を追った。建物に入ると、ネフィリムの鳴き声が時々聞こえるものの、白桃たちのいる階層にはいないようだった。

「二手に分かれる? ネフィリムもいないみたいだし」

「そうだな……5分経ったらここに集合にするか。何か見つけたらここに持って来るか、それぞれ2人で見にいこう」

「いえっさー。5分経って戻ってこなかったら?」

「その時は入れ違い覚悟で探しに来い」

「オッケー。じゃ、5分後」


 白桃は、進んだ先にあった、窓も光源もなく薄暗い部屋の壁に多数の傷跡が刻まれていることに気が付いた。数十もの小さな傷跡の中に、一つだけ格別に大きな爪痕があった。

「ったく。部屋が暗えと何にも見えやしねえ。やっぱガーネットと動くべきだったかもしれねえや」

白桃は壁に近付き、腕や刀を使ってそれぞれの傷の長さを測った。小さな傷は大人の人差し指程度の長さだったが、大きな傷は日本刀一本では足りないほど大きいものだった。調べていると、いくつか先ほどの男たちが使用していたものと同じ銃痕もまばらについていた。

「これはネフィリムクロウラーの殻の跡だろうな。あのカチカチ芋虫ならガーネットと相性が良いから問題ないが……。問題はこっちの、でけえ傷のほうだな。何者だよ、こいつは……?」

時計を見てみると、もう少しで約束の時間が来るころだった。

「支部長のヤツ、何が『あなたたちでも簡単にできます~』だよちくしょう……。ここは、後のことはガーネットに任せて俺はトンズラするか」


 一方、囮にされようとしていることを知る由もないガーネットも重要な情報を見つけていた。

「くっさいなあ、ここ……。はあ。白桃にこっち行かせてればよかったなあ……」

ガーネットは鉄のような潮のような生臭い臭いが入り混じった部屋へのドアを開いたり閉じたりしている。覚悟を決めて、マフラーを鼻の部分まで上げて部屋の中に一歩踏み込んだ。

「暗い。何も見えないじゃんか……」

ガーネットは手のひらの上に火を出し、それをランプ代わりにして部屋の中を灯してみた。すると、部屋の中は真っ赤な血しぶきで染まっていて、床には真っ黒な目をした魚がピクピクと痙攣を起こし、部屋の隅っこでは芋虫のようなネフィリムの体が半分に切断されていた。この部屋は年頃の女子が見ていいような風景ではなかったが、ガーネットはなんとか持ちこたえられた。

「はあ。気分が悪くなるな……」

大きくなる心臓の音を抑えようと努めつつ、部屋の中を一歩、一歩歩き、探索することにした。ネフィリムの体は、遠目では切断面は綺麗に二つに分かれているように見えたが、近付いて見てみると、刃物というよりはペンチのような切れ味の鋭くないもので無理やり引きちぎっているようだった。

「どれにしても、キモさ倍増って感じ」

続いては魚。魚もネフィリムと同じように、近付いてみると意外な事がわかった。魚が海から陸へ打ち上げられたそのままの状態のように見えたが、何か大きな口でかじられたような跡が付いている魚が魚たちの山の中に埋まっていたのだ。

「魚に関しては白桃のほうが詳しいし、何匹か持って行ってみるか。……ひぃっ!」

ガーネットが魚を指先でつまむと、魚がピチピチと暴れ出した。

「……はあ。びびらせないでよ」

平熱の高いガーネットの手には暗い部屋で放置されていた魚は冷たすぎたが、我慢して持っていった。


 「……どうした? 俺のいない間に釣りにでも行ってたのか?」

「冗談じゃないよ。こちとら気味の悪い部屋でいろいろ探し回ってさ。もうひどかったんだから本当に」

「それは災難だったなあ。ただ、この魚、かなり新鮮だぞ。放置されてからまだ一日も経ってねえ……むしろ、半日すら経ってないかもしれねえ」

「という事は……。半日前頃に、ここに魚を持ってこれる誰かが来ていた……?」

「そういう事だ。お手柄だぞガーネット。俺は役立たずみたいだし事件解決の名誉はお前にあげて俺は家に帰」

「らせるワケないでしょ。話も終わってないし」

「まだあるのか」

「芋虫みたいなネフィリムが真っ二つにされてた」

芋虫クロウラー? おいおい。いいか? あいつらの殻はかなり堅えんだ。あれを真っ二つにしようと思ったらどれだけ……?」

白桃はネフィリムについての講義を止め、腕を組みながらしばらく考え込む。

「白桃?」

「おい、そいつ、デカかったか?」

「大きさは普通だったな。ただ、切れ味が鋭いというよりは、鈍いもので無理やりちょん切った感じだったよ」

「なあ、さっきの魚、もう一回見せてくれないか? あと、火もつけてくれ」

「う? うん、いいよ?」

白桃は魚を火に灯して、くるくる回す。

「焼き魚にでもするの? 私はパスで。あんなの見た後に食べられるもんじゃないや」

「馬鹿。ほれ見てみろ、泡が付いてるだろ」

「泡? ついてるね」

「俺が行ったほうの部屋でな、刀より大きい爪痕があったんだよ」

「うん」

「そいつの正体はおそらくシーエだ」

「シーエ? ネフィリムの名前?」

「そうだ。ハサミみてえな爪を付けてな。……まあ、わかりやすく言うと、蟹だな」

「蟹ねえ……」

「念のため言っておくが、そこらの雑魚ネフィリムとは比べものにならないくらい大きいからな。人間でも気を付けないとそのクロウラーの死体みたくなっちまうぞ」

「……ねえ。この任務、明らかに私達には荷が……」

「そうだ。だから俺は帰るぞ。後はお前がなんとかしろ」

「無理に決まってんでしょこのタコ!」

出口へと向かう白桃の背中に、明かり代わりにしていた火の玉を投げる。が、白桃はそれを振り向きながらの居合斬りで二つに分ける。

「タコじゃねえ! 桃から生まれた桃太郎だ!」

「うっさい! 桃太郎どころか鬼……いや、せいぜい悪代官でしょうが!」

「鬼でよかっただろ!」

「悪代官!」

「……はあ。しょうがねえな。俺もついて行ってやるよ」

「わーい。ありがとう白桃」

「ただな、さっきも言った通り、シーエは甲羅が異様に堅くてな。俺の刀でも大したダメージは与えられねえんだ。そうなると、アイツの討伐はお前のマフラーか関節技頼りになっちまうぞ」

「まあいいよ。一人で相手するよりはだいぶ楽になるだろうし」

「じゃあ、そろそろ行くか。覚悟はできてるな?」

「もちろん」

白桃とガーネットはそれぞれ、袖の下とポケットに手を突っ込んで、横一列になって階段を上った。その先の門を開くと、ネフィリムが多数と、蟹のような形をした大きなネフィリムがその中心に立っていた。

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