第515話 全力の浄化
避難所での暴動は避けたいようで、責任者の兵士さんは結局こちらからの物資を受け取ってくれた。
「あの、救護所はありますか? 怪我人とか、病人とかいませんか?」
声をかけたら、兵士さんが凄くびっくりしてる。そんなに驚くような事、言ったかね?
しばらくそのまま無言で見合っていたんだけど、何やらこちら側からの視線が冷たい。はて?
その視線に気づいたのか、兵士さんがはっと我に返り、咳払いを一つ。
「……確かに、怪我人や病人はいますが、それが何か?」
「治療しますので、案内してもらえますか?」
「え?」
「え?」
そこ、何で驚くの? 治療のついでに、浄化もするよ? 心なしか臭うし。
驚く責任者の兵士さんを余所に、彼の後ろにいた兵士さんが「こちらです」と小声で案内してくれた。
もう、固まっている責任者さんはここに置いていくか。
ここの救護所は、小さいテントをいくつも連ねて作ってある。やっぱり、怪我人や病人がいるからか、避難所の中でも一番端の場所だ。
ただ、ヴィンチザード側からは一番奥に当たるので、これも弱い存在を護る為だと思う。襲撃者は、国内から来るだろうから。
怪我人と病人は別々のテントにいるんだけど、面倒なので一辺に終わらせてしまえ。
「えーと、治癒全般でいいのかな?」
「大雑把だな」
「いいんですよ、結果が伴えば。んじゃ、いきます!」
金色の輪が一瞬で広がり、すぐに消える。でも、どのテントからも歓喜の声が聞こえた。
跡が残る怪我を負った人の傷が綺麗に消え、明日をも知れない病人が元気になって起き上がる。
他にも大小様々な症状が一瞬で治る奇跡。ついでに浄化もいれておいたせいか、あちこちで懺悔大会が繰り広げられております……
「申し訳ありませんんん!」
ここにもいたよ……何やったんですか、責任者なのに。
「本国からの命令に背きましたあああああ! でも! 難民虐殺なんてやってらんねえええ!」
マジか……それは背いてくれて助かった。つか、周囲の難民達もぎょっとしてるよ。
「領主様、これ……」
「ちょっと、場所を変えようか」
そーですね。涙をだばだば流してる責任者さんを何とか立たせて、面倒だからそのまま絨毯でボートへ。
「他にも、似たような自白をしてる人、いませんかね?」
「いる可能性はあるな。サーリ、自白した、もしくはしそうな人間というのは、見分けが付くかい?」
「んー……何とかなりそうです。とーるくんが捕縛して連れてくるみたいです」
判別は検索先生経由で護くんが、捕縛はとーるくんがやってくれる。そして、網でぐるぐる巻きにされた兵士が全部で十三人。
ついてる札には「虐殺未遂犯」って入ってる。検索先生、容赦なし。全員が全員とも、豪快に泣いていて大変むさいです。
ボートのデッキ部分に、そんな男達が全部で十四人。割と高い位置にいるので、ここの会話は下には聞こえないけど……船室、使います?
泣いてる連中に手を焼いた領主様達だったけど、基本自白モードになっているので、こっちが聞いた事には素直に答えてくれた。
で、彼等から聞き出した話から領主様が推察した結果は、スーラさんでダガード王都の叔父さん陛下へ。
『という事は、向こうもうちと似たような事を考えていて、やり方が違った、という訳だね?』
うん、あの責任者さんの「本国」も、ヴィンチザードを狙っていた訳だ。ただ、ダガードとは大分手段が異なる。
避難所の難民を虐殺し、自国の国境沿いの村も焼く。それらを全て、ヴィンチザードのやった事として、攻め込む口実にし、大軍を率いて乗り込む、というもの。
「そうなりますな。それにしても、難民はおろか自国の民まで犠牲にしようとは……」
『それが王侯貴族の考え方、なのかもしれないよ? ジンド』
「とてもそう言えませんよ」
『まあいい。自白している実行犯はいるんだよね?』
「はい。神子様のおかげをもちまして、気持ちいいくらいあれこれ喋ってくれますよ」
『では、彼等は我が国にご招待しよう。本国の汚いやり方に耐えかねた善意の兵士達による告発だ。他国の事とはいえ、見過ごせないよねえ? 我が国とも国境を接しているのだし』
「そうですなあ。いや、本命の前に落とさねばならない相手が出るとは。世の中何がどうなるかは、本当にわからないものです」
はっはっは、とか笑い合ってるけど、怖い話じゃないよね? 領主様から、何やら黒いものが出ているように見えるんだけど。
『気のせいでしょう。別段、瘴気は出ていません』
そーですねー。気分ですよ気分。
ここの避難所には浄化もかけたし、しばらく護くんととーるくんを放して、残った兵士達だけでなんとかやっていってもらう事になった。
未だに泣いてる責任者さんから、次の責任者に抜擢されたのはわずか十八歳の少年兵。
……よく見れば、兵士達は全体的に若い。使い捨てにしてもいい人材として、ここに送り込まれたんだ。
ちょっと、その「本国」とやらに怒りが湧く。
『ヴィンチザードの西、ダガードの南に位置する国はモーシャスティン王国です。ダガードの到着する前に通り過ぎました』
そうだっけ? 国境手前までは空を飛んでたから、よくわかんないや。
『神罰申請、しますか?』
うーん、神罰を乱発するのもなあ。ついこの間申請したばっかりだし。
遠隔でモーシャスティンの王宮に超強力浄化はダメですかねえ?
『問題ありません。超強力というと、現在の神子の全力で、という事でしょうか?』
うん、そのつもり。
『それならば、問題はないでしょう。全力以上なら止めますが』
いや、全力以上なんて出せないでしょう。
『神子ならば出来ます』
何ですか、その「君なら出来る!」みたいなの。出来ませんよ。てか全力以上なんてやりませんよ。
全力を使った場合、やっぱり意識不明とかになったりしますか?
『今夜、寝る直前にベッドに入ってからをお薦めします』
了解でーす。
んじゃ、先に一度王宮まで戻りましょうか。泣いてる兵士達を届けないとね。
王宮に兵士達を降ろし、そのまま私達はボートでヴィンチザードの南を目指す。
本当は今日中に南の避難所四箇所も全部回れるんだけど、それだと同行してる人達が疲れるかなあと思って。
一泊船中泊を入れて、明日の朝南に到着する予定です。
で、夕飯を終えた夜。寝支度を終えてベッドへ。んじゃ、浄化を始めましょうか。
『照準はこちらに。制御は神子に』
お願いします。んじゃあ、全力で、浄化を、お見舞いだああああ!
目の前がスパークした途端、朝になっていた。あれ? 浄化、終わったんだよね?
『無事終わりました。その後気を失い、つい先程まで泥のように眠っていましたよ』
恐るべし、全力の浄化。で、モーシャスティンの王宮に、変化はありますか?
『朝から、王侯貴族や使用人、王宮の端に設けられた牢屋の囚人に至るまで、皆熱心に祈っています』
はい?
『懺悔の祈りが主ですね。その後、大挙して教会に出家するようです』
はいいいい!?
『モーシャスティンは、信仰心の厚い国になるでしょう』
いや、自分でやっといてなんだけど、凄く怖い結果なんですが? 大丈夫なの? 浄化って。
『彼等の計画が実行され、成功していたら、ヴィンチザード国内の人間は数を半分以下に減らし、モーシャスティン国内の人間にも犠牲者が出たでしょう。それに比べれば、聖職者が少し増える程度です。問題ありません』
本当に!? 本当に問題ないの!? 絶対王政の国で、王宮が機能しないって割とダメなやつでは!?
『しばらくの間でしたら、何とかなります。その後は』
その後は?
『ダガード国王が何かしら、考えるでしょう』
え? それダメなやつでは? 腹黒が考える事なんて、モーシャスティンと変わらない気がするんだけど。
『そうですね。この隙に、モーシャスティンを一気に攻め落とすかもしれません』
何ですとー!?
『ダガードの国土が増えても、それで不幸になる民が少なくなればいいのですよ。それこそ、神の思し召しです』
一部不幸になってる王侯貴族がいる気がするけど、自業自得だもんな。もーいっかー、それで。
でも叔父さん陛下、お手柔らかにお願いしますよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます