第514話 イキロ
怪我人も病人も全員治し、救援物資も無事引き渡した。これにてこの避難所でやるべき事は終わったかなー。
後は、念の為に護くんととーるくんを置いていこうと思う。また暗殺者連中が送り込まれないとも限らないからね。
設定は、他者に危害を加えようとした者、でいいか。暴行も暴動も見逃さないよ。
「じゃあ、次の避難所、行きましょうか」
「そうだな」
「え? カイド様に神子様、ずっとここにいらっしゃるのでは?」
従兄弟さんが驚いている。いや、そんな訳ないでしょうに。まあ、滞在時間一時間程度だったから、ちょっと短いかなとは思うけど。
でも、やる事は全部やったから、これ以上留まる必要ないんだよねー。それに、他の避難所にも救援物資を持っていかないとならないから。
その辺りを銀髪さんから伝えてもらい、まだ納得いっていない従兄弟さんを尻目に避難所を後にした。
さーて、次はどこだっけ?
「こことは別の国境に、もう二つ避難所があるそうだ。国内はそれで終わりだな」
私の疑問に、銀髪さんが答えてくた。国内はあと二つか。ん? 国内は?
「という事は、国外にはあると?」
「別の国……この場合、ヴィンチザードの西と南に接している国々に、それぞれ難民が向かっていると聞いている」
「そっちは、行かなくていいんですか?」
「王宮からは、聞いていないな。行きたいのか?」
うーん、放っておきたくないってのが本音なんだけど、そこには一人で行った方がいいよなあ。
「行くなら一人で行くなよ?」
「何故バレてる!?」
「? ……よくわからんが、お前は割と考えている事がわかりやすい人間だって、自覚あるか?」
……前にもそんな事、どっかで言われた気がする。
結局、余所の避難所にも三人で向かう事になっちゃった。一応、叔父さん陛下にスーラさんで連絡を入れたら、「追加の支援物資、持っていって」って言われちゃった。
「国内じゃないんですけど、いいんですか?」
『いいよ。ただし、ダガードからの支援だってしっかり言いふらしてきてほしいんだ。後々に響くからね』
国民感情に訴える、ってやつですかね? でも、絶対王政なのに、国民感情なんて必要なのかな。
『今回の件で、ヴィンチザードの国民は王家を打倒できる相手と認識しました。武力さえあれば、自分達にも出来ると思った者は多いでしょう』
つまり、革命を起こされる可能性が出て来たと?
『北ラウェニア大陸で民主政治が台頭するには時期尚早ですが、芽は出たといったところですね』
おおう。革命と言えば、フランス革命が有名だけど、あれ革命後にこそ多くの人がギロチンにかけられて殺されてるんだよね、確か。
ともかく、ダガード国内の避難所を回ってから、王宮に戻って支援物資の追加分をもらわないとね。
どこの避難所も割と似たような雰囲気で、人々の目には希望が見えない。生まれ育った土地を追われてここに来ているんだから、当たり前か。
でもまあ、浄化と治療の後は割と笑顔になってくれるんだよね。二箇所どっちでも、護くんととーるくんの連携で、また不審者を狩り取ったし。
今回は暗殺者じゃなくて、煽動者って出た。
国内二箇所を回った後、ぐるりと西から国境沿いにある避難所を回る事になった。
メンバーは銀髪さんと剣持ちさん、それに何故か領主様と二人の貴族、そして私。
「領主様、そちらの方々は?」
「ああ、大丈夫。私の古い知り合いでね。ナバル陛下とも親しくしている者達だから」
「サーヴェドス伯テヴァンと申します。以後お見知りおきを、神子様」
「モマー伯爵エーゼディマーにございます。サーベドス伯共々、以後お見知りおきください、神子様」
おおう、何か、一挙に上流社会の人間ばっかりになっちゃったよ。
「ジンド、何故この二人が?」
「お三方だけでは、いささか不安が生じますのでね。お目付役とでもお考えください」
「面倒な……」
「これもナバル陛下の思し召しです」
「叔父上……帰ったら文句を言ってやる!」
銀髪さんじゃ、返り討ちにされるだけじゃないかなー。言わないけど。
「何だ? 何か言いたそうだな?」
「いいえー? 何もー?」
だから、どうしてそうこっちの考えを読むんだよ。ミシアと同じで、読心術が使えるとかなの?
そっぽを向いて誤魔化していると、領主様から声がかかった。
「我々が同行するのは、今回の援助が外交の一部でもあるからなんだ。面倒な交渉ごとはこちらで行うから、心配しないでくれたまえ」
「交渉……あるんですか?」
「そりゃあるだろう。ダガード国内なら問題はないけれど、これから行くのはヴィンチザード国内や他国の領土にある避難所だ。向こうとしても、いきなり神子様がいらしては、現場が混乱するよ」
そっかー。そりゃいきなり見知らぬ一行が来て「神子でーす、ちょっと浄化と治療をさせてくださーい」とか言ってきても、信用出来ないわな。
そういう意味では、領主様達貴族というのは、信用度が高い。話もスムーズに通るという訳か。
銀髪さんも王族だけど、いまいち信用度がね……
「お前、何か良くない事を考えているだろ?」
「いいえええ!? そんな事ないですけどおお!?」
だから、何でわかるのよ!
領主様以外の貴族の人達にとって、空飛ぶボートは初体験。二人とも、子供のようにはしゃいでるよ。
「おお! 本当に飛んでいるぞ!」
「何という速さだ。見ろ、森がもうあんな遠くに」
楽しそうで何よりです。意外と、空を飛ぶ事を怖がる人って、少ないのかね? どこぞの子爵夫人も、はしゃいでいたっけ……
最初に向かうのは、ヴィンチザード国内にある避難所。国内って言っても、西の端で国境に近い。
ただ、ここの国境は山の中にあるらしく、難民の足では越えるのが難しいから、その裾野に避難所が作られたんだって。
作ったのは、西隣の国。本当なら越境してるって事で問題なんだろうけど、内乱やってる連中もこっちまで来る余裕はないらしい。
ダガード国内の避難所にいた暗殺者達は、国内貴族がバックについていたからこそあの場にいられたって訳だ。
その貴族も、王宮の方で手を回している最中だってさ。領主様が簡単に教えてくれた。
「今頃は地下牢の中かも知れないねえ」
楽しそうで何よりです……
ヴィンチザード国内にある避難所には、ダガードから約一時間程で到着。ここも、今までの避難所と同じくらいどんよりとしている。
今回は、避難所の真上にボートを停泊させた。しかも、しっかり下から見えるようにしてある。
この辺りは、領主様の提案。神子とわかるような登場方法にしよう、ってさ。登場って……
渋ったんだけど、逆に歩いて避難所に近づいたら、最悪矢を射かけられて大変な事になるって言われては、やらない訳にいかないよね。
で、現在。下がもの凄い騒動です。いきなり空に見知らぬ物体が現れれば、そりゃパニックになるわ。
こんな間近でUFO見たら、私だってパニック起こす自信がある。未確認飛行物体、つまりこのボートは、下にいる人達とってのUFOだよなあ。
「な、何者だ!?」
お、何か甲冑着てる人がきた。領主様の方を見ると、軽く頷かれる。んじゃ、下に行きますか。
「ああ、サーリ。フードをかぶっていってくれないかな」
「神子だって、見せつけるんじゃないんですか?」
「衝撃があった方がいいだろう?」
領主様、すんごく楽しそうですね。まー、いいけどさー。
相変わらず、昇降は絨毯を使用。さすがに初めて乗る二人も、この場でははしゃがずすまし顔をしている。
下に到着すると、周囲を甲冑姿の連中が取り囲んだ。
「何者だ!? 何の用があってここに来た!?」
槍の穂先が向けられている。一応、絨毯に乗った時から周囲には護くんを配置しているから、防御用の結界は抜かりない。
槍持ってる人、それ以上前に進んで結界に触れると危ないよ? と思ってたら、穂先で触れたらしい。
「ぎゃっ!」
短い悲鳴を上げて、槍を持ってる兵士が弾かれたように尻餅をつく。そのままばったり倒れたので、失神したんだろうな。
護くんの結界、攻撃を受けたと判断すると、電撃流す仕様になってるから。
でも、おかげで兵士達が殺気立っちゃった。どうしよう?
すっと、一歩前に領主様が出た。
「落ち着いてくれたまえ。我々は、ダガードの国王陛下からの使いの者だ」
「ダガードだと? 証拠は!?」
「家紋がわかるものはいるかね? これを」
領主様が、懐から短剣を取り出して、一番偉そうな兵士に渡す。鞘に彫られている家紋を確認したらしく、兵士の顔色が変わった。
「コーキアン辺境伯……」
「その通り。さて、ここの責任者はいるかな?」
「わ、私です」
「そうか。では、我が国の国王陛下から、この避難所に物資を送りたいのだが、受けてくれるかね?」
「物資……ですか? それは……」
「これだけの人間の胃袋を満たすだけの食料、あるかな?」
領主様の言葉に、相手の兵士が黙り込む。周囲を見ても、食べ物が足りていないのはよくわかるよ。
「それについては、本国に聞いてみない事には――」
「君達の本国に聞いて、了承を得るのに一体何日かかるかね? その間に、この避難所で餓死者が出たら、君はどう責任を取るというのかな?」
領主様、声が大きくなってます。周囲に聞かせる為なんだろうな。どうせなら、マイクとスピーカー、使います?
兵士の方は、痛いところを突かれたようで、黙り込む。そんなに他国から援助を受けたくないのかね?
勝手に受けると、それこそ後で本国に怒られるとか?
「考えてもみたまえ。本国の王宮にいる者達が、現場を知っているはずがない。ここで悪い事が起こらなければいいのだよ。もっと言ってしまえば、難民が君の国になだれ込まなければいいのだろう? ならば、この援助を受けたまえ」
「……」
へいし は まよっている。
段々、周囲の難民達の視線が、縋るようなものから恨みへと変わり初めてるよ。はよ承諾しろと、無言の圧力がひしひしと。
「それに、この救援は神もお認めになられたものだ」
「何ですって?」
おっと、ここで来るのか。
「こちらにおわすのは、神の力を体現なさる神子様である」
領主様の言葉に合わせて、フードを下ろした。現れた黒髪に、周囲からどよめきが起こる。
「さあ! 神子様からの要請に従い、ダガードが救援物資を運んで来た! 皆の者! 腹一杯食べるがいい!」
領主様の言葉に、今度は周囲から大歓声が沸き起こった。これじゃあ、受け取れません、とは言えないよね。魂が抜けてる責任者さん、イキロ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます