第518話 ぐるぐる回ってまとまらない

 ウィカラビアに戻った翌日、朝食には出ずに、一人で秘湯の村に飛んだ。ポイント間移動は、誰にも見られないから行き先を聞かれずに済んでいいね。


 村の方は、また少し開発が進んでる。いつの間にか、村の中に小川が出来ていて水が流れているよ……


 前来た時は、なかったよね?


『小川があった方が、景色が完成すると思いまして』


 後付で、どけんさんに作らせたそうな。いや、確かにのどかでいいけどさ。


 蛇行する小川には、いくつか水車小屋が作られている。あの水車小屋、何するところ? 粉挽きじゃないし、精米でもないよね?


 その辺りは、ゆたかくんが機能として持ってたはずだし。


『ただのオブジェです。実際水力を利用出来ますから、今から何か仕込んでも構いませんが』


  んじゃ発電でもさせておきましょうか。……いや、嘘ですから! 必要ないから! 検索先生止まってえええええ!




 この村の温泉は、ちょっと温度が高め。なので、じっくりつかってはいられない。入って上がって入って上がっての繰り返しだ。


「ふいー、気持ちいいー」


 お湯から上がってベンチに腰掛けて、風に当たる。暮れ始めた山里は季節もあってか風が冷たい。すぐに冷めそうだ。


 お昼もこっちで一人で食べて、お風呂もこれで三回目。静かな村には、今は虫の鳴き声くらいしか聞こえない。


 これが、一人という事。ローデンを出た時は、一人で生きて行くって決めてたのにな。


 前も感じたけど、今は側に誰かがいないのが寂しい。誰か……誰かで、いいのかな。


 ジジ様や侍女様方は、ウィカラビアに行けば会える。ユゼおばあちゃんも、あそこの教会が気に入ったって言ってたし。


 じいちゃんは……まだ一緒にいてくれると思う。私が相当危なっかしく見えるんだろうね。……言い返せないなー。


 ミシアは、遠からず王宮へ帰るだろう。あの子、ジジ様によればダガードの次期女王だっていうから。


 今はニルと遊んで、ジジ様から淑女教育を受けて、ユゼおばあちゃんから宗教上の教育を受けて、じいちゃんからは魔法教育を受けている。


 最強の布陣だね。実はニルも、同じ教育を受けている。ミシアに追いつけ追い越せで頑張っているんだって。じいちゃんも褒めてた。


 ニル……あの子は、ヴィンチザードの王家の血を受けた侯爵家の子だ。家柄も、血筋も申し分ない。


 教育さえ無事終われば、どこへだって好きなところへお嫁に行ける。政略の駒には使わないって、叔父さん陛下が約束したしね。


 私は……私は、どうだろう。ローデンを出たばかりの頃は、もう二度と結婚なんてしないって思ってた。一人でいいって。


 でも、今寂しいって感じてる。側に、いてほしいって。いつの間にって自分でも思うけど、本当、いつの間にだよ。


 きっと、今までの距離がいけないんだ。近すぎたんだよ。


 だから、少し離れないとね。




 船の中に入れた砦に向かう。もう夜だけど、三匹はまだ起きていた。


「みんなー、元気にしてるー?」


 抜き打ちで来ちゃった。でも、三匹とも歓迎してくれたよ。


「あ、お帰りー」

「お帰り。みんな元気だよ。マクリアは、また飛ぶ速度が少し速くなったんだ」

「プイプーイ」


 マクリア、胸を張って自慢してる。可愛いねえ。


「三匹とも、ウィカラビアには行かなくていいの? 特にマクリア、ミシアが来てるよ?」

「暑いの苦手だからいい」

「僕も」

「プーイ」


 やっぱりか。じゃあ、やっぱり秘湯の村の方がいいかな。


「砦を出るのが嫌って訳じゃ、ないんだよね?」

「それもあるよー」

「砦は僕らの家だからね」

「プイプイプー」


 そっか。いっそ、あの村に砦を出すかな……


『景観に合わないのでやめてください』


 ダメが出ました。


「実は、山の中の涼しい場所に村を作ったんだけど、一度行ってみない?」

「涼しいの?」

「それなら、ちょっと行ってみたいな、僕は」

