第三章:夜と朝の出会い


 ――あんたらホモには、絶対陽炎ちゃんは渡さないんだからーっ!

「って、大犬座が叫ぶ夢を見たんだ」

 メイスで賞金首を殴りながら、冠座に相談する陽炎。

 メイスはその可愛らしい球体には似合わない痛々しい棘や刃をまとわりつかせ、球体は鎖へ、鎖は柄へ繋がっている。

 メイスを振り回せば予測しない方向にメイスは回転しながら、敵へとキスをする。

 冠座はそれを見ながら、興味のなさそうな顔で欠伸をする。此処できゃーとか叫ぶのなら可愛い女の子かもしれないが、叫ばれないのは有難いし、何より幾度も戦うのを見てきた彼女にそんなことを要求するのは無茶がある。

「いつものことじゃないの」

「うん、いつも叫んでることなんだけど、何かいつもと違って渾身の声だったから」

「きっと日常から口説かれ続けてる毎日だから、頭がおかしくなってきてるのよ」

 冠座は容赦なく言い捨てて、陽炎は容赦なくメイスで獲物の頭を潰す。

 潰してから、あちゃぁと頭を掻く。

 潰された賞金首は、そのまま倒れ、永遠に起きあがることはなかった。

「この武器、面白いけれど、顔を潰しちゃったら意味無いじゃないか……痛みも覚えのある痛みだったし」

「覚えのない痛み虫がありそうな奴だったら、蟹が制してるんじゃないの?」

 そう言うとそれもそうかと陽炎は納得し、ため息をつく。

 それから獲物だったものを見下ろして顔が潰れて価値の無くなった賞金首の死体をどうしたものかと、悩む。

「掃除屋は金がかかるしなぁ」

「放置すれば? 誰かが片付けてくれるよ」

「そう親切な奴は、この街には居ないよ。基本的に大きな出来事は自分のことは自分でやる、それか金次第で引き受けマスがモットーの街なんだから」

 人殺しは、大きな出来事。だからこそ、前回のように通路に血をつけたまま帰る、なんてことはできない。

 ――だがそういう思考の下には、陽炎が人間を信頼していない感情が伺えて、冠座は肩を竦めた。

 陽炎は、あんな奴隷生活があったのだから、仕方ないだろう、と。



 どうしようか考えた結果、何処かに隠して劉桜からこの賞金首の家族を捜して貰ってその家族に、せめて遺体だけでも送ることにした。

 これで恨まれるのは当然だが、遺体が家に戻ることを死者は多分望んでる……かなぁ、という少し疑問を残しながらの結論を出したのだ。

 眼鏡を一回取ってから、布で拭き直す。

 血が少し飛び散って眼鏡にかかってしまったからだ。

「陽炎はさ、眼鏡外すと幼く見えるよね」

「眼鏡っていうのは、大体そういうもんじゃねぇの? あーっと、さて、今日はじゃあ後はどうしようかなぁ……」

「ねぇねぇ、私、ケーキたべたぁい」

 好みの可愛い冠座のおねだりには弱い陽炎は、じゃあ喫茶店にでも行こうか、と微笑んだところで非難囂々の蛍がまた陽炎にまとわりつく。

 眼鏡をかけ直せば、光はぼんやりとしたものから、ややぼんやりとしたものになる。

「冠の君ッ、嗚呼そんな思い人と思い人がデートするなんて、どうして私を虐めるのですか。愛しの君らよ、そこへ私も交ぜてはくれませんか? 最愛の二人に囲まれれば私はこの上なく至福を迎えられるのに」

「冠ちゃぁあん! 何よ自分だけッ! ねぇ、陽炎ちゃん私、じゃあケーキ要らないから陽炎ちゃんの子供頂戴」

「陽炎様は僕がブサ男だから、外に恥ずかしくて連れて行けないんだ……だから、冠座とデートするんだ……」

 毎度ながら五月蠅い蛍、否、星達だ。まぁそこが寂しさを感じなくて楽しいところなのだが。プラネタリウムを手放せない理由だとは、理解したくない。

 陽炎は苦笑を浮かべつつ、好みとはいえ冠座が愛属性だったらこの中の一味になっていただろうかと考えて、嫌になった。


(彼女は忠実、そっちのほうが似合うし、可愛い。それにきっとこの無関心さが楽しんだろう――)


