第511話 肩凝るわー

 ヴィンチザードが内戦状態に入ったと報せを受けてから約五ヶ月。季節はもう秋になっている。


 そんな中、叔父さん陛下から報告があった。


『ヴィンチザード国内から、スワシェニルを探す一団が各国に放たれたらしいよ』


 朝食の場である集会場でその報せが入ったので、温泉街にいる全員でこの報せを聞いている。当然、ニル本人も。


 不安そうな顔は、隣に座るミシアのおかげですぐに解消された。二人はテーブルの上で手を重ねている。


『さすがに、あの連中にはスワシェニルの居場所は特定出来ないし、出来たとしてもそこには辿り着けないだろうから、こちらとしても安心だよ』


 ですよねー。連中も、まさか海を越えた別の大陸に避難してるとは思わないでしょ。


 それにこの山は、不審者を入れないようにしてあるし。今でもときたま、とーるくんが無断で入ろうとした連中を捕まえてるんだよねー。


 大体はウィカラビアの王宮関係者らしいから、網に「不審者」って張り紙をして、近場の村に捨ててくるんだってさ。


 最初に不法侵入する奴らは、ぐるぐる巻きにして村に捨てるよう指示しておいたから。


 盗賊なら村からしかるべき場所に通報されるだろうし、そうでない場合も人のいる場所からなら生きて帰れるでしょ。


「ダガードの方は、大丈夫なんでしょうね?」

『問題ありませんよ、母上。ジンドも戻ってきましたし、いい人材も増えましたから。ああ、サーリのおかげで厄介な連中を一掃出来たのが大きいな』


 一掃って……王都の強力浄化の件だろうけど。あれで世代交代が進んだって、言ってたっけ。


 つまり、厄介なのは親や祖父世代で、息子や孫世代にはいい人材もいるって事か。


『国境の辺りには、メヴィアン師の手による魔法人形が監視しているし、彼が引き入れた魔法士もそれなりの数になりましたしね』


 叔父さん陛下ったら、いつの間に。それもあって、領主様はポンプに魔法を使うのを許可したな。魔法士のあてがあったんだ。


 あのストーカーに作らせた人形が見張りをし、国境を無断で越えてくる者は即座に捕縛ってところか。


 うちの護くんととーるくんの連携みたいなものだね。


「叔父上、ヴィンチザードの国内は今どうなっている?」

『当たり前だが、各国境には難民が押し寄せている。その辺りから聞こえてくる内容から、主戦場である王都を中心に、どこも物資不足で大変らしい。各街や村の食料備蓄も、全て奪われたと言っていたな』

「……」


 戦争は、どんなものであれ一番被害を被るのは弱い人達だ。おばあちゃんが、よくそう言ってたっけ。


 おばあちゃん自身は、戦争体験はしていなかったけど、おばあちゃんのお母さん、私のひいおばあちゃんなんかから、話は聞いていたんだってさ。


 検索先生、平民だけでも救えませんか?


『あの国は教会組織の腐敗もそのままでしたから、本来やるべき弱者救済が出来ていません。各難民避難所も、治安がよくありませんね』


 ラウェニア大陸には、難民を救済する国際法みたいなのはないけど、慣習として戦えない者は戦争に参加しなくていいというものがある。


 怪我人とか、女性や子供、老人などがそれ。実際には、前線に出しても役立たずだからだ、なんて酷い話も聞こえてきたけど。


『いっそ、神子として救済に向かいますか?』


 うえ?


『南北ラウェニア大陸では、神子が世界を救った話は広く知られています。その神子が、困っている難民を救ったところで、どこからも文句は出ないでしょう』


 ローデンが察知したら?


