第506話 悪霊
スワシェニルが抱えている問題は、かなり深くて重い。これ、私一人でどうこう出来るものじゃないな。
一旦頭を冷やそうと思って部屋から出たら、扉の向こうに銀髪さんとミシアがいた。
君達、盗み聞きしていたんじゃないよね?
「ニルが心配で……」
「何か起こらないかと思って」
言い訳する二人には、ちょっとお説教しておこうと思います!
私の家は、じいちゃんの家と似ていて、リビングダイニングの他には廊下とバストイレ、寝室しかない。
リビングダイニングでお説教を終えた二人は、しゅんとしている。こうして見ると、似ているよね。さすが親族。
「とりあえず、スワシェニルには許可を得なかったけど、彼女の記憶を盗み見してしまいました」
「どうだった?」
「いいのか? それは」
悪いとはわかってるよ。でも、これ以外に思いつかなかったから。今のスワシェニルじゃ、正直に話してはくれないような気がして。
「彼女ね、国から逃げてくる途中で亡くした、乳母夫婦の事に凄い罪悪感を抱いている。彼女達が死んだのに、自分は生きて笑っていていいのかって」
「そんな……」
「乳母夫婦は、スワシェニルを逃がす為に命をかけたのだろう? その当人がそんなでどうする」
うん、いや、銀髪さんの意見もごもっともなんだけど、感情ってそう綺麗に割り切れないんだよね。
「二人の命を無駄にしない為にも、幸せにならなきゃダメだって、言うのは簡単だよ。でも、それが彼女に届くかどうか」
問題は、そこ。ただでさえきつい生き方を強いられていた中での、唯一と言っていい希望。それがあの乳母夫婦だったんだろう。
彼女達がいてくれれば、生きていける。そんな思いが、あの映像の中からも伝わってきた。
その希望である二人を、自分が逃げる為に見捨てたようなものだもん。そりゃ根が深いわ。
「でも、ニルをこのままにはしておけないし」
「確かに」
「うーん、二人のどちらかが言ってみる?」
私の提案に、二人して無言のまま首を横に振るの、やめようか。
結局、困った私達はじいちゃんに相談しにきた。
「ふうむ。なるほどのう」
「何かいい考え、ない? じいちゃん」
しばらく考え込んでいたじいちゃんが、ぽんと手を打つ。お? 何かいいアイデア、浮かんだのかな?
「幻影で、その乳母夫婦を映し、その口から幸せになるように言い聞かせてはどうかの」
「幻影か」
それは思いつかなかった。確かに、それなら何とか本人に届くかも。
「幻影なら、お主も扱い方を心得ていよう」
「えーと、昔使った覚えが……」
幻影使わずとも、力押しで解決出来る事が多かったからね……でも、まだ使い方は憶えてるから、何とかなる! ……はず。
「サーリ」
縋るようなミシアの目。
「大丈夫、頑張るから」
根拠はないけどね。でも、本当にやるしかないなー。
スワシェニルは家に一人で寝かせている。しばらく起きないよう、催眠の術式も使っているので、まだ起きていないでしょ。
一人で放って家を離れられるのも、この街ならでは、かな。部外者が入れない作りだからねー。
それに加えて、街の中と外を護くんが常時警戒してる。防衛は完璧だ。
三人で家に戻って、リビングダイニングで落ち着く。
「ニルが元気になってくれるといいんだけど」
ミシアはスワシェニルの事が心配らしい。遠いとはいえ親族ってのもあるけど、ミシアにとっても同年代の友達は貴重なんだろうな。
「でも、ニルの為とはいえ、欺すような形になるのは気が引けるわ……」
「仕方ない。結果が良ければ、後々に欺した事がわかっても、受け入れてくれるさ」
「だといいけど……」
嘘も方便ってやつですねー。さて、では準備に取りかかりましょうか。
検索先生にお願いして、スワシェニルの記憶から抽出した乳母夫婦の幻影を作成。同時に、二人の会話パターンも取得中。
話し方とかに違和感が出ると、幻影が台無しになるからね。やるならとことんやろうという事で。
いくつかパターンを組んで、もっともそれらしいのを選び出し、さっそくスワシェニルのところへ。
彼女は今魔法で眠っているので、その夢に干渉し、幻影を見せようという作戦。
こっからは私一人だな。と思っていたら、またしても廊下に人の気配。
「あんた方、向こうでおとなしく待ってなさい」
「はい……」
ちょっと強めに行ったら、しゅんとしつつも二人でリビングダイニングへと戻っていく。
スワシェニルが心配なのはわかるけど、私の気が散るような事はやめていただきたい。失敗したらどうすんだ。
「では、始めましょうか」
検索先生、よろしくお願いします!
