御後が楽しいようで
エルシエロシ
Part1 遊び呆けて団子を落とす
1-1 遊び呆けて団子を落とす
岡山市、某オフィス最上階の一室。そこで、きびだんごが入った箱が落ちる音がした。落下の衝撃で、小袋で包まれた団子3個が箱から飛び出し、ぺちっ、という音を最後に静止する。
「あの……もう一回おっしゃって頂けませんか……?」
右腰に刀をぶら下げて、さながら武士のように和服を着こなす中年男性は、落とした団子には目もやらず、満面の笑みのまま固まって両掌を握りながら上司に聞き返す。
「あなたたちをクビにしないといけない、って言ってるんですよ」
眼鏡をかけた長身長髪の女性がこう返す。
「いや! 私は真面目にやろうって言ってるんですよ! でもこの人がやらんでいいって! 私は悪くないです! クビにするのはこの男だけです!」
大人たち二人よりかなり背の小さい、厚木の服を着た中学生くらいの少女が男を指さして大声を上げる。
「いえ! もう決まってるんですよ! あなた達二人とも、一向に働く気がないならGARDENを除籍してもらいます!」
「そんな固いこと言わずに。俺とあんたの中じゃねえか……なあ?」
「友人としての交流は嬉しい限りですが、あなた達のガーデンオーダーとしての意識の欠落とは無関係です!」
これ以上言い争っても意味がないと諦めたのか、男は口で戦うことを止めた。その代わり、
「かくなる上は……!」
右腰にあった刀を抜き、女性に切りかかる。女性はすんなりと刀を
デスクがハの字状に倒れる音で少女の氷が溶ける。目の前で起きている事態を何とか飲み込めた瞬間に膝から崩れ落ちる。自分のデスクが破壊された女性の目は笑っていたが、他の部分は一切笑っていなかった。
「……流石に、自分の上司に攻撃する人なんて今までで一度も聞いたことがありませんよ」
「者ども! 出会え!出会え!」
男の声を聞いたのか、部屋の外からオフィスの警備員たちが一斉に銃を構える。ただし、銃口は男と少女に向けられていた。
「本っっ当! 馬鹿じゃないの!? 社会生活やり直して来たら!」
「ああ! 年上に向かってなんだその口の利き方は!」
「当たり前でしょうが! 普通にハイハイスイマセン真面目にやります、って言っときゃ良かったのに、なんでいちいち切りかかろうなんて思うんな!」
「お前から叩き斬ってやろうか!」
男は再び刀を抜く。
「ええよ! こっちこそ締め上げてやる!」
少女も首に巻いてあったマフラーを引き抜き両手で構える。少女の足元にあった紙が燃え始め、次々と引火していく。隣どうしで睨みあう2人は視界の隅で先ほど真っ二つになったデスクが浮いているのに気が付かなかった。
「私の事務所で、騒ぐなー!」
浮いていたデスクが女性の叫び声と共に二人の側頭部へ飛んで行く。それを避けられなかった2人は気を失った。
岡山県岡山市。ここは人を食らう怪物――ネフィリムの出現もめったになく、比較的穏やかに生活を送ることができるエリアだ。岡山駅東口。大通りへと続く広場には桃太郎の像と大きな球体の水玉を形作る噴水が、片方は傍を歩く鳩の鳴き声、もう片方は雨の日のよう水音を立てている。待ち合わせ場所となっている桃太郎像の石段に腰を掛けて団子を食べる一人の男がいた。黒の頭髪をオールバックに薄い和服を着て、刀を腰に付けている、まるで江戸時代の武士のような格好をしたこの面長で少し肉のついた中年男性は、ネフィリムやネフィリム信奉者への対処を行う組織GARDENの中国四国支部に所属している。コールサインは白桃。
「あ、白桃! 今日は吉備団子なんだ! 私にも一つちょうだい!」
「やめろ、ガーネット。これは俺の金で買ったんだ。俺が食わなくてどうする」
団子を持った白桃の脇の下からひょっこりと顔を出した、ガーネットと呼ばれた少女は白桃のバディとして共に行動している。電気ヒーター付きの黒いジャケットを羽織り、ダメージの付いてないスキニージーンズを履き、首には真っ赤なマフラーが何重にも巻かれている。夏も近付いてきた春には暑すぎる服装である。だが、彼女にとってはこれくらいがちょうど良いらしい。
「いいじゃん、ちょっとくらい。減るもんじゃないしさ、ケチ」
「何言ってやがる。俺の食う分が減るだろうが」
「まあ……確かに」
「納得するなよ。真面目か」
「白桃と違ってね」
ガーネットは白桃が持っていた箱から一包みの団子を取り出して食べる。おい、と白桃の声を無視して大通りへ繋がる横断歩道を渡った。2人は、GARDEN中国四国支部を仕切る支部長から呼び出しを食らっていた。白桃はもう一つ団子を食べ、信号が点滅し始めた横断歩道を走って渡った。
次に目を覚ました時には、2人はついさっき暴れまくっていた支部長の部屋の隅っこに寄せられていた。白桃もガーネットもほぼ同じタイミングで目を覚ました。支部長は代えのデスクの手配をしているのか、それには気づいていなかった。2人はむくりと起き上がる。
「……なんか私、走馬燈を見てた気がする」
「俺もだ」
白桃は起き上がった際に、服に大量の白い粒が付いているのに気付いた。嗅いでみても臭いはない。試しに舌の先っちょだけで舐めてみると……塩味がした。ちなみに、ガーネットの服にも付いていた。
「お前! 俺に塩撒きやがったな!」
「当たり前ですよ! あなた達は清らかな心を持ってください!」
「私にもかけられてるし……しょっぱい!」
「それはそうか。デスクは真っ二つにされたかと思ったら今度はボヤ騒ぎだもんな。ハハハ」
「笑いごとですか! 今度の任務に失敗したが最後、賠償請求も辞しませんからね!」
「そんなー。俺たちがどれだけ貧乏な暮らしをし……」
「てる人はお菓子を買ってる場合じゃありません!」
「ごもっともだ。だいぶ話が横道に逸れちまったが、任務が届いてるんだろ?」
「誰のせいだと思ってるんですか……。任務はあなた達でもできる簡単なものです。郊外の廃ビルでネフィリムの出現が確認されましたので、その討伐をお願いします」
「はあ……簡単なので良かった。ホーライノタマノエを持ってきなさい、とか言われたらもう……」
「おとぎ話じゃあるまいし。それにしても、久しぶりのネフィリムじゃないか?」
「それはあなた達がサボっているだけです。気絶している間に部下を2人、先に向かわせたので合流したのち、協力してください」
「部下……? 美作と矢鳥か?」
美作と矢鳥もGARDENの一員でバディを組んであり、ガーネットとは知り合いである。白桃とはかなり仲が良い。しかし、白桃のバディとは成績も名誉も天と地の差がある。
「いいえ。彼女たちにはもっと適任の素晴らしい任務を与えていますので」
「違うのか……。やりにくいな……」
「何か不満でも? 文句があるなら今すぐにでも……」
「い、いえいえ。誠心誠意働かせていただきます」
「よし、では行ってきなさい」
無理やりオフィスから追い出された2人は、同時に溜息をつく。
「はあ。支部長に切りかかるなんて、普通だったら無慈悲にクビにされてゲームオーバー、私達は餓死して終了めでたしめでたいはいセッション終わりだよ……」
「ったく。冗談の一つもわかりゃしねえんだから」
「冗談で机を真っ二つにする?」
「そのほうが置き場に困らないだろ。あのなぁ、俺は支部長を気遣って……」
「はいはい。冗談は後で聞くよ。廃ビルに行けばいいんだったよね?」
「俺に聞くなよ」
「……もしかして、聞いてなかった?」
「2人で同じ話聞かなくて良いだろ」
「これまでの50年間、よく暗殺されずに過ごしてこれたね」
「第一、お前だって書類を思いっきり燃やしてただろうが」
「あれは事故みたいなもんじゃ!」
ガーネットは駅に向かって歩き出す。白桃も続こうとするが、一度オフィスを振り返る。
「……団子、置いてきちまった」
箱から団子をつまみ食いする2人は、避難して人のいない閑散とした工業地帯で1つだけ浮いたように存在する小さな廃ビルの真下に到着した。その入り口で銃を持った男が二人立っていた。
「やっと到着」
「はあ疲れた。後はあいつらに任せて俺らは帰ろうぜ」
「そんなことしたら私達はチクられて職を失うっつーの」
「チクる? 安心しろ。そのためにこれを買って来たんだ」
白桃はガーネットに封を開いた団子箱を見せびらかす。
「……口止め?」
「わかってるじゃないか。お主もワルよの」
「もう付き合ってらんない! おーい!」
ガーネットはビルの入り口で直立する二人組の男に走り寄って声をかける。男たちはガーネットに気が付くと、目を閉じながらゆっくりとガーネットたちの方を向いて、目を開く。
「ネフィリムがわんさかいる敵陣の前であんまり大声を出すなガーネット……。おい! そいつら……」
白桃の警告は一足遅かった。白目を剥いた二人組はガーネットに銃を向けていた。白桃は刀を抜き、ガーネットのもとへ一直線に走る。その後ろでは団子が入った箱が垂直に落ちていった。
「……へ?」
上ずった素っ頓狂な声を上げて足を止めるガーネットの眼前には弾丸が近づいていた。
「ガーネットォ!」
ガーネットへと放たれた銃弾は全て白桃の刀によってはじき落とされた。ガーネットは全身の力が抜け落ちるようにその場にへたり込む。
「は、はは。死ぬとこだったんじゃないの私?」
「話はあとだ。立てるか?」
白桃は刀を片手に持ち替えて、座っているガーネットに手を伸ばす。
「あ、ありがと……」
「何照れてるんだよ。……それにしても、だ」
ガーネットを立ち上げた白桃は男たちのほうを向き、刀を両手で持って上に向ける。男たちは白桃にも銃を向ける。
「どういう了見かは知らねえが、不意打ちで女子供を襲ったからにはそれなりの報いを受ける覚悟はできてるんだろうな……!」
「さすがの私も、今のにはちょっとびっくりしたなあ……!?」
ガーネットもお尻についた砂をはたき、首から一気にマフラーを抜く。ガーネットの持つマフラーは、首から離れた頃には真っ赤な炎を上げてパチパチと音を立て始める。
「なあガーネット。こいつら、殺っていいのか?」
「それは駄目に決まってるでしょ」
「はあ、しょうがねえな……」
白桃は刀の刃を手前に返す。
「死ぬのは骨だけで勘弁してやるよ!」
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