第507話 後は放置で
スワシェニルのお母さんが悪霊になっていて、それを浄化したいんだけど、遠隔でやると確実に父親の方にまで浄化の力が伝わって、結果一家心中をしかねない。
そんなある意味詰んでる状況をどうにかするには、実際にヴィンチザード王国とやらに行くしかないようで。
冒険者として行くなら問題はないんだろうけど、今回はさすがに侯爵家のあれこれやら、王家のごたごたも関わってきそうなので、そうした向きに相談してから行く事にした。
で、まずは叔父さん陛下に。スーラさんをスピーカー状態にして、銀髪さんに事の次第を説明してもらった。
「という訳で、ヴィンチザードに行こうと思ってる」
『ダメだ』
「叔父上」
『確かに、スワシェニルは可哀想な子だし、彼女を保護するのは問題ない。でも、王家と侯爵家に手を入れるとなったら、話は別だ』
「いっそ、向こうの王家から助力を申し出させればいいのでは?」
『言わないよ。あの国は、自尊心だけは高いからね。自分達の問題を、自分達で解決出来ません、助けてください、なんて口が裂けても言うものか』
「叔父上……ヴィンチザードが嫌いなんですか?」
『嫌いだよ。いっそ反国王派が王家を打倒すればいいと思っている。そうすればうちが攻め入って、あの国を滅ぼす口実が出来る』
「どうして、それ程嫌うんですか?」
『……カイドは知らなかったのかい? あの国の連中に唆された我が国のバカ共が、姉上達を殺したんだ』
叔父さん陛下の恨みの籠もった一言に、銀髪さんだけでなく、ミシアや私も驚きに声が出なかった。
叔父さん陛下の姉上って事は、ジジ様の娘でダガードの王女様だよね? そんな人を、どうして……
『大分古い話だから、知らなくても無理はない。ネネ姉上とサラ姉上は、ダガードが余所の国と結びつき、力を付ける事を恐れたヴィンチザードや他の国々の連中に唆された国内貴族が、馬車の事故を装って殺したんだ。まだ成人前だったというのに……』
南北ラウェニア大陸では、成人はほぼどの国も十五歳だ。という事は、王女様達はどちらも十五歳前だったって事?
『ヴィンチザードは母上の故国でもあるけれど、だからといって姉上達を殺した国を、私は許さない。今回の事も、ないとは思うが向こうが助力を求めてきたら、これ幸いと王家は潰す。ああ、ちょうどいい。カイド、君、ヴィンチザードの王位に就きなさい。そうすれば、あの国を建て直すのに力は貸すよ』
「叔父上、話が逸れています」
『ともかく。あの国には関わるな。悪霊が家や国を滅ぼしてくれるなら、それもよし。滅んだ後ならいくらでも浄化してもらって構わないよ。ついでに、邪魔な反国王派も消してくれれば助かるね』
調子いいなあ、叔父さん陛下。私も聞いてるんだけど。まあ、聞いてるの承知で言ってるんだろうな。
こう言えば、私があの国に行かないって読んでるんだ。叔父さん陛下自身は嫌いじゃないけど、国の思惑通りに動くのはしゃくだから。
相変わらず、腹黒い。
通話が終わった後も、私達は誰も何も言えなかった。しばらくして、ミシアがぽつりとこぼす。
「お父様があんな事を言うなんて……」
「それだけ、叔母上達の事を腹に据えかねているという事だろう」
「わかってるわ。でも……」
ミシアの言葉は続かない。叔父さん陛下の言葉も、一理あるんだよなあ。
とはいえ、スワシェニルのお母さんが悪霊になっていて、今にも夫であるグウィスト侯爵とその家族を呪い殺しかねない。
それがわかっているのに、放置するのは気が引ける。かといって、その場に行かずに浄化をすれば侯爵が一家を道連れにしかねない。
やっぱり、侯爵を見捨てるか。
『そんな神子にお報せです』
うわ! びっくりした! 検索先生? どうしたんですか? 急に。
『スワシェニルの母親の悪霊が、侯爵家を全滅させました』
「え!?」
「どうした?」
「い、今、スワシェニルのお母さんの悪霊が、グウィスト侯爵家を全滅させたって……」
「ええ!?」
間に合わなかったって、事?
『ヴィンチザードにはポイントを打っていませんから、どのみち間に合わなかったでしょう』
でも、ダガードにポイント間移動で戻って、そこからヴィンチザードへ急げば……
『結果論です』
そっか……決断が遅かった、というよりは、これはもう侯爵の自業自得なのかな。
『今なら、遠隔浄化でスワシェニルの母親を浄化出来ますが、どうしますか?』
浄化します。祖父の方も、まだやってなかったよね? 一緒に、神様の元へ送りましょう。
『了解しました。照準はこちらで合わせます』
遅れてしまったけど、どうか安らかに。
検索先生伝いに、侯爵家の最期を聞いた。どうやら、屋敷そのものを悪霊と化したスワシェニルのお母さんが呑み込んだらしい。
悪霊って、そんな事まで出来るんだ……
『通常の、いわゆる幽霊と呼ばれる存在にはそこまでの事は出来ませんが、余程恨みが深かったのでしょう。こんな短期間に悪霊と化し、しかも物質を呑み込むまでに成長するとは』
……悪霊化って、本来は時間がかかるものなの?
『今はそんな事はありません。大抵の霊は、死んだらすぐに神の御許に召されるからです。瘴気の濃かった時代は、なかなか浄化されずに悪霊化する事がありました。それでも、なるには百年近い年月が必要だったのですが』
つまり、百年かかるところを、怨念パワーで十数年でやってのけてしまったと。本当、どんだけ恨み買ってたんだ、侯爵。
生まれた娘を虐待し、実家を乗っ取る為に父まで殺され、しかも残した娘と愛人の子を入れ替えられ、娘は命を狙われるとあっては、恨みも深くなるか。
でも、これでヴィンチザードの件は終わりかな?
『まだ反王家派と王家の争いがありますが、それは別問題ですね』
ですよねー。派閥争いとか、国家転覆とかは、余所でやっていてほしいものです。私が首突っ込む問題じゃないしねー。
『今までも、そういた問題に首を突っ込んでいた事が多々ありますが』
あったっけ?
『ダガード国内における強力浄化に始まり、ウィカラビアの盗賊討伐やキルテモイアの王配の治療、旧ジテガン領の浄化など、上げればきりがないかと』
それ、半分以上は温泉の為じゃなかったですかねえ?
『そうですが、面倒な手を使わずとも、実力行使で奪ってしまえば良かったのでありませんか?』
検索先生が壊れたー! ちゃんと手順踏まずに不法占拠したら、ただの犯罪者でしょう!?
『ですが、そうなったとしても、誰も何も言わないでしょう。占拠する場所が宝の山ならまだしも、私達以外にとっては、ただの邪魔な山でしかありません。しかも、魔獣被害を抑えられるんですから、万々歳でしょう』
そうなんでしょうけど! それでもちゃんと交渉なり売買なりで手に入れたいんですよ! 不法はダメ絶対。
『では、不法にならない、誰の所有ともわからない山を狙いましょう』
もしもーし? 話題がずれてますよー?
ヴィンチザードの件は、これ以上私が首を突っ込む話じゃなくなったので、叔父さん陛下への報告を最後に関わるのはやめる。
報告は、またしてもスーラさんで銀髪さんが行った。
『なるほどね。グウィスト侯爵家は潰れたか。まあ、元々王家の血を外に出す為の器のような家だったからねえ。このままあの王家が崩壊すれば、いらなくなる家だ』
相変わらず腹黒いのお。とはいえ、スワシェニルの後見人になってくれるそうだから、あの子の今後は安泰かな。
『ダガード国内で過ごしてもいいし、今いる場所にずっといてもいい。何も強制はしないよ』
つまり、スワシェニルは政略の駒にはしないという宣言だ。もっとも、血筋が血筋だからちょっと危なくて、政略結婚には出せないんだろうけど。
このまま本当にヴィンチザードが潰れて、王家の血が絶えたら、スワシェニルに王位継承権が発生してしまいかねない。
もっとも、その前に叔父さん陛下や銀髪さんの方が順位は高いだろうけど。
他にもヴィンチザードの王家の血が流れている、余所の国の人がいたら、あっという間に継承戦争になりかねないね。
そんな中に、スワシェニルを置けないよ。ただでさえ、まだ人が怖いみたいなんだから。
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