第505話 記憶

 スワシェニルは、家にいるという。


「んじゃあ、そこで聞いてみるかね」

「そうね」


 そう思って家を出たら、銀髪さんと剣持ちさん。


「ミシア? お前が何故ここに?」

「あら、カイド兄様に説明しなきゃいけない理由はないわ」


 あ、いつものミシアだ。さっきまではしおしお状態だったからなあ。少しは元気になったかね。


「どこかに行くのか?」

「これからちょっと、ミシアの家に」

「言っておきますけど、女の子だけの会合なんだから、兄様達はついて来ないでね!」


 先制されちゃったよ。苦い顔の銀髪さんに、思わずこちらも苦い笑いがこみ上げる。


 まあ、スワシェニルに色々聞かないといけないからねー。


「あ! ニル!」

「え?」


 うちを出てちょっと右を見ると、もう広場。その広場の噴水のところに、スワシェニルがたたずんでいる。


 あれ? 何か顔色よくないんじゃない?


『おそらく、寝不足かと』


 寝不足? 駆けだしたミシアの後を追おうとしたら、スワシェニルの姿がふらりと揺らいだ。


「ニル!!」


 咄嗟に空気でクッションを作って、スワシェニルの周囲に敷く。あのまま倒れたら、怪我しかねないもの。


 うまい具合に見えないクッションに受け止められたスワシェニルは、意識を失っているようだ。


「ニル! ニル!! しっかりして!」

「ミシア、揺すっちゃダメ。とりあえず、家まで運ぼう」

「え、ええ」


 魔法で運んでもいいんだけど、ここは元王様で元王子様な人がいるんだから、運んでもらいましょ。


「銀髪さん、この子、家まで運んでもらえます?」

「カイド様、私が――」

「わかった」


 剣持ちさんが、脇から言いかけたのを制して、銀髪さんがスワシェニルを抱き上げた。


 いやあ、あのままだと、ちょっと視覚的に微妙だったんだよね。何せ空気のクッション、見えないから。


 空中に変な格好で止まってる少女の図って、変じゃね?




 ミシア達の家までより、私の家の方が近かったから、こっちに運んでもらった。


「ここにお願いします」

「わかった」


 やっぱり男性だねえ。スワシェニルをお姫様抱っこして、悠々と運んでくれたよ。後で本人に話したら、どんな顔するかなあ。


 それにしても、銀髪さんは何故部屋の中をキョロキョロと見回しているのかね?


「……何見回してるんですか?」

「いや……」


 何だろう。でも、何となくやな感じ。


「スワシェニルを運んでいただき、ありがとうございました! はいはい! こっからは男性は立ち入り禁止ですよ!」

「ちょ! わかった! わかったから押すな!」


 押さなきゃ出ていかないでしょーが!


 さて、このまましばらく寝かせておいた方がいいかなー。


『この隙に、彼女の中を見てみましょう』


 中を見るって……どういう事?


『別に内臓を見る訳ではありません』


 あ、良かった。グロい方向だったらどうしようかと思ったわ。


『不眠と、ミザロルナが言っていた不可解な行動の原因を探るだけです』


 それを、本人が寝ている隙に、見ていいものなのかな。


『このまま放っておけば、確実にまた倒れますよ?』


 そうなんだよねー。それも問題。うーん、後でスワシェニル本人には謝ろう。


『では、見てみましょう』


 よろしくお願いします。


『神子も見るんですよ』


 え? そうなの? うおっと。言うが早いか、いきなり目の前にスクリーンが現れた。


 部屋の中が映っている。あ、これ、ミシアが言っていた意地悪婆さん? 確かに古めだけど、お仕着せを着てる訳じゃないね。


 喚いているんだけど、言葉になっていない。どうなってんの?


『おそらく、スワシェニルが幼すぎて理解出来なかった言葉なのでしょう』


 だから、喚いている様子だけを憶えているんだ。


 次は、ちょっとふくよかな女性だ。こちらに笑顔を向けている。


『彼女がスワシェニルの乳母のようですね』


 本当だ、ばあや、ばあやって声が聞こえる。彼女のことは、スワシェニルも大好きだったんだね。その感情が、伝わってきた。


 庭。大きな木の向こうには、大きなお屋敷。先程の意地悪婆さんが凄い勢いできて、手を上げた。


 これ、小さいスワシェニルを殴ったの? 侯爵家の使用人が。


『この一度ではないでしょう。何度も似たような事があったようです』


 お前のような者が、この庭に出てくるな。今度は言葉になってる。という事は、スワシェニルが理解出来てるって事だ。


 これ……大分きっつい。


 次は、恰幅のいい男性がきた。口ひげを生やし、仕立てのいい服を着ているところを見ると、これがグウィスト侯爵本人かな。


 温度のない視線で、こちらを上から見下ろしている。これはスワシェニルの視点で見る映像だから、彼女を見下ろしているんだ。


 グウィスト侯爵の背後には、ケバい女性と意地悪そうな顔をした女の子。凄い、まだ五、六歳なのに、もうあんな表情するんだ。


 あのケバい女性が酒場上がりの後妻で、意地悪っ子が本来の庶子か。


 グウィスト侯爵が吐き捨てるように、この離れから外に出るなと命じてくる。スワシェニルは、ずっと離れで生活していたんだ。


 映像には、スワシェニルの心の声のようなものも付いている。


 あの人が、私のお父さん。でも、あの後ろにいる人は、私のお母さんじゃないって、ばあやが言ってた。お父さんは、私じゃない子の方が好きなの? 私の事は、嫌いなの?


 やっぱり、この映像、きつい。どんな親でも、子供にとっては親なんだよなあ。


 自覚して、切り捨てられるようになるまで、結構時間、かかるんだよね。中には、いつまでも切り捨てられないままの人もいるらしいし。


 スワシェニルの乳母は、ずっと側にいる訳じゃないらしい。時折しか離れに来られない。


 そして、やっぱり離れには十分なお金がかけられていないらしく、食べ物も服も日用品も、不足してばかり。


 スワシェニルは、いつもお腹を空かせていたみたい。だからか、時折くる乳母は、離れに来る時は日持ちする食料を持参していた。


 時には、彼女の夫である騎士も一緒に。夫の騎士は、いわゆる称号ではなく、侯爵家に仕える為の職業のよう。国から認められた騎士じゃないんだ。


 それでも、妻である乳母と一緒に、スワシェニルを見守っていたんだね。


 そして、彼女が家を出る日が来る。真夜中、そっと離れに忍び込んだ乳母夫婦の手により起こされたスワシェニルは、ろくな説明も聞かないままに家から連れ出された。


 走り続け、疲れた体を休めるのは人目を避けた建物の裏や、街道の脇。


 でも、とうとう追っ手に追いつかれた。追いついたのは、侯爵の手の者か、それとも反国王派の連中か。


 追っ手を一人で引きつけると言った夫に、乳母は一つ頷くだけ。彼も彼女も、きっと死ぬ覚悟でスワシェニルを逃がしたんだ。彼等が仕えるべき、本物のお嬢様を助ける為に。


 国境はもうすぐだったけど、ここからは女二人の旅。危険も多く、乳母はスワシェニルを隠すように移動し続けた。


 そして国境を越え、ある街の手前でまたしても追っ手に見つかる。乳母は側にあった藁と布で人形を作り、スワシェニルに言った。


「指輪と短剣を持って、王宮に行くのです。この国には、あなたのお爺さまの姉君が嫁がれました。きっとその方が助けてくださいます」


 そう言い残し、乳母は追っ手の目をくらます為に、藁で作った人形と共に飛び出していく。


 その背を見送りながら、スワシェニルは何も言えない。


 本当は、一緒に行きたかった。置いて行かないでって、言いたかった。でも、それを言ったら、あの二人の苦労が全て無駄になる。


 騎士はもういない。きっと、ばあやももう……


 私には、あの二人が命をかける程の価値が、本当にあるんだろうか。


 ここで気を楽にして過ごせと言われたけれど、本当にそれでいいんだろうか。あの二人はもう、二度と戻らないのに。


「これか」


 乳母夫婦の命を奪った形で、今ここにいるスワシェニル。笑えなくなったのは、二人の死を受け入れきれていないからなのか。


「幸せになっちゃいけないって、どこかで思ってるんだね」


 眠るスワシェニルを見ると、目元に涙が浮かんでる。そういえばこの子、乳母夫婦の事を悲しんでちゃんと泣いたんだろうか。


 悲しめず、泣けもしなかったら、まだちゃんと消化仕切れていないんじゃないの?

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