「陽炎、どうする? 皆、怒ってるけれどさ? 鳳凰と蟹以外。嗚呼でも蟹は多分無言で怒ってるでしょうね」

「……楽しいことだけ考えよう! 行こうか、冠座」

 陽炎はどうせドメスティックバイオレンスが来るのなら、可愛い子とお茶をしてからの方が楽しいと思ったか、冠座をエスコートする。普段鴉座が自分をエスコートするのを真似ながらしてみるが、ぎこちなく似合わない。

 冠座は陽炎の見かけは上品なのに、何故上品な仕草が似合わないのだろうと彼に笑った。



 その時だった。

 陽炎は身動きが出来なくなったので、どうしたのかと思ったら、声が聞こえてきた。

「デートの前にちょっと運動したらもっと楽しめるんじゃない? 死体と悲しみのデートってことで」

 陽気に笑う声によって、身動きできないのは声の主の所為で、そういえば刺客がくることを思い出した陽炎はすぐさま冠座にメイスを空中で振り回せとメイスを手放した。

 冠座は頷き振り回そうとするがか弱い女の手にはそんなものは振り回せず、持ち上げるだけで精一杯。

 仕方がないので、冠座を消して蟹座を召喚する。一番したくなかったこと。

「蟹座、多分ワイヤーで動き固定されてる!」

「それは大層殴りやすそうな」

 真顔で感心する暴力大好きな目の前の男に、陽炎はもうこんな生活嫌っと家事を放り投げ出したくなる主婦の心を垣間見た。

「馬鹿! そのメイス使うか、お前の手でワイヤーぶっちぎれ! 今回は乗り移り無しだ!」

「何故お前の命令に従わねばならない?」

 ……にやにやと、緊急事態なのにこの星座は主人が身動きできない様を、とても楽しそうに眺めている。

 そうやってじっと眺められるのは気恥ずかしいので、蹴ってやりたい。助けろと、ひたすら怒鳴る。

 様子を見ていたと思われるワイヤーの仕掛け人が、訝しげな声を少しの間の後、出した。

「……その姿、あんた、プラネタリウムの……」

 ぴくり、と蟹座は声に反応した。

 自分を見ただけでプラネタリウムの存在を知っていたから、ではない。

 その声に聞き覚えがあるからだ。プラネタリウムの仕掛けで消えかけた遠い昔が蘇る。

 気怠そうに陽炎を手でワイヤーをぶっちぎって解放してから、剣呑さを秘めた瞳を影に隠れている仕掛け人に向ける。

 仕掛け人を見て、眼を細め、鳥が全羽飛び立つようなおぞましい笑みを浮かべる。

「まさか果物が、お前だったとはな。何年ぶりだろうか」

「……やっぱり。じゃあ百の痛み虫っつーのは、そういうことかい」

「何、知り合い……なわけッ?!」

 事態を飲み込めない陽炎は警戒心をそのままにメイスを再び振り回し、問いかけても振り向かない蟹座の腹へ直撃させる。

 今までの恨みを喰らえこの野郎、という思いも熱く熱く込めてやる。

 蟹座は陽炎に背中を見せていたのでもろに防御もしないで喰らったので、倒れ込んで横へと吹っ飛んだ。

「お前は、緊急事態ぐらい俺の言うことを聞けッ! ……ふぅ。フルーティさんは何でプラネタリウム知ってるの?」

「……おいらは、前にプラネタリウムを捨てた友人を持っていたから。……――そうか、百の痛み虫……随分と、“魅了”されちまったんだなぁ、坊主」

 その声には陽気さはもう宿っては居なくて、何処か切なげな声だった。

 フルーティは警戒心をもう無くして、影から出てくる。

 その姿は十代後半の容貌の少年で、それでも背丈は細長く、少し陽炎を上回っている。

 健康的に見えるのは褐色の肌の所為だろうか。

 髪の色は金髪で綺麗な蜂蜜色をしている。眼は垂れ眼だが眉が怒り眉なので少し鋭く見えるが不思議な青色だった。その瞳に鋭さが消えかけているのは気のせいだろうか。

 服装は絵の具を滲ませたような色合いの薄着に、ジーパンを履いていて、何処かチャラチャラしていた。

 耳にも首にも指にもアクセサリーをしていて、見ているだけで痛そうなことに舌にも鼻にもピアスをしている。



「蟹座の他の星座は?」

「お前らが知っていそうな黄道十二宮は水瓶座だけだ」

「は? 何、坊主はプラネタリウムの使い方をしらないっつーの?」

 真面目な質問に陽炎は面くらい思わず素直に答える。例えばこれがプラネタリウムを狙う奴ならば、大変なことを教えているのに。

 柘榴は答えられると、陽炎の戸惑う表情と言葉に、目を丸くして、怪訝そうに見やる。

 そこで首を傾げようとすると蟹座が復活して陽炎を蹴ってその襟首を頭より高く持ち上げて締め上げる。

 そうしながら、蟹座はフルーティの方に顔を向ける。

「余計な事は吹き込むな。躾に影響が出る」

「わぁ、おいら、あんたが主人に暴力的なところ初めて見たよ。まさかあんた、忠実属性じゃなくて……うわぁ」

 気色悪ッとフルーティが身を震わせたところで陽炎は解放され、解放されるなり、今の蟹座への仕返しを忘れて敵であるはずのフルーティへ泣きつく。

 漸く蟹座が異常だと理解してくれる者が現れて嬉しかったのだ。

「判る?! 判る?! やっとまともな感性の人がッ! 俺の周り、変態四人衆なんだよ!! サド、マイナス思考、ナンパ、この三人が野郎の癖に愛属性で、一人幼女なんだよ! こいつ、いつもドメスティックバイオレンスでさぁああ!」

「そいつぁ益々もって、哀れっちゃぁ哀れだなぁ」

 心底同情しているフルーティにこくこくと陽炎は頷いて、ため息をついた。

 その途端陽炎を苛立たしげに蟹座が頭を鷲掴みにし、力を込めてまたしても地上と足の密着を許さない。

 みしっといつ鳴ってもおかしくないぐらいの痛みが頭に走り、陽炎は叫ぶ。

 蟹座はその頭をぶん投げて、壁へと叩き付けた。

 陽炎は壁にぶつけられて、一瞬気が遠のいたが戻ってきた意識の中で、こいつ絶対敵だよと思った。

「……――プラネタリウムを奪うか?」

 蟹座はわざと聞いた、そんなことするわけがないと思いつつ。

 なぜならば彼の友人はプラネタリウムの所為で酷い目にあったから捨てたのだから。

 あの水の被害を知っている、人間の一人。あの黒玉を不審に最初から思っていた唯一の人間。

 ――彼だってプラネタリウムを恨んでいるだろう、二度と関わりたくないと思っているだろう。その被害を目の当たりにしたのだから。

 だがフルーティは、少し思案した後苦笑してから、にこと少年らしい年相応の笑みを見せて、陽炎へ駆け寄る。

「依頼された殺しは止めだ。あんたらから、こいつを解放させてやることにしちゃう」

「……ほう。それならば、オレ達はそれを全力で阻止するのだが?」

「あいつのような奴をまた出すのは可哀想だしぃ? それにおいらってば面倒見良いから一度世話するって決めた奴は見放さないんだよねぇ?」

「……――何、何の話、してるわけ?」

 陽炎はやはり事態が飲み込めないので、今度は武器を完全に置いて此方へ駆け寄ってきたフルーティに尋ねてみる。きっと蟹座はまた暴力で言わずに済まそうとするから。

 フルーティは、何も抵抗もなくするりと陽炎にとっては恐ろしい言葉を吐く。

「あの黒い玉は、不幸をもたらすから捨てさせてやる、って話」

「――ッな!?」

 そう言われるなり陽炎は、起こそうとするフルーティの手を払って、慌てて落ちていたメイスを手にする。

 それからやけに火に怯える獣のような眼でフルーティを見やり、警戒のレベルを最大にした。蟹座の暴力前以上の警戒心。

 その様子を見て、蟹座はほくそ笑み、フルーティはあちゃぁと頭を掻いた。

 

(――そう、それでいい。お前はまだ捕らわれたままで居るんだ。あの玉をお前から奪おうとする奴は徹底的に疑え。巧く追い払えたら、褒美をくれてもいい)


