第524話 奇跡

 深い底から、一挙に浮き上がる感覚。ああ、よく寝てたんだ。


『……子、神子、起きてください』


 ん? 検索先生? まだ外は夜が明けていないんだけど……どうしたの?


『現在深夜の二時です。緊急事態が起きました』


 へ? 何があった――


『カイド元国王が死亡しました』


 え?




 頭が回らない。検索先生は、何て言ったの?


『今すぐ現場に向かいますか?』


 現場……銀髪さんが、死んだ、現場? それって……


「あの人、モーシャスティンにいたんじゃなかったの?」

『その後、バルムキートと共にボートでヴィンチザードの王都チニュキスに入り、王宮に泊まったところ、反国王派の残党に襲撃されたようです』


 ヴィンチザード……反国王派……残党……


 何で、何でそんなところに、行ったの。


『ダガード国王からの要請です。現地での戦後処理を任された為、クイに向かうジデジルに同行し、そのままチニュキスに入ったのでしょう。神子、急いだ方がいいと思います。人が集まっては、動きづらくなりますよ』


 チニュキスって、すぐに行けたっけ。


『今なら行けます。行きますか?』


 はい。


 一瞬で、目の前が変わる。さっきまで、ウィカラビアの自分の家にいたのに。ポイント間移動とは、また少し違う感覚。


 そして、目の前の豪華な寝台の下に、倒れている銀髪さん。部屋の入り口のところには、剣持ちさんも倒れてる。


 どっちも、もう動かない。振るえる手で触れた銀髪さんは、まだ温かい。本当に、ほんの少し前までは生きていたんだ。


 どうして……どうして、どうして! どうして!!?


 何でここでこの人が死なないといけないの? おかしいでしょ? ここ、ダガードじゃないんだよ!?


 なんで、無関係のこの人が殺されるの!?


『無関係とは言い切れません。彼にはヴィンザード王家の血が入っています。これは、ヴィンチザード、ダガード、両国の上流階級の者なら誰でも知っている事です』


 王家の血を引いているから、だから殺されたの?


 遠くから、人の声と足音が聞こえてくる。


「死体は城門にさらす! 王家の連中に見せつけるのだ!」

「では、首は切り落としましょう」

「腐った王家の血など、絶やさなくては」


 好き勝手に言っている声。あの連中が、この人を殺したの?


『仲間では、あります』


 そう。


 廊下の方から、くぐもった声と水がこぼれるような音がした。どうでもいいや。


 そっと、銀髪さんの髪に触れる。こんな感じだったんだ。目を閉じた顔は、今にも目を開けて悪態を吐きそうで……


 なのに、もう二度と目を開けない。何も言いあえない。


 手が震える。喉の奥が熱い。目が痛い。どうしよう、どうして、あの時検索先生の提案通りに、護くん達を置かなかったんだろう。


 そうすれば、この人はまだ生きていた。こんな目に遭わなかったのに!


 知らないうちに、涙が落ちていく。後悔からか、それとも。


 死んだ人は、生き返らない。それは、じいちゃんにも散々言われた事。死にかけた人を助ける事は出来る。でも、一度死んだ人間を生き返らせる事は不可能だって。


 出来るとしたら神の……


「あった」


 そうだ。手は、ある。私は、奇跡を使えるんだ。手の甲で、ぐいっと涙を拭き取った。気合い入れろ! 自分。


「検索先生、神様からもらった奇跡で、時間は巻き戻せる?」

『出来ます。ただし』

「使えるのは、一度だけ、だよね?」

『はい』


 ここで使えば、私は一生日本に帰れない。望みを持つ事も、出来なくなる。今までは帰らないという選択肢があった。


 でも、これからは「帰れない」。選択肢はもうなくなるんだ。


「いい。使って」

『どこまで戻しますか?』

「襲撃者がここに入ってくる前まで、戻せる? それと、その場に私はいられる?」

『神子を切り離して時間を巻き戻せば、出来ます』

「じゃあ、それでお願い」


 死なせたりしない。絶対に。


 巻き戻しは、本当に映像の逆再生を見ているようだ。しかも、色が白黒。どうなってんの?


 倍速くらいの逆再生だけど、銀髪さんが刺されたところもしっかり見ちゃった。見たくなかったな……


 襲撃者達が入ってくるところも逆再生。こうして見ると、何だか笑える。でも、連中は笑える存在じゃない。


 いつでも魔法を打てるように準備。そろそろ、巻き戻しが終わる。さあ。


 巻き戻し、終了。周囲の景色がいつもと変わらない色になる。


「ん? え!? お、おま! いつからそこにいた!?」


 生きてる銀髪さん。さっきまで同じ場所に倒れていた姿じゃない。また涙が溢れそうになったけど、今はそんな場合じゃないから!


 検索先生、廊下に直接護くんととーるくん、出せますか!?


『可能です。とーるくんはデストロイモードにしますか?』


 いやいやいや、さすがにそれはダメ。ちょっとさっきは頭に血が上ってやっちゃったけど、捕縛しましょう!


 扉の向こうから、複数の男達の叫び声。さすがに、銀髪さん達も何が起ころうとしたのか、理解したみたい。


「……襲撃者か?」

「見てきます!」


 扉を開けた先には、網でぐるぐる巻きにされた男達がごちゃっと。網には「反国王派残党」って書かれてる。芸が細かいな……


「お前がここに来たのは、これがあるとわかったからか?」


 それは、ちょっと違う。でも、これを言っていいのかどうか。


 これまでにも散々でたらめなものを見せてきたけど、さすがに「あなた達が殺されていたから、時間を巻き戻しました」っていうのはね……


 何て言って誤魔化そうかと唸っていたら、目元に何かが当たる。


「泣いていたのか? 何があった?」


 ちょ! 意識してなかったけど、さっきのあの光景を思い出したら、また涙が勝手に!


「お、おい!」

「う、うわあああああああああ」


 もういいや、泣いちゃえ。泣くって、ストレス発散に効くって話だし。あの光景がまだ頭から離れないから、涙と一緒に消えちゃえばいいんだ。


 銀髪さんがあたふたしてるけど、知らない。死んじゃったりしたあんたが悪いんだよ!

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