第521話 屋上のお茶会

 久々のウィカラビアでは、のんびりと時間が過ぎていく。


「いい場所ですねえ」

「だよねー」


 ユゼおばあちゃんとジデジルと三人で、教会併設の宿舎の屋上でお茶をする。スペンサーさんではなく、自分で煎れたロイヤルミルクティー。久々だったけど、おいしく出来た。


 お茶請けはアイスボックスクッキー。ナッツ多めでさっくりと。


 さすがのジデジルも、大聖堂建設の関係で大分疲れているらしい。夕べは十二番湯に入ったそうで、溜まった疲労が大分抜けたんだとか。


「でも、まだ少し残ってますねえ」

「何度でも入るといいよ。あそこのお湯、湯中りしにくいし」

「では、神子様もご一緒に!」

「あ、いや、私はいいわ」


 今のジデジルと一緒に入るのは、何か怖い。あと、相手のスタイルの良さに、こっちが勝手にコンプレックス持つからね……


 本当、ジデジルってスペックは高いんだよなあ。中身が残念だけど。


「あら、お客さんのようね」


 ユゼおばあちゃんの言葉からすぐして、下から上がってくる人影がある。ミシアと……ニルだ。


「あ、三人でこんなところに」

「お、お邪魔します」

「いらっしゃい、二人とも」


 ユゼおばあちゃんが招き入れたから、椅子をもう二脚出す。ガーデン用の椅子だから、さび止めを施した鉄製。重いんだ。


「お茶、煎れてくるね。皆と一緒でいい?」

「ありがとう、サーリ」

「て、手伝います!」

「ううん、平気、座ってて」


 ニルの申し出を断り、一階の厨房に向かう。亜空間収納に入れて置いたポットを取り出し、洗浄と浄化を施す。


 魔法でお茶を入れる事も出来るけど、今は普通にお湯を沸かそう。いや、ここのキッチンも全部魔道具だけどさ。


 やかんに水を汲んで、コンロにかける。この水、地下水を汲み上げているからおいしいんだよね。そして、お茶に向いた軟水。いい場所だ、本当。


 お湯が沸く少し前にポットに入れて、温めておく。茶葉を用意し、ミルクを温め開始。


 お湯を捨てて軽く拭いたポットに茶葉を入れて、お湯を通常より少なく注ぐ。


「検索先生、タイマーよろしくです」

『了解しました』


 こういう時も、先生は大変ありがたい存在です。三分経過で温めたミルクをポットへ。もう二分待って出来上がり。


 邪道だけど、茶葉は魔法で取り出してゴミ箱へ。鍋で作ってポットに入れる際に茶葉を漉す方法もあるけど、私はいつもこれ。


 ポットごと亜空間収納へ入れたら、屋上へ戻ろうか。くるりと振り返ると、ちょうど階段を下りてくるミシアが目に入った。


「あれ? どうかしたの?」

「うん、ちょっと。ねえ、サーリ」

「何?」

「ここしばらくこの街にいなかったのは、カイド兄様のせい?」


 何も、言い返せなかった。驚いたってのも、ある。でも、何を言えばいいのか、思い浮かばなかったから。


 どうしてミシアって、こう嫌なところを突いてくるのかな。次の言葉を警戒していたら、話がいきなり飛んだ。


「……ニルはね、カイド兄様が好きなの」

「……うん」


 それを聞いて、私にどうしろと。完全に、部外者なんですけど。でも、ミシアは私からの返答はいらないとばかりに続ける。


「でも、それって、ニルがカイド兄様の一面しか知らないからだと思うのよ」

「ミシア」

「だって、兄様って、女の人の前だと紳士な態度しか取らないんだもの」


 ん? 紳士? 誰が?


「サーリの前では、違うわよね? もちろん、私の前でもよ。それって、兄様が最初から気を許してる証拠でもあるの」


 えー? それはどうだろう? 私の場合は単純に、庶民の女だからじゃないかなあ? 最初から割とぞんざいな扱いされたよ?


「信じてないわね?」

「だって……」

「カイド兄様って、私程じゃないけど、相手の感情を読むのがうまいの。隠しているものにもね」


 ミシアは溢れる魔力が制御出来ず、読心術という形で暴走していたっけ。今はじいちゃん特製の腕輪で、押さえつけてるけど。


 ミシアが言うには、銀髪さんの場合考えが読めるまではいかないけど、相手の感情や、誰かに向ける思いのようなものを感じ取る事が出来るらしい。


 初めて聞いたよ、そんな事。


「そりゃそうよ。兄様の場合、魔力云々ではなく、子供の頃から鍛えた技だと思ってるもの」


 なるほど、顔色を読むとか空気を読むってやつに近いのかな。それなら納得……か? だったら、どうして私には最初あんなにつんけんしていたのやら。


「多分だけど、気を張らなくてもいい相手って、初めて見た時から感じていたんじゃないかしら」

「嬉しくないわー」

「サーリのね、そういうところが好き。普通、先代国王に気を張らなくていい相手って思われたら、喜ぶところなのにね」

「えー? そーかなー?」


 あんなに我が儘振り回されて、喜ぶの? それってマゾじゃね?


「ともかく、ニルは兄様のそういう素の面を知らないの。だから、理想の王子様を重ねているんだと思うわ。あの子ね、子供の頃、乳母からもらった絵本が宝物だったんですって。女の子が、王子様に見初められて結婚する話」


 おや、こちらにもシンデレラのような話があるんだ。もっとも、大本の話だと、シンデレラは貴族の娘で、結構したたかな性格なのでは? って話らしいけど。


 いつの世も、女の子は王子様を夢見るものなのかな。そんなにいいものじゃなかったけどね、王子様。


 ハニトラに引っかかって、最後は牢屋で汚れまみれだったわよ。今はローデンに帰って、少しはましになってるのかね?


「私、ニルの恋は応援してあげたいの。でも相手が兄様じゃ、応援出来ないわ」


 それは、ニルの方に問題があるのか、それとも銀髪さんの方なのか。ちょっと怖くて聞けない。


「ニルには幸せになってほしいけど、兄様にも、幸せになってほしいの」


 何故、それを私に言うんだろうね。聞きたいけど、聞けない。言葉に、形にしたら、何もかもが変わってしまいそうだから。

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