『ローデンも、こちらの大陸までは来られません。今のあの国は、続く異常気象で国力を大分落としていますから』


 こちらを追ってくる事は出来ないって事か。よし。


「あの、ちょっといいですか?」

「どうしたの? サーリ」


 いきなり声をかけたからか、ジジ様含め、皆驚いている。スーラさんで叔父さん陛下にもまだ繋がっているから、丁度いいや。


「私、ちょっと行って難民を助けてきます」

「ええ?」

『難民を助けるって、どうやって?』

「治安維持や、食料支援ですね」


 護くんにとーるくん、ほっとくんやスペンサーさんを出しておけば、大分助かるはずだ。


『ほっとくんを出す場合、素材となる食料を亜空間収納に補給する必要があります』


 それに関しては、世界中を廻って食料を仕入れてきましょう。秘湯の村はまだ収穫出来ないし。


 ホーガン領の時のように、あちこちから少しずつ買い集めようかな。今回は量が量だから、大変そう。


 まずはどこから回ろうかと考えていたら、スーラさんから叔父さん陛下の声。


『では、まず王宮に来てくれないかな。支援用の食料を用意しているから』

「わかりましたー」


 叔父さん陛下も、難民救済に動こうとしていたんだ。


「用意が良いな、叔父上」

『国民感情をこちらに向けておけば、それだけあの国を潰すのが早まると思ってね』


 前言撤回。腹黒はやはり腹黒だ。




 一人で各避難所を回ろうと思ったら、銀髪さんと剣持ちさんが付いてくる事に。

 意外にも、ジジ様からもそうするようにと言われた。


「難民ばかりだと、感情が高ぶって何が起こるかわからないものよ。形だけでも男がいれば、それも少しは和らぐわ」

「お婆さま……」

「形だけって……」


 二人はジジ様の言葉に不満があるらしいけど、言われてみれば確かに。


 女だからって、舐めてかかる男は多い。その場で実力示すと追い払えるけど、そういう連中って、鬱憤を他の弱者に向ける事もあるからなあ。


『避難所で浄化を行えばいいのでは?』


 その手があったああああ! 強制改心まではいかないけど、悪事を働こうとする心を消しちゃえば、騒動も起こらなくなるか。


 あ、ついでにヴィンチザードの神職者達に、神罰をお願いします。


『神子からの神罰申請を受け付けました。……神罰申請が受理されました。これより、ヴィンチザードに在住する神職者限定で、神罰が下ります。……神罰執行完了です』


 早! 人数が少なかったから、素早く行えたとか?


『邪神教団を浄化した影響のようです』


 本当、邪神はろくな事していないな! でも、これで神職者関連はクリアになったと。


 あとは、難民救済だね。




 空飛ぶボートで王宮に向かい、叔父さん陛下との謁見をする事に。


「何でわざわざ謁見?」

「形を整える必要があるんだろう。王宮は、そういうところが面倒でな……」


 銀髪さんの言葉に、実感がこもっております。謁見というから、衣服も整えるのかなあ? と思ったら、意外にもこのままでいいってさ。


 私はいつもの冒険者スタイルにフード付きのローブ。銀髪さんと剣持ちさんは、仕立てはいいけど軽い装い。シャツにズボン、ベストに上着、帯剣のまま謁見の間に連れて行かれた。


 見てくれは神子バージョンに戻してるから、フードはしっかりかぶっておかないと。


『それでは神子が救済をする、という建前が消えますよ?』


 しまった。でもなあ。どうしよう。謁見の間の扉の前でおろおろしていたら、隣から声がかかる。


「どうした? 今更緊張か?」

「違いますー。その、神子の姿で謁見した方がいいのかどうかと悩んでいて……その、難民を救済するのに、神子として行こうかと」

「ああ、なるほど。なら、髪の色をしっかり見せるといい」


 やっぱりそうかー。叔父さん陛下なら、いきなり黒髪で目の前に現れても、うまく対処してくれるだろうし。


 そういうところ、信用があるよなー。腹黒だけど。


 扉が開かれ、招き入れられる。中からはどよめきが。ああ、前国王がいるもんね。


 まっすぐ玉座へと続く絨毯。その両脇に、立っているたくさんの人。お、一番奥には領主様の姿もあるよ。


 私達三人は、玉座のすぐ下まで進んだ。膝を突くのは剣持ちさんだけ。私もした方がいいのかと銀髪さんを見たら、小さく首を横に振られた。


 このままでいいらしい。


「よく来た、三人とも。おお、神子様におかれましては、久しいですな」

「お、お久しぶりにございます」


 思わず教皇庁風の礼が出ちゃった。ローデン風よりも、たたき込まれたもんなあ。


「カイドも久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「おかげさまで」


 おすましの銀髪さんという、世にも珍しいものを見てしまった。驚いて横目で見てしまったよ。


「さて、此度の一件は聞いていると思う。母上の故国でもあるヴィンチザードで、内戦が起こった。それにより、多くのヴィンチザードの国民が、我が国の国境にも押し寄せている」


 叔父さん陛下が一旦言葉を切り、領主様の方に視線をやる。領主様は一礼して、説明を始めた。


「現在、国境を越えて我が国に流れ込んできた者達は、国境沿いの地で開設している避難所に振り分けています。他国にも避難している民はいるようだが、我が国が一番多いようです」

「我々としても、罪なき民を受け入れたい思いは山々だが、一度に多くの難民を受け入れるには、準備が足りない。そこで、三人には避難所に送る物資の運搬を頼みたいのだ」


 叔父さん陛下の言葉に、またしても周囲がどよめく。そうだよねー。前国王に対して、現国王がちょっと避難所まで使いっ走り頼むわーって言ったようなもんだし。


 実際、何人かが声を上げた。


「へ、陛下。そのような雑事を、前陛下にお任せするのは……」

「そうです。あまりにもむごいなさりよう」


 反対する声の方が多いね。ちらりと銀髪さんを見ると、軽く肩をすくめている。


 お使いが嫌なら、今ここにいないもんねー。


 場の空気を変えたのは、領主様の声だった。


「静まれ! 陛下の御前である!!」


 領主様、声が通るなあ。しんと静まりかえったところに、叔父さん陛下が口を開いた。


「皆の思いも、重々承知している。だが、なればこそ今回の支援には、ぜひともカイドに行ってもらいたいのだ。どうかな?」

「元より、そのつもりでここにいます」

「うん、では、頼む」

「はい」


 これにて、謁見終了。あー、肩凝るわー。


 謁見の間を出る際に、何人かがこっちに祈りを捧げるような仕草をしていたんだけど、止めてもらえます?


 悪い事しなければ、祟ったりしないから。いや、悪い事しても祟らないけど。浄化はするけどね。

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