第525話 衝動
気がついたら、ベッドの上。あれ? あれから、どうしたんだっけ?
『神子が泣き疲れて眠ったので、カイド元国王がそこに寝かせたんです』
あー、そっかー。色々感情が溢れて泣いたんだっけ。頭痛いのは、泣きすぎたからかな。
『鎮痛の術式を使う事をお薦めします』
んー、そうしておこうっと。本当、魔法って便利ね。
見回すと、さっきまでいた部屋だね、ここ。そのまんま、ベッドがあるから寝かせておけって事だったのかな。
銀髪さん達は?
『城内を見回っています。護くんととーるくんが先導しているので、危険はありません』
そっか。残党達は、どうしたんだろう?
『一箇所に集めたいと言っていたので、護くん達に運ばせました。現在は一階のホールに集めています』
他にも、仲間はいたのかな……
『いましたが、既に捕縛済みです。これで残党は全て捕らえましたので、この先の襲撃の危険はないでしょう』
良かった。でも、まだ怖いから、護くん達は貼り付かせておこう。
もう、奇跡は使えないんだから。
本当、油断大敵とはこの事だわ。これからは気を付けなきゃ。
『神子、丁度いいので、このままこの国に祝福をしてはどうでしょう?』
祝福か……今の私に、その資格は、あるのかな?
私は、巻き戻す直前に、自分の感情だけで人を殺した。そんな人間が、祝福をしていいの?
『神子の罪は、時間を巻き戻した奇跡と共に消えました』
え?
『あの時殺害した者達も、生きて捕縛されています。彼等はこれから、人の法で裁かれるでしょう。その結果がどうであれ、奇跡で命を繋いだ事には変わり有りません。そして、奇跡を起こしたのは神子、あなたです』
それでいいの? 結果が変わったとはいえ、私の記憶からは消えないのに。
『罪とは、そういうものです』
そっか……そうなのか……
「じゃあ、やりましょうか」
祝福は、国全体に薄く広く届ける必要がある。範囲は検索先生が手伝ってくれるので、私は祝福の力を出し続ける事に集中すればいい。
ここを中心にして、内戦で荒れた国内に、神様の力のかけらでも届きますように。
『祝福、完了しました』
おっと、結構すぐに終わったね。これで何かが変わるのかな。
『土地の力が戻りやすくなります。荒らされた農地も、すぐに作物を育てられるようになるでしょう』
それならいいか。祝福しても、結果何もありませんでした、じゃ悲しいし。
そういえば、今何時頃なんだろう?
『現在三時半になるところです』
夜中だね。そんな時間に、銀髪さん達はまだ動いてるのかー。大丈夫かな。
『そろそろ戻ってくるようです』
え? ……え!? ど、どどどどどうしよう!?
『落ち着いてください、神子』
だって! 目の前で泣いたし、恥ずかしい! それに……その……
『相手に対する感情を自覚したのは、いい事です』
いいの!?
『カイド元国王なら、神子が望めば身分を捨てる事も厭わないでしょう』
それは……いい事なのかな?
『何を良しとするかは、本人が決める事であって、他人が決める事ではありませんよ』
そうだね。端から見たら不幸に見えても、本人は幸せなんて事は、いくらでもある。
ヘデックは、ローデンもローデン王家も捨てなかった。私も、それでいいと思ってたし。
でも、結果は今だもんね。ローデン王宮が特別って訳ではなく、王侯貴族って成り上がりとか元平民とかが大嫌いだし。
『大抵の王侯貴族は、先祖から受け継いだもの以外、誇れるものがありませんから』
それもざっくりとしすぎな気が……有能な人も、いると思うんだ。ジデジルがいい例かもね。
あの人、元は南ラウェニアの国の貴族の出だから。しかも、結構高い地位の貴族だったはず。
『ジデジルの場合は、ユゼとの出会いが大きいでしょう。ユゼに出会わなければ、頭でっかちの尊大な人間になっていたかもしれません』
あのジデジルが。想像つかないわー。尊大になっていたら、どんな人だったんだろうね?
『ストーカーは変わらなかったかもしれません』
そこは変わろうよ! そここそ変わろうよ! 尊大でストーカーとか最悪じゃん!
「ああ、起きていたか」
「ぎゃー!!」
いきなり扉開けるやつがあるかー! 思わず悲鳴上げちゃったじゃないか! ただでさえ尊大なジデジルなんて恐ろしいものを想像しちゃってたんだから。
扉に手をかけたまま、銀髪さんが驚いている。
「ぎゃーとはなんだ、ぎゃーとは」
「だって! いきなり開けるから! ノックくらいしてください!」
「お前の他に、誰もいないだろうが。起きてるかどうか、わからなかったし」
ミシア、やっぱりこの人、私に対しては雑だよ。
「それで、何があったんだ?」
何故か剣持ちさんを廊下に出して、銀髪さんと並んでベッドに座ってる。何故、こんな状況?
「何かって……」
「人の顔を見て、いきなり泣き出したんだ。何かあったんだろう?」
うぐ。それを、ここで聞くか。いや、聞きたくもなるよな……剣持ちさんを外に出した事は、ありがたい。あの人にまで、あれこれ聞かれるのはちょっと……
でも、何をどう言えばいいのやら。
「誰かに、何か言われたのか?」
それは違う。大体、ほんのちょっと前までウィカラビアの家で寝ていたんだから。
「その……あの……」
あなたが死んだから、なんて言えない。じゃあ今目の前にいるこの人は何なんだって事になるし。
下手したら、奇跡の事まで話さないとならなくなる。えー? これ本当にどうしよう? 詰んでない?
「言いたくない事なのか?」
「言いたくない……というか、言いづらいというか、説明しづらい……」
辛いばっかだな。怒られるだろうか。縮こまっていたら、隣から大きな溜息が聞こえる。
「わかった。もう泣く原因はなくなった、と思っていいんだな?」
「それは、うん。あ、いや、はい」
「ならいい」
あれ? 怒られない?
「不思議そうな顔だな」
「何故バレる!?」
「お前……前にも言っただろう。わかりやすいんだよ」
あ、そっか。そんな事、言われたっけ。
「……言いたくないのなら、無理には聞かない」
それは、こちらに踏み込んでは来ないという事。
「だが、悩みがあるのなら、相談くらいは乗るぞ」
踏み込まないけれど、突き放す訳でもない。
最初は、領主様と一緒にいる変な人だって思った。その後は、傲慢な人だとも。
でも、いつからだろう。こうしてこちらとの距離を測り、触れるか触れないかの場所にいるようになったのは。
いつの間にか、この距離が当たり前になっていた。手を伸ばせば、触れられる。温かい、生きている、命。
「どうし――」
最後まで、言わせなかった。怒られるかもしれないし、呆れられて離れられるかも。
でも、今、触れたいって思ったから。
衝動でやったのは、ちょっと後悔してる。いや、場所をもっと考えるべきでした。
いやー、ベッドで異性を押し倒しちゃダメだよね。
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