第523話 日常

 ウィカラビアに戻って数日。まだじいちゃんは帰ってこない。運送業が繁盛してるんだろう。本業じゃないのにね。


 そしてじいちゃんが戻らないので、私はまだウィカラビアにいる。ミシア達を放っておくのも良くないって検索先生が言うしね。


「じゃあ、制御の基礎ねー」

「はーい」


 日の半分をジジ様の淑女教育、半分を魔法修行に当ててる二人は、制御の基礎が嫌いらしい。地味で面倒だからね。


 でも、これをきちんとやっておかないと暴走するから。私もじいちゃんに散々言われたっけ。


 なので、地味にこの制御の基礎だけは毎日やってる。……本当だよ? 慣れるとちょっと意識するだけで出来るようになるから、片手間にやってるんだ。


 方法は簡単で、ケースの中に入ったピンを立たせて並ばせる。これだけ。ケースはテーブルサイズで、中にはピンが千本。


 もちろんケースの中に手は入れられないから、魔力でピンを動かして立てていく。


 ケース側と制御の腕輪が連動していて、このケース内においては魔力を好きに使えるようになってる。


 なので、制御出来ずにケース内でピンをめちゃくちゃに動かしてしまう事もあるのだ。


 ケースの中のピンを、全部立てるのが最初の目標。最終的には、千本全部均等に並べるのを目指すんだ。


 ミシアはそろそろ並べる方に移れそうだけど、ニルはまだそこまでいっていない。


 見たところ、半分も立てられていないね。隣でやるミシアと比べて焦るのはわかるけど、急がず確実にやっていきましょう。


「あ!」


 と思っていたら、ニルの集中が切れちゃったのか、ピンがバラバラと倒れる。それに引っ張られて、ミシアのもばらけちゃった。


 今日はここまでかな。


「よし、じゃあ今日はここまで。少し休んで、理論の本を読んでおしまいね」


 魔法の理論は、じいちゃんが書いた本があるから、それが教材。昔、魔法の学校で教えてたそうだから、その頃に書いたものなんだろうなあ。


 じいちゃんにも私の魔法は変わってるって言われてるから、下手な事教えられないし。基礎は大事だ。うん。


 ケースをしまおうとしたら、ミシアに止められた。


「ねえサーリ、サーリもこれ、出来るのよね?」

「うん? もちろん」

「じゃあ、お手本にやってみせてくれない?」


 そうくるか。まあ、いいけどさ。これが苦手なのは、ジデジルなんだよなあ。細かい操作が苦手な人だから。大技は決まるんだけどねー。


 ミシアのリクエストなので、ちゃんとピンを立てて並べる。一瞬で、千本全部。


 二人の目が丸くなった。ふっふっふ、私だってやれば出来るのですよ。


 翌日から、二人が制御の基礎に文句を言う事はなくなった。




 穏やかな時間はあっという間に過ぎていく。じいちゃんが運送業をやり始めて……十日?


『十二日目です』


 そっか。もうちょっとで二週間経つね。ミシア達の制御はまだ安定していないし、もうしばらくは私でも大丈夫かなー。


『そんな神子にご報告が』


 え? 検索先生が改まってそんな事を言うなんて。何が来るの?


『ボディを全て作り終えましたので、そろそろ分身を移そうかと思います』


 ああ、そっか。まだだったっけね。……って、あれからもボディを作り続けてたの?


『はい。全世界の温泉を開発してもいいように、備えは十分にしておこうかと』


 検索先生の野心は消えてなかったー。んー、でもまあいっか。


『それに伴いまして、広範囲での探索や情報収集が出来なくなります。具体的には、神子を中心に半径一キロが限界です』


 これはまた、随分と狭くなるね。


『それと、これは提案なのですが、探索等が事実上不可能となりますので、現在離れているバルムキートやジデジル、カイド元国王とフェリファーに関して、護くん達を送っておいた方がいいのではありませんか?』


 んー。そういえば、銀髪さん達につけておいた護くん達って、もう外してるんだっけ。


「……今、銀髪さん達はどこにいるか、わかる?」

『ダガード国王の名代として、モーシャスティンに赴いているようです』


 新しい聖地かあ。ジデジルもいるし、何より聖地だから、悪い人は近寄れないはず。なら、いいんじゃないかな。


「じいちゃんには必要ないだろうし、銀髪さん達も聖地にいるなら、危険はないと思う」

『そうですか。ではそのように』

「あ、ちなみに分身を移すのって、どれくらいかかるの?」

『時間でしたら、約百時間です』


 長! 大体四日と少しか。そのくらいなら、ウィカラビアから出なければこっちも問題ないでしょ。


 それにしても、本当なら護くん達を一番欲しがりそうな叔父さん陛下や領主様からは注文されないね。


 やっぱり人間の護衛がいるから、色々難しいのかな。




 制御の基礎は、ニルが大変頑張ってる。ちょっと前まで半分のピンも立てられなかったのに、今では千本殆どを立てられるようになった。


「おお、出来るようになったね。じゃあ、明日からは並べられるように頑張ろうか」

「はい!」


 目に見えて成果が見えると、頑張り甲斐もあるってもんだ。私も、頑張ろうっと。


 でも、目の前の目標がないんだよね。やりたい事は大概やり尽くしてないかな。


 ……こういう時、いつもなら検索先生からまだ未開発の温泉を! って言われるのにね。先生からのレスがないのは、何だか物足りないなー。


 でも、情報収集とかの範囲が狭まるだけだと思ってたんだけど、レスまでなくなるとは。


 そんなに、分身を入れるのって力がいる事なんだ。まあ、そのうち元に戻るでしょ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る