「プー」


 よし、三匹とも行くって。んじゃ、今日はこのまま砦で寝て、明日三匹と一緒に秘湯の村に行こうか。


 あ、じいちゃんには一応、どこにいるか連絡しておこうっと。スーラさんで連絡を入れたら、何か向こうが大騒ぎになっていたらしい。


『朝からお主の姿が見えないと言って、カイド殿達が大慌てでのう』


 ちょっとだけ、胸の奥の方が温かく感じる。


 でも、それと同時に罪悪感。一人でここに来るにしても、一言伝えておけば良かったのに。今、じいちゃんに言ってるけどさ。


 いつだって、じいちゃんにだけは行き先を告げていたのに。それで周囲に迷惑をかけるとか、何やってんだ自分。


 でも、一方でイラッともする。別に、あそこにいる人達は私の家族じゃない。私がいつ、どこで、何をしていても、束縛する権利なんかない。


 違う、心配するのと、束縛は別物。ダメだ、何かさっきからぐるぐる考えが回ってちっともまとまらない。


『サーリ? どうかしたのかの?』

「え? ううん、何でもない」


 うん、何でもない。一人でここに来たのも、理由なんて、そんなにないんだ。……多分。


 砦に泊まって、翌朝、朝の散歩の前に秘湯の村に移動する。砦からもポイント間移動は出来るからね。


「わー、気持ちいいー」

「本当だ。僕ここ好き」

「プーイ」


 三匹とも、気に入ったみたい。良かった。三匹は村の上空を飛んで、ついでに山の方まで行ってくるって。


 ほうきで一緒に行こうかと思ったけど、もう追いつけるスピードじゃないね、あれは。


 三匹を見送って、今日もここで一日過ごそうかと思う。


 そういえば、昔おばあちゃんに話を聞いて、機織りをやってみたいと思ったっけ。


 昔話とか、テレビなんかでも見たよなあ。今、布は亜空間収納内で自動で織るようにしてあるけど、織機を作って自分で織るのもいいかも。


 無心で何かに没頭するって、いいよねえ。


『ではぜひ、新しい温泉の開発に没頭してください!』


 そう来るか。んー、じゃあ、おいしいフルーツがある場所で、誰の土地でもない場所なら、行きましょう。


『本当ですね!? いくつかみつけてありますから、今すぐ行きましょう!』


 もう見つけてあるの!? ……そういえば、以前邪神教団の居場所を探す為に、大陸探査を行ったっけ。あの時かー。


 まあ、いっか。




 三匹も一緒に来るというので、ほうきで飛ぶ。秘湯の村からは、北東に行ったところに、新しい温泉地はあるそうな。


『手強い魔獣がうじゃうじゃいるので、人が近寄りません。盗賊も同様で、あの土地までは、例の香は出回っていないようですよ』


 あー、魔獣よけの香だっけ。さすがにここまでは流通していないんだ。


 到着した山は、今まで以上に植物が凄いとこだった。いや、結構北の方なのに、こんなに蔦だのなんだの生い茂ってるんだ……


『この辺りは、草食動物も近寄りませんから』


 魔獣の影響かねえ。でも、食料がないと、魔獣も増えないのでは?


『土地からあふれ出る魔力が強いので、物質的な餌を食べずとも、生きられるようです』


 魔力だけでも生きていけるのが、魔獣の嫌なところだよなあ。そして、魔力のみで生きている個体に限って、魔法耐性が強いというね。


「ま、護くんととーるくんがいれば、問題ないけど!」


 人間の反応は山から結構離れた場所までないから、さっそく裾野を少し伐採して、どけんさんを出す。堀を作らないとねー。


 護くんととーるくんを山に放ち、デストロイモードで魔獣を狩る。お、早速亜空間収納に入り始めた。


 後はしばらく待てばいい。近場にポイントを打って、いつでも来られるようにしておこう。


 さて、村に戻ってもいいんだけど……


「魔獣、狩る!」

「僕もー」

「プイー」


 三匹がやる気だ。護くん達の邪魔にならないようにねー。

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