 フルーティは陽炎の様子を完全にプラネタリウムに取り憑かれていると思ったのか、話し相手を蟹座に変えて、蟹座を睨み付ける。

 その瞳には彼の髪色とは似合わない薄暗さが宿っていて。

「今度は何処まで優しくされたんだ、あの坊主は?」

「……――元から孤独だからな。人寂しい奴だったから、簡単だったさ」

「相変わらずそういうとこ、つけいるの好きだよねーあんたら」

 やれやれとため息をついて、フルーティは陽炎に向き直り、半目で見やる。


(――やだな、蟹座が愛属性ってことは、不純な動機じゃなくてプラネタリウムを手放したくないってことなんだ。厄介だな、そういう奴ほど、中々手放させるのは難しいってのは、前回ので思い知った)


 フルーティの視線に陽炎は何だよ、と睨み付けて、メイスの柄で肩を叩く。

 フルーティは陽炎の睨みも何ともない様子で、んーと唸ってから、愛嬌のある表情を向ける。

「おいらが信用出来ないか?」

「信用も何も、殺せって依頼されてきたのに」

 そういう奴に一瞬でも縋ってきたのは陽炎だと、心の中でフルーティはつっこみ、爆笑した。

 なんというか、変なところで気を抜くようなタイプで、昔の友人を思い出す。

 随分と変わり種の人間のようで、プラネタリウムが入れ込むのも判る気がした。

「ね、百の痛み虫、おいらはもう殺す気ないよ。だから本名教えてあげる」

 にっとチェシャ猫のような笑みを浮かべてフルーティは柘榴ざくろと名乗った。

 偽名の者が本名をこの世界で名乗ると言うことは、命を相手に預けるのに等しいことで、そこまでする理由が分からない陽炎は顔をしかめて、とっさに蟹座へ戸惑った顔を向ける。

 すると蟹座は、面白くないといった顔つきをしていて、陽炎と目が合うと、後で覚えてろと呟かれて、陽炎は戦慄いた。

 「えっと……――」

「おいらは教えたんだから、そっちも教えてくれるかぃ?」

「ああと、陽炎――……」

「そ、かげ君ね。おいらはね、かげ君、その玉の所為で不幸な奴がまた出てくるのはもう嫌なわけ。といっても、いきなり言われて納得するわけがないから今日の所は帰るでありんす~」

 そういって、柘榴は屋根の板へ向かって手首の腕輪に仕込んである鉤付き縄を撃って、華麗に屋根へと着地する。

 それから陽炎に、ばいばいとにこりと笑ってから、「とりあえず水瓶座には気をつけな~♪」と最後に言葉を残して去っていった。

 その様子をぽかんと眺めて、それから陽炎はへたり、と座り込みかけたが、蟹座が支える。支えたところで陽炎が僅かに震えていることに気づき、にやぁと笑いたかったが抑えた。



「……――奪われる?」

「だろうな。あいつは、本気で捨てさせたがるだろうからな」

 蟹座はくすくすと笑って陽炎を言葉でいたぶる。

 先ほど、少しでも柘榴に心許した罰と言わんばかりに、言葉で切り刻む。

「捨てられたら一番困るのは誰だろうな? 誰もが嫌うお前の周りには誰も来ないのに」

 ――その言葉にぞくりと恐怖したのを見通してか、蟹座は背後から抱きしめて耳元で更に低く囁き、彼を傷つける。

「人間を宛にして傷ついた昔の自分に戻りたいか? あいつだって友達のふりして、最後にオレ達を捨てさせた後はお前に飽きて捨てるだろう。劉桜という男だって弱いから、すぐに死んでしまう。お前の側には、また誰もいなくなるぞ?」

「……嫌だ」

「人間など永遠の情があるわけではない。それはこの世の理とも言えよう。……お前も情は永遠ではなく、プラネタリウムを見捨てるのか?」

 それは暗に、陽炎も他の人間と同じで見捨てるのか、と聞いている。

 彼の知ってる奴隷達と同じだと言ってる言葉で、その時にびくりとした陽炎が楽しい。

 今の声色は陽炎の心の傷を抉るからこそ優しく甘ったるい響きを持つ。鴉座が口説くときなんかよりも甘い響きに聞こえるが、実際は酷い言葉を放っている。

「……見捨てない。安心しろ、だからとりあえず離せ。一人になりたい」

 陽炎は混乱すると一人になりたがる時がある、だけど蟹座はそれを許さず益々混乱させる。

「一人? 誰がそんな許可をした? このままと、また暴力を受けるの、どっちがいい? 偶には暴力などなく、お前を愛でるのも楽しい。いつ殴られるかと怯えるお前が楽しい」

「どっちも嫌だし、お前にとっちゃ五月蠅いのが来たよ」

 現れたのは大犬座。

 眼をぎらぎらと燃やし、陽炎をがっちりと後ろから離さない蟹座を睨みあげる。

 可愛らしい顔を真っ赤にして真剣に怒ってるのだな、と陽炎は苦笑した。

「離しなさいよ、蟹座っち。陽炎ちゃんを傷つけるなんて、星座ではあり得ちゃいけないことよ」

「今は暴力はふるってはおらん。ただ鴉座の真似事をしているだけだ」

「鴉座っちは、少なくとも無理矢理抱きしめたりなんてしないわ。それに、言葉の暴力を貴方はふるっている! 陽炎ちゃんが何をしようといいじゃない、陽炎ちゃんの選択は自由だし、それが人間の自由。プラネタリウムに縛られない自由じゃない。それなのに、何でそんな脅迫まがいのことをするの!?」

 大犬座の言葉は蟹座とは正反対の言葉で、見捨ててもいいよと言ってるように聞こえたのは陽炎の気のせいだろうか。

 それでもその言葉に安堵は出来ず、それは他の人間と同じでいていいと言われてる気がして、陽炎は少し心にもやがかかった。

 それに気づいた蟹座は大犬座へ、加虐的な笑みを浮かべる。

「お前も言葉の暴力をふるっているみたいだぞ? 星座が暴力をふるうのは、あり得ちゃいけないことではなかったのか?」

「――陽炎ちゃん、陽炎ちゃん。貴方は悪くない、貴方は自分も人であることを受け入れなきゃいけないのよ。だから、そんな顔をしないで。あたしたちは人である貴方を愛しているの」

 大犬座はやけに大人びた言葉を、甲高い子供の声で、陽炎へ投げかけて諭す。

 だがそれを陽炎は素直に受け入れられず、曖昧に苦笑を浮かべるだけだった。

 そんな笑みを見て、大犬座は昨夜三人が企んでいた言葉を思い出し、人という存在に弱く人外という存在に別の意味で弱い陽炎の心を利用する三人への憤りを感じた。

「……ッ最低。最低よ、あんたらホモ三人組! いつの間にこんなに弱めさせたの! 最初にあたしを作ったときの陽炎ちゃんは、まだ人への依存はあったわ! 強い星、そう劉桜ちゃんのような人を見つけたがっていた!」

「……そいつが勝手に、引きこもりだしただけだろう? なぁ、陽炎?」

 くつくつと蟹座は笑い、陽炎の耳元でまた甘く囁き問いかける。陽炎は問いかけられれば、蟹座を睨みたいけど力が込められない眼をして、振りほどこうとするが、動けず、しょうがないので、ホモにはホモをと、鴉座を召喚した。



 鴉座は召喚されるなり、挨拶代わりに大犬座を口説こうとしていた。

「嗚呼、こんにちわ、大犬座の小さき姫。そのように顰めた顔も可愛らしいのはきっと貴方の魅力の所為でしょう。とてもとても将来が楽しみで……」

「あたしをナンパする前に、あれをどうにかしなさいよ!」

 そう苛ついたままヒステリー気味に大犬座は陽炎を背後から抱きしめて独占している蟹座を指さす。

 鴉座は、片眉をつり上げて、冷笑を浮かべて蟹座と視線をあわせた。

「暴力をふるわないで普通に愛情表現をする貴方は初めて見ました」

「偶には餌をやらないと拗ねてしまうだろう? こいつは、躾がなってないから、躾けて居るんだ」

「餌って言うより厭がってるので、土を食べさせてるようなものですよ。我が愛しの君をお放しください。それが小さき我が姫の望みであり、私の望みであり、愛しの君の望みでもあるようですよ?」

「……お前はいつも狡いな。オレと同じ癖に助ける立場に回れて、尚かつ信頼も得られる。やはり鴉という生き物は卑怯で嘘つきだな」

「それは誤解では? 鴉は神の使い。私は嘘などついておりませんとも」

 にこりと微笑む鴉座に思わず、嘘つきじゃないの、と大犬座は言いかけたが、目の前の主人は弱っている。弱っている彼に彼らの目的を告げるのは辛いので、大人しく彼に任せることにした。

「それに、そういう行為は鳳凰の君がされたがってますよ。あの方は貴方をお慕い申し上げているのですから」

「ふ、不吉なことを言うなッ! あいつの名は出すなッ!」

 鳳凰座の名をあげた途端、弾くように今まで余裕綽々だった蟹座の表情に怯えが伺える。

「嗚呼、会いたいようですね、彼女に。私としては愛しの霊鳥が、貴方に心奪われる姿なんて見たくないのですが、小さき姫は我が神の解放を願ってます。ねぇ、そうでしょう、大犬の君」

 そう言って少し嗜虐心の混じった笑みを大犬座へ向けると、大犬座も鴉座のしようとしていることが理解できたのか、半目で笑ってから自分は引っ込み、代わりに鳳凰座が現れる。

「わんちゃんに呼ばれて来たのだけれど……あら、カァーちゃんに、…まぁ、蟹座様」

 鳳凰座は口元に手を置いて、驚き、陽炎を抱きしめている蟹座を凝視する。

 目を丸くしたかと思えば、潤めさせて、顔を俯かせる。その肩は震えていて、陽炎は蟹座を振り払って慰めに行きたかったが、強張った蟹座の力が許してはくれない。

「……陽炎様は、蟹座様がお好きでしたのね……」

「鳳凰の君、泣いてはいけません、騙されてもいけません。貴方も、我が愛しの君も無知ですね。あれは、あいつが勝手に一方的に思って抱きしめているだけです。要するにセクハラです」

「……せ、くはら? それは何、カァーちゃん」

 きょとんとして、本当に無知な鳳凰座は首を傾げても答えない鴉座に見切りをつけて、蟹座へ色っぽい癖に無垢な瞳を向ける。

 そういう無垢な瞳には弱いのか、それともただ単に鳳凰座という存在自体が苦手なだけなのか蟹座は瞬時に姿を消した。

 最後に舌打ちと、罵り文句が聞こえた気がしたが、陽炎は助かったと安堵して、その場で座り込んだ。

「……また蟹座様、青い顔されてたわ。ねぇ、カァーちゃん……」

「私は無粋な真似は致しませんし、我が愛しの君は私にお任せください。さぁ、様子を見てきてあげてください、それが彼のためでもありますし、彼に貴方の思いをアピールするチャンスでもあります! 愛しき貴方が幸せになるならば私は幸福を呼ぶ為、この身を青く塗りましょう」

 そう言われると鳳凰座はからかわないで、と頬を赤らめてから、陽炎を少し心配して陽炎を見やりながらも、鴉座が居るから大丈夫だろうと消えていく。



 それを見届けてから、大丈夫ですか、と陽炎を気遣う鴉座。よく見ると首には赤い痕があって、首を少し締められたのだと知り、相変わらずのドメスティックバイオレンスだとため息をついた。


(細いんだから、折れたらすぐに死ぬだろう、あの馬鹿が――)


 水瓶座を召喚しますか、と問いかけるが、陽炎は首を振る。

「いい。お前と大犬座と鳳凰座姉さんが来て安心した」

 それにちょっといつもと違っただけだ、と陽炎は苦笑を浮かべて鴉座を見上げた。

 鴉座は一番に自分の名を連ねられるのは卑怯だ、と思い、心の中で渦巻く嬉しさを隠しておいて、それはおいといて、と言葉を紡ぐ。

「状況説明出来ますか?」

「んー。……フルーティが来たけど、殺すのをやめて、俺にプラネタリウムを捨てさせることにした、みたい」

 その言葉に内心怒気が宿ったが、それを表に出すのはよしとしない。自分も、陽炎にとっても。

 なので、少し彼の弱点をつくことにした。己はいつもと変わらない笑みを浮かべて。

 一番効果的なのは、最初に出会った頃の笑みだがあれは意識してないで出来た笑みなので、作れはしない。

「……我々を、お捨てになられますか?」

「――……捨てない」

「……私は、貴方を初めての主とし、最後の主としたいです。それが私の悲願で――」

「捨てないって、言ってるだろう」

 陽炎は、少し戸惑ったような苛立ったような顔を鴉座に向ける。

 鴉座はその言葉に本当ですね、と尋ねて陽炎が頷くと、安心したような顔を見せて、陽炎を安心させる。


 (貴方は――何と、弱いのでしょう。何と、罠にかけやすいのでしょう。そんな貴方だから、酷く心配してしまう。そして、こうして貴方を気づかぬ間にプラネタリウムに閉じこめていく……)


「鴉座?」

「はい、何でしょうか、愛しの君」

「蟹座は鳳凰座に本当に弱いんだな」

「ええ、ですからあいつにやられて困ったときは彼女をいつもお呼びなさいと申してるでしょう?」

 それは自覚しているし、当たり前のことなのだろうし、偶にしているが、陽炎は後ろめたさを隠せない。

 「……――でもさ、それは鳳凰座姉さんの思いを利用してるようで、毎回したくはない」

「……――そうですか」

 鴉座は本当に、自分たちに甘く優しい主人を撫でてやり、帰りますか、と帰り道を先取って手招いた。

 彼を安心させるために、また劉桜という人間の元へ訪れよう。こういった不安があった後は彼に会わせるのが一番いい、そう鴉座は算段しながら、街へと陽炎をエスコートする。



「今日はホモ野郎夜会議を変更して女三人会議を実行したいと思います。楽しみにしていた人はノーマルラブに目覚めるといいわ!」

 大犬座は陽炎が酒でべろべろに酔って寝息を立ててるのを確認してから、冠座と鳳凰座を呼び出した。

 陽炎への愛属性が強ければ強いほど、他の星座を呼び出したり、己も自ら夜は自由に出たり出来る。但し、具現化出来る限度は三人なので、大犬座は前もって水瓶座には落ち込んで出られないように精神的ダメージを負わせて、蟹座には制限時間ぎりぎりまで鳳凰座をし向けた。

 鴉座を一番どうしようかと思っていたが、鴉座は今日は眠るつもりなのか、それとも女三人衆の会話を盗み聞きするつもりなのか、何も行動には移さず大人しくしていたので、二人を呼び出した。

 冠座はあぐらを掻いて座っていて、鳳凰座は今の今まで蟹座を追いかけていたからか、あれ? と、急に景色が変わったことに戸惑っていた。

「あ、れ……あら、わんちゃんに、かんむりちゃん」

「あのね、今日はね、二人に話があるの」

「何? 陽炎寝てるんだしさ、早めに話し終えないと睡眠邪魔するんじゃない? 夜の会話って結構夢に出てくるみたいだし」

 冠座は近頃、夢の相談を受けているので、そう大犬座に告げると、首をこきりと鳴らして肩を労る。そして、ケーキは明日、今度こそ食べたいなぁと軽く思いつつ。

「寧ろ夢に出てくれた方が好都合だわ。その方が、陽炎ちゃんは警戒できるもの」

 大犬座は外見に似つかわしくなく落ち着き払った態度で、堂々と宣言した。

 自分には後ろめたいものがなく、寧ろ知って貰っておいた方が好都合、それが大犬座の姿勢だった。

「あのホモ変態三人は、プラネタリウムの仕組みをいいことに陽炎ちゃんを、プラネタリウムの依存性を強めて、人々からの接触を遠ざけて独占しようとしているの」

「……プラネタリウムの仕組み?」

「嗚呼、鳳凰は知らないのね。プラネタリウムはほら、痛み虫で星座が出来る。これは判るよね。それでさ、痛み虫が集まれば集まるほど人より遠い存在になるから、人々が化け物だーって煙たがるわけよ」

 鳳凰座は冠座に言われて、少し放心した後悲しげな顔をして寝息を立てている主人を見やる。

「じゃあ、陽炎様は、今煙たがられてるの?」

「鳳凰ちゃん、まだ間に合うの。まだ人と人外の間、にも見えるし、人からはちょっと強い人ってことで留まってるから。星座を集めるのも、まぁあたしは嫌だけど、陽炎ちゃんが望むのならしょうがないし、それで人から外れたってしょうがないわ。自己責任だもの」