スワシェニルの夢の中に、どんな形で幻影をしこむのかは、ちゃんとモニター出来た。相変わらず先生は抜けがない。
夢の中でも、彼女は親や使用人に虐待されている。その記憶しかないからなんだろうな。
こんな悪夢ばかり見ていたら、そりゃ不眠症にもなるわ。
そんな悪役だらけの夢に、乳母夫婦が切り込む。夫である騎士が悪者を切り裂き、乳母が優しくスワシェニルを抱きしめた。
最初はびっくりしていたスワシェニルも、乳母の温もりにうれし涙を流している。
「お嬢様、残念ですが、お嬢様はこれからお一人で生きていかなくてはなりません」
「どうして? ばあやと一緒がいい! 私も、ばあや達と一緒に行く!」
「いけません。お嬢様は、これから生きて、幸せにならなくては。お亡くなりになった奥様も、きっとそうお望みです」
「でも……」
「いいのですよ。私達は、お嬢様が幸せでいてくださるだけで。それこそが、私達が望む事なのですから。楽園から、私共はお嬢様の行く末を見守らせていただきます」
「ばあや!」
「お嬢様のお母様、お爺さまも、ずっとずっと見守ってらっしゃいます。幸せになってください、お嬢様」
いささかくさい演出だけど、スワシェニルに効いたらしい。命をかけて助けたんだもん、乳母夫婦だって本当にそう思ってるでしょうよ。
『実際、そうだったようです』
ん? どういう事?
『実は、あれは幻影ではなく、二人の幽霊なのです』
……はい?
『死んだ土地に縛られて、スワシェニルの安否を気にかける余り、悪霊になりかけていました』
はあ!?
『そんな彼等を見つけ出し、幻影という形を与えてスワシェニルの夢に送り込んだのです』
待って。じゃああの台詞全部、本人達が言っていたって事?
『そうなります。ちなみに、母親と母方祖父の方も、早く浄化をした方がよろしいかと』
……それは、悪霊化するという意味で、でしょうか?
『そうです。祖父の方は馬車の事故に見せかけてグウィスト侯爵が殺していますので、死んだ場所で悪霊化しかけています。また、母親の方は屋敷に巣くう悪霊となりました。そろそろグウィスト侯爵家にも影響が出る頃でしょう』
うわああああああん! 話が一挙にホラーになったあああああ! 幽霊怖いのにいいいいい!
最後にとんでも情報が飛び出してきたけど、無事スワシェニルの問題は解決した模様。
でもこれ、おじいさんとお母さんの方の浄化、急がないとダメなんじゃね? 遠隔浄化で、何とかなるかなあ。
『祖父の方は問題ありません。母親の方は、確実に父親にも浄化の影響が出ますので、一家心中の危険性が高まります』
もう、それでもいい気がしてきた……
とりあえず、銀髪さん達に報告しておかないとね。
「終わったー」
「サーリ! どうだった!?」
「うん、多分大丈夫。寝顔も穏やかになったし」
何より、本物達が出演してくれた訳だしね。
「良かったあああああ」
「これで一安心というところか」
銀髪さん、それはフラグというものだ。やっぱり、伝えておいた方がいいよね。
「それが……」
「何だ? 何か問題でもあったのか?」
「スワシェニルの乳母夫婦、悪霊になりかけていたそうです」
「え!?」
銀髪さんとミシアが、声を揃えて驚く。うん、まあ驚くよね。でも、まだまだこんなの序の口なのだよ。
「しかも、二人の幻影を作ったつもりでいたら、その悪霊化しかけていた二人の魂だったそうで。今回の幻影役をやってくれたので、浄化しておきました」
「ええ!?」
「しかも、スワシェニルのおじいさん、グウィスト侯爵に殺されてました」
「えええ!?」
「ついでに、おじいさんも死んだ場所で悪霊化しかけているので、早々に浄化した方がいいそうです。これは後でやります。問題は、スワシェニルのお母さんの方で」
最後まで言う前に、ミシアが怖々と聞いて来た。
「まさか、ニルのお母様も悪霊化しかけてる、とか言わないわよね?」
「もう、なってるって」
「ええええ!?」
「で、こっちは下手に浄化すると、今の侯爵家が一家心中しかねないそうで」
「何がどうしたらそうなるんだ……?」
銀髪さんの疑問もわかるよ。私もそう思うもん。
「グウィスト侯爵って、浄化すると罪悪感にさいなまれて生きていけない人らしく、ついでに罪の証でもある後妻と庶子を道連れに……ってなる可能性が高い人なんだそうです」
「何だそれは」
言いたい気持ちもよくわかる。本当に「何だそれは」だよね。自ら命を絶つなら、一人でやりなさいって思うよ。
でもなあ、死んで終わりにさせるのもムカつくというか。罪を公にすると、家名に傷がついてスワシェニルまで苦しむ結果になりはしないかとか。
まあ、色々考えるよね。
銀髪さんとミシアは、なんとも言えない表情で視線を合わせている。
「ニルのお母様が悪霊なんてものになっているのなら、早く浄化してあげたいのだけれど……」
「その結果、グウィスト侯爵が家族を道連れに自死するというのもな……」
「と、とりあえず、ニルのお爺さまは浄化してほしいのだけど」
「そうだね。それはやっておく。問題はグウィスト侯爵家なんだけど」
「……浄化するにしろ何にしろ、一度ヴィンチザードには行かなければならないかもしれないな」
確かに。他はどうでも、スワシェニルのお母さんはどうにかしたい。
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