第510話 備えは万全に

 遠いどこかで戦争をしていても、ここは平和だ。


「おーほほーほほー」


 相変わらず、ジップラインで滑空しながらのジジ様の笑い声。独特だよなあ。


 叔父さん陛下からヴィンチザードが内戦状態に入ったと報せが来てから、あっという間に三ヶ月。そろそろ領主様達がダガードに到着する頃だ。


 行きに比べて帰るの早くね? と思っていたら、例のじいちゃんのストーカーが、魔法を使ったエンジンもどきを作って船に搭載していたらしい。


 ……行きにそこまでのスピード、出てたっけ?


『神子の船が普通の速度ではないので、気づかなかっただけでしょう』


 ああ、そうなんだ。でもまあ、今回は早く到着するのはいい事なんじゃないかなー。叔父さん陛下が、王都で手ぐすね引いて待ってるようだから。


 ヴィンチザードの内戦を利用して、あの国を潰す気でいる叔父さん陛下は、色々と黒い策略を巡らせているらしい。


 やっぱり、強力浄化をしておいた方が良かったのでは?


『……少しの浄化くらいなら、黒さが緩和される程度で済むかもしれませんね』


 検索先生にまでこう言われる叔父さん陛下の腹黒さって! これに領主様が加わったら、どうなる事やら。


『ですが、ダガードが旧ヴィンチザードを統治するのは、国民の為になるのでは?』


 それな。少なくとも、叔父さん陛下も領主様も、民衆を搾取するような事はしない。それだけは、信じてる。


 どうもねー。ヴィンチザードって国は王家の力が弱くなっていたのをいい事に、各地の貴族達が好き勝手やっていた国らしいんだ。


 だからといって、王家に何の罪もない訳ではない。彼等は彼等でこそこそと他国に干渉していたっていうし。




 ウィカラビアの温泉街は、気候が常夏。山の中だから朝晩は冷え込むけど、日中は連日気温が高い。


 そのせいか、湖での水遊びも人気が高い。


「うわあああああああい!」


 ゴムボートもどきで水上を滑るように走り回っているのはニルだ。彼女はこれがお気に入りらしく、水遊びというとこればかり。


「ニルってば、楽しそう」


 微笑みながらニルを見つめるミシアは、まるでニルよりも年長のよう。まあ、ニルの場合育ち方が育ち方だからか、年より幼い面があるんだよね。


 それにしても、元気になって良かった。ここに来た頃はボロボロだったけど、今ではあの姿を思い出すのが難しい程。


 ミシアとの淑女教育も、順調だってさ。明日辺りからはダンスレッスンも入るそうで、銀髪さんと剣持ちさんがパートナーを務めるらしい。


 そういえば、あの二人は王族と貴族だったね。最近忘れ気味だよ。


 私の方は、リーユ夫人をボートでダガードまで送ったついでに、水回りの工事の手配をしておいた。


 領主様が帰還の航海中に、何度かダガードと行き来をし、別邸から本邸、他いくつかの別荘に立ち入らせてもらい、完成予想図を作成した。


 あ、リーユ夫人からちゃんと紹介状を書いてもらったので、表から堂々と各建物に入ったよ。いやあ、どこも大きいねえ。


 なるべく既存の形を損なわないよう、どけんさんにもたてるくんにも頑張ってもらった。


 ついでに、夫人が熱望したのでエレベーターも設置する事になっている。こっちはシャフトを建物の外に出す形で設計。


 ただし、シャフトの外観は建物の印象を損なわないものにしてある。石作りの建物に、いきなり鉄とガラスで作ったシャフトを付けたら、ちぐはぐだからねー。


 完成予想図を気に入ってもらえたようなので、このまま工事開始する予定。今はどけんさんとたてるくんを亜空間収納内で増産中。


 いや、各地の温泉やら秘湯の村にかり出していたら、数が足りなくちゃって……


『この先の事も考えると、ここで増産しておくのはいい事です!』


 検索先生が張り切っているのは、秘湯の村のような山を増やそうという計画があるから。


 さすがに明確に誰かの領地、となると手は出しにくいけど、この世界にはまだ人跡未踏という土地がたくさんある。


 そして、温泉が湧く山は高確率で魔獣の宝庫なので、大抵の人は住めない。いるとしたら、魔獣を追い払う香を使う盗賊達だけだ。


 その香も、そろそろ規制が入って売る相手を選ぶようになるそうだけど。この辺りの情報は、検索先生から。


 香の生産地の国に、周囲からクレームが入ってるんだってさ。自給自足が可能な国だから、今までは耳を貸さなかったらしいんだけど。


 最近、生産地の穀物の生育が悪いそうで、緊急輸入を必要としているんだって。で、そうなると周辺国との関係が悪いのは致命的。


 なので、方針転換せざるを得ない状況なんだってさ。穀物って……異常気象でも起こってるのかね?


『極一部の地域限定ですが』


 まさか……


『モルソニアの土地神から、神子が困っている話が、生産地であるチェテクスの土地神に回り、怒ったチェテクスの土地神が地域限定で異常気象を起こしているようです』


 お、おう。モルソニアの土地神様、相変わらずノリがよくて怖い。そして香の原産国、チェテクスっていうんだね。そこの土地神様もなかなか。


 でも、これで盗賊に香が渡らなくなれば、潜伏先も見つけやすくなるかもね。




 ちょいちょい秘湯の村に行ったり、他の温泉が出る山を探しに行ったりとウィカラビアを留守にする事がある。


 最近では銀髪さん達はミシアとニルのダンスの相手を務める為、同行しないので気が楽。


 ……実は、ちょっとだけ寂しくもある。人間って、勝手だよねえ。ついてきていた時は、鬱陶しいなあって思ってたはずなのに。


 まあ、元々は一人で生きていく予定だったんだから、元に戻ったと思えばいいか。


 最近、じいちゃんも別行動が多いしね。このまま、また別々の道を行く事になるのかも。


 寂しいし、想像すると辛いけど、だからといってずっと一緒にいられる人達じゃない。


 ユゼおばあちゃんは温泉街の教会が気に入ったらしく、たとえ一人になってもこの教会にいたいって言ってる。


 じいちゃんは今の家での生活が、砦でのそれより性に合ってるっぽい。研究も捗ってるっていうし。


 ジジ様達は、あの街に住む事になってるけど、多分ニルを連れて一度はダガードに戻らなきゃダメだろう。


 その時は、ミシアはもちろん銀髪さん達も同行するはずだ。その間、この街にはじいちゃんとユゼおばあちゃんと私だけになる。


 今から、それに慣れておかないと。とりあえず、今は秘湯の村の整備を頑張ろうっと。


 と言っても、頑張るのはゆたかくん達なんだけどねー。


 秘湯の村は、大分前に田植えが終わって棚田や田んぼが青々としている。時期になれば、稲穂が黄金色に実るはず。


 そうしたら、お腹いっぱい白米食べるんだ! 今の食卓、パンが中心だから。パンも好きだけど、お米も好きだ。


 後は前々から計画していた味噌と醤油造り。大豆は砦の畑でも少し作ったけど、実験だったのでまだ少量だったんだよね。


 無事収穫は出来たけど、豆腐にして食べちゃった。なので、この村では大豆も大々的に作って、調味料を仕込むのだ。


 ゆくゆくはこの村の農産物だけで、料理が作れるようにしたい。私が作らなくても、ほっとくんが作ってくれるから簡単だし。


 あー、秋には味噌汁と新米、それにサンマと大根おろしに醤油で食べたい。考えてたらよだれ出てきた。


『サンマは近似種が東の海にいます。釣りに行きますか?』


 秋になったらね。でも、いるのかサンマ……よし、待ってろよサンマ。しっかり釣り上げておいしく食べてやる。


 あと一月もすれば、暦の上でも秋本番。おいしいものがたくさん出てくる季節だねえ。


 栗を手に入れて、渋皮煮でも作ろうかな。そこからのモンブラン。うん、いい。


『栗に関しては、秘湯の村で育てますか?』


 出来るの? いや、米が作れるくらいだから、山の上の方なら作れるのかな?


 うん、ゆたかくんにお願いしましょう! 今年は無理でも、数年先には美味しい栗が食べられる事を願ってる!

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