 そう言う大犬座の顔は少し子供らしさに戻っていて、ため息をつく。

 大犬座の言葉には無条件に尊敬する鳳凰座は――何せ大犬座は鳳凰座の知らない沢山の単語を知っているから、凄いと思っているのだ――、ふぅんと頷く。

 そして人々から見ると、うっとりとみとれてしまうような仕草をしてから、鳳凰座は大犬座へそれで、と言葉を続けさせる。

 大犬座は将来の陽炎悩殺のためにその仕草を脳内に覚えつつ、返事をする。

「うん、それなんだけどね、陽炎ちゃんはさ、ただでさえ人を怖がってるじゃない。何せ王族に生まれながらも川に捨てられて、盗賊、その後は囚人、その後は奴隷。そんな暮らししてたんだし。人を恨んで、怖がって当然。そこを、その弱点を利用して、あの下衆三人は人じゃないあたしたちなら大丈夫と思いこませて、依存させようとしているのよ。意図的にね」

「……――嗚呼、そういうこと、最初の陽炎の夢。三人の会話って」

 確か、陽炎はこう言ってたか、と冠座は思い出して、他の二人に教える。



 ――とにかく私たちはお互い仲が悪いですし、むかつくし、顔も見たくない。だけど、願いが同じなのは判っているでしょう?


――痛み虫を集めさせて、誰もが人と認めない程の強靱にして人々に疎外させて、僕らだけに依存させる。


――そのために奪われない、奪わせられないように、こいつを守る。


「……ほらね、ほら、やっぱりそうでしょう、あたし当たってるじゃないの!」

「うん、わんちゃん、凄いわ……! 陽炎様、おかわいそうに……。プラネタリウムをあの方は作りたいのは、……ただ星座が見たいだけなのに」

「そうその星座を作り上げて夜空が見たい。夜空の中で現実を忘れたい。――確かにそういう願いは弱い人の願いだけど、純粋すぎて可愛いったらしょうがない」

 鳳凰座と大犬座の言葉に冠座は、そこまで弱い人かな、と陽炎を思い浮かべて首を傾げるが、まぁいいかと流した。

「今日だって、プラネタリウムを捨てさせるっていう人が現れたんだけど、捨てるか捨てないかなんて陽炎ちゃんの自由じゃない。あたしたちは恨まないわ。何で恨むのよ。作ってくれただけでも、百の痛み虫を集めてくれただけでも感謝すべきなのに。それなのに、あのサドDV野郎は、捨てたら恨むし、陽炎ちゃんが今まで接してきた他の冷たい人間と同じ行動だっていう意味合いの言葉を言って、捨て無くさせたのよ!」

 ――捨てる、捨てない、その自由があることを選択出来なくなってる、と大犬座は怒りをそのままに、その場にあった欠けたお椀を手にして、ぐっと握りしめる。

 そのお椀は昨日陽炎が飲んだ、己が初めて効力を知った水を入れていたもの。



10

 水瓶座に気をつけろと言っていた、柘榴。

 彼はきっと昨日のような内容を知っていて、それをされたことがある人物が身近に居たのだろう。

 それで水瓶座が何かまたしていて、蟹座があんなになっている異常さに気づいた。

 依存の強さも。人外ならば、と安心してしまう彼に、具現化した妖術に出会ったときが怖かった。依存の恐ろしさに、ぞくりと大犬座は鳥肌が立つ。

 ――柘榴、彼ならば選択できる自由を思い出させることが出来るのでは、と大犬座は提案した。


 その言葉に鳳凰座は思案し、冠座はうーんと唸る。


「とりあえずさ、私たちだけでも警戒しとく? あの三人。鳳凰はさ、あんまり蟹が表に出られないようにいつも側にいてさ、水瓶の水は極力飲ませないようにすればいいと思うんだけど……」

 冠座の提案に、二人は頷き、それぞれの役目を確認する。

「一番どうすればいいか判らないのは……カァーちゃんよね」

「……多分、鴉座っちは、この会話も聞いて、やってみろ、できるもんならっていう体勢だと思うの。自信のある証拠! そこまで、……依存性は強まって居るんだわ」

「じゃーどうすればいいのかなぁ」

「……極力、その人間や劉桜と接触させて、人と触れ合う楽しみを覚えさせたらどうかしら…?」

 鳳凰が提案した頃に、陽炎がくしゃみして、布団の中に蹲り、今度はイビキをかく。

 それに苦笑した大犬座は方針はこれで、と一同の意見を纏めた後、陽炎の耳元で囁く。



「陽炎ちゃん、貴方が何をしようともあたしたちは恨まない。人間だってそう怖いものじゃない。だから、あんまり人に怯え過ぎちゃ駄目。時によっては人外の方が恐ろしいんだから」

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