第九章:星座とラストダンス


「さて、それで、この三人をどうしてくれようか」

 劉桜は吟味するように、水瓶座、蟹座――ちなみにもう愛属性に戻って反省の一つもしてはいない。鴉座の力が解除されたのだろう――椿を見やる。

 水瓶座と椿は震えていて、蟹座はふてぶてしく欠伸をしていた。開き直っているのだ。

 その態度に劉桜は腹が立ったが、蟹座は、はっと鼻で笑って見せた。


「オレを封印したくばすればいい。だが、鳳凰が暴走したとき、誰が抑制出来るという?」


 その言葉には誰しもが黙った。

 鷲座は静まりかえるその場に、言いにくそうにその言葉に続きを付け足す。

「更に言うと、小生が暴走したときも、水瓶座が必要なんだよね……」

 その言葉に水瓶座が鷲座を見やったが、鷲座は鉄面皮を動かすことなく困ったね、と少し笑みの含まれた声で呟いた。

 しょうがないか、とため息をついて柘榴は用意していた精神ダメージを与えるための台本を取り出す。

 星座への罰はなくし、椿だけに制裁を与えることにしたようだ。

 知り合いに口が上手くて口だけで生きてきた者が居るので、柘榴はその者に頼んで、徹底的に復活出来ないような台詞と拷問法を延々と書いて貰ったのだ。

「よっし、じゃあこのお坊ちゃんだけ社会的抹殺しよーよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、何で原因はそのまま無罪で、僕だけ……ッ! 僕は脅されて仕方なくて……ッ」

 椿は台本のタイトル「呼吸して酸素を減らしてごめんなさい」を見て、慌てふためいて、柘榴を中心人物と見たのか、柘榴に許しを乞う。

 柘榴の隣に陽炎が居るというのに、陽炎にだけは頭を下げない精神。それはつまり、懲りては居ない。

 流石の陽炎もひくひくと口の端がつり上がって、怒りを通り越してどす黒い笑みが浮かぶ。

 陽炎、柘榴、劉桜が顔を見合わせ爽やかに青筋立てながら笑ったとき、椿の叫び声が屋敷中に響き、屋敷の外で待たされている父親の御祓は、赤蜘蛛に徹底的に社会的抹殺を本当に受けてしまう宣誓をされた。



 陽炎は社会的抹殺を楽しそうにしている一同を遠くに見やり、欠伸をかみ殺す。

 最初は楽しかったが、徐々に追いつめられていく椿を見ていると笑えない感覚になってきて――酷いからやめようか、という気持ちではなく、ただむごい光景には目を向けたくないだけという気持ち――、もう興味を削いでいた。

 かみ殺してこの後どうするかと考えていると、ふと一つの視線に気づく。蟹座が此方を見やっている。その眼は細めてはいるが、何かを我慢しているような。何かの衝動を。

 陽炎はふとDVが疼きでもしたのだろうかと悟り、にや、と笑ってやり、宣言してやる。

「暴力ふるいそうなときは、遠慮なんてしないで鳳凰座姉さん呼んで彼女にキスさせるから、お前に」

「……暴力でない行為に出たときはどうする?」

 ――蟹座が綺麗に笑う。だが何処までも悪の帝王的な笑みなので、それは背筋が凍るものだが。

 だが初めてまともに、愛情表現をするような問いかけをした。

 それも帝王的な笑みの癖に、目は純粋に疑問を問いかけるような子供の無垢色眼で。

 陽炎は意外な言葉に言葉を失ったが、肩を竦めて、鷲座の好意を否定してはいけないという言葉を思い出した。

 もしかしたら最初は普通に好意を示そうとしていたのに否定し続けたから、あるいは否定し続けてる姿を見せてきたからDVに走ってしまったのかも知れない。だとすると、結局は自己責任なのだ。

 だから、陽炎は、彼を責めようとは――ここで、思わないようにすることにした。

 水瓶座に関しても彼の好意を否定し続けた結果だ、だから責めるのはお門違いなんだろう。

 ただそんなに綺麗な人間ではないので、怒りと恨みは宿っているが。まぁそれもいつかは消えるだろう。

「さぁね。ただ俺は拒む。それは仕組みの愛だからだ。思いは否定しねぇけど、仕組みから生まれる愛なんて拒むに決まってるだろ。それにさ俺の夢は、可愛い女の子と……」

「あたしと結婚することだもの」

「お前じゃねぇよ、大犬座。お前、外見年齢考えろよ……」

 現れた大犬座にげんなりとしながらも、陽炎が大犬座には甘いことを知っている冠座はくすくすと笑って、眺める。

 それから傍らにある寂しげな黒玉――己の宿り木も見やり――、中にいる黒羽へ何かを思う。

 それから。


 一週間が経つ――。


 赤蜘蛛には無理せずともゆっくりと第二王妃が生きてる間に帰ってくればいいと言われ――第一皇子が会いたがって五月蠅いらしいが無視していいらしい――、滞在場所を何処にするか考えた結果、赤蜘蛛の丁度この街に作った別荘となった。

 陽炎はそこを塒に、人々と極力接するようにした。

 柘榴や劉桜ルートなので、接するのが賞金首だらけなのが気がかりだが、偶に赤蜘蛛が訪れて雅な人々を連れてきたり、街へと共に買い出しに行ってくれるのでリハビリは順調だ。


 ただ夜になるとどうしても眠れない陽炎。

 それは、夜空にやはり魅入られているから――……ではなく――。


「……おい。お前、何、人のベッドに入ってるんだよ」

「暴力行為ではないが?」


 ――蟹座がこうして毎夜夜ばいに来、そして。


「じゃあ鳳凰座姉さん呼ぶか」

「嗚呼、今宵は鳳凰にこの空間に結界を張って…貰った……のだ……。――くそ、思い出した、身震いがする! 逃げられんぞ」

「ついに魂売り渡したか、お前……っ! 或る意味お前が逃げられねぇじゃねぇか、どうするんだよこの後!! 別の意味で尊敬するし羨ましいよ……! くそ、劉桜、おい、劉桜!」

「すまん、陽炎! ベッドの下が狭すぎて、出られなくなってしまったんじゃー!」

「くそっ、こうなったら魚座の姉さんに……ッ」

「あいつなら、夜な夜な街に繰り出して下僕を増やしているが。流石女王だ」

「あんにゃろおおお!! 羨ましい、街の人ぉおおお!!」

「……痛くされるのが好みなら、そう扱ってやろうか? 専門分野だ」

「近寄るな、邪笑するなっ!! 最終手段ッ、ナースコールならぬ、柘榴コールッ!」

 ボタンをぽちっと押すと、数本の線の入った穴から、柘榴の声が聞こえる。

 それは柘榴の部屋へと繋がり、インターホンのような役割をしてくれている。

『ほいほい、此方柘榴ー。何、またデスカ』

「助けて、蟹座が魂売り渡して鳳凰座姉さん説得しやがった!! 今日やばいって! ……くんじゃねぇって!!」

『いやぁ、それがさぁこっちにわっしーと、獅子舞が来ててさぁ、恋の悩み相談受けてるんだよねー嗚呼、水瓶っちのポジティブ講座もしてる』

「ちょっと、お前そんな暢気に……! っていうか、お前、マジで面倒見良すぎるから!」

『……ポジティブって基本的にどうすればいいんですか?』

『基本的に、どうでもいいやどうにでもなれって考えてればいいのさぁ』

「それどっちかっていうと、駄目じゃないか?」

『おら、死にカニに負けない為に、同じくらい夜ばいした方がいいんだか?』

『だねぇ。でないと、蟹座はいつか食べちゃうだろうねー今も無事なのが奇跡だよ! チャンスチャンス』

「来たら、頭皮剥ぐぞお前ら連帯責任で」

『……小生はもっと――こう甘やかしたほうがいいんでしょうか。でも甘やかすと、陽炎どのの為にならないし。お陰で小生は友達止まりです。……いや、まずは将を射るには……そうか、柘榴が味方になって後ろ盾してもらえるように頑張った方がいいのか』

「嗚呼成る程。そういう手があるな」

『カニ男、勝手に相談に入ってきたから、後で料金とるね。高く払ってくれたらかげ君の秘密教えてあげちゃうよ~?』

「金でも宝石でももっていけ。財はそいつらよりはある」

『あー、ルビーがいいな、今、街で超希少価値なんだよー』

「お前ッ、柘榴ーーー!!! 売り払ったのか、俺を!! もしかしてそいつら皆、金払って……!!」

『いや、何か色々小遣い稼ぎたくて。だって、あんたの世話で朝昼晩前みたいに働けないし、もってけるとこから稼がないと。星座の愛属性の奴には、あんたのほくろの場所教えといた』

「前の温泉旅行で感じた視線は女風呂の大犬座じゃなくてお前かぁああ! 何があっても裏切らないっつったじゃんかああ!」

『ちゃんと野鳥の会で使う奴で数えたから安心して。いやぁ、そろそろ人の恋路を邪魔しちゃいけないかなぁと思って。嗚呼でも平等デスヨ皆。ほら、そっちにわんこ居るでしょ。そっちも料金とって行かせたから、安心して。カニ男と相殺するだろうから』

「そう、あんたに負けないために十時間も前から此処で待機してたんだからっ!あーーははははは!」

「急にクローゼットから出てきて高笑いするなぁああ! 普通に怖いからっ!」

「ほう、オレに勝つつもりか? 小生意気なガキが、孕めぬ体で?」

「孕めないのはお互い様じゃない。あたしはあれよ、いざとなりゃ想像妊娠で……しまった!! 男でも想像妊娠は可能性的には出来るんだった! わぁあああ、見たくない見たくないッ妊婦な蟹座っちなんて見たくない!!」

「するとしたらあっちじゃないのか?」

「ああそうね、陽炎ちゃんでしょうね。貴方が女性役するなんてあり得ないでしょうし。でもねぇ、世の中にはリバーシブルってやつが……」

「じゃあ、二人で頑張ってラブロマンス繰り広げてて。俺、別の部屋で寝るわ」

「冗談でもやめてよ! こんなのと! 気持ち悪いこと言わないでよ、陽炎ちゃんっ」

「鳳凰座姉さんー、蟹座と大犬座が同じベッドの上でキスしそうだよー」

「………――あ」

「なっ……――!!!! ほ、鳳凰、お、落ち着けッ、ご、誤解だから……!」

「………――ぐす」

「女の子、泣かすなんてまだまだだなぁ? 蟹座。じゃあね、結界解けたから俺どっか別んとこ行くわ」

 柘榴コール越しに、蟹座の怯える声なき声が聞こえる。

 それを聞いて、中々上手になったなぁと柘榴は笑いを口を押さえて殺す。

 その姿を見て、鷲座はふむ、と唸る。



 (まるで、あの時の言葉は告白のようだったが、本当にこの人は友情なのだろうか? 違っていたら一番の難敵はこの人だな……――)


「ふはは、人の人生、常に裏切り裏切られなんだよ、身内でも。学習するのだ、かげ君。絶対的な関係は怖いんだぜ? 友好じゃなくて、義務だけになるからね、絶対的の先は。……ん? どしたの、わっしー」

 首傾げて問いかける柘榴を見て、本気で好きならば好きな相手の黒子の場所を売ったり、襲われそうな時に余裕で笑ったり、こうして情報売ったりはしないだろう。ライバルに。

 そういう考えに辿り着いた鷲座は安堵して、悩み相談を獅子座と共に続ける。隣には、「これで貴方も前向き思考!」という本を読んでる水瓶座を置いて。

「いいえ、何でもないです。それで……」

 ――眠れないのは、夜が毎回、こんなに騒がしいからだ。

 屋根でプラネタリウムを抱えて座っている冠座は、くすっと笑って、プラネタリウムの中の闇鳥に話し掛